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94.馬鹿にしてるっすよね?
しおりを挟む一人の男――バーカルが頬を紅潮させながらこの場に似合わないほど明るく登場してきた。
「ツキさん怪我してるじゃないですか! 僕言いましたよね? 怪我はさせるなと!! 僕怒っちゃいますよ! ぷんぷん!!」
「「「……」」」
……ぷんぷんって……
すっごく嘘臭い言い方でわざとらしく怒るバーカルに精神がどんどん削られていくのを感じる。これだけ上機嫌なバーカルは初めて見たかもしれない。もう嫌な予感しかしない。
「あ、えと、お頭すみません!」
「へへすみませんね、こいつがあんまりにも生意気だったもので。来るの早かったですね」
「……」
三下Aはおどおど頭を下げているのに対し、三下Bは変わらずニヤニヤとした笑みで俺の髪をグイグイ引っ張ってくる。それに俺は無の反応を返すが、頭の中は大嵐だ。
今すぐに姉さんやボスを呼んで「バーカル見つけたっす!」と叫びたい。三下達が山賊と決まったわけではないが、身なりと言動がそれを物語っているような気がするのでもう山賊だと決定していいだろう。なら、三下達を山賊とするならば、仲良く喋ってお願い(命令?)をしているバーカルと、その言葉に「はいわかりました」と頷き聞いて(破っていたが)いる山賊達にバーカルと山賊達の関係が証明されたも同然。黒確定だ。
しかもしかもだ。三下達はバーカルのことをお頭とも呼んでいた。ならばバーカルと山賊は繋がっているのではなく、バーカル自体が山賊達の頭。つまり、横の関係ではなく縦の関係であり、アクル商会自体が山賊の巣だとの見方ができるのではないか。今までは山賊達とアクル商会は協力関係にあるのか引っくるめて一つの組織なのかわかっていなかったが、もう全部引っくるめてバーカルがトップ。これ決定!
表は普通の商人、裏は奴隷商人兼山賊って救いようがないっすね! いや……、山賊の繋がりが分かってもまだ奴隷商人かの証拠は出てきてないんっすか……。でも、ここまでわかればそれも時間の問題っすよね! なんせここはバーカル達の本拠地なんっすから! 探せば何か出てくるっすよ! まぁ、俺捕まっちゃってるっすし、ボス達に連絡取ろうにもできないすし、ちょっとやばい状況のような気がするっすけどね!
「……」
……。
背中にうっすらと冷たい汗が流れた。
「来るの早かったってそりゃあ捕まったのがツキさんっぽいって聞いたからね! 僕がどれだけツキさんに会いたがっていたか君らも知らないわけじゃないでしょ? だから頑張って見張り撒いて急いできたんだよね。ね! ツキさん!」
「…………」
いや、知らないっす。
「それなのに、せっかく久しぶりに会えて漸く僕の元に来てくれたっていうのにこんな怪我をさせられて……」
バーカルが眉を下げ俺に近づく。そして、ジロジロ見下ろしてきたかと思えば元気に頷いた。
「…………うん! これはこれでツキさんの可哀想さが際立ってるから全然ありだね! ねっ、ツキさんもそう思いますよね!」
「…………」
いやだから「ねっ!」って共感求められても困るっす。……やっぱ俺こいつ嫌いっす。意地でもこいつの前でだけは泣いてやらないっす。
無表情のままそう思うも、さっき首を捻った時に滲んだ目尻の涙に目敏く気づいたバーカルが……
「ほら泣いてもいいですよ~慰めてあげますよ~」
とその涙を掬い、おでこの怪我に指をグリグリ押しつけてきた。
「……」
……痛いっす。
心で泣いた。それが表に出てじわりと目に涙が滲みそうになるが、ここで反応を返せばバーカルの思うつぼと、頑張って無の表情で耐えた。これは普段顔に出やすい俺がバーカルにのみ使える技だ。
「なんだこいつ、急に無表情になったぞ?」
「む~ツキさんってばほんと僕にだけは意地悪ですよね」
「…………」シラ~
ぷく~っと頬を膨らますバーカル。だけど無視だ。無視。
……反応を返したら返した分だけ喜ぶんっすから当たり前っす。これがフレイ君なら喜んで反応を返すっすよ?
だが、気をつけないといけない。上機嫌で子どもっぽい仕草を見せているバーカルだが、油断ならない相手だ。今のバーカルは俺のおでこの傷に爪を刺してきたり、頬っぺたをつねって捻ってと遊んでいるが、目敏い奴なのだ。壊れているとしても指輪には気づかれないようにしない――「ん? ああ! なんですかこれ!」ああもうっす!!
指輪について考えた瞬間、隠す暇もなくバーカルに見つけられた。それに慌ててとられないように手をグーに握ろうとするも――
「おっとそうはさせねぇよ」
「いだ!?」
三下Bに気付かれて器用に左小指以外の指を踏みつけられた。
やっぱ三下Bは鬼っすね!!
そんな三下Bに向かってバーカルは「あー! また僕のツキさんを傷つけて!」と怒るも指から足を退かせるように言うわけでもなく「もう!」と俺の小指から指輪を引き抜いた。
「あっ、か、返してくださいっす!」
取り返そうと右手を伸ばすも左手はまだ踏まれているし髪も掴まれたままだから全然届かず、そのままバーカルには距離を取られてしまった。
~~くぅぅ!! こいついつまで人の髪引っ張って足踏んづけたままでいるんっすか! 痛いんっすけど!? 壊れてるっすけどあれはボスから貰った大切なものっすのにっ。
ついバーカルが目の前にいるのに大切なものを奪われた悲しみから顔を歪めてしまい、三下Bを睨みつけてしまった。そんな俺にバーカルはニヤリと笑う。
「や~と反応してくれましたね! そんなにもこれ、大切な物なんですか? ……もしかしてラックからもらったもの、とか?」
「違うっすよ! 俺が気に入って買った物っす!」
「あはは! 嘘はダメですよ。これ魔道具ですよね? ダメだなぁ~こんな危ない物持ってたら」
「「魔道具!?」」
バーカルは嫌がらせのように指輪をひらひら掲げる。そして魔道具という言葉に反応した三下二人に「そうだよ」と答えた。
「これは……共鳴の魔道具だね。この指輪に魔力を込めればもう一方の魔道具に居場所が伝わるようになっているんだよ」
「なっ! う、嘘だろ……」
「じゃ、じゃあ」
バーガルの言葉にサッと顔を青ざめさせる二人。
「んーこれ見た限り壊れてるみたいだしたぶん大丈夫なんじゃないかな。――でも困るなぁ。何年この仕事してるの? ちゃんと確認してこういう危ない物は取り上げておかないと」
ジロリとバーカルは指輪から目を離し男達を睨みつける。男達はビクリッと身体を揺らして慌てて頭を下げた。
「す、すんません! エーには確認するように言ってたんですが!」
「み、見落としてました!」
「……ふふ……なんで指に付いているものを見落とせるのかわからないんだけど?」
「ま、まさか魔道具だとは思わず、ただの指輪だと思っていたもので……。それに武器の類や手荷物については取り上げましたし頭も……」
「確かにその二つは言ってたけど装飾品については何も言ってなかったもんね?」
「そ、そうです! だ、だから大丈夫かな~って」
「あほか! 勝手な判断をするな!」
ペシッ
「いたっ! っビー先輩だって人のこと言えないだろ!! 怪我させるなって言われてたのに怪我させてるし、指輪だってなんも言わなかっただろ!」
「お、俺はお前をシンヨウしてたんだよ!」
「嘘つくなよ!」
「あ゛あっ?? 何が嘘だって言うんだよ!! だいだいお前はいっつもどっか抜けてんだよ!!」
「そ、そんなことねぇよ!」
「え~喧嘩始めちゃうのぉ?」
ギャーギャーと言い争いを始めた男達にバーカルは笑い、三下Bから髪と手が自由になった俺はようやく座ることができ、わかる~と頷いた。
さっきからの三下Aの様子やオロオロ具合、ちょっと抜けているところといい自分と重なる部分がいくつかある。だから「わかるっす~人間誰しも失敗するっすよね~」と親近感を抱きながら凪いだ目で三下Aを見ていた。だというのに、
「っお前なんだその目は! 馬鹿にしてんのか!?」
「ぐぇっ!」
そんな俺の視線に気づいた三下Aは、カッと顔を赤くしたかと思うと怒鳴り声を上げ、俺の横腹を蹴り上げて来た。
「ああー!! また傷つけた!?」
「~~」
ぐぅ~! 痛いっす!!
一体誰だ。あんな奴に似てるだなんて思った奴。俺はこんな暴力的じゃない。なんで見てただけで蹴ってくるのか。馬鹿になんてしていない、共感してただけなのに!
「……」モゾモゾ
とりあえず地面に横倒れながらもお腹を抱えて小さく蹲り顔を隠した。痛いしバーカルがニヤニヤして見てくるから。
「あれ~ツキさんボールみたいになっちゃいましたね? 痛いなら我慢せず痛いって泣き叫んでもいいんですよ? その方が興奮しますから」
「……」
キモいっす!!
バーカルの話し方はなんかベトっとして全身を這うような不快感がある。言葉の内容もすごく嫌だ。それに、馬鹿にしているのかと思えば……
「……でも、ほんとツキさんって可哀想な人ですよね。どうせこれもラック貰った物なんでしょう? 正直に言いましょうよ」
次の瞬間には憐んでくる。
「……それは俺が買ったんっす」
「あは! それまだ言いますか? そんなバレバレな嘘もういいですって。お馬鹿なツキさんが自分でこんなものを買うなんて絶対あり得ませんよ。いっつも不幸を身に纏いながらもぽやぽや~ってあほ面晒して生きてるツキさんに自分で防犯グッズ買うとかっていう発想ないでしょう?」
「…………」
……それどう言う意味っすか? 馬鹿にしてるんっすか?
なんだか散々な言われようだ。ちょっと酷すぎると思う。魔道具は欲しくてもすぐに壊れちゃうから持てないだけで、決して馬鹿だからではない。
けれど、そう言い返したいところではあるが、ここで顔を上げて反応を示してしまえばバーカルの思うつぼだと小さく小さく丸まった。俺は今お腹が痛いのだ。
そうしていると、なんとなく気配でバーカルがやれやれと肩をすくめたのを感じた。そして、
「これはラックがツキさんに渡したものです。流石無様に自分の仇に尻尾を振って飼われるしかできない能無しの男ですよね。こんな物ツキさんに渡しても無駄なのにほんと残念な人ですよ」
今度は許せないボスの悪口を言い始めた。いや、それだけではない。指輪を落として踏みつけたのだ。
「何するんっすか!!」
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