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32 ルイーズの怒り再び
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「リリア妃殿下は体調がよろしくないのです。翡翠宮はお貸しできません。ご自分の宮殿にお戻りくださいませ!」
侍女の一人がこれ以上の侵入を拒むように前へ出た。
まさか断られるとは思っていなかったヴァレリー王太子一行は、怒気を隠さない。
近衛と侍女の応酬が始まった。
「そなたらは王太子殿下の命を聞けないというのか!?」
「王太子殿下であろうとも、ここは後宮です!」
「殿下はリリア妃殿下の義理の息子にあたるのだぞ!?」
後宮であろうと、親子関係があれば入城可能だ。
ヴァレリー王太子側の主張に非はない。
「とにかく、この騒ぎでリリア妃殿下も体調が悪化してしまったようです。王子宮でご対応ください」
侍女たちはリリア妃を抱えるようにして翡翠宮へ踵を返す。
が、私はリリア妃の、振り返る勢いでたなびいた髪の奥の肌を、頬を見てしまった。
「待ちなさい!」
私はジタバタともがいて王太子の腕から逃れると、立ち去ろうとする侍女たちを追いかける。
「なんなの! あなた! 相変わらず図々しいわね!」
侍女たちが行く手を阻む。
埒が明かないので私は脅しをかけた。
「待てって言ってるのよ!」
自分の声とは思えない低い怒気を孕んだ声が響く。
一瞬で空気が緊迫し、リリア妃たちは歩みを止めて身動き一つ出来なくなった。
私は集団の中央にいるリリア妃の前へ回り込むと、その顔を隠している扇を取り上げ、覗き込んだ。
「ああ、やっぱり」
リリア妃の顔は幾つもの痣にまみれ、目の周りや唇が痛々しく腫れあがっていた。
ヴァレリー王太子も息を飲む。
明らかに殴られた跡だ。
それも、一つや二つではない。
リリア妃はぶるぶる震えて地面に座り込む。
「ル、ルイーズ、あなたには悪い事をしたわ。いくらでも謝るわ。何でもするわ。慰謝料もいくらだって払うわ。だから、今は帰ってちょうだい」
小さく愚かな程に震える声で、リリア妃は謝罪の言葉を口にした。
何というか、誠意のかけらもない言葉だ。
本能的な恐怖から口にしているだけで、リリア妃は、ご自分の何が悪かったのかなんて考えていないのだろう。
面白くない。
私が鉄槌を下す前に勝手にボロボロになっていることも、高貴で美しい女性の肌にこのような跡を残す行為も、全てが面白くない。
「リリア妃殿下。あなた、事ここに至ってなお、ご自分だけが可愛いようですね」
冷たい言葉が口をつく。
だって私はこの女に長年要らぬちょっかいを掛けられていたのだ。全ての攻撃をかわし、なぎ倒し、義理の母がすることと放置してきたが、苛立ちだけは募っていた。
そして最後に大どんでん返しの婚約破棄だ。
リリア妃はあの日、大勝利に祝杯を交わしたことだろう。
そんな女を救いたいとは思わない。
私はリリア妃の前に片膝をつくと、母程の年上の女性の顎を掴んで上を向かせた。
周りの誰も私を止められない。
「宰相バルリ侯爵の甘言に乗せられて、ご自分が後宮のトップに立つ事を夢見てしまったのね。時期王妃はあなたの姪だもの。ルルヴァル王国の出身同士、蜜月を築いて味方に引き入れるおつもりだったのでしょう?」
痣に囲まれ、瞼を腫らしたリリア妃の黒い瞳が、恐怖を宿した。
「長年、王に可愛がられなかった恨みを、時期王妃を手なずける事で晴らそうとしたのね」
私から目を逸らせなくて、リリア妃はその黒い瞳からボロボロと涙を流す。
「いずれ宰相派に実権を握らせて、時期世代を操ろうとしたのね。そうすればあなたは影の最高権力者として、悠々自適に過ごせるものね。愛人の宰相バルリ侯爵と共にね」
すべて言い当てられて、リリア妃は全身を強張らせた後、その黒い瞳は力を失った。
「その為に邪魔だった大公派の私を排除したのに、テオドリック様もエルミナ様も捕まって、上手く行かなかったものだから、あなた、宰相に殴られているのでしょう?」
リリア妃殿下はとうとう声をあげて泣き出した。
私はその顎を離すと、立ち上がってこの国の第二王妃を見下ろした。
「ふふ。あははは。あはははははははは! ばーか!」
結局この言葉が一番堪えるらしい。
一瞬何を言われたか理解出来ずに泣き止み、理解した途端に激しく泣き出した。
私ははしたない事覚悟で声を上げて笑ってやる。
「私に先程誤ったのも、ただ単にこれ以上殴られたくないからよね? 私が翡翠宮に乗り込めば、匿っている宰相様に後で必ず殴られるものね? うふふふ。お可哀想に」
殴られるのは辛いだろう。
痛みを回避したいがために行動を支配されてしまうのは仕方ないだろう。
だが、私も相当痛かったので、まだまだ苛めてやります。
「ヴァレリー王太子殿下。治療が必要なのは私だけではないようですわ。翡翠宮に医者をお呼びしていただけますか? 一緒に医者に診てもらいましょうね、リリア妃殿下」
私はリリア妃の腕を取って立ち上がらせる。
「うふふ。大丈夫ですよ。治療を受けたことは誰にもいいません。だからこの後も、思う存分宰相に殴られてくださいね」
まあ、もうそういう訳にはいかないのだが、お馬鹿なリリア妃は頭が回っていないようなので、とりあえずじゃんじゃん脅しを掛ける。私はその場にいた一行と共に、腰の抜けた第二王妃を引きずるよう引っ張って、意気揚々と翡翠宮へ向かった。
これで王妃様から頂いた使命完了だ!
