夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

31. 無謀な計画

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■ 1.31.1
 
 
 サベスは三時間ほど待てと言ったが、三時間待たされることはなかった。俺と、ブラソンに関しては。
 
 主催者であるサベスが会議室を出ると、会議はそのまま閉会となった。
 会議室の後方壁際に座らされていた俺達が部屋を出ていく間中、何人もの男たちが俺達のことを睨みつけていた。
 呼び止められて、戦いに対する心構えについて説教でもし始めるかと思ったのだが、誰一人として俺達に近づいてくるものは居なかった。
 地球人に食ってかかって、首をねじ切られでもしたら大損だ、とでも思っているのかも知れなかった。
 
 俺達は会議室を出ると、取り敢えずミリと合流した。ミリは俺達の保護者でもあり、防御壁でもあり、また安全装置でもあった。
 三人で食堂へ向かう。
 俺は医務局から出てきた後にいつもの侘しいブロック食を食べたが、引越のゴタゴタの後そのまま会議に突入した二人は何も食べていないらしく、ブラソンがしきりに腹が減ったと言い募ったからだ。
 軍港の食堂はもちろん期待通りに、だだっ広い部屋の中にテーブルとイスとベンディングマシンが並んでいるだけだった。
 食堂と言うよりも、巨大な会議室か集会場、もしくは避難所と云った雰囲気の部屋だった。
 何百人もの軍人たちが食事を摂っている中に混ざって、俺達もテーブルに付いた。
 
「本気なの?」
 
 席に着くなりミリが俺の方を向いて口を開いた。
 このスパイバージョンのミリは、口数少なく、言葉足らずで、感情の起伏も少ない。
 つまり、かなりのコミュニケーション障害者と言って良い。
 突然単語一つの質問を向けられても、何を聞きたいのか分からない。
 
「何の話だ?」
 
「あなたが曲芸飛行をするという話よ。」
 
「心配してくれてるのか。嬉しいねえ。」
 
「違うわ。駆逐艦が一隻無駄になるかも知れないのよ。」
 
 なんだ。ただのツンデレか。
 
「あなた、従軍経験は無いでしょう。」
 
「さすがよく調べてあるな。従軍経験は無い。軍に入りたいと思ったこともない。」
 
「なら、駆逐艦を動かしたこともなければ、戦闘機動をしたことも無い訳ね。」
 
 なるほど。そこを心配しているのか。
 勿論俺だって、ただ単に地球人だからという理由だけで、連中よりも戦闘機動が巧いと考えている訳じゃない。
 
「駆逐艦を繰艦したことはない。が、全長300mクラスの船なら扱い慣れている。戦闘機動に関しては、それなりにやったことはあるぞ。」
 
「輸送船で戦闘機動を?」
 
「海賊相手に、な。」
 
 男のロマン、海のロマンと言うわけでもないのだが、現在の銀河系では案外海賊とそれに類するものが跋扈している。
 それは大体、「海賊」という言葉から想像されるそのままの連中だ。
 輸送船を襲い、積み荷を略奪し、乗員を殺すか売り飛ばすかし、有用な船の部品を奪い去る。時には、船そのものを奪い去る。
 
 略奪した積み荷は自分たちで消費するか、ブラックマーケットに流し、生かして捕らえた乗員は自分たちで奴隷化してこき使うか、奴隷市場に売り払う。船の部品も同様だ。
 氾銀河戦争がだらだらと続いているおかげで、銀河系内の国家間の連携は非常に悪い。星系間宙域には無法地帯が広く存在する。
 ただでさえだだっ広くて国家の警察力の及ばない宙域が、銀河系の殆どを占めるところにもってきて、国家間の連携が悪いため海賊退治も非常に甘い。
 そういう国家権力の及ぶ範囲の隙間に、犯罪者や、社会システムに馴染めない連中が吹き溜まって海賊となる。
 
 大きな輸送業者であれば、主要な星系間の荷物を捌くだけで十分な利益を上げることができるが、個人経営などの零細輸送会社はその隙間的な仕事を拾っていくしかない。
 主要星系間は交通も多く、軍や警察の監視の眼もかなり密に光っている。
 しかし辺境と分類されるような星系や、滅多に人が訪れることのないステーションの様な場所では、その手の国家権力の力も相当に薄くなる。
 そう言うところに海賊が沸く。
 
