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第二章 天狗騒動
15 離れたくない(R18)
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温かさに包まれ、源三郎は幸福だった。だが、喜んでばかりもいられない。早く達さなければ、壱子の身体を疲れさせてしまう。
源三郎のまらはすぐに壱子の愛らしさに負ける癖に、中に入ると結構しぶとかった。
抽送を幾度繰り返しても、子種を吐かぬのだ。その間に、壱子は何度も達した。
「あっ、あっ、源三郎、さま、あっ……」
とうとう五度も達し、声が枯れてしまった。
まるでこれでは拷問にかけているようなものだと思う。
無論、源三郎は拷問を見たことはない。ただ話に聞いたことがあるばかりである。生爪を剥ぐとか、重い石を抱かせるとか、穴の中に逆さづりにするとか、聞くだけで怖気が走る。中でも五代将軍綱吉の時代の火附盗賊改中山勘解由の考案した海老責という縄を使った拷問は顎が足首をなめるほどに縛り上げられるもので、話を聞いた時は想像するだけで夜は厠に行けぬほどだった。自白せねば縛り上げられたまま苦痛に喘がねばならぬとは。
壱子もまた本当は身体を休めねばならぬのに、いつまでも源三郎に揺さぶられて休めない。まさしく拷問ではないか。この場合、壱子は自白する必要はない。源三郎が達しさえすればそれでいいのだが。
どうすれば達せるのか。
壱子にとっては、ずっと夢のような心地だった。源三郎は拷問だと思っているが、壱子は拷問という言葉自体知らない。香田角に拷問が存在しないわけではない。ただ壱子のような身分の女性の耳に入らないだけである。
抱き締められ、源三郎のまらに追い込まれるたびに、目の前に明滅する火花を前にただただ言葉にならぬ声を出すしかなかった。あられもない言葉を発するのも止められなかった。
なぜこうなるのか、わからない。けれど、目の前にいる源三郎と離れたくない、つながっていたいという気持ちだけは確かなものだった。
「源三郎さま、あ、もっと、おそばに……」
つながっていても、もっと近くに感じたかった。我知らず腕を差し伸べて胴をつかみ、足を腰にからめていた。
その瞬間、やっと源三郎は果てた。壱子のからみつくような四肢の感触は源三郎のまらに強い刺激を与えるらしい。
初夜よりは早いが、それにしても遅いことに変わりない。
じっとしていると、まるで搾り取られるようなうねりを感じる。実際、幾度も子種が射出された。
壱子は口を半ば開き、目は虚ろだった。力なく投げ出した手足は相変わらず白い。
源三郎は身体を離し、枕紙をとって自分と壱子の身体を清めた。途中で壱子は意識を取り戻した。
「源三郎、さま……」
「お壱、つらくないか」
「いえ」
身を清めているのに気付いた壱子は慌てて枕紙の入った箱に手を伸ばした。
「申し訳ありません」
「動かないで」
壱子は手を伸ばしたまま、動けなくなった。源三郎は壱子の足の間を拭う手を再び動かした。
「自分でいたしますのに」
恥ずかし気な壱子に源三郎は微笑みかけた。
「これくらいはさせてくれ。長い間、つらかっただろう」
「つらくなど……」
源三郎は壱子が気を使ってつらくないと言っているのだと思った。小柄な壱子にとって大男の源三郎の行為は暴力に近いものがあるように思えたのだ。
拭き終えて、寝間着を壱子の身体にそっとかけ、自分は下帯をつけ、寝間着に着替えた。その間に壱子も身だしなみを整えた。
共に床に横になると、源三郎は口を開いた。
「すまぬ。もう少し早く終わらせたいのだが」
壱子は身体ごと源三郎の方を向いた。
「申し訳ありません。お疲れなのに。次からは、ねだるようなことは申しません」
「え?」
たぶん壱子は自分のせいだと思っている。源三郎は慌てた。
「いや、そういう意味ではない。その、私が遅いゆえ、いつまでも、その、あれだ。お壱を離せないのだ。だから、これは私が悪い。本当なら、もっと早くに終わっているのだ」
壱子は不思議そうに源三郎を見つめた。
「もっと早くとは」
「その、つまりは、私がなかなか達せぬゆえ、終わらぬということだ。他の者ならもっと早く終わっている」
「他の者、でございますか」
壱子は困惑しているようだった。無理もない。比較するという発想自体ないのだから。壱子の身分では男を知らぬ身で嫁ぎ一人の男に一生貞節を誓うという考えしかないのだ。
「その、なんだ、普通より私は遅いのだ、子種を出すのが」
「普通はもっと早いのですか」
「早いらしい」
「何故早いとわかるのですか。時を計ったことがあるのですか」
多くの男を相手にした遊女はわかるのだと言えばいいのかもしれないが、壱子はそういう女性がこの世に存在することを知らぬかもしれない。さて、何と答えればよいものか。
困惑していると、壱子が先に言った。
「もしや、吉原とかいうところの女子に言われたのですか」
源三郎はぎゃっと叫びそうになった。
「よ、吉原をご存知か」
「聞いたことがございます。殿方の相手をするために大勢の女人達が集められている場所だと」
初夜の口吸いに戸惑って逃げ出したからといって、壱子は何も知らないわけではないらしい。源三郎は初夜の時に口吸いを上手だと言ってしまった時のことを思い出した。どなたと比べてなどと言われたというのに。また失敗してしまった。もう少しうまく言葉を選べぬものかと源三郎は自分の拙さが情なかった。
「そちらの方に言われたのですね」
いや違うと答えようとして、源三郎はそれはまずいと思った。遊女以外の女性と何かあったと思われるではないか。遊女以外の女性との関わりがあったと思われるほうが厄介だった。やはり、下手な嘘はつかぬがよいらしい。
「まあ、そういうことだ」
壱子はそれに対して何も尋ねなかった。怒っているのかもしれぬと源三郎は思った。実際、壱子の顔は少し険しくなったように見えた。
やはり、遊んでいたと思われたらしい。軽蔑されると思った。もしかすると縁組を悔やんでいるのではないか。
「すまない。私はまっさらな身体じゃないんだ」
「まっさらなとは」
「きれいなってことだ。他の女とつきあったことのない男じゃないんだ」
「他の女の方とつきあったことがないのをまっさらな身体というのですか」
「そういうことだ」
「では、光源氏もまっさらな身体ではないのですね」
飛躍した発言に、源三郎は唖然とした。
「紫の上や女三ノ宮を妻にした時、まっさらな身体ではなかったということですね」
「まあ、そういうことになるな」
源三郎はまだ若菜まで読んでいないので、女三ノ宮が誰かわからぬまま、うなずいた。
「源三郎様は光源氏と同じなのですね」
違う。絶対に違う。源三郎はもし千崎弥右衛門が同じことを言ったら否定したはずである。彼がそんなことを言うなんて金輪際ありえない話だが。
「光源氏のように、藤壺の宮のような女性を求めておいでだったのですか」
どうしてそういう発想になるのか、源三郎の理解を壱子は越えていた。
「いや、その、藤壺の宮って、そんな身分の高い女の人を引き合いに出されても。大体、光源氏みたいに大勢の女の人と付き合いたいとは思わないから」
背中を流れる冷たい汗を感じながらそう言うと、壱子はじっと源三郎を見つめた。
「源三郎さま」
潤んだ目に情欲の熾火を感じたが、錯覚だと源三郎は思った。
「それに吉原といっても、そんなに金を持ってないから、年に二、三回行ければいいほうだし、店も小さいとこだ」
言い訳めいたことを口にしていると思った。けれど、こういう時、何と言うべきなのか、源三郎にはわからない。
「吉原では金がいるのですか」
ただで男の相手をする遊女などいるはずがない。やはり壱子はこういうことは知らないらしい。
「まあ、そういうことだ」
お姫様が知っていていい話とも思えないので、これ以上細かいことは言わないでおきたかった。
「お金で身を売っているのですね」
源三郎はやられたと思った。壱子はなかなか鋭いらしい。
「ということは、源三郎様からお金をいただいて身体を差し出した女の方に、普通より遅いと言われたのですね」
