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9.目、覚ましたっす!

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 美少年君達を助け、三日経った日。


 目の前の扉をコンコンと控えめにノックする。


「ツキっす。……入っていいっすか?」


「ああツキ君。大丈夫だよ」


「失礼しますっす。……まだ目、覚ましてないっすか?」


 イーラさんから許可をもらい、俺はそーっと医務室の扉を開き、中の様子を窺った。その後扉を閉め、部屋の中へと入る。午前の仕事(雑用)を終わらせ、お昼ご飯を食べて今ここだ。


「まだだね~」


「……そうっすか」


 ベッドの横の椅子に座ってのほほんお茶を飲むイーラさんの側に行き、俺はベッドに横たわる美少年君を覗き込んだ。美少年君がここに来てから三日が経ち、熱もとっくに下がっているのに美少年君はまだ目を覚さない。


「イーラさん。何でこの子目、覚まさないんすかね?」


「何でだろうね~。ボスが威圧かけまくってるからかな~?」


「威圧? ボスこの子になんかしてるんっすか!?」


 それはいけない。ボスに文句を言わなければ! でも……


「…………」


 ……ボスにっすか……。


 しおしおっと肩が落ち、ベッドの側にしゃがみ込んで美少年君を眺めた。


「ま、そろそろ目覚めるとは思うよ?」


「本当っすか? 早く起きてほしいっすね~」


「そうだね。でもツキ君なんだか珍しいね? たまに怪我人のお世話を手伝ってくれる時はあるけど、この子のことすごく気にかけてるよね?」


「え? そうっすか?」


「そうだよ。今も距離近いしね。ツキ君初めての子にそんな近くに寄れないでしょ」


「…………」


 一度自分を見下ろして位置を確認し、確かにと頷いた。体質のこともあり、俺は初めての人にはなかなかすぐには近づけない。不幸に巻き込んでしまうから。だが、俺は有言実行でこの子を助けた日から朝、昼、晩、暇を見つけては医務室にこの子のお世話をしに来ている。眠っているため、することはほとんどないが何故かこの子の側にいると安心するようなしっくりくるようななんともいえない不思議な感覚がしてついつい気になって見に来てしまうのだ。……そして、なんとなくこの子なら俺の体質があっても大丈夫だと思うのだ。あとはそう……


「俺、こんな弟が欲しかったんっすよね~。ここにはむさ苦しい男が多いっすし、癒しっすよね癒し」


 むさ苦し男の代表達でもあるモージーズーを頭に思い浮かべる。あのお土産事件の後、モージーズー達に苦情を言いに行ったが、三人ともまたお酒を飲んでいて、臭い息を吐き出しながら肩を組まれて絡まれて大変だった。助けを求めているのに周りはそんな俺達を見てギャハギャハ笑う奴らばっかりだったし、かと思えば筋肉の見せつけ合いを始めるしで美少年君を見ているとその時に荒んだ心が癒やされるのを感じる。見よこのモチモチお肌!!


「イーラさん見てくださいっす。この子のほっぺたすっごくモチモチっすよ?」


 美少年君が寝ているのをいいことにちょんちょんと軽く突きながら頬の感触を楽しむ。


 これでほっぺた同士をすりすり! ってやったら絶対気持ちいいっすよね~。起きた時、お願いしたらやらせてくれないっすかね~。


 その気持ちよさを想像してへにゃっと笑ってしまった。


「……あんまりその子にベッタリだとボス怒るよ?」


 無心になってムニムニしているとイーラさんが呆れたように呟く。


「もう怒ってるっすよ。最近機嫌が悪くてボス怖いんっす。だからあんまり近づないようにしてるんっすよ」


 なので容易にボスへと文句も言いに行けない。最近のボスはイライラしていてとにかく怖い。近寄ったらギロッって睨まれるのだ。もしかしてまだ蛙を部屋に逃してしまったことを怒っているのか。それともその後の晩ご飯の時に躓いてボスの頭に水を被せてしまったことに怒っているのか。はたまたその謝罪にと酒瓶を持ってボスにお酌をしようとした矢先にその酒瓶でボスの頭を叩き割ってしまったことを怒っているのか……。


 部屋についた蛙の粘液はちゃんと拭って片付けたし、酒瓶で頭を叩いてしまったのも必死に謝って「もういい」と言われた。だが、それからどんどんボスの機嫌は悪くなっていく一方で、蛙とか水とか酒瓶とかやっぱりそれで怒っているのかと何度聞いてもそれじゃないと言うし、の割にはずっとムッとしているしでもう触らぬ神に祟りなしとボスには近づかないようにしている。それでも低下していくボスの機嫌の悪さは遠くからでも見てとれるほど。


「……うん、ボス結構わかりやすいと思うけど? 今まさにツキ君がここにいることこそがその不機嫌の答えだよ。あと避けてたらもっと機嫌悪くなるよ?」


「……でも怖いんっす……」


 だってギロッ! っすよ?


「大丈夫。ここに来なければいつもの甘々ボスに戻るから」


「絶対嫌っす。この子、弟にするんす」


 眉を下げた弱りきった顔から真剣な表情を作り宣言した。


「え? なんで勝手に弟にしようとしてるの? 弟が欲しかったからどうしてするに変わったの?」


「俺は常に癒しを求めてるんっす」


「……どんだけストレス溜め込んでるの……。お世話をするのはいいけどあんまりその子に情を移さないでね。その子にだって帰る場所や待っている人がいるかもしれないんだから。それにボスだって警戒してるでしょ?」


「早く目を覚ますんっすよ~。それで起きたらお兄ちゃんって呼んでくださいっすね~」


 美少年君の髪を撫でながら早く起きるように気持ちを込める。


「……話し聞いてくれるかな? そろそろボスの被害がこっちにもきそうだからそういうのやめてほしんだけど?」


「嫌っす!」


 ぎゅっと美少年君に抱きついた。


 怪我が治ったら元の場所に帰るかもしれないことはわかっているが、もうこんな機会は二度と来ないかもしれないのだ。俺と一緒にいられるのは俺の体質に対する玄人達のみ。イーラさんだって、たまに俺が勢いよく部屋に来た時に扉が外れて、その外れた扉がイーラさんに激突しそうになってもイーラさんなら容易に受け止めてくれる。初見ではなかなかできないことだ。それどころかドン引きされて怖がられてしまうことだ。


 でも、この子なら大丈夫だと思うのだ。なんとなく。だから一度でもいいからこんな可愛い子からお兄ちゃんと呼んばれて、後追いとかされたいのだ。仲良くしたいのだ!


「――……ん……」


「? ……!」


 聞こえた掠れ声に美少年君を見る。美少年君の瞼がピクピクと動いていた。そして――


「あ! 起きたっす!!」


 薄らと空色の目が見える。待ちに待ちかねた美少年君のお目覚めだ。





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