 一隻の船単独で海賊行為を働くものもいれば、海賊とは思えないほどの立派なステーションを持ち、何十隻もの船団を抱えた組織的な海賊もいる。
 大手企業でだけパイロットを勤めていればそうでもないのかもしれないが、個人で運送業をやっていれば、誰もが一度や二度は必ず海賊に襲われた経験を持つ。
 船の性能が良ければ海賊を振りきって逃げきれるし、運が良ければ海賊と戦って勝てる場合もある。
 装備が良ければ、海賊船に接舷されても撃退できる場合もある。
 しかし、運も装備も無ければ、良いように蹂躙される。
 
 かく言う俺も、何度か海賊に遭遇したことがある。
 下働き時代に、運悪く海賊に接舷され、船の中で白兵戦になったこともある。
 あのときは酷かった。下働きなので、ほとんど消耗品的な扱いで最前列に並ばされた。
 生き延びられたのは、ひとえに地球人の戦闘能力の高さのおかげだった。
 まあその戦いのおかげで、奴隷並の扱いの下働きから、一応人として扱ってもらえる船員に昇格したのだが。
 パイロットになってからも、海賊の船団に襲われ、護衛の傭兵船と海賊船団が激しく撃ち合う中を命からがら逃げ切ったこともある。
 自分の船で、海賊の船団と追いかけっこをして辛くも逃げ切ったことが何度もある。
 さすがに海賊船と撃ち合いをしたことはないが。
 
 海賊と言っても、その装備は馬鹿に出来たものでは無い。
 銀河種族達の新兵器開発の速度が非常に遅いため、開発された最新鋭の装備が次世代の新装備によって陳腐化するには数百年から長ければ数千年かかる。
 数百年の間には、最新の装備もいろいろなルートで闇に流れ、資金の潤沢な海賊であればそれを手に入れる事も可能だ。
 そしてそれほど潤沢な資金と大きな組織を持つ海賊船団は、往々にして練度も高い。
 勿論、正規軍の主力戦艦と正面切って殴り合いが出来るほどの海賊船などと言うのは滅多に存在しないが、「海賊船」という名前だけでひとくくりにボロ船と決めつけると、痛い目に遭う事は間違いない。
 
 そのような海賊達の手から逃れるには、主に二つの方法がある。
 一つは、これもまた海賊と同様の理由で、高い品質の装備を持つ傭兵団を雇い入れて、輸送船団の護衛にすること。
 もう一つは、傭兵団を雇うような金が無いのなら、海賊から逃げ切れるだけの足を持てばいい。
 自分で海賊と戦う、という選択肢も無いではないが、確実に勝つためには戦艦並の武装をする必要があり余り現実的ではない。
 
 護衛の常駐傭兵船団を雇えるのは、これまた資金が潤沢な大企業だけだ。
 零細企業や、俺を含めた個人の運送屋は、ギリギリまで切り詰めた金で、仕事のヤバさに応じて一時雇いの傭兵団を雇うかどうかを悩み抜く。
 そんな俺達に出来る最も安くて可能性の高い海賊対処法は、とにかく海賊を見かけたら脇目も振らずに全力で逃げ出すというものだった。
 
 海賊から逃げるための脚は、多少過剰投資しても仕事の速さとなって返ってくる。それに対して武装強化は、海賊が出なければ大概、宝の持ち腐れの過剰Dead 投資investmentになる。
 勿論、手持ちの資金と相談しながらの上限はあるし、幾ら脚にこだわった所で、今の俺の様にそれ以外のところで船を失くせば、意味は無いのだが。
 
 しかし海賊もバカでは無い。色々な方法で偽装して近付く自分達の正体がばれれば、獲物が全力で逃走に掛かる事は奴らもよく知っている。
 連中もこちらの全力逃走を考えに入れて、包囲網を敷いたり罠を仕掛けたりなどして、逃走経路を最初から潰しにかかってくる。
 逃走経路を潰そうとあらゆる手段を使って包囲してくる海賊と、どうにかして活路を見いだそうと死に物狂いで逃げ回る輸送船との駆け引きは、下手なアクション映画よりも余程手に汗握る緊迫感とスリルに溢れるため、人気のビデオコンテンツになっているくらいだ。
 勿論、当事者にとっては手に汗握る、などという生やさしい話では無いが。
 しかし上手く逃げおおせたあとに、その当事者が航海記録ヴォヤージログビデオを売りに出して、一儲けする事があるのも事実だった。
 