その通りであった。その時の苦い気持ちが今更ながら思い出される。
「遅いと言われるのは嫌なことだったのでしょう」
「なぜ、そう思うのだ」
「先ほど、源三郎様は私が悪いと仰せでした。遅いのは悪こととあちらの女の方から言われたのでしょう。かように言われていい気持ちになる方はいないと思います」
確かにそうだった。終わった後の年増女の疲れ切った顔を思い出すのも嫌だった。
「私は商いのことはよくわかりませんけれど、商人はどんな客にでも不愉快な思いをさせないようにすると聞いたことがあります。その女の方は源三郎様に嫌な思いをさせたのでしょう。それは身を売る者としてよくないように思います。源三郎さまは悪くないと存じます。わざとやっていることではないのでしょう」
そうは言っても、あの小さな店では少しでもお客をたくさん取らないと儲けは出ないだろう。女達にとって金のない自分は迷惑な客でしかなかったのだが。源三郎は女達を責める気はない。彼女達だって、一人の客に時間をとっていては店の主や遣手にうるさく言われるのだから。彼女達は毎日を必死に生きていた。のんびりと生きていた源三郎とはまったく違う境地にいたのだ。
それはそれとして、壱子の言葉に源三郎はどこかほっとしていた。壱子は源三郎を責めるどころか、傷付いた心を思いやってくれた。
「ありがとう。悪くないと言ってくれて。けど、本当のところはつらいだろ。つらかったら途中でもいいから言ってくれ。お壱の嫌なことはしたくないのだ」
「嫌なことではありません」
源三郎は息を呑んだ。やはりそうだ。このまなざしはたぶん……。
「お壱」
源三郎は両手を差し伸べ、壱子を抱き寄せた。壱子もまた源三郎を抱き締めた。
「だって離れたくないから」
そんな囁きを無視できる源三郎ではなかった。
結局、二人は夜半過ぎまで互いを求め合った。
改めて着衣を整え床に入ると、壱子はすぐに寝息を立てた。
源三郎もまた穏やかな気持ちになっていた。これなら、じきに子ができるだろう。
そう思った時、不意に西畑村の重兵衛とおりつの赤子のことが脳裏をよぎった。二人が悲しみを乗り越えて新たな命に恵まれる日が早く来てくれればよいのだが。
源三郎のまらはすぐに壱子の愛らしさに負ける癖に、中に入ると結構しぶとかった。
抽送を幾度繰り返しても、子種を吐かぬのだ。その間に、壱子は何度も達した。
「あっ、あっ、源三郎、さま、あっ……」
とうとう五度も達し、声が枯れてしまった。
まるでこれでは拷問にかけているようなものだと思う。
無論、源三郎は拷問を見たことはない。ただ話に聞いたことがあるばかりである。生爪を剥ぐとか、重い石を抱かせるとか、穴の中に逆さづりにするとか、聞くだけで怖気が走る。中でも五代将軍綱吉の時代の火附盗賊改中山勘解由の考案した海老責という縄を使った拷問は顎が足首をなめるほどに縛り上げられるもので、話を聞いた時は想像するだけで夜は厠に行けぬほどだった。自白せねば縛り上げられたまま苦痛に喘がねばならぬとは。
壱子もまた本当は身体を休めねばならぬのに、いつまでも源三郎に揺さぶられて休めない。まさしく拷問ではないか。この場合、壱子は自白する必要はない。源三郎が達しさえすればそれでいいのだが。
どうすれば達せるのか。
壱子にとっては、ずっと夢のような心地だった。源三郎は拷問だと思っているが、壱子は拷問という言葉自体知らない。香田角に拷問が存在しないわけではない。ただ壱子のような身分の女性の耳に入らないだけである。
抱き締められ、源三郎のまらに追い込まれるたびに、目の前に明滅する火花を前にただただ言葉にならぬ声を出すしかなかった。あられもない言葉を発するのも止められなかった。
なぜこうなるのか、わからない。けれど、目の前にいる源三郎と離れたくない、つながっていたいという気持ちだけは確かなものだった。
「源三郎さま、あ、もっと、おそばに……」
つながっていても、もっと近くに感じたかった。我知らず腕を差し伸べて胴をつかみ、足を腰にからめていた。