侍女の一人がこれ以上の侵入を拒むように前へ出た。
まさか断られるとは思っていなかったヴァレリー王太子一行は、怒気を隠さない。
近衛と侍女の応酬が始まった。
「そなたらは王太子殿下の命を聞けないというのか!?」
「王太子殿下であろうとも、ここは後宮です!」
「殿下はリリア妃殿下の義理の息子にあたるのだぞ!?」
後宮であろうと、親子関係があれば入城可能だ。
ヴァレリー王太子側の主張に非はない。
「とにかく、この騒ぎでリリア妃殿下も体調が悪化してしまったようです。王子宮でご対応ください」
侍女たちはリリア妃を抱えるようにして翡翠宮へ踵を返す。
が、私はリリア妃の、振り返る勢いでたなびいた髪の奥の肌を、頬を見てしまった。
「待ちなさい!」
私はジタバタともがいて王太子の腕から逃れると、立ち去ろうとする侍女たちを追いかける。
「なんなの! あなた! 相変わらず図々しいわね!」
侍女たちが行く手を阻む。
埒が明かないので私は脅しをかけた。
「待てって言ってるのよ!」
自分の声とは思えない低い怒気を孕んだ声が響く。
一瞬で空気が緊迫し、リリア妃たちは歩みを止めて身動き一つ出来なくなった。
私は集団の中央にいるリリア妃の前へ回り込むと、その顔を隠している扇を取り上げ、覗き込んだ。
「ああ、やっぱり」
リリア妃の顔は幾つもの痣にまみれ、目の周りや唇が痛々しく腫れあがっていた。
ヴァレリー王太子も息を飲む。
明らかに殴られた跡だ。
それも、一つや二つではない。
リリア妃はぶるぶる震えて地面に座り込む。
「ル、ルイーズ、あなたには悪い事をしたわ。いくらでも謝るわ。何でもするわ。慰謝料もいくらだって払うわ。だから、今は帰ってちょうだい」
小さく愚かな程に震える声で、リリア妃は謝罪の言葉を口にした。
何というか、誠意のかけらもない言葉だ。
本能的な恐怖から口にしているだけで、リリア妃は、ご自分の何が悪かったのかなんて考えていないのだろう。
面白くない。
私が鉄槌を下す前に勝手にボロボロになっていることも、高貴で美しい女性の肌にこのような跡を残す行為も、全てが面白くない。
「リリア妃殿下。あなた、事ここに至ってなお、ご自分だけが可愛いようですね」
冷たい言葉が口をつく。
だって私はこの女に長年要らぬちょっかいを掛けられていたのだ。全ての攻撃をかわし、なぎ倒し、義理の母がすることと放置してきたが、苛立ちだけは募っていた。
そして最後に大どんでん返しの婚約破棄だ。
リリア妃はあの日、大勝利に祝杯を交わしたことだろう。
そんな女を救いたいとは思わない。
私はリリア妃の前に片膝をつくと、母程の年上の女性の顎を掴んで上を向かせた。
周りの誰も私を止められない。
「宰相バルリ侯爵の甘言に乗せられて、ご自分が後宮のトップに立つ事を夢見てしまったのね。時期王妃はあなたの姪だもの。ルルヴァル王国の出身同士、蜜月を築いて味方に引き入れるおつもりだったのでしょう?」
痣に囲まれ、瞼を腫らしたリリア妃の黒い瞳が、恐怖を宿した。
「長年、王に可愛がられなかった恨みを、時期王妃を手なずける事で晴らそうとしたのね」
私から目を逸らせなくて、リリア妃はその黒い瞳からボロボロと涙を流す。
「いずれ宰相派に実権を握らせて、時期世代を操ろうとしたのね。そうすればあなたは影の最高権力者として、悠々自適に過ごせるものね。愛人の宰相バルリ侯爵と共にね」
すべて言い当てられて、リリア妃は全身を強張らせた後、その黒い瞳は力を失った。
「その為に邪魔だった大公派の私を排除したのに、テオドリック様もエルミナ様も捕まって、上手く行かなかったものだから、あなた、宰相に殴られているのでしょう?」
リリア妃殿下はとうとう声をあげて泣き出した。
私はその顎を離すと、立ち上がってこの国の第二王妃を見下ろした。
「ふふ。あははは。あはははははははは! ばーか!」
結局この言葉が一番堪えるらしい。
一瞬何を言われたか理解出来ずに泣き止み、理解した途端に激しく泣き出した。
私ははしたない事覚悟で声を上げて笑ってやる。
「私に先程誤ったのも、ただ単にこれ以上殴られたくないからよね? 私が翡翠宮に乗り込めば、匿っている宰相様に後で必ず殴られるものね? うふふふ。お可哀想に」
殴られるのは辛いだろう。
痛みを回避したいがために行動を支配されてしまうのは仕方ないだろう。
だが、私も相当痛かったので、まだまだ苛めてやります。
「ヴァレリー王太子殿下。治療が必要なのは私だけではないようですわ。翡翠宮に医者をお呼びしていただけますか? 一緒に医者に診てもらいましょうね、リリア妃殿下」
私はリリア妃の腕を取って立ち上がらせる。
「うふふ。大丈夫ですよ。治療を受けたことは誰にもいいません。だからこの後も、思う存分宰相に殴られてくださいね」
まあ、もうそういう訳にはいかないのだが、お馬鹿なリリア妃は頭が回っていないようなので、とりあえずじゃんじゃん脅しを掛ける。私はその場にいた一行と共に、腰の抜けた第二王妃を引きずるよう引っ張って、意気揚々と翡翠宮へ向かった。
これで王妃様から頂いた使命完了だ!
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