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本編
真冬のひまわり
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13時半きっかりにゴングが鳴らされた。
バレンタイン合戦、開戦である。
スピーカーからは毎年スタート時恒例、ロッシーニのウイリアム・テルが流れ出し、それぞれのクラスが思考を凝らしてゲスト(貢ぐ生徒)を迎え入れる。
基本的にはアイドルの握手会同様、「姫」がゲストから貢物を受け取るパターンが多い。
そこにサービスとして握手だったり30秒間のおしゃべりだったりを加味したりする。
ただし、呼び込みの為にお礼の品を配ったりする事は禁じられている。
ホスト側の「姫」が提供できるのは、「姫」の魅力のみ。
ただ「姫」の魅力を伝える為に姫の特技を提供する場合は、実行委員会にアウトかセーフかお伺いを立てて、提供する場合がある。
絵の上手い「姫」がイラストを提供するとかだ。
他にもサインを書くなどもあるのだが、色紙など書いてもらうものはゲスト側が持ってくるルールになっている。
シルクは当然、握手会様式で回転数を上げないとゲストをさばききれないので、本当、ただのアイドルみたいになっている。
ウィルは本好きを売りにしているので、握手はしないでどんなジャンルが好きか聞いて最近読んだおすすめの本を教えてあげたり、ゲストが持ってきた本にサインをする形をとっている。
毎年変わった対応をするのはリオとガスパー。
二人はゲストに近づかない。
離れた安全な場所にただ座っているだけ。
来たゲストはその姿を拝み、目に焼き付けて帰っていく。
それでもリオの方はにこにこ笑いながらゲストを見てたまに手を振ってあげたりもするのだが、ガスパーに至っては酷い。
とにかく興味がないので、座って携帯ゲームをしてたり、本を読んでいたり……しまいには寝てる。
しかしガスパーファンは変な奴が多いので、むしろ無防備に寝ている貴重な姿を見れたと喜んで帰るらしい。
その他、歌とか踊りとか楽器が得意な姫はオンステージをしているし、ゲームが得意な姫がひたすらゲームをしているクラスもある。
服装も様々で、運動部の奴は道着やユニフォームな事が多いし、シルクやライルみたいに女装する姫もいるし、アニメや歴史好きな姫だとそのコスプレをしてたりもする。
とにかく、バレンタイン合戦本番。
その姫の良さをここぞとばかりに全面アピールするのだ。
でだ。
俺の売りというのが、悲しいかな「食べる事」らしい。
いや、食べるのは好きだけどさ~。
「だからって、もぐもぐタイムって何だよ!!」
「あはははは!!」
「笑い事じゃねぇ!俺は動物園の動物か?!」
「もぐもぐタイムって元々はカーリングの試合から言われ始めたんだぞ?サーク?」
「なら5分で食って良いんだな?!」
「5分で食えるんならな。」
ふふんとばかりに笑うライル。
メチャクチャ男前な態度なのに、ゴスロリメイドだしおっぱいでけぇし、メイクもバッチリだし……何なの?!