その瞬間、やっと源三郎は果てた。壱子のからみつくような四肢の感触は源三郎のまらに強い刺激を与えるらしい。
初夜よりは早いが、それにしても遅いことに変わりない。
じっとしていると、まるで搾り取られるようなうねりを感じる。実際、幾度も子種が射出された。
壱子は口を半ば開き、目は虚ろだった。力なく投げ出した手足は相変わらず白い。
源三郎は身体を離し、枕紙をとって自分と壱子の身体を清めた。途中で壱子は意識を取り戻した。
「源三郎、さま……」
「お壱、つらくないか」
「いえ」
身を清めているのに気付いた壱子は慌てて枕紙の入った箱に手を伸ばした。
「申し訳ありません」
「動かないで」
壱子は手を伸ばしたまま、動けなくなった。源三郎は壱子の足の間を拭う手を再び動かした。
「自分でいたしますのに」
恥ずかし気な壱子に源三郎は微笑みかけた。
「これくらいはさせてくれ。長い間、つらかっただろう」
「つらくなど……」
源三郎は壱子が気を使ってつらくないと言っているのだと思った。小柄な壱子にとって大男の源三郎の行為は暴力に近いものがあるように思えたのだ。
拭き終えて、寝間着を壱子の身体にそっとかけ、自分は下帯をつけ、寝間着に着替えた。その間に壱子も身だしなみを整えた。
共に床に横になると、源三郎は口を開いた。
「すまぬ。もう少し早く終わらせたいのだが」
壱子は身体ごと源三郎の方を向いた。
「申し訳ありません。お疲れなのに。次からは、ねだるようなことは申しません」
「え?」
たぶん壱子は自分のせいだと思っている。源三郎は慌てた。
「いや、そういう意味ではない。その、私が遅いゆえ、いつまでも、その、あれだ。お壱を離せないのだ。だから、これは私が悪い。本当なら、もっと早くに終わっているのだ」
壱子は不思議そうに源三郎を見つめた。
「もっと早くとは」
「その、つまりは、私がなかなか達せぬゆえ、終わらぬということだ。他の者ならもっと早く終わっている」
「他の者、でございますか」
壱子は困惑しているようだった。無理もない。比較するという発想自体ないのだから。壱子の身分では男を知らぬ身で嫁ぎ一人の男に一生貞節を誓うという考えしかないのだ。
「その、なんだ、普通より私は遅いのだ、子種を出すのが」
「普通はもっと早いのですか」
「早いらしい」
「何故早いとわかるのですか。時を計ったことがあるのですか」
多くの男を相手にした遊女はわかるのだと言えばいいのかもしれないが、壱子はそういう女性がこの世に存在することを知らぬかもしれない。さて、何と答えればよいものか。
困惑していると、壱子が先に言った。
「もしや、吉原とかいうところの女子に言われたのですか」
源三郎はぎゃっと叫びそうになった。
「よ、吉原をご存知か」
「聞いたことがございます。殿方の相手をするために大勢の女人達が集められている場所だと」
初夜の口吸いに戸惑って逃げ出したからといって、壱子は何も知らないわけではないらしい。源三郎は初夜の時に口吸いを上手だと言ってしまった時のことを思い出した。どなたと比べてなどと言われたというのに。また失敗してしまった。もう少しうまく言葉を選べぬものかと源三郎は自分の拙さが情なかった。
「そちらの方に言われたのですね」
いや違うと答えようとして、源三郎はそれはまずいと思った。遊女以外の女性と何かあったと思われるではないか。遊女以外の女性との関わりがあったと思われるほうが厄介だった。やはり、下手な嘘はつかぬがよいらしい。
「まあ、そういうことだ」
壱子はそれに対して何も尋ねなかった。怒っているのかもしれぬと源三郎は思った。実際、壱子の顔は少し険しくなったように見えた。
やはり、遊んでいたと思われたらしい。軽蔑されると思った。もしかすると縁組を悔やんでいるのではないか。
「すまない。私はまっさらな身体じゃないんだ」
「まっさらなとは」
「きれいなってことだ。他の女とつきあったことのない男じゃないんだ」
「他の女の方とつきあったことがないのをまっさらな身体というのですか」
「そういうことだ」
「では、光源氏もまっさらな身体ではないのですね」
