28 / 82
28、カレンさんの秘密
しおりを挟む
「確かに腹は減ったよな。朝早くステーキを食べたきりだもんな」
俺の言葉にレイラが大きく頷く。
「でしょ! はぁあ! ユウキが作ってくれたマルルナタケ乗せのドリルホーンのステーキ! ほんとに美味しかったもの!!」
ナナとククルも思いだしたように言う。
「もう! レイラったら思い出させるようなこと言わないでよ。私までお腹減ってきたわ」
「ククルもなのです。とっても美味しかったのです!」
カレンさんは、嬉しそうにそう言って尻尾を揺らすククルを眺める。
「ドリルホーンのステーキとな?」
「そうなのです! おばば様、とってもとっても美味しかったのです。ユウキお兄ちゃんお料理とっても上手なのです!」
ククルの言葉にレイラが頬を緩めて頷いた。
「ユウキの故郷は遠い異国だって聞いたけど、食べたことがない味付けだったわ。はぁ、思い出しただけでも……」
……おい、レイラ。
少し涎が垂れてるぞ。
飛びぬけた美少女なだけに残念な光景である。
カレンさんは興味深そうに俺を見つめる。
「ユウキは遠い国からやってきたのじゃな。そう言えばここらでは黒髪は珍しい。異国の料理とは、わらわも食べて見たかったのぉ」
「はは、良かったら宴の準備俺も手伝いますよ。料理なら何か手伝えることもあると思うし」
職業を料理人に変えれば俺にも出来ることはあるだろう。
それに、あの立派な背赤鱒を見てたら俺もお腹が減ってきたもんな。
ついレイラがつかまえた後の味付けまで考えてたし。
俺の言葉にカレンさんが愉快そうに笑う。
「ほんに面白い男じゃこと。あれほどの剣士じゃというのに、料理まで得意とはの。あい分かった! 本来ならば客人にそのようなことをさせるのは心苦しいのじゃが、正直わらわも異国の料理とやらに興味があるからの」
そう言ってククルを再び抱き上げると俺に微笑むカレンさん。
本当に綺麗な人だよな。
どこから見てもせいぜい、ククルのお母さんって感じだ。
下手すると見た感じだけなら、お姉さんまであり得るよな。
どう見ても二十代だ。
俺は思わず尋ねる。
「あ、あの、少し気になったんですけどカレンさんはお幾つなんですか? ククルのおばば様って聞いてたけど、とてもそうは見えなくて」
カレンさんは微笑みながら俺に問い返す。
「ほほ、幾つに見えるかえ?」
あれ?
顔は笑ってるけど目は笑ってない気がする。
気のせいかな。
同時に周囲の白い仮面の男たちが凍り付いたように立ち上がる。
「ゆ、ユウキ殿!」
「いけませぬぞ、カレン様をおばば様と呼んでよいのはククルだけ」
「こう見えて、気にしておられるのです! はう!!」
最後の男がそう言ってから凍り付く。
「……誰が気にしておるのじゃ?」
「「「も、申し訳ありませんカレン様!」」」
男たちをキッと睨むカレンさんに、彼らは直立不動になりながらも少し目をそらす。
ヤバい威圧感がカレンさんから漂っている。
そんな彼らを睨みつつ、カレンさんはコホンと咳ばらいをすると少しツンとした表情で俺に答えた。
「おなごの歳を聞くものではないぞえ。少しそなたたちよりも長く生きておるだけじゃ、気持ちは永遠の十八歳じゃゆえ」
「は、はは……」
ここは笑顔で乗り切るに限る。
ナナが呆れたように言う。
「十八っていくら何でもそれはサバを読みす……むぐ!!」
俺はナナの口を押えて笑顔を作った。
「そう言えばそれぐらいに見えますよね! とっても綺麗ですし」
それを聞いてカレンさんは俺の手を握る。
「そうじゃろう? ほんによいおのこじゃのそなたは!」
「はは……ありがとうございます」
そんな俺を眺めながらカレンさんは目を細める。
なんだか何か懐かしそうな顔だ。
「どうしたんですか、俺の顔に何かついてます?」
「なんでもないのじゃ。黒髪じゃからそう思うのかもしれぬが、そなたが、少しわらわが知っておる者に似ておってな」
俺は首を傾げながら尋ねた。
「似てるって誰にです?」
カレンさんは少し悪戯っぽい顔で俺を見つめる。
「十八の乙女の時にわらわが好きだった男にじゃ。そなたと同じ黒髪で、たいそう腕がたってな。遠い遠い異国から来たおのこじゃったがの。もう二百年は前の話じゃ」
「へえ、カレンさんが……」
この人が好きだった男の人か。
そんな人に似てるなんて少し光栄だな。
遠い異国か。
どこから来たんだろう。
……ん?