開始早々、3年の教室には貢物を持った生徒が押し寄せているが、14時30分にもぐもぐタイムをすると宣言したからか、俺を訪ねてくるゲストはほとんどいない。
他の教室が騒がしい中、俺はのんびりと過ごしている。
うるさくない程度にかかるBGM。
毎年、担当者の色が出るのだが、今年は洋楽好きが組んだようだ。
しかも重低音好きっぽい。
「なんか、シルクが踊りだしそう。」
「そんな暇ないだろ。うちのクラスの前まで列が来てるんだぞ?」
「いやアイツはマイペースだしサービス精神旺盛だから踊りながら握手してさばくぞ。」
わっとA組の方から拍手と指笛が聞こえる。
俺はクラスメイトと顔を見合わせる。
「ほらな?」
「え、見てきていい?!」
「これから並ぶんじゃ大変だぞ?」
「ボックスに入れてちょっと覗くだけだから平気~。」
そう言ってカバンから貢物を出してそそくさとA組に向かうクラスメイト。
俺はそれに手を振って見送った。
貢物を渡す方法はいくつかある。
目玉はそのクラスに行って姫に渡す方法。
基本的にはこれ。
その他にはクラスの前と実行委員会控室(生徒会準備室を借りてる)前に設置される回収ボックスに入れる方法だ。
本命以外はここにぽんっと入れる奴が多い。
たまに恥ずかしくて本命のもここに入れる奴もいる。
ちなみに本命とそれ以外というのは区別される。
どうやって分けるかというと、生徒全員に実行委員会から「本命シール」なるものが一人一枚だけ配られる。
それを貼って渡した貢物が本命となり、貢物の総数の他、本命の個数も集計される。
「ただいま~。」
「お~、どうだったよ?!」
「それよりさ!サーク!!ちょっと来てみろって!!」
シルクを見に行ったクラスメイトが興奮気味に俺を呼んだ。
なんだろうと扉から顔を出すと……。
「え?!」
「良かった~!俺、マジで貢物集まんないのかと思ってたわ~。」
クラス前に設置された回収ボックス。
そこにそれなりの貢物が入れられていた。
俺は驚いて箱に駆け寄った。
「そうか……俺、2番手3番手狙いだもんな~。」
部活の仲間や後輩がチラッと顔を出してくれる以外、誰も訪ねて来ないので正直やっぱり俺じゃ駄目だったのかなぁと少し落ち込んでた。
けれど直接会いに来る人はいなくても、俺に貢物をくれる人はいるようだった。
ちょっと感動してしまった。
「良かった……マジで……。」
俺はそれを一つ一つ手にとって感謝する。
ギャグのようにうまい棒が多いが、バレンタイン合戦にわざわざ俺にくれたというのは10円チョコだって死ぬほど嬉しい。
「お、こっちも結構入ってるな!」
そこに、実行委員会控室前に設置されている回収ボックスを見に行ったライルが袋を下げて帰ってくる。
袋はそれなりに膨らんでいて、見た感じ殆どは駄菓子っぽい。
それでもなんか死ぬほどほっとした。
他のクラスが列を作って凄い事になってるから、何気に落ち込んでいたのだ。