飛躍した発言に、源三郎は唖然とした。
「紫の上や女三ノ宮を妻にした時、まっさらな身体ではなかったということですね」
「まあ、そういうことになるな」
源三郎はまだ若菜まで読んでいないので、女三ノ宮が誰かわからぬまま、うなずいた。
「源三郎様は光源氏と同じなのですね」
違う。絶対に違う。源三郎はもし千崎弥右衛門が同じことを言ったら否定したはずである。彼がそんなことを言うなんて金輪際ありえない話だが。
「光源氏のように、藤壺の宮のような女性を求めておいでだったのですか」
どうしてそういう発想になるのか、源三郎の理解を壱子は越えていた。
「いや、その、藤壺の宮って、そんな身分の高い女の人を引き合いに出されても。大体、光源氏みたいに大勢の女の人と付き合いたいとは思わないから」
背中を流れる冷たい汗を感じながらそう言うと、壱子はじっと源三郎を見つめた。
「源三郎さま」
潤んだ目に情欲の熾火を感じたが、錯覚だと源三郎は思った。
「それに吉原といっても、そんなに金を持ってないから、年に二、三回行ければいいほうだし、店も小さいとこだ」
言い訳めいたことを口にしていると思った。けれど、こういう時、何と言うべきなのか、源三郎にはわからない。
「吉原では金がいるのですか」
ただで男の相手をする遊女などいるはずがない。やはり壱子はこういうことは知らないらしい。
「まあ、そういうことだ」
お姫様が知っていていい話とも思えないので、これ以上細かいことは言わないでおきたかった。
「お金で身を売っているのですね」
源三郎はやられたと思った。壱子はなかなか鋭いらしい。
「ということは、源三郎様からお金をいただいて身体を差し出した女の方に、普通より遅いと言われたのですね」
その通りであった。その時の苦い気持ちが今更ながら思い出される。
「遅いと言われるのは嫌なことだったのでしょう」
「なぜ、そう思うのだ」
「先ほど、源三郎様は私が悪いと仰せでした。遅いのは悪こととあちらの女の方から言われたのでしょう。かように言われていい気持ちになる方はいないと思います」
確かにそうだった。終わった後の年増女の疲れ切った顔を思い出すのも嫌だった。
「私は商いのことはよくわかりませんけれど、商人はどんな客にでも不愉快な思いをさせないようにすると聞いたことがあります。その女の方は源三郎様に嫌な思いをさせたのでしょう。それは身を売る者としてよくないように思います。源三郎さまは悪くないと存じます。わざとやっていることではないのでしょう」
そうは言っても、あの小さな店では少しでもお客をたくさん取らないと儲けは出ないだろう。女達にとって金のない自分は迷惑な客でしかなかったのだが。源三郎は女達を責める気はない。彼女達だって、一人の客に時間をとっていては店の主や遣手にうるさく言われるのだから。彼女達は毎日を必死に生きていた。のんびりと生きていた源三郎とはまったく違う境地にいたのだ。
それはそれとして、壱子の言葉に源三郎はどこかほっとしていた。壱子は源三郎を責めるどころか、傷付いた心を思いやってくれた。
「ありがとう。悪くないと言ってくれて。けど、本当のところはつらいだろ。つらかったら途中でもいいから言ってくれ。お壱の嫌なことはしたくないのだ」
「嫌なことではありません」
源三郎は息を呑んだ。やはりそうだ。このまなざしはたぶん……。
「お壱」
源三郎は両手を差し伸べ、壱子を抱き寄せた。壱子もまた源三郎を抱き締めた。
「だって離れたくないから」
そんな囁きを無視できる源三郎ではなかった。
結局、二人は夜半過ぎまで互いを求め合った。
改めて着衣を整え床に入ると、壱子はすぐに寝息を立てた。
源三郎もまた穏やかな気持ちになっていた。これなら、じきに子ができるだろう。
そう思った時、不意に西畑村の重兵衛とおりつの赤子のことが脳裏をよぎった。二人が悲しみを乗り越えて新たな命に恵まれる日が早く来てくれればよいのだが。
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