ちょっと待てよ、今二百年前って言ったよな。
その時、十八歳だったって。
「ってことはカレンさんって今、二百十はち………」
そこまで言って俺は慌てて口をつぐむ。
自分で年齢をばらしてしまったことに気が付いたのか、カレンさんがこちらを睨んでいる。
「今、何か言うたかの? ユウキ」
「は、はは……いえ、どうだったかな俺忘れっぽくって。聞いたことを時々忘れちゃうんですよ。と、特に女性の年齢のことに関しては」
俺の答えに満足したようにカレンさんは頷く。
「ふむ! 良い心がけじゃ。おのこはそうではなくてはの」
それにしても二百年前って凄いな。
そりゃ尻尾も三本になるってものだ。
二百十八歳の美女とか、俺の想像を遥かに超えている。
外見や雰囲気も他の白狼族の人たちとは違うから、特別な存在なのかもな。
とにかく、これ以上は藪蛇になりそうだ。
一方、レイラはレイラで、すっかり背赤鱒に夢中な様子で川の傍で飛び跳ねる鱒の姿を眺めている。
「ねえユウキ! これをつかまえたらユウキが料理してくれる? はぁああん、もう我慢でない!!」
今にも魚を捕まえるために川に飛び込みそうなレイラを見て、俺は慌ててカレンさんに尋ねる。
「えっと、すみませんあの魚ってとっても構いませんか? 料理に使いたくて」
カレンさんは笑顔で頷くと俺たちに言った。
「もちろんじゃ、わらわもそなたの料理が楽しみじゃしな」
何しろここは白狼族の聖域だもんな。
美味しそうっていうだけで勝手にとったりしたら怒られそうだからさ。
俺はレイラに声をかけた。
「レイラ、いいってさ!」
「えへへ、もう捕っちゃった!」
川の中で満面の笑みで大きな背赤鱒を腕に抱きかかえている。
俺は思わず自分のこめかみを押さえながら言う。
「たく、えへへじゃないだろレイラ」
どんだけ腹が空いてるんだよ。
鮭を素手で捕まえる熊じゃあるまいし。
「だってぇ、もう本当にお腹ペコペコなんだもん!」
それを見てククルが目を丸くした。
「はう! レイラお姉ちゃん凄いのです!」
まあいいか、カレンさんからの許可も出たもんな。
鱒を両手に抱えてニコニコ顔のレイラを見ながら俺は肩をすくめた。
ナナもあきれ顔である。
「まったく、レイラの食欲には負けるわ!」
「だな!」
俺もため息をつきながら同意した。。
カレンさんは楽し気にそんなレイラの姿を眺めている。
「ほほほ、ほんに面白い者たちじゃな」
白い面をした男たちも大きく頷く。
「ですなカレン様!」
「はは、元気のよい乙女だ!」
「さっそく、身を清めてもらい客人たちをお社に案内させるといたしましょう」
俺たちは彼らの勧めで、滝つぼの清らかな水で身を清めることにした。
今着ている服は綺麗に洗ってくれるそうで、白い巫女姿のような服をナナやレイラ、そしてククルに。
俺には白い和服のようなものを着替えとして用意してくれた。
どうやらお社という場所に入るためには、身を清めてこの格好をしないといけないらしい。
カレンさんと白い面の男たちは社という場所に先に向かったが、その代わり巫女姿の女性が数人衣装を運んできてくれたのだ。
身を清めたら、彼女たちが社に案内してくれるそうだ。
俺はナナたちに言った。
「俺は後から身を清めるから、ナナたちからどうぞ」
まさか、一緒にってわけにはいかないもんな。
ナナは俺を眺めながら言う。
「分かったわ。でも……み、見ちゃだめよ?」
巫女の衣装を手にして、少し頬を染めながらそう言うナナを見て俺は思わず動揺した。
「わ、分かってるって!」
そう言って、俺は赤面して背中を向ける。
一方でレイラが豪快に服を脱ぎ捨てて、滝つぼに飛び込む音がした。
「ふぅ! 気持ちいいわよ。ナナもククルも早く来なさいよ!」
……おい、レイラ。
お前の上着がこちらまで飛んできてるぞ。
俺は咳ばらいをしながら滝つぼに背を向けてそれをたたむ。
まったく、レイラらしいっていえばらしいけどさ。
暫くするとナナやククルの声も聞こえてくる。