「出だしにしては順調順調~。」
ライルがニカッと笑う。
その揺るぎない自信に満ちた顔を見ると本当安心する。
「ライル~!!」
「大丈夫だって!俺がプロデュースしたんだぜ?!これだけじゃ終わらせないからな!!」
思わず抱きつくと、いつもの数倍男らしく支えてくれた。
女装してて無駄に乳デカイけど!!
ライルが何を根拠にそんなに自信があるのかはわからない。
でもライルがそうしててくれるだけで俺はほっとするのだ。
「……あ、あの~。」
そんなふうにわちゃわちゃしていると、2年の生徒に声をかけられる。
俺はきょとんとそれを見ていたが、ライルは営業スマイルを決めて微笑んだ。
「はい!どうしましたか?!」
「あ……と、とりあえずこれ……。」
「ほら、サーク!!」
「あ、ありがとう……。わ~、知り合い以外から直で受け取ったの初めてだよ、俺。マジ、ありがとう。」
「そうなんですか?!こちらこそありがとうございます!!……それで……もぐもぐタイムの受付って何処ですか??」
「?!」
「あ~、そろそろ始めるか~。ちょっと待っててね。サーク、これ持ってて。」
ライルはそう言うと俺にビニール袋を渡し、残っていたクラスメイトに声をかけ会場作りを始めた。
そして慣れた調子で廊下に赤いマスキングテープで並ぶ列を作り始める。
声をかけてきた生徒は嬉しそうに先頭に並び、いつの間にか「もぐもぐタイム最後尾」と書かれたスケッチブックをクラスメイトから渡されて頭上に掲げた。
そうしたら遠巻きにたむろしていた生徒たちがサササッと寄ってきて並び始めた。
「……え?!マジ?!」
「お~、思ったより早くから集まってたんだなぁ~。」
人が集まりだすのがライルの予想より早かったようで、列は作る側からいっぱいになっていく。
驚きのあまり唖然とする俺を、並んでいる生徒がわくわくした顔で見つめている……。
なんか恥ずかしくなって俺は教室の中に逃げ込んだ。
「……ふふっ、可愛い~。」
「うちのモモンガみたいだ~。」
「何食べるのかなぁ~。」
そんな言葉が聞こえる。
いや、俺なんかに列ができると思ってなかったからびっくりしたけど……。
やっぱり誰も来ないかと思ってたからちょっと嬉しい……。
嬉しいのだが……。
「……完っ全に向けられてる視線が……好きなアイドルとか推しに対するものっていうより…………動物を愛でる視線だな……。」
もふもふの犬猫を微笑ましく見つめる様な……。
まぁ、一番を目指さず浅く広く2番手3番手を目指してきたからこれでいいのだけれども……。
「……早く人間になりた~い!!」
「わかったわかった。わかったから向こう行ってろ。邪魔だから。」
「なんだよそれは?!」
「なら椅子並べんの手伝え、姫。」
クラスメイトにそう言われ、俺は仕方なく椅子並べを手伝う。
姫がこういう扱いってどうなのよ?!マジで?!