 こちらが単艦だからと言って、海賊も正々堂々と一対一で勝負してくれる訳ではない。
 重武装をしている船、異常に足の速い船、色々な種類がごちゃ混ぜになった海賊船団から、状況を読みながら巧みな操船を駆使して相手を巻いて逃げ出す必要がある。
 整然とした艦隊行動では敵わないかもしれないが、乱戦となった場合の戦闘機動であれば、旗艦からの指揮で自動制御されるばかりの正規軍の駆逐艦乗りよりも、余程巧みに繰艦できる自信はある。
 
「海賊と百万隻の艦隊を一緒にしない方が良い。」
 
 ミリは船乗りではない。
 障害物がやたら多い星系内宙域に薄く散らばった百万隻の艦隊と、隠れるところが何もない星系間宙域で密集して殺到する海賊と、どちらが恐ろしいかなど判るはずもない。
 数字だけ捕らえれば百万隻の方が恐ろしそうだ。
 だが、先ほどの布陣を見る限りでは、隙を突いてベレエヘメミナに到達することは可能だった。
 
「手が届かないところにいる百万隻より、すぐ後ろを執拗に追跡してくる海賊船の方が遥かに恐ろしいさ。」
 
 感情表現が殆ど無い筈のスパイバージョンミリが、なぜかこれだけは感情豊かな怒りを露わにする。
 別にハフォン軍を舐めているわけでも、バカにしているわけでもない。本当のことなのだが、たぶんミリには理解できないだろう。
 
「強がりばかり言って・・・」
 
 ミリが言葉を切って、ポケットから携帯端末を取り出した。着信を示すホロが端末を包んで赤く発光している。
 端末を右耳に当てて、ミリが通話に応答する。
 
「はい。 ・・・分かりました。すぐに向かいます。」
 
 通話時間は短かった。そしてミリの話し方から、相手が誰なのか大体想像が付いた。この時間にかかってくると云うことで、その用件も何となく想像が付いた。
 
「我々3人をサベス連隊長がお呼びよ。会議に参加して、マサシには先ほどの作戦の詳細について説明して貰う必要がある。」
 
 どうやら俺達の作戦案が検討の対象となっているようだ。
 さすが実際に戦線に赴く軍の方は、現実的に勝ちを拾う手段を本気で探しているようだ。例え部外者素人の発案でも、可能性があると見れば検討の対象とする、と云ったところか。
 ブラソンはちょうど流動食を摂り終えたところだった。ミリはまだ一口も口を付けていなかった。
 ミリには空腹を我慢して貰うしか無い様だ。
 俺達は席を立ち、会議室に向かった。
 
 
■ 1.31.2
 
 
 ドアを開けると、会議室の薄暗さと狭さに驚いた。そしてそこにたった五人の人間だけしか居ないことにさらに驚いた。
 たったの五人で囲むには少し広すぎる会議テーブルの上空には、ホロモニタでベレエヘメミナ周辺宙域の反乱軍展開図が投影されていた。
 俺達が部屋に入る一部始終を五対の眼が追っていた。
 
「君がテランのマサシかね。こちらの席に着いてくれ。」
 
 一番奥に座っている、濃紺の軍服に身を包んだ見知らぬ初老の男が俺の名を呼んだ。
 俺は指し示されたとおり、その男の斜め前の席に向かって歩いた。
 五人の内、一人は見覚えのある男だった。もちろん、情報軍クーデター対策本部長のサベスだ。
 しかし後の四人は全く知らない男たちだった。
 サベスは情報軍の黒い制服を着ていた。先ほど俺に声を掛けた男と、その隣に座る少し小柄な男の二人が濃紺の制服を着ている。残る二人は明るいグレーの制服を着ていた。
 いずれも、ひと目見ただけでそれなりの地位の将官であろう事が判る風格を備えた男達だった。
 
「あと二人もその近くに座っていてもらえるか。」
 
 俺に声を掛けた男が、ブラソンとミリに椅子を指し示す。
 心なしかミリが緊張しているように見える。今話をしている俺の斜め前の席の男は、多分それなりの階級なのだろう。
 
「自己紹介がまだだったな。失礼した。私はハフォン軍総司令のデメオンだ。クーデター対策本部のサベスはもう面識があるな。私の隣に居るのが、参謀本部長のシャブワ、向こうにいるのが艦隊総司令のウーフェリア、艦隊司令部長のジョニジョルだ。
「本来ならもう少し大がかりな会議に掛けて作戦行動を練るところだが、今回はそれだけの人数を集めている時間がないことと、人数を集め過ぎると反乱軍のスパイが紛れ込む可能性が高いのでね。
「さて、時間が無い。単刀直入に行こう。マサシ、情報軍を通して提案された君達の作戦案だが、現時点で最も可能性の高いものだと評価されている。どうも我々は転職を考えねばならない時期に差し掛かっているようだ。
「ただ、何箇所かどうしても確認しておかねばならない点がある。多分、君達の個人技に依って突破される所なのだろうが、常識で考えるとどうしても不可能なポイントがあってね。」
 
 俺に声をかけた男は、お偉いさんどころか、総司令だった。
 どうやら、濃紺の制服は総司令部のもので、ライトグレイの制服が艦隊の制服のようだ。
 
 しかし、いくら何でも俺たちがつい先ほどたった20分程度で考えたものが最良というのは、にわかに信じがたいものがある。
 基本的に奇計・奸計の苦手なハフォン人の馬鹿正直さと、それぞれ別の分野で力業の突破が可能なだけの技量を持つブラソンと俺との発想の間に出来るギャップだろうか。
 多分そういうものなのだろう。
 逆に連中から見れば、こんな超変化球な作戦をたちまちのうちに思いつく俺たちは、悪知恵が回り過ぎる不気味な奴らに見えるのだろう。
 
「さて。一番問題になる重力ジェネレータの外部焦点によるベレエヘメミナシールドジェネレータへの連続攻撃だが。」
 
 デメオンと名乗った総司令はそこで一瞬言葉を切り、そして俺の眼を真っ直ぐに見た。
 この手酷く荒っぽい作戦の発案者は俺という事になっている。
 その視線はまるで俺に、本当にこの命を削る様な作戦を実行するだけの覚悟はあるか、と問うている様だった。
 
「許可しよう。ハフォン国内法には軍民問わず重力焦点で自国施設を攻撃してはならない、という条項はない。
「原理的にも、重力焦点は空間転移シールドを超えられると、シャブワが技術者達に確認した。だから君の云うとおり、後で政治家に少しばかり汗をかいて貰うとしよう。」
 
 デメオンはそのまま俺をまっすぐ見ている。
 
「まず一点目だ。最初のベレエヘメミナへの垂直降下だが、本当に出来るのか? 出来たとして、ベレエヘメミナ砲台からの攻撃はどうするつもりなのだ?」
 
 デメオンだけではない。会議室の中にいる全員の視線が全て俺に集まっている。
 勘弁してくれ。
 俺は小心者の小市民なんだ。お偉い人達から熱い視線でそんなに見つめられて、緊張してぶっ倒れたらどうしてくれる。
 
「ベレエヘメミナと、周辺に展開する反乱軍艦隊の最内縁との間には10万kmの隙間がある。俺達の姿が最内縁の船に捕捉されるのに0.3秒、照準を合わせるのに0.1秒、レーザーが到達するのに0.3秒かかる。合計、最低でも0.7秒のタイムラグがある。十分だ。
「ベレエヘメミナからの砲撃だが、先に連中の目を潰してしまえばいい。そうすれば、最悪でも0.4秒稼げる。」
 
「どうやってセンサープローブを潰すつもりだ? センサーは小さい。しかも全帯域でステルスがかかっている。」
 
「位置は分かっているのだろう? 特定して撃ち抜けばいい。レーザーをスキャンモードで撃てば当たる。」
 
 大概のレーザー砲は砲身が数度動くように作られている。レーザーを撃ちっ放し状態にして砲身を動かすことをスキャンモードという。
 全帯域ステルスとは云っても、本当に透明な物質になっているわけでもないだろう。
 可視光などは問題無いレベルでスルー出来たとしても、エネルギーの高い攻撃用レーザーを完全スルー出来るとは到底思えない。
 そして使用するレーザーは、何も戦艦の主砲クラスである必要は無い。センサープローブなど、対デブリレーザーで充分排除出来るだろう。
 対デブリレーザークラス以上のレーザー砲であれば、駆逐艦でさえ一隻当たり十門以上は搭載されているだろう。
 プローブ一個当たり0.1秒としても、ざっくり100個/秒程度で処理出来る。
 
「空間転移シールドにできた穴からシールド内部に入る必要性は? シールド内部は幅がたった30kmしかない。狭いところではそれが10km程度にもなる。本当にそんなところを駆逐艦で飛び抜けるつもりか?」
 