「ほんと、気持ちいいわ!」
「気持ちいいのです! ククル、ここで泳ぐのが大好きなのです」
元気なククルらしいな。
確かにこんな神秘的な滝が作る泉のような滝つぼで、体を清めるのは気持ちいいだろう。
よく考えたら昨日から俺も風呂に入れてないからな。
着替えまで用意してくれるなんてありがたい。
身を清めるのを楽しみにしていると、暫くしてナナたちが滝つぼから上がってくるのがその会話で分かった。
岸にあがり、楽しそうに話している。
「ふぅ、気持ちよかった。後はユウキが作ったご馳走をお腹一杯食べたいわ!」
「もう、レイラったらそればっかりなんだから」
「ナナは楽しみじゃないの?」
「そりゃ楽しみだけど!」
ククルも楽し気に言う。
「ククルも楽しみなのです! ユウキお兄ちゃんも早く身を清めるのです!」
衣擦れの音がしてそれが収まる。
どうやら着替えも終わったようだな。
俺は振り返ると皆に言った。
「背赤鱒以外にも食材を用意してくれるみたいだからさ、俺も楽しみだよ。身を清めたらさっそく……はう!」
思わず変な声が出てしまう。
そこには、巫女姿に着替えた可愛らしいククルの姿があった。
だが、問題はそこじゃない。
ククルの両脇に、二人の美少女があられもない姿で立っていた。
俺を見つめて真っ赤になっていく二人。
「な、な、な、何見てるのよ! 裕樹!!」
「そ、そ、そうよ! この馬鹿ぁあああ!!」
「う、うわぁあ! ご、ごめん! もう着替え終わったと思ったんだ!!」
俺は慌てて背を向けて叫んだ。
「馬鹿裕樹! ククルの着替えを先にすませてたんだから!」
「もう知らない!!」
凄い剣幕で怒る二人。
当然だよな、俺は平謝りした。
暫くして、巫女姿に着替えた二人が俺をジッと睨みつける。
二人とも巫女姿がとてもよく似合っていて綺麗だ。
ナナが頬を染めながら俺を睨んだ後、少し視線を逸らす。
「み、見たでしょ?」
レイラも真っ赤な顔で俺を睨んでいる。
俺は慌てて二人に言った。
「見てないって! すぐ後ろ向いたし。そ、そんなにはさ……」
二人は俺の言葉に顔を見合わせると、真っ赤な顔で左右から俺の頬をつねった。
「「やっぱり見たんじゃない!!」」
俺はその後、二人にこってりとしぼられてから、ようやく身を清めた。
真新しい白い和服に袖を通して、社に案内される俺たち。
さっきの一件でまだツンとしている二人の代わりにククルが俺と手をつなぐ。
「はう~、お姉ちゃんたち何怒ってるですか?」
そんなククルを見てナナとレイラは顔を見合わせると俺を睨む。
俺はそんな二人に頭を下げた。
「悪かったって。本当に反省してるからさ」
二人はそんな俺を見てため息をつくと言った。
「仕方ないわね、もう許してあげるわ裕樹」
「そうね、わざとじゃないんだし。でも、ユウキじゃなかったら絶対許さないんだから!」
そう言って、頬を染めながらもようやく笑顔に戻るナナとレイラ。
どうやら何とか許してもらえたようだ。
仲直りをして、案内をしてくれる巫女さんたちの後をついていくと少し奥に入ったところに切り立った崖があり、そこを上っていく岩の階段があった。
上を眺めると立派な作りの木の建物がある。
まるで大きな神社が何かのように神聖な美しさがある建物だ。
俺もナナたちも思わずその光景に見とれる。
「裕樹、あれがお社ね!」
「ああ、きっとそうだ!」
レイラは上を見上げて俺に言った。
「早く行きましょう! ユウキ、さっきの罰として美味しい料理を作ってね!」
「そうね! それぐらいしてもらわなきゃ」
ナナもそう言って笑った。
「はは、分かってるって。頑張ってみるからさ!」
俺はそう言うと、その階段を皆で登り始めた。
俺の言葉にレイラが大きく頷く。
「でしょ! はぁあ! ユウキが作ってくれたマルルナタケ乗せのドリルホーンのステーキ! ほんとに美味しかったもの!!」
ナナとククルも思いだしたように言う。
「もう! レイラったら思い出させるようなこと言わないでよ。私までお腹減ってきたわ」