そんなところにパシャッとシャッター音が聞こえる。
驚いて顔を上げると、写真部の巡回だった。
「おい~、こんなところ撮るなよ~。」
「あ、すいません!作業着だったし、姫だと思わなくて……。」
「おい!!」
俺のツッコミに皆が笑う。
釣られて俺も笑ってしまった。
「もぐもぐタイム、盛況そうですね!!写真取りに来て良いですか??」
「良いんじゃないか?別に?」
「ライブカメラは?」
「ライブカメラ?!」
「あ、知りません?!そっか、休んでましたもんね?今回から放送部と写真報道部で協力してバレンタイン合戦生ライブしてるんですよ!」
「ナニソレ?!」
びっくりして聞き返すと、写真部の生徒はスマホでライブ中継を見せてくれた。
どうやら写真を取ってどんどんインスタに上げるだけでなく、今年からは生ライブもやっているらしい。
休んでいたり通院で話し合いに行かなかったりもしたので、俺はバレンタイン合戦の情報が少し抜けているのだ。
ちょうど2年のところに撮影班はいるらしく、リグが映っている。
「お~、リグだ~。」
「2年の一番人気ですからね。来年の優勝候補です。」
「今年はやっぱシルク?」
「そりゃファンの数が尋常じゃないですからね。バレンタイン合戦始まって以来のファン数だって言われてますよ。」
「うわ~怖~。」
「何か相当な大ドンデン返しでも起きない限り、優勝は揺るがないと思います。」
「だよなぁ~。」
さばいてもさばいても減る事のないシルク目当ての列に俺は苦笑いする。
写真部の生徒は出来上がった即席会場をカメラに収めると、ウィルのB組を撮りに去っていった。
俺は自分のスマホを取り出して、生ライブを見る。
リグはバーテンダーみたいな格好に黒いうさぎの耳をつけたバニーボーイ風な格好をしていた。
細身で背丈もそれなりにあるのでスラッとしてよく似合ってる。
さすが2年の一番人気だけあって列もできているようだ。
サービスとして一緒に写真を撮っているらしい。
たまに必要以上にくっつこうとする奴がいて周りの騎士たちが止めている。
「あ~あ、リグは怒るとねちっこいぞ?!」
案の定、そいつの頭をワシ掴みにすると、ライブカメラに晒して何か言っている。
本当「姫」に選ばれると、か弱いと勘違いする奴が多いけど、「姫」とはいえ男だし、2、3年で3学期の姫をやってバレンタイン合戦に望むような手練は負けん気の強い奴が多いのにな。
そんなリグ見ながら思わず笑ってしまう。
でもこんなの生中継されたら、カレシ(予定)もムッとするだろうな~なんて、どうでもいい事を俺は少し考えていた。
「サーク。」
「んあ?」
廊下にいたライブが手招きしてる。
なんだろうと顔を出すと、シルクの列にイヴァンがいた。
コイツなら一番乗りしたかと思ったのにちょっと驚いた。
「あ、サークさん。」
「お~、なんか久しぶり~。」
「お久しぶりです。元気そうで良かった。」
「あ~。」
俺は言葉を濁した。
おそらく、イヴァンは知っているのだろう。
でも何でもないようにいつもの爽やかな顔で対応してくる。
知ってて触れずにいたのもある意味コイツなりの判断なんだろう。
「悪いな。」
「いえ。何も言ってこないって事は、僕は関わらない方が良いんだと思いましたし。……でも、シルクさんを泣かせた事は許してませんから。」
にっこり爽やかな笑顔でイヴァンはそう言った。
その顔は、いつぞやのポスター撮影の時のようでゾッとする。
周りもイヴァンの発言及び温和そうなイヴァンの静かなる怒りにギョッとしている。
「いやちょっと待て?!俺がいつシルクを泣かしたんだよ?!」
「罪な人ですよねぇ~。サークさん。あのシルクさんが貴方を助ける為に罰を受けるほどの無理をして……。その上あそこまで泣かせておきながら、帰ってきたらしれっといつも通り隣に立っちゃうんですから……。」
「は?!え?!……えぇ~っ?!」
周囲も「あぁ、あの事か~」と俺を白い目で見てくる。
いや待て?!気持ちはわかるが、それは逆恨みだろ?!
