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31 リリア妃との遭遇
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かなり遠くに吹っ飛んで行った焼き菓子入りのバスケットを無事に回収し、辺りを見渡すと、すぐ近くに宮殿の姿が見えた。
白い石壁に緑の屋根が美しい、いくつもの塔が建つ華奢な宮殿だ。
ラマティア王国第二王妃、リリア妃殿下の宮殿である。
「アルベール、あっちから帰るわよ」
来た道を引き返そうとするアルベールを方向転換させ、リリア妃の宮殿の方を指さす。
「あちらはリリア第二王妃の宮殿、翡翠宮ですよ」
いつの間にか近くにいたヴァレリー王太子の声にびっくりする。
「うわ! 出た!」
私はアルベールにしがみついた。
「出たって、あのね。幽霊ではありませんよ」
ヴァレリー王太子は近衛を三人も従えて、私たちを追いかけて来たらしい。
油断していたとはいえ、全く気配を感じなかった。
さすが王子様だ。
「あらぁ、あちらがリリア妃殿下の宮殿でしたのね! せっかく来たのですから妃殿下にご挨拶してから帰りましょうかしら~」
私は咄嗟に寸劇を続け、ヴァレリー王太子から逃げるように視線を逸らし、アルベールを翡翠宮に向かわせようとする。
「いやいや待て待て。いきなり庭から入るのはどう考えてもおかしいだろう」
ヴァレリー王太子は私を抱くアルベールの腕をガシッと掴んだ。
アルベールが王太子の手を振り払える訳がないのだ。
この王子やりよる。
仕方なしに私はするりとアルベールの腕から抜け出て、翡翠宮の方角へ逃げる。
「私、リリア妃殿下にも言いたい事があるのです~。テオドリック様を婚約破棄という行動に追い込んだのはリリア妃殿下ですからね~。一言、言ってやるのです~」
別に今更リリア妃と話す事なんて無いのだが、何としてでも私の立場を利用してリリア妃殿下まで辿り着かなければならないミッションなのだ。
動きながらなので『地獄耳』が上手に使えないが、近くに人の気配がある。
先ずはリリア妃殿下の配下の者に発見してもらえれば、騒ぎが大きくなって、王妃様にまで伝わるだろう。そうすれば、王妃様がこの宮殿に乗り込む理由が出来る。
「待て待て待て待て。ルイーズ嬢!」
追いかけて来るヴァレリー王太子に捕まらないように必死に逃げるが、なんせ気合いの入ったフワッフワのドレスだ。小道をショートカットして突き進んでいるので足にまとわりつくし、立木に引っかかる。
時々ビリッと布が裂ける音がするが構わず宮殿に向かって突き進む。
「こら。待ちなさい。ルイーズ嬢!」
はい。私の駆けっこなんて王子にとっては牛歩並みでしょう。
とうとう腕を掴まれて捕まってしまった。
いきなり引っ張られたのでバランスを崩して、植木に向かって倒れ込む。
バキボキバキッと小枝を折って、私は転んでしまった。
なんと、ヴァレリー王太子を下敷きに!
「!!!!!」
慌てて飛びのこうとするも、くんずほぐれつ感が半端なく、ドレスが髪が枝に絡んだり、王子に踏まれていたりして、立ち上がれない。
あー、もう、嫌だー!
なんでこの王子といるとこうなるの!?
「殿下!」
「お嬢様!」
お互いの従者が駆け寄り、私たちを助けようとドタバタしていると、
「何じゃ、騒がしい!」
と、女性の声と同時に、夫人たちの一団が現れた。
ヴァレリー王太子を下敷きにしたまま顔を上げると、侍女と思われる初老の貴婦人が、派手な扇で口元を抑えて私たちを見下ろしていた。
その背後に数人の貴婦人がいる。
あ、皆見たことあるお顔だわ。
リリア妃の侍女たちだ。
侍女たちが真ん中にいる貴婦人を囲うように立ちはだかる。
「ルイーズ令嬢。こんなところで、何を、しておるのじゃ」
じりじりと後ずさりをしていくリリア妃の侍女たち。
私たちは完全な不審者だ。
「すまない。迷子の令嬢を迎えに来たら転んでしまっただけだ」
私の下でヴァレリー王太子が簡潔に説明する。
そこで侍女たちは初めて王太子殿下の存在に気付いたようだ。
「ヴァレリー王太子殿下!?」
侍女たちは一斉に王太子に膝を折って礼をする。
真ん中にいる小柄なリリア妃だけが下を向いて、扇でお顔を隠しおろおろしている。
んん? 何か反応がおかしい。
いつもならここぞとばかりに「はしたない」だの「礼儀がなってない」だのこちらの言い分も聞かずに騒ぐはずだ。
しかも、私は今、ヴァレリー王太子と見ようによっては際どい体勢な訳で。
そこをこのリリア妃が攻撃してこないなんて。
「ルイーズお嬢様、お怪我が……」
何とかアルベールに救い上げられた私の腕をアニーが検分している。
真夏だし、短い手袋だったせいで、むき出しの腕に多数の切り傷が赤く線を描いていた。
枝で切ったようだ。
ヴァレリー王太子が私の怪我をした腕を見て騒ぎ出す。
「あああ! 大変だ!! こんなに怪我をして! すぐに医者を呼べ!」
一大事とばかりに王子はアルベールから私を奪うと抱え上げる。
やめて欲しい。
「リリア王妃、翡翠宮をお借りするぞ!」
とヴァレリー王太子はリリア妃の宮殿へ向かおうとする。
向かおうとするが、リリア妃は扇で顔を隠し、下を向いたまま反応しない。
侍女たちの包囲網は完璧で、近寄れないように中央のリリア妃を囲んでいる。
王太子の命令を聞かないリリア妃一行に、王子の近衛たちが不穏な空気を醸し出した。
白い石壁に緑の屋根が美しい、いくつもの塔が建つ華奢な宮殿だ。
ラマティア王国第二王妃、リリア妃殿下の宮殿である。
「アルベール、あっちから帰るわよ」
来た道を引き返そうとするアルベールを方向転換させ、リリア妃の宮殿の方を指さす。
「あちらはリリア第二王妃の宮殿、翡翠宮ですよ」
いつの間にか近くにいたヴァレリー王太子の声にびっくりする。
「うわ! 出た!」
私はアルベールにしがみついた。
「出たって、あのね。幽霊ではありませんよ」
ヴァレリー王太子は近衛を三人も従えて、私たちを追いかけて来たらしい。
油断していたとはいえ、全く気配を感じなかった。
さすが王子様だ。
「あらぁ、あちらがリリア妃殿下の宮殿でしたのね! せっかく来たのですから妃殿下にご挨拶してから帰りましょうかしら~」
私は咄嗟に寸劇を続け、ヴァレリー王太子から逃げるように視線を逸らし、アルベールを翡翠宮に向かわせようとする。
「いやいや待て待て。いきなり庭から入るのはどう考えてもおかしいだろう」
ヴァレリー王太子は私を抱くアルベールの腕をガシッと掴んだ。
アルベールが王太子の手を振り払える訳がないのだ。
この王子やりよる。
仕方なしに私はするりとアルベールの腕から抜け出て、翡翠宮の方角へ逃げる。
「私、リリア妃殿下にも言いたい事があるのです~。テオドリック様を婚約破棄という行動に追い込んだのはリリア妃殿下ですからね~。一言、言ってやるのです~」
別に今更リリア妃と話す事なんて無いのだが、何としてでも私の立場を利用してリリア妃殿下まで辿り着かなければならないミッションなのだ。
動きながらなので『地獄耳』が上手に使えないが、近くに人の気配がある。
先ずはリリア妃殿下の配下の者に発見してもらえれば、騒ぎが大きくなって、王妃様にまで伝わるだろう。そうすれば、王妃様がこの宮殿に乗り込む理由が出来る。
「待て待て待て待て。ルイーズ嬢!」
追いかけて来るヴァレリー王太子に捕まらないように必死に逃げるが、なんせ気合いの入ったフワッフワのドレスだ。小道をショートカットして突き進んでいるので足にまとわりつくし、立木に引っかかる。
時々ビリッと布が裂ける音がするが構わず宮殿に向かって突き進む。
「こら。待ちなさい。ルイーズ嬢!」
はい。私の駆けっこなんて王子にとっては牛歩並みでしょう。
とうとう腕を掴まれて捕まってしまった。
いきなり引っ張られたのでバランスを崩して、植木に向かって倒れ込む。
バキボキバキッと小枝を折って、私は転んでしまった。
なんと、ヴァレリー王太子を下敷きに!
「!!!!!」
慌てて飛びのこうとするも、くんずほぐれつ感が半端なく、ドレスが髪が枝に絡んだり、王子に踏まれていたりして、立ち上がれない。
あー、もう、嫌だー!
なんでこの王子といるとこうなるの!?
「殿下!」
「お嬢様!」
お互いの従者が駆け寄り、私たちを助けようとドタバタしていると、
「何じゃ、騒がしい!」
と、女性の声と同時に、夫人たちの一団が現れた。
ヴァレリー王太子を下敷きにしたまま顔を上げると、侍女と思われる初老の貴婦人が、派手な扇で口元を抑えて私たちを見下ろしていた。
その背後に数人の貴婦人がいる。
あ、皆見たことあるお顔だわ。
リリア妃の侍女たちだ。
侍女たちが真ん中にいる貴婦人を囲うように立ちはだかる。
「ルイーズ令嬢。こんなところで、何を、しておるのじゃ」
じりじりと後ずさりをしていくリリア妃の侍女たち。
私たちは完全な不審者だ。
「すまない。迷子の令嬢を迎えに来たら転んでしまっただけだ」
私の下でヴァレリー王太子が簡潔に説明する。
そこで侍女たちは初めて王太子殿下の存在に気付いたようだ。
「ヴァレリー王太子殿下!?」
侍女たちは一斉に王太子に膝を折って礼をする。
真ん中にいる小柄なリリア妃だけが下を向いて、扇でお顔を隠しおろおろしている。
んん? 何か反応がおかしい。
いつもならここぞとばかりに「はしたない」だの「礼儀がなってない」だのこちらの言い分も聞かずに騒ぐはずだ。
しかも、私は今、ヴァレリー王太子と見ようによっては際どい体勢な訳で。
そこをこのリリア妃が攻撃してこないなんて。
「ルイーズお嬢様、お怪我が……」
何とかアルベールに救い上げられた私の腕をアニーが検分している。
真夏だし、短い手袋だったせいで、むき出しの腕に多数の切り傷が赤く線を描いていた。
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ヴァレリー王太子が私の怪我をした腕を見て騒ぎ出す。
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やめて欲しい。
「リリア王妃、翡翠宮をお借りするぞ!」
とヴァレリー王太子はリリア妃の宮殿へ向かおうとする。
向かおうとするが、リリア妃は扇で顔を隠し、下を向いたまま反応しない。
侍女たちの包囲網は完璧で、近寄れないように中央のリリア妃を囲んでいる。
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