「ククルもなのです。とっても美味しかったのです!」
カレンさんは、嬉しそうにそう言って尻尾を揺らすククルを眺める。
「ドリルホーンのステーキとな?」
「そうなのです! おばば様、とってもとっても美味しかったのです。ユウキお兄ちゃんお料理とっても上手なのです!」
ククルの言葉にレイラが頬を緩めて頷いた。
「ユウキの故郷は遠い異国だって聞いたけど、食べたことがない味付けだったわ。はぁ、思い出しただけでも……」
……おい、レイラ。
少し涎が垂れてるぞ。
飛びぬけた美少女なだけに残念な光景である。
カレンさんは興味深そうに俺を見つめる。
「ユウキは遠い国からやってきたのじゃな。そう言えばここらでは黒髪は珍しい。異国の料理とは、わらわも食べて見たかったのぉ」
「はは、良かったら宴の準備俺も手伝いますよ。料理なら何か手伝えることもあると思うし」
職業を料理人に変えれば俺にも出来ることはあるだろう。
それに、あの立派な背赤鱒を見てたら俺もお腹が減ってきたもんな。
ついレイラがつかまえた後の味付けまで考えてたし。
俺の言葉にカレンさんが愉快そうに笑う。
「ほんに面白い男じゃこと。あれほどの剣士じゃというのに、料理まで得意とはの。あい分かった! 本来ならば客人にそのようなことをさせるのは心苦しいのじゃが、正直わらわも異国の料理とやらに興味があるからの」
そう言ってククルを再び抱き上げると俺に微笑むカレンさん。
本当に綺麗な人だよな。
どこから見てもせいぜい、ククルのお母さんって感じだ。
下手すると見た感じだけなら、お姉さんまであり得るよな。
どう見ても二十代だ。
俺は思わず尋ねる。
「あ、あの、少し気になったんですけどカレンさんはお幾つなんですか? ククルのおばば様って聞いてたけど、とてもそうは見えなくて」
カレンさんは微笑みながら俺に問い返す。
「ほほ、幾つに見えるかえ?」
あれ?
顔は笑ってるけど目は笑ってない気がする。
気のせいかな。
同時に周囲の白い仮面の男たちが凍り付いたように立ち上がる。
「ゆ、ユウキ殿!」
「いけませぬぞ、カレン様をおばば様と呼んでよいのはククルだけ」
「こう見えて、気にしておられるのです! はう!!」
最後の男がそう言ってから凍り付く。
「……誰が気にしておるのじゃ?」
「「「も、申し訳ありませんカレン様!」」」
男たちをキッと睨むカレンさんに、彼らは直立不動になりながらも少し目をそらす。
ヤバい威圧感がカレンさんから漂っている。
そんな彼らを睨みつつ、カレンさんはコホンと咳ばらいをすると少しツンとした表情で俺に答えた。
「おなごの歳を聞くものではないぞえ。少しそなたたちよりも長く生きておるだけじゃ、気持ちは永遠の十八歳じゃゆえ」
「は、はは……」
ここは笑顔で乗り切るに限る。
ナナが呆れたように言う。
「十八っていくら何でもそれはサバを読みす……むぐ!!」
俺はナナの口を押えて笑顔を作った。
「そう言えばそれぐらいに見えますよね! とっても綺麗ですし」
それを聞いてカレンさんは俺の手を握る。
「そうじゃろう? ほんによいおのこじゃのそなたは!」
「はは……ありがとうございます」
そんな俺を眺めながらカレンさんは目を細める。
なんだか何か懐かしそうな顔だ。
「どうしたんですか、俺の顔に何かついてます?」
「なんでもないのじゃ。黒髪じゃからそう思うのかもしれぬが、そなたが、少しわらわが知っておる者に似ておってな」
俺は首を傾げながら尋ねた。
「似てるって誰にです?」
カレンさんは少し悪戯っぽい顔で俺を見つめる。
「十八の乙女の時にわらわが好きだった男にじゃ。そなたと同じ黒髪で、たいそう腕がたってな。遠い遠い異国から来たおのこじゃったがの。もう二百年は前の話じゃ」
「へえ、カレンさんが……」
この人が好きだった男の人か。
そんな人に似てるなんて少し光栄だな。
遠い異国か。
どこから来たんだろう。
……ん?