アワアワする俺をギンッと冷たく睨むイヴァン。
し、知らなかった……イヴァンって、敵意を向けた相手にはこんな冷酷な顔をするんだ……。
あまりの事に俺が口をパクパクさせて押し黙っていると、突然、プッとイヴァンは吹き出した。
「あははははっ!!見たことない顔してる!!サークさん!!」
「……へっ?!」
「あ~面白い~!」
「お、面白い?!」
「ふふふっ……。さすがにあそこまで泣いてるのを見ちゃうと、サークさんが悪くないとわかってても腹立たしかったんですけどね~。あははははっ!!ちょっと仕返ししてやろうと思ったんですけど……あはははは!!そんな顔されたらできないですよ!!あ~!面白い~!!」
「は?!どういう事?!」
パニクる俺をよそにイヴァンはゲラゲラ笑っていた。
列が少し前に進み、俺は一緒に前に進む。
笑いが一段落すると、ふぅ……とイヴァンは大きく息を吐いた。
「……わかってるんです。サークさんはあの時それどころじゃなかったでしょうし、シルクさんがあんなに泣いたのはサークさんが悪い訳じゃないって。」
「いや、それは……。」
俺も話に聞いただけだし、その時シルクが何を言ったのかは知らない。
それでも、俺の為にシルクが必死になってくれた事はわかっている。
何とも言えず、申し訳ない気持ちになった。
「ごめん……。」
「何でサークさんが謝るんですか?これはね、単なるヤキモチなんです。あの人があなたの為にはあんなに必死になって、周りの目も気にできないほど泣いてしまえるんだなって思ったら…………悔しくて……。」
「イヴァン……。」
やるせないような顔で笑うイヴァン。
コイツがどれだけ長い間、ずっと真っ直ぐ、シルクだけを想っていたか俺は知っている。
何か言わなければと口が開いた。
「……でも、一番かっこ悪いのが誰か、俺、わかったんです。」
イヴァンが「俺」と言った。
ハッとした。
イヴァンの表情。
だから俺は言葉を飲み込んだ。
「シルクさんは大切な人の為にみっともなく必死になれる人です。表面を綺麗に保つ事なんかかなぐり捨てて、その人の為に必死になれる人です。」
「イヴァン……お前……。」
イヴァンはそれ以上、何も言わなかった。
列が前に進む。
俺のクラスの前からB組の方に。
「……行ってきます。」
「おう。」
差し出された拳に拳を当てる。
そして笑って列を進んでいく後ろ姿を黙って見送った。
「……なぁ……シルクの象徴って、何だ?」
しばらくそれを見つめた後、俺は横に並んだライルにそう聞いた。
ライルは俺の肩をぽんっと叩く。
そして全て知っているような男らしい顔で言った。
「シルクは入学してからずっと「姫」だったからいくつかある。でも、一番用いられてるのは「ひまわり」だよ。」
あぁ、そうだよな……。
俺もそんな気がしてたんだ。
俺はだいぶ進んだイヴァンの背中を見つめた。
頑張れ。
今日という日にそれを願うのは間違っているのかもしれない。
それでも、俺はそう思わずにはいられなかった。
バレンタイン合戦、開戦である。
スピーカーからは毎年スタート時恒例、ロッシーニのウイリアム・テルが流れ出し、それぞれのクラスが思考を凝らしてゲスト(貢ぐ生徒)を迎え入れる。
基本的にはアイドルの握手会同様、「姫」がゲストから貢物を受け取るパターンが多い。
そこにサービスとして握手だったり30秒間のおしゃべりだったりを加味したりする。
ただし、呼び込みの為にお礼の品を配ったりする事は禁じられている。
ホスト側の「姫」が提供できるのは、「姫」の魅力のみ。
ただ「姫」の魅力を伝える為に姫の特技を提供する場合は、実行委員会にアウトかセーフかお伺いを立てて、提供する場合がある。
絵の上手い「姫」がイラストを提供するとかだ。
他にもサインを書くなどもあるのだが、色紙など書いてもらうものはゲスト側が持ってくるルールになっている。
シルクは当然、握手会様式で回転数を上げないとゲストをさばききれないので、本当、ただのアイドルみたいになっている。
ウィルは本好きを売りにしているので、握手はしないでどんなジャンルが好きか聞いて最近読んだおすすめの本を教えてあげたり、ゲストが持ってきた本にサインをする形をとっている。
毎年変わった対応をするのはリオとガスパー。
二人はゲストに近づかない。
離れた安全な場所にただ座っているだけ。
来たゲストはその姿を拝み、目に焼き付けて帰っていく。
それでもリオの方はにこにこ笑いながらゲストを見てたまに手を振ってあげたりもするのだが、ガスパーに至っては酷い。
とにかく興味がないので、座って携帯ゲームをしてたり、本を読んでいたり……しまいには寝てる。
しかしガスパーファンは変な奴が多いので、むしろ無防備に寝ている貴重な姿を見れたと喜んで帰るらしい。
その他、歌とか踊りとか楽器が得意な姫はオンステージをしているし、ゲームが得意な姫がひたすらゲームをしているクラスもある。
服装も様々で、運動部の奴は道着やユニフォームな事が多いし、シルクやライルみたいに女装する姫もいるし、アニメや歴史好きな姫だとそのコスプレをしてたりもする。
とにかく、バレンタイン合戦本番。
その姫の良さをここぞとばかりに全面アピールするのだ。
でだ。
俺の売りというのが、悲しいかな「食べる事」らしい。
いや、食べるのは好きだけどさ~。
「だからって、もぐもぐタイムって何だよ!!」
「あはははは!!」
「笑い事じゃねぇ!俺は動物園の動物か?!」
「もぐもぐタイムって元々はカーリングの試合から言われ始めたんだぞ?サーク?」
「なら5分で食って良いんだな?!」
「5分で食えるんならな。」
ふふんとばかりに笑うライル。
メチャクチャ男前な態度なのに、ゴスロリメイドだしおっぱいでけぇし、メイクもバッチリだし……何なの?!
