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51.やめるっす!

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 妄想での俺は、生まれた弟と一緒にいつも笑って一緒に遊んでいた。弟は他の誰が怖がっても、嫌がっても離れず俺と一緒にいてくれて、頑丈で、何があっても怪我なんてせず、俺の不幸なんてものともせず笑顔を向けてくれる優しい子なのだ。そんな弟と、お母さんとお父さんのお仕事を手伝ったりして、弟のちょっとした我儘を聞いたり、悩んだりしながら楽しく暮らす妄想。フレイ君と一緒にいればいるほどフレイ君が昔、思い描いて願って、想像していた弟と重なる。……重ねてしまっていたのだ。



「……だから、んな話聞いたことねぇって」


「へへ……今の今まで忘れてたっす」


 ブスッとした顔を見せるボスにちょっと照れて頬を掻いた。ボスに聞かれるまでは本当に無自覚にフレイ君に理想を重ねてしまい、これもあれもだと喜んでしまっていた。それほどまで、フレイ君は俺の理想の弟だったのだ。別人だと言うことはわかっているが。


「……。……はぁぁぁ。……まぁお前がフレイにくっつく理由はわかった。……フレイになんか操作されてるわけじゃねぇんだな」


 しんみりとした空気と少しの沈黙の後、ボスは頭を掻き、大きな息を吐き出してそう言った。鋭かった目元も緩んでいる。


「え!? そんなの疑ってたんっすか?」


「普段のお前を知ってるからこそな。……けど、あんま気を許し過ぎんなよ。お前が思ってる以上にあいつは性格が悪いと思うぞ? あと、フレイが怪しい奴なのには変わりはねぇんだからな」


「出来るだけ気をつけるっす!」


「出来るだけかよ」


 元気よく頷く俺にボスは苦笑する。だってそれは仕方ないのだ。無自覚とはいえど、フレイ君を昔思い描いていた弟像と重ねてしまってグイグイいってたことは認める。だけどそれを自覚し、弟像とか関係なく考えても、フレイ君と一緒にいるのは楽しく友達で、本当に弟みたいに思ってしまっているのだから。


「俺、フレイ君のいいお兄ちゃんになれるように頑張るっす!」


「……はぁぁ、まぁ気をつけるの忘れなきゃもうなんでもいいわ」


 気合い溢れる俺にボスは呆れた目をする。


 俺、頑張るっすよ。もうフレイ君が罰を受けたり怪しまれることがないように俺がしっかり見守って注意、サポートするっす。だから――


「……あの、ボス? ……俺頑張るっす。頑張るっすから、だから……。……もうフレイ君を追い出すだなんて言わないでほしいんっす……」


 もじもじ、恐る恐る、視線を少し彷徨わせながらもボスを窺い言う。そんな俺に、ボスはピクリと片眉を動かした。


「……フレイ君、きっと傷ついてると思うんっす」


 フレイ君はここにいてきっと楽しいと思っている。黒いオーラを漂わしているが、遠い目をしたり疲れ切った顔をしてたまにブツブツ言ったりしているが、でも、俺とかモー達みんなと一緒にいる時楽しそうに笑っていることが多い。ボスに冷たくあしらわれたり、みんなの輪に入れない時も本気で悔しがっている。


「……フレイ君、馴染もうって、仲良くなりたいってすっごく頑張ってるっすよ? なのに、追い出すって言われるのは悲しいと思うっす……。フレイ君帰っても誰もいないって言ってたっすし……一人になるのは……一人に戻るのはすっごく悲しいことっすよ?」


「…………」


 だから怖がらせないであげてほしい。そんな悲しいこと言わないでほしい。一人は悲しい。一人は怖い。それがいつ訪れるかを考え続けることはとても恐ろしいことなのだ。


 そう思って言えば、ボスは罰が悪そうに顔を歪めた。


「…………悪い。そうだな。それは俺が悪かった。もう二度と言わねぇよ」


「! ボス!! はいっす!!」


 嬉しくなってボスに抱きついた。


 ボス優しいっす!