ちょっと待てよ、今二百年前って言ったよな。
その時、十八歳だったって。
「ってことはカレンさんって今、二百十はち………」
そこまで言って俺は慌てて口をつぐむ。
自分で年齢をばらしてしまったことに気が付いたのか、カレンさんがこちらを睨んでいる。
「今、何か言うたかの? ユウキ」
「は、はは……いえ、どうだったかな俺忘れっぽくって。聞いたことを時々忘れちゃうんですよ。と、特に女性の年齢のことに関しては」
俺の答えに満足したようにカレンさんは頷く。
「ふむ! 良い心がけじゃ。おのこはそうではなくてはの」
それにしても二百年前って凄いな。
そりゃ尻尾も三本になるってものだ。
二百十八歳の美女とか、俺の想像を遥かに超えている。
外見や雰囲気も他の白狼族の人たちとは違うから、特別な存在なのかもな。
とにかく、これ以上は藪蛇になりそうだ。
一方、レイラはレイラで、すっかり背赤鱒に夢中な様子で川の傍で飛び跳ねる鱒の姿を眺めている。
「ねえユウキ! これをつかまえたらユウキが料理してくれる? はぁああん、もう我慢でない!!」
今にも魚を捕まえるために川に飛び込みそうなレイラを見て、俺は慌ててカレンさんに尋ねる。
「えっと、すみませんあの魚ってとっても構いませんか? 料理に使いたくて」
カレンさんは笑顔で頷くと俺たちに言った。
「もちろんじゃ、わらわもそなたの料理が楽しみじゃしな」
何しろここは白狼族の聖域だもんな。
美味しそうっていうだけで勝手にとったりしたら怒られそうだからさ。
俺はレイラに声をかけた。
「レイラ、いいってさ!」
「えへへ、もう捕っちゃった!」
川の中で満面の笑みで大きな背赤鱒を腕に抱きかかえている。
俺は思わず自分のこめかみを押さえながら言う。
「たく、えへへじゃないだろレイラ」
どんだけ腹が空いてるんだよ。
鮭を素手で捕まえる熊じゃあるまいし。
「だってぇ、もう本当にお腹ペコペコなんだもん!」
それを見てククルが目を丸くした。
「はう! レイラお姉ちゃん凄いのです!」
まあいいか、カレンさんからの許可も出たもんな。
鱒を両手に抱えてニコニコ顔のレイラを見ながら俺は肩をすくめた。
ナナもあきれ顔である。
「まったく、レイラの食欲には負けるわ!」
「だな!」
俺もため息をつきながら同意した。。
カレンさんは楽し気にそんなレイラの姿を眺めている。
「ほほほ、ほんに面白い者たちじゃな」
白い面をした男たちも大きく頷く。
「ですなカレン様!」
「はは、元気のよい乙女だ!」
「さっそく、身を清めてもらい客人たちをお社に案内させるといたしましょう」
俺たちは彼らの勧めで、滝つぼの清らかな水で身を清めることにした。
今着ている服は綺麗に洗ってくれるそうで、白い巫女姿のような服をナナやレイラ、そしてククルに。
俺には白い和服のようなものを着替えとして用意してくれた。
どうやらお社という場所に入るためには、身を清めてこの格好をしないといけないらしい。
カレンさんと白い面の男たちは社という場所に先に向かったが、その代わり巫女姿の女性が数人衣装を運んできてくれたのだ。
身を清めたら、彼女たちが社に案内してくれるそうだ。
俺はナナたちに言った。
「俺は後から身を清めるから、ナナたちからどうぞ」
まさか、一緒にってわけにはいかないもんな。
ナナは俺を眺めながら言う。
「分かったわ。でも……み、見ちゃだめよ?」
巫女の衣装を手にして、少し頬を染めながらそう言うナナを見て俺は思わず動揺した。
「わ、分かってるって!」
そう言って、俺は赤面して背中を向ける。
一方でレイラが豪快に服を脱ぎ捨てて、滝つぼに飛び込む音がした。
「ふぅ! 気持ちいいわよ。ナナもククルも早く来なさいよ!」
……おい、レイラ。
お前の上着がこちらまで飛んできてるぞ。
俺は咳ばらいをしながら滝つぼに背を向けてそれをたたむ。
まったく、レイラらしいっていえばらしいけどさ。
暫くするとナナやククルの声も聞こえてくる。