開始早々、3年の教室には貢物を持った生徒が押し寄せているが、14時30分にもぐもぐタイムをすると宣言したからか、俺を訪ねてくるゲストはほとんどいない。
他の教室が騒がしい中、俺はのんびりと過ごしている。
うるさくない程度にかかるBGM。
毎年、担当者の色が出るのだが、今年は洋楽好きが組んだようだ。
しかも重低音好きっぽい。
「なんか、シルクが踊りだしそう。」
「そんな暇ないだろ。うちのクラスの前まで列が来てるんだぞ?」
「いやアイツはマイペースだしサービス精神旺盛だから踊りながら握手してさばくぞ。」
わっとA組の方から拍手と指笛が聞こえる。
俺はクラスメイトと顔を見合わせる。
「ほらな?」
「え、見てきていい?!」
「これから並ぶんじゃ大変だぞ?」
「ボックスに入れてちょっと覗くだけだから平気~。」
そう言ってカバンから貢物を出してそそくさとA組に向かうクラスメイト。
俺はそれに手を振って見送った。
貢物を渡す方法はいくつかある。
目玉はそのクラスに行って姫に渡す方法。
基本的にはこれ。
その他にはクラスの前と実行委員会控室(生徒会準備室を借りてる)前に設置される回収ボックスに入れる方法だ。
本命以外はここにぽんっと入れる奴が多い。
たまに恥ずかしくて本命のもここに入れる奴もいる。
ちなみに本命とそれ以外というのは区別される。
どうやって分けるかというと、生徒全員に実行委員会から「本命シール」なるものが一人一枚だけ配られる。
それを貼って渡した貢物が本命となり、貢物の総数の他、本命の個数も集計される。
「ただいま~。」
「お~、どうだったよ?!」
「それよりさ!サーク!!ちょっと来てみろって!!」
シルクを見に行ったクラスメイトが興奮気味に俺を呼んだ。
なんだろうと扉から顔を出すと……。
「え?!」
「良かった~!俺、マジで貢物集まんないのかと思ってたわ~。」
クラス前に設置された回収ボックス。
そこにそれなりの貢物が入れられていた。
俺は驚いて箱に駆け寄った。
「そうか……俺、2番手3番手狙いだもんな~。」
部活の仲間や後輩がチラッと顔を出してくれる以外、誰も訪ねて来ないので正直やっぱり俺じゃ駄目だったのかなぁと少し落ち込んでた。
けれど直接会いに来る人はいなくても、俺に貢物をくれる人はいるようだった。
ちょっと感動してしまった。
「良かった……マジで……。」
俺はそれを一つ一つ手にとって感謝する。
ギャグのようにうまい棒が多いが、バレンタイン合戦にわざわざ俺にくれたというのは10円チョコだって死ぬほど嬉しい。
「お、こっちも結構入ってるな!」
そこに、実行委員会控室前に設置されている回収ボックスを見に行ったライルが袋を下げて帰ってくる。
袋はそれなりに膨らんでいて、見た感じ殆どは駄菓子っぽい。
それでもなんか死ぬほどほっとした。
他のクラスが列を作って凄い事になってるから、何気に落ち込んでいたのだ。
「出だしにしては順調順調~。」
ライルがニカッと笑う。
その揺るぎない自信に満ちた顔を見ると本当安心する。
「ライル~!!」
「大丈夫だって!俺がプロデュースしたんだぜ?!これだけじゃ終わらせないからな!!」
思わず抱きつくと、いつもの数倍男らしく支えてくれた。
女装してて無駄に乳デカイけど!!
ライルが何を根拠にそんなに自信があるのかはわからない。
でもライルがそうしててくれるだけで俺はほっとするのだ。
「……あ、あの~。」
そんなふうにわちゃわちゃしていると、2年の生徒に声をかけられる。
俺はきょとんとそれを見ていたが、ライルは営業スマイルを決めて微笑んだ。
「はい!どうしましたか?!」
「あ……と、とりあえずこれ……。」
「ほら、サーク!!」
「あ、ありがとう……。わ~、知り合い以外から直で受け取ったの初めてだよ、俺。マジ、ありがとう。」
「そうなんですか?!こちらこそありがとうございます!!……それで……もぐもぐタイムの受付って何処ですか??」
「?!」
「あ~、そろそろ始めるか~。ちょっと待っててね。サーク、これ持ってて。」
ライルはそう言うと俺にビニール袋を渡し、残っていたクラスメイトに声をかけ会場作りを始めた。
そして慣れた調子で廊下に赤いマスキングテープで並ぶ列を作り始める。
声をかけてきた生徒は嬉しそうに先頭に並び、いつの間にか「もぐもぐタイム最後尾」と書かれたスケッチブックをクラスメイトから渡されて頭上に掲げた。
そうしたら遠巻きにたむろしていた生徒たちがサササッと寄ってきて並び始めた。
「……え?!マジ?!」
「お~、思ったより早くから集まってたんだなぁ~。」
人が集まりだすのがライルの予想より早かったようで、列は作る側からいっぱいになっていく。
驚きのあまり唖然とする俺を、並んでいる生徒がわくわくした顔で見つめている……。
なんか恥ずかしくなって俺は教室の中に逃げ込んだ。
「……ふふっ、可愛い~。」
「うちのモモンガみたいだ~。」
「何食べるのかなぁ~。」
そんな言葉が聞こえる。
いや、俺なんかに列ができると思ってなかったからびっくりしたけど……。
やっぱり誰も来ないかと思ってたからちょっと嬉しい……。
嬉しいのだが……。
「……完っ全に向けられてる視線が……好きなアイドルとか推しに対するものっていうより…………動物を愛でる視線だな……。」
もふもふの犬猫を微笑ましく見つめる様な……。
まぁ、一番を目指さず浅く広く2番手3番手を目指してきたからこれでいいのだけれども……。
「……早く人間になりた~い!!」
「わかったわかった。わかったから向こう行ってろ。邪魔だから。」
「なんだよそれは?!」
「なら椅子並べんの手伝え、姫。」
クラスメイトにそう言われ、俺は仕方なく椅子並べを手伝う。
姫がこういう扱いってどうなのよ?!マジで?!
