竜頭

柔太郎と清次郎

そろばん

　板間に這はいつくばって、清せい次じ郎ろうは算そろ盤ばんを弾はじいていた。
　珠の音が止まると、烏からす口ぐちが紙の上を走る音が始まる。
　それが止まると、また算そろ盤ばん珠たまが弾かれる。
　何度くり返されたか。やがて清せい次じ郎ろうは顔を上げた。にんまりと笑っている。書き上げた図面を板戸の方へ掲げて見せた。
　開け放たれた板戸の奥には、兄の柔じゅう太た郎ろうが腕組みして立っている。頭の天辺から糸で吊されているかのように、背筋がまっすぐに伸びていた。背せ筋すじ同様にまっすぐな視線で、弟が書いた図面の濡れぬれとした墨の跡を見ている。

「己が護るべき城を砲撃する試算ためしをしたのか」

　柔太郎は溜息を吐いた。呆れているようだが、同時に楽しげでもある。

「万が一、攻め手の側にそれがしのような脳のう味み噌そを持つ者がいて、最新式の洋式大たい砲ほう術を駆使して斯か様ように攻められれば、烏からすのねぐらに過ぎない上田の城などあっという間に落ちるということを、御おん殿との、並びに、御年寄ごじゅうやくの方々にお分かり頂くため……という答えでは、兄上はご納得なさらぬでそしょうなぁ」

　清次郎はニヤリと笑ってみせた。

「見くびってくれるな。私はお前ほど聡さとくはないが、それぐらいは理解できる。それにご聡明なる御おん殿とのにおかれてはご納得なさるに違いない。
　だが、年寄り連中には理解できぬだろうよ。
　理解できぬゆえ、お前がまだ学問を成しきらぬと言うのに国くに元もとへ呼び戻して、そのくせ数学と兵学を教授しろなどと仰せになる」

「俺は烏からすのねぐらの番人など、御ご免めん被こうむりたいのですがね」

　心の底からの不満を、清次郎は溜息にして吐き出した。

「己の仕事場になる場所を、そこまでひどいいいようをするものではないぞ」

「いっそのこと、関ヶ原の後に立て直しなどせずに更地のままにしておけば良かったのですよ。仙石せんごく兵部大輔ひょうぶたいふ様もつまらないことをなさったものです」

「他家のお家の事情にまで口を出すでない」

「当家の事であれば口を出して良いと？」

「手続きをきちんと踏めば、あるいは通るかも知れぬよ」

「遊学の件ですが……赤松の父が嘆たん願がん書しょを出して下さるそうです」

「さすが赤松殿だ。道理が解っておられる」

　柔太郎は板の間にストンと尻を落とし、あぐらを掻かいた。