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黄金の騎士

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 ルシアが逮捕された。ソフィアはそう告げた。俺は目を瞬かせる。
 俺が「信じられない」という表情をしているのが不満だったのか、ソフィアは青い瞳で俺を睨む。

「嘘じゃない。日刊紙の夕刊に書いてあったの」

 マグノリア王国では、伝統的に多くの新聞が発行されている。識字率も高いし、毎日の新聞を人々が購入できる程度には豊かなのだ。
 
「新聞には、ルシア殿下が王位を狙っていたと書いてあったわ。反逆者の元宮廷魔導師クリスと一緒にね」

「でたらめだね」

「ええ。でも、それを信じさせるような状況があったことも事実でしょうね」

 たしかに少女ながら宮廷魔導師団団長を務めており、聡明なルシアは国民からの人気が高かった。国王の信頼も厚い。
 そんなルシアを排除したのは、王太子殿下だろう。彼は俺の命も狙っていた。

 突然、俺の隣のクレハが俺の右手を握る。ぴしゃと水音が鳴る。
 びっくりして、クレハの表情を見ると、湯けむりのなかでクレハは頬を赤くしていた。

「クリス義兄さん……ルシア殿下を助けに行くなんて言いませんよね? そんな危ないことをしたら、義兄さんは……」
 
 クレハは心配そうに、俺を上目遣いに見つめた。
 王国に囚われたルシアを救出するのは簡単じゃない。というより、不可能に近い。そんなことをすれば、俺は、クレハとソフィアを守れなくなる。

 一方で、ルシアを助けることができる人間が、俺以外にいないことも事実だ。意思の面でも能力の面でも、俺にしかルシアは助けられない。

 ルシアは……大切な仲間で、俺のことを幼い頃から慕ってくれていた少女だ。俺は、かつての宮廷魔導師団団長フィリアのことを思い出す。

 フィリアは第一王女で、ルシアの姉であり、そして、俺の師だった。フィリアは、万一ルシアの身に何かあったら、彼女のことを頼むとも言っていた。

 フィリアの言っていた「万一」は、きっと今のような状況だ。ルシアを助けたい。けれど、ルシアを助ける方法がない。
 
 俺はソフィアを見ると、ソフィアは微笑んだ。

「わたしはあなたがルシア殿下を助けに行くことに反対しないわ」

「どうして?」

「わたしを救ってくれたのと同じように、ルシア殿下も救ってくれると信じているから。あなたの望み通りにするのが正しいと思う」

 ソフィアは柔らかい声で言った。

 そのとき、からんと何かが転がる音が遠くでした。あたりの空気がすっと、冷たく恐ろしい空気に変わる。

「ソフィア、クレハ。お湯に潜って」

「え?」

「いいから、早く!」

 俺の言葉と同時に、俺たち三人はほぼ同時に湯の中に潜る。その瞬間、凄まじい爆発音とともに、大浴場の窓が割れた。

 襲撃だ。

 俺はすぐに湯から飛び出し、戦闘態勢をとった。クレハ、ソフィアは魔法器を持っていないから、魔法を使えない。

 ただ、俺も魔法杖はないのだが、俺は右手を魔法器として戦える。

 浴場へと侵入したのは、一人の仰々しい金色の鎧を着た騎士だった。がっしりとした体型で、髪も金色なら瞳も金色だった。

 王国からの追手であり、俺の知っている人物だった。怯えたように、クレハとソフィアが俺の後ろへ下がる。
 相手の騎士は俺をまっすぐに見つめた。

「クリス、君の逃走劇もここで終わりだ」

「久しぶりだね、マクダフ。覗きとは褒められたものじゃないな」

 俺の軽口に、相手の近衛騎士マクダフは肩をすくめた。

「私は、最も効率の良いタイミングで作戦を開始しただけだ。それに、女二人と混浴しているやつに言われたくない」

 それはそうかもしれない、と思い、俺は苦笑した。

 マクダフは、俺の少し年上の友人だった。俺は宮廷魔導師団、マクダフは近衛騎士団、と所属は違ったが、大戦で何度か同じ戦場の作戦に従事したことがある。
 
 その彼が追手に差し向けられたらしい。
 他に追手はいないようだった。

「私以外の騎士がいても足手まといなんでね。言っておくが、俺はシェイクやルシア殿下のように甘くはないぞ」

 そのとおり。マクダフは……俺と同じ大戦七英雄の一人だ。「白き英雄クリス」「黄金の騎士マクダフ」と並び称されたライバルでもあった。

 シェイクはもちろん、ルシアと比べても、格段に上の実力がある。
 戦わずに済むなら、それに越したことはない。マクダフは、シェイクとは違って、まともなやつのはずだ。

「なあ、マクダフ。聞いてくれ、国王陛下は……」

 しかし、マクダフは俺の話の途中で剣を抜き放った。剣の刃は黄金に輝いている。マクダフは金色の瞳を光らせた。

「反逆者の言うことは聞くつもりはない。……君はセントポーリア虐殺に不信感を持っていた。そのことを、国王陛下に告げたのは、この私だ」

 ああ、なるほど。俺はセントポーリア公国の虐殺に批判的で、そのことを何人かの仲間に漏らした。
 そのうちの誰かが国王に密告したのだと思っていたが、マクダフだったのか。俺は説得を諦めて、それでもなお、マクダフを見つめる。
 
「マクダフ、今の王国がおかしいと思わないのか?」

「それを判断するのは私ではない。王国を、国王陛下を、王太子殿下を疑うことは、我ら近衛騎士には許されていないのだ!」

 そして、マクダフは黄金の剣を振り下ろそうとした。
 仕方ない。戦うしかない。たしかにマクダフは強敵だ。おまけにソフィアもクレハも裸同然で、戦うことは一切できない。

 それでも、俺は二人を守りながら、勝つことはできると思っていた。

「マクダフ、君では俺に勝てないよ」

 俺はつぶやき、右手で壁の大理石に触れた。
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