 よかった。これで相当なことがない限りボスがフレイ君を追い出すことも、それを言うこともなくなった。グリグリグリグリボスのお腹に頭を擦り付けていれば、頭上でボスが笑う気配がした。


「けど、その代わりしっかりあいつの手綱を握れるように本気で頑張れよ?」


「はいっす!」


 俺の頭をボスがポンポンと優しく叩く。それがまた嬉しくて、抱きつく力を強めれば、ボスも抱きしめ返してくれた。


「くふふふふ♪」


「何笑ってんだ? この甘えん坊が」


「ムッ甘えん坊じゃないっす!」


「今の状況見てから言えよ?」


「…………」


 ……あれ? 確かにそうっすね?


「ははっ! お兄ちゃんになるって言う奴が随分甘えたなお兄ちゃんだな」


「…………」


 ニヤニヤとした笑い声に何も反論できない。こう、なんだかボスに撫でられると条件反射のようにもっともっとと思ってしまうのだ。だが、確かにこれではダメだ。


 ……俺が目指すのはボスみたいな頼り甲斐のあるかっこいいお兄ちゃんなんっす。こんな甘えたなお兄ちゃんじゃ示しがつかないっす!


「…………」


「ツキ?」


 ボスから離れ、俺は真剣な顔をし、居住まいを正した。


「俺が目指すのは頼りになるお兄ちゃんっす。ボスの言う通り甘ったれはダメっすね」


「…………? あ……いや、待て、悪い間違った」


「そんなことないっす。ボスの言ったことは何も間違ってないっすよ!」


「違う、さっきのは言葉の綾でっ、別に甘えんのがダメってことじゃねぇよ!」


 いいや、と俺は首を横に振った。そんな俺にボスは諭すように言う。


「ツキ、一旦落ち着いてよく考えろ」


「?」


 落ち着いてないのはボスの方っす。


「あのな、別に兄貴だからって絶対な奴はいねぇんだよ。人は誰だって誰かに甘えたくなる時があるんだ。それが息抜きになったり、疲れをとることに繋がったりするもんだ」


「ボスもっすか?」


「俺は……まぁ、俺だって誰かに甘えたくなる時くらいある」


「! そうなんっすか!」


 甘えると聞いて想像した。


 誰かに甘え擦り寄るボス……。いつでもキリリッとしてて頼りになるボスがっすか? ……なんか想像つかないっすね……。いや、こんなことを思うのはダメっすね。


 想像できないからとそれを相手に押し付けるのは間違っていると頭を振った。ボスだって人間。疲れ知らずなんてことはないのだ。誰かに甘えること、それを否定してはいけない。だが、ボスは一体誰に甘えて疲れを癒しているのだろうか? そんな姿見たことないぞ?


「ボ――」


「ラックな」


「……ラックは誰に甘えてるんっすか?」


「……俺か? 俺は……甘えるって言うよりでる方が多いな……」


「愛でる? 愛でるって可愛がるってことっすか? 何を可愛がってるんっすか?」


「…………さっきみてぇにだよ」


「さっき?」


 なんか可愛がってたっすか?


 ボスの言っている意味がよくわからず首を傾げた。でもまぁ……


「……よくわからないっすけど、ボ……ラックはそれでいいと思うっす。いっつもすっごく頑張ってるっすし、いつでもかっこいいっすから」


「……そうか?」


「はいっす」


 ボスはみんなの頼れるリーダーでいっつもみんなのために頑張ってるすごい人。だからそういう誰かに甘えたり愛でたりなどとてもいいことだと思う。そしてそんなボスだからこそ!


「俺はやっぱりボスに甘え過ぎてるように思うっす。だから俺は今日限りでボスに甘えるのをやめるっす!」


「あ゛あ?」






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