 当然の質問だった。
 数千km/secという速度が簡単に出る宇宙船で、攻撃される可能性のある30kmしか幅の無い航路を延々と飛び続けるなど、まともな奴がする事では無い。
 
「矢鱈めったらにどこでも良いからとベレエヘメミナに突入するわけには行かない。システムメンテナンスルーム近くに突入する必要がある。先ずはシールドに穴を開けて潜り込み、次にシールドの内側でシステムルームに接近する。
「幅30km? 十分だろ。秒速300kmで飛んでやるよ。」
 
 誇張した訳じゃない。
 そもそも、あまりふかさないように気を付けていたくらいだ。隠し球にするため口に出していない事も沢山ある。
 しかし、このときのお偉いさん方の顔はなかなかの見物だった。
 
 
■ 1.31.3
 
 
 マサシは総司令の質問に答えている。
 この五人は本当にシロなのか?
 ここで計画が漏洩すれば、俺たちの命に関わる。艦隊総司令だからと言って油断ならないのは、五つもの基幹艦隊と、守りの要であった筈のベレエヘメミナまでもが、司令官ごとクーデター側だった事からも明らかだ。
 クーデター対策本部長のサベスさえ疑うべきだと、ブラソンは思っていた。
 
 また左目の視野をネットワークに切り替える。
 対策本部からアクセスしていた関係上、今はもう軍のアクセスポイントを使い放題となっていた。楽で良い。
 軍警察の気配を気にしながら、グレイなIDを使ってジャックしたアクセスポイントに繋いでいるのとは安心感が違う。
 もっとも、あれだけ嫌っていた国家権力の手先になってしまったような居心地の悪さを感じているのは別の話だが。
 
 ネットワークの3D空間に立って、おもむろに振り返る。
 一度気が付けば、見つけだすのは容易い。そこには例の黒い扉があった。通常のネットワークとはっきり区別するため、例の薄ぼんやりとした水色のネットワークは、はっきりとした青い色に変更し、赤い通常回線とは分離して表示するようにした。
 このラシェーダ港の中にも、いくつもの黒い扉が立っている。
 ブラソンはすでに、この青色のネットワークはクーデター一派の連絡用ネットワークだとほぼ断定していた。
 つまり、ラシェーダ港の中にもクーデター組織に属する者が居たことになる。いや、多分、現在進行形で今もいるだろう。特定は出来ないが。
 
 青色のネットワークには未だ侵入に成功していなかった。正確には、侵入を試していなかった。侵入するためにはそれなりの労力と戦力が必要になり、相手が対応策を採る前に一気に完全に陥落させねばならない。条件を整えねばならない上に、今現在ブラソン自身は青色のネットワークに侵入する必要もなかった。
 
 青色のネットワークに侵入出来てはいないので通信の内容は分からないが、物理的に同じアクセスポイントを使用している関係上、黒い扉で表示されるアクセスポイントを通過する情報の流れだけは見ることができた。
 至近の黒い扉を抜けるデータ流はなかった。
 つまり、目の前に座っている五人は多分クーデター組織には属していないと言うことだ。もし自分が敵性の組織に何の疑いもなく紛れ込め、あまつさえ最高幹部たちによって自分達を攻撃しようと云う会議が開かれたなら、画像付き音声で一部始終を中継するだろう。
 だが、今眼の前にある黒い扉を抜けるデータはない。つまり、この五人はクーデターとは関係無い。この会議の内容が反乱軍に漏れる心配は無い様だった。
 少なくとも、今の時点では。
 ブラソンは左目を元に戻し、会議に戻った。
 
 会議はマサシとブラソンに対して、技術的または技量的に難しいと考えられるポイントについて、どの様に対処するかという質問を中心に進んだ。
 マサシがテランで無ければ気が触れたのかと思える様な答えを次々と、司令官達の質問に対して回答していく。
 ブラソンも同様に、ベレエヘメミナに突入した後のベレエヘメミナネットワークの攻略について司令官達から質問を受け、そして同様に彼らを驚愕させる様な回答を次々と返していく。
 司令官達は余りに意表を突いた、もしくは予想の遥か上を行く彼ら二人の回答に対して完全に鼻白んだ態度を示していたが、しかしそれでもブラソンの回答は奥の手とも言える最強の「武器」の存在を隠した状態であった。
 マサシも同様にそれなりの安全マージンを見込んだ上で回答し、それでもその回答は会議に臨席する司令官達の度肝を抜くだけのインパクトを持っているのだろうと、ブラソンは想像した。
 
 彼らの予想の遥か上であったり、非常識であったりもする回答を受けた上で、作戦は実行可能なものであり、実施に当たっての細かな部分の作り込みを行うと結論が出され、会議は終了した。
 会議が終わって、部屋を出たところでブラソンはサベスに声を掛けた。
 廊下は忙しく行き来する多数の軍人達で埋まっている。
 構わない。表面的にはそれほど致命的な話をするわけではない。
 
「マサシが連れてきたダナラソオンをどうするんだ?」
 
 ブラソンの横を並んで歩くサベスは、ちらりとブラソンの顔を見て言った。
 
「軍機だ。言うと思うか?」
 
「いや。構わない。今はダナラソオン自体に興味はない。が、可能なら頼みたいことがある。」
 
「なんだ? 面会させろとか無理だぞ。」
 
「そうじゃない。俺が興味あるのは、奴の携帯端末だ。パワーを落として王宮の奴の自室に放置してある筈だ。手に入れられるか?」
 
 サベスはブラソンの顔から視線をはずし、思案顔になる。
 クーデター組織の巣窟となっている王宮から、いかにして端末を持ち出すかを考えているのだろうか。
 
「厳しいが、無理じゃない。重要なことか?」
 
「重要だ。あんた達にもそのうち重要になる筈の情報だ。中身を調べて欲しい。システムがおかしな事になっていないか、通信機能に変なところはないか。」
 
「なんだそれは? 何か掴んでいるのか?」
 
 サベスが食いついた。
 歩くのを止めて、厳しい目つきで振り返ったブラソンを真正面から見据える。
 全てを明かすのは得策ではない。
 今彼らに青いネットワークに手を出して欲しくない。
 技量の低い情報軍の兵士に引っかき回されて、反乱軍を警戒させる訳には行かない。
 ブラソンには、この青いネットワークの決定的な使い道の腹づもりがあった。
 
「いいや。確認だよ。これだけ探し回って何の情報もネットワーク上に見つけることが出来ない。ということは、連中はネットワークを経由しない独自の通信方法を持っていた可能性がある。端末間で直接やりとりするとか。それを確認して欲しい。」
 
「なんとかしよう。すぐに手配する。」
 
 サベスは即答した。
 しかしその視線はブラソンの顔の上から外れなかった。何か掴みかけている情報をブラソンが意図的に隠していると疑っているのかも知れなかった。
 だが、サベスのその疑念はダナラソオンの端末を調べることである程度払拭されるだろう。
 この調査は、ブラソン自身が確かめたいことを確認する事と、サベス達へのミスリードも兼ねている。
 多分、携帯端末には何も異常なところは見つからないだろう。そしてその情報は、サベス達に新しい疑問を植え付けると同時に、ブラソンの仮定を補強する材料となる。
 しかしそれならば、奴らはどうやって青いネットワークに接続しているのか。それが今、ブラソンを悩ませている問題だった。
 
「俺たちは今から宇宙(うえ)に上がらなきゃならん。分かったところで聞かせてもらえるかな。」
 
 一歩足を踏み出して足を止め、ブラソンはサベスに再び向き直った。
 
「すまない、もう一つ良いか。」
 
「なんだ。」
 
「ベレエヘメミナのセンサープローブの量子通信IDリストが手に入るか? 全部欲しい。」
 
「無茶言うな、お前。」
 
 サベスが渋い顔をする。手に入りそうだ、とその顔を見て思った。
 
「マサシは全部潰せばいいとか言っていたが、作戦開始直後にハッキングして落とした方が早いし安全だ。作戦成功の可能性が大きく跳ね上がる。頼む。」
 
「確かに、な。何とかする。リストは船の方に送っておけばいいか?」
 
 納得した顔でサベスはブラソンに問うた。
 
「それでいい。無理を言って済まない。助かる。」
 
 サベスは片手をあげて、ブラソンに背中を見せて歩き始めた。それを見送る形で、ブラソンも踵を返し反対方向に歩き始める。
 もうしばらくしたら、駐機場に兵員輸送用のシャトルがやってくるはずだった。
 会議の結論に従って、第四基幹艦隊がブラソン達の乗る駆逐艦を用意する手はずになっている。
 作戦全体のタイムラインに遅れないように準備をしなければならない。
 
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