そんなところにパシャッとシャッター音が聞こえる。
驚いて顔を上げると、写真部の巡回だった。
「おい~、こんなところ撮るなよ~。」
「あ、すいません!作業着だったし、姫だと思わなくて……。」
「おい!!」
俺のツッコミに皆が笑う。
釣られて俺も笑ってしまった。
「もぐもぐタイム、盛況そうですね!!写真取りに来て良いですか??」
「良いんじゃないか?別に?」
「ライブカメラは?」
「ライブカメラ?!」
「あ、知りません?!そっか、休んでましたもんね?今回から放送部と写真報道部で協力してバレンタイン合戦生ライブしてるんですよ!」
「ナニソレ?!」
びっくりして聞き返すと、写真部の生徒はスマホでライブ中継を見せてくれた。
どうやら写真を取ってどんどんインスタに上げるだけでなく、今年からは生ライブもやっているらしい。
休んでいたり通院で話し合いに行かなかったりもしたので、俺はバレンタイン合戦の情報が少し抜けているのだ。
ちょうど2年のところに撮影班はいるらしく、リグが映っている。
「お~、リグだ~。」
「2年の一番人気ですからね。来年の優勝候補です。」
「今年はやっぱシルク?」
「そりゃファンの数が尋常じゃないですからね。バレンタイン合戦始まって以来のファン数だって言われてますよ。」
「うわ~怖~。」
「何か相当な大ドンデン返しでも起きない限り、優勝は揺るがないと思います。」
「だよなぁ~。」
さばいてもさばいても減る事のないシルク目当ての列に俺は苦笑いする。
写真部の生徒は出来上がった即席会場をカメラに収めると、ウィルのB組を撮りに去っていった。
俺は自分のスマホを取り出して、生ライブを見る。
リグはバーテンダーみたいな格好に黒いうさぎの耳をつけたバニーボーイ風な格好をしていた。
細身で背丈もそれなりにあるのでスラッとしてよく似合ってる。
さすが2年の一番人気だけあって列もできているようだ。
サービスとして一緒に写真を撮っているらしい。
たまに必要以上にくっつこうとする奴がいて周りの騎士たちが止めている。
「あ~あ、リグは怒るとねちっこいぞ?!」
案の定、そいつの頭をワシ掴みにすると、ライブカメラに晒して何か言っている。
本当「姫」に選ばれると、か弱いと勘違いする奴が多いけど、「姫」とはいえ男だし、2、3年で3学期の姫をやってバレンタイン合戦に望むような手練は負けん気の強い奴が多いのにな。
そんなリグ見ながら思わず笑ってしまう。
でもこんなの生中継されたら、カレシ(予定)もムッとするだろうな~なんて、どうでもいい事を俺は少し考えていた。
「サーク。」
「んあ?」
廊下にいたライブが手招きしてる。
なんだろうと顔を出すと、シルクの列にイヴァンがいた。
コイツなら一番乗りしたかと思ったのにちょっと驚いた。
「あ、サークさん。」
「お~、なんか久しぶり~。」
「お久しぶりです。元気そうで良かった。」
「あ~。」
俺は言葉を濁した。
おそらく、イヴァンは知っているのだろう。
でも何でもないようにいつもの爽やかな顔で対応してくる。
知ってて触れずにいたのもある意味コイツなりの判断なんだろう。
「悪いな。」
「いえ。何も言ってこないって事は、僕は関わらない方が良いんだと思いましたし。……でも、シルクさんを泣かせた事は許してませんから。」
にっこり爽やかな笑顔でイヴァンはそう言った。
その顔は、いつぞやのポスター撮影の時のようでゾッとする。
周りもイヴァンの発言及び温和そうなイヴァンの静かなる怒りにギョッとしている。
「いやちょっと待て?!俺がいつシルクを泣かしたんだよ?!」
「罪な人ですよねぇ~。サークさん。あのシルクさんが貴方を助ける為に罰を受けるほどの無理をして……。その上あそこまで泣かせておきながら、帰ってきたらしれっといつも通り隣に立っちゃうんですから……。」
「は?!え?!……えぇ~っ?!」
周囲も「あぁ、あの事か~」と俺を白い目で見てくる。
いや待て?!気持ちはわかるが、それは逆恨みだろ?!
アワアワする俺をギンッと冷たく睨むイヴァン。
し、知らなかった……イヴァンって、敵意を向けた相手にはこんな冷酷な顔をするんだ……。
あまりの事に俺が口をパクパクさせて押し黙っていると、突然、プッとイヴァンは吹き出した。
「あははははっ!!見たことない顔してる!!サークさん!!」
「……へっ?!」
「あ~面白い~!」
「お、面白い?!」
「ふふふっ……。さすがにあそこまで泣いてるのを見ちゃうと、サークさんが悪くないとわかってても腹立たしかったんですけどね~。あははははっ!!ちょっと仕返ししてやろうと思ったんですけど……あはははは!!そんな顔されたらできないですよ!!あ~!面白い~!!」
「は?!どういう事?!」
パニクる俺をよそにイヴァンはゲラゲラ笑っていた。
列が少し前に進み、俺は一緒に前に進む。
笑いが一段落すると、ふぅ……とイヴァンは大きく息を吐いた。
「……わかってるんです。サークさんはあの時それどころじゃなかったでしょうし、シルクさんがあんなに泣いたのはサークさんが悪い訳じゃないって。」
「いや、それは……。」
俺も話に聞いただけだし、その時シルクが何を言ったのかは知らない。
それでも、俺の為にシルクが必死になってくれた事はわかっている。
何とも言えず、申し訳ない気持ちになった。
「ごめん……。」
「何でサークさんが謝るんですか?これはね、単なるヤキモチなんです。あの人があなたの為にはあんなに必死になって、周りの目も気にできないほど泣いてしまえるんだなって思ったら…………悔しくて……。」
「イヴァン……。」
やるせないような顔で笑うイヴァン。
コイツがどれだけ長い間、ずっと真っ直ぐ、シルクだけを想っていたか俺は知っている。
何か言わなければと口が開いた。
「……でも、一番かっこ悪いのが誰か、俺、わかったんです。」
イヴァンが「俺」と言った。
ハッとした。
イヴァンの表情。
だから俺は言葉を飲み込んだ。
「シルクさんは大切な人の為にみっともなく必死になれる人です。表面を綺麗に保つ事なんかかなぐり捨てて、その人の為に必死になれる人です。」
「イヴァン……お前……。」
イヴァンはそれ以上、何も言わなかった。
列が前に進む。
俺のクラスの前からB組の方に。
「……行ってきます。」
「おう。」
差し出された拳に拳を当てる。
そして笑って列を進んでいく後ろ姿を黙って見送った。
「……なぁ……シルクの象徴って、何だ?」
しばらくそれを見つめた後、俺は横に並んだライルにそう聞いた。
ライルは俺の肩をぽんっと叩く。
そして全て知っているような男らしい顔で言った。
「シルクは入学してからずっと「姫」だったからいくつかある。でも、一番用いられてるのは「ひまわり」だよ。」
あぁ、そうだよな……。
俺もそんな気がしてたんだ。
俺はだいぶ進んだイヴァンの背中を見つめた。
頑張れ。
今日という日にそれを願うのは間違っているのかもしれない。
それでも、俺はそう思わずにはいられなかった。
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