「ほんと、気持ちいいわ!」
「気持ちいいのです! ククル、ここで泳ぐのが大好きなのです」
元気なククルらしいな。
確かにこんな神秘的な滝が作る泉のような滝つぼで、体を清めるのは気持ちいいだろう。
よく考えたら昨日から俺も風呂に入れてないからな。
着替えまで用意してくれるなんてありがたい。
身を清めるのを楽しみにしていると、暫くしてナナたちが滝つぼから上がってくるのがその会話で分かった。
岸にあがり、楽しそうに話している。
「ふぅ、気持ちよかった。後はユウキが作ったご馳走をお腹一杯食べたいわ!」
「もう、レイラったらそればっかりなんだから」
「ナナは楽しみじゃないの?」
「そりゃ楽しみだけど!」
ククルも楽し気に言う。
「ククルも楽しみなのです! ユウキお兄ちゃんも早く身を清めるのです!」
衣擦れの音がしてそれが収まる。
どうやら着替えも終わったようだな。
俺は振り返ると皆に言った。
「背赤鱒以外にも食材を用意してくれるみたいだからさ、俺も楽しみだよ。身を清めたらさっそく……はう!」
思わず変な声が出てしまう。
そこには、巫女姿に着替えた可愛らしいククルの姿があった。
だが、問題はそこじゃない。
ククルの両脇に、二人の美少女があられもない姿で立っていた。
俺を見つめて真っ赤になっていく二人。
「な、な、な、何見てるのよ! 裕樹!!」
「そ、そ、そうよ! この馬鹿ぁあああ!!」
「う、うわぁあ! ご、ごめん! もう着替え終わったと思ったんだ!!」
俺は慌てて背を向けて叫んだ。
「馬鹿裕樹! ククルの着替えを先にすませてたんだから!」
「もう知らない!!」
凄い剣幕で怒る二人。
当然だよな、俺は平謝りした。
暫くして、巫女姿に着替えた二人が俺をジッと睨みつける。
二人とも巫女姿がとてもよく似合っていて綺麗だ。
ナナが頬を染めながら俺を睨んだ後、少し視線を逸らす。
「み、見たでしょ?」
レイラも真っ赤な顔で俺を睨んでいる。
俺は慌てて二人に言った。
「見てないって! すぐ後ろ向いたし。そ、そんなにはさ……」
二人は俺の言葉に顔を見合わせると、真っ赤な顔で左右から俺の頬をつねった。
「「やっぱり見たんじゃない!!」」
俺はその後、二人にこってりとしぼられてから、ようやく身を清めた。
真新しい白い和服に袖を通して、社に案内される俺たち。
さっきの一件でまだツンとしている二人の代わりにククルが俺と手をつなぐ。
「はう~、お姉ちゃんたち何怒ってるですか?」
そんなククルを見てナナとレイラは顔を見合わせると俺を睨む。
俺はそんな二人に頭を下げた。
「悪かったって。本当に反省してるからさ」
二人はそんな俺を見てため息をつくと言った。
「仕方ないわね、もう許してあげるわ裕樹」
「そうね、わざとじゃないんだし。でも、ユウキじゃなかったら絶対許さないんだから!」
そう言って、頬を染めながらもようやく笑顔に戻るナナとレイラ。
どうやら何とか許してもらえたようだ。
仲直りをして、案内をしてくれる巫女さんたちの後をついていくと少し奥に入ったところに切り立った崖があり、そこを上っていく岩の階段があった。
上を眺めると立派な作りの木の建物がある。
まるで大きな神社が何かのように神聖な美しさがある建物だ。
俺もナナたちも思わずその光景に見とれる。
「裕樹、あれがお社ね!」
「ああ、きっとそうだ!」
レイラは上を見上げて俺に言った。
「早く行きましょう! ユウキ、さっきの罰として美味しい料理を作ってね!」
「そうね! それぐらいしてもらわなきゃ」
ナナもそう言って笑った。
「はは、分かってるって。頑張ってみるからさ!」
俺はそう言うと、その階段を皆で登り始めた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,121
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる