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神子と騎士と幼なじみ
第21話 助けたいー白sideー
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瑠璃の様子を見るために毎日代わる代わる部屋を訪れる。
それが最近の白達の日課になっていた。
今日瑠璃の様子を見に行く予定になっていたオルキナスは、やけに浮かない顔をして瑠璃の部屋から出てきた。
「瑠璃どうだった?今日も元気なかったか?」
「そんなに気になるなら直接話しなよ~ってこの前までの俺なら言ったんだけど、ルリくんやっぱ変なこと吹き込まれてるっぽいね」
瑠璃をあの境遇から助け出しはしたが、白達は間に合わなかったのだ。
不特定多数の人間に1年もの間無体を働かれ、再会した瑠璃はとっくに壊れてしまっていた。
口を開けば自分は死なないといけないの一点張りで、挙句あれほど仲睦まじかったはずの白でさえ拒絶する始末だ。
どれだけ柔和に話しかけようとも瑠璃から恐れを抱く気配が消えることは無い。
体格が良いアルフォンスやオルキナスを前にすると体の震えを隠せていない。
何を聞いてもごめんなさいと謝罪を繰り返すばかりで会話にもならない。
瑠璃が目を覚ましてからは何とかして自分達に害意は無いのだと、ここは安全な所であって瑠璃を虐げる者は存在しないと伝え続けているが、瑠璃はそれも信じられずにいるようだった。
「やっぱなんか洗脳とかされてんのかな…マジで胸糞悪ぃ…!」
洗脳されているという可能性はかなり早い段階から議論に上がってはいた。
ただ、瑠璃の監視役の男から感じた精神支配の魔法の気配は瑠璃からは感じられなかった。
精神支配では無いのなら対話でどうにかなるかもしれない、しかし瑠璃と対話するには恐怖心や猜疑心を払拭する必要がある。
この2つを両立させることが未だに出来ていないのだ。
そのせいで瑠璃は未だに何かに怯え、精神をすり減らす日々を送らざるを得ない状況だった。
「念の為聞くけど、神子殿はルリくんのこと嫌いじゃないんだよね?」
「嫌いな訳ねぇだろ!むしろ大好きだよ!!瑠璃はなかなか気づいてくれねぇけど…!」
オルキナスの言葉に声を張上げて反論した。
瑠璃を守るために結界が張られた部屋に白の声が届くことは無いおかげで、廊下で大声を出しても瑠璃を怯えさせることは無い。
瑠璃が白のことを嫌いになる可能性は捨てきれないが、世界が反転しようとも瑠璃に対する白の想いが変わることは無い。
白が抱く友愛も親愛も、そう簡単に覆るものではないのだ。
「やっぱそうだよね。ごめん変な事聞いて。目を覚ましてからルリくんずっと神子殿に怯えてるでしょ?それって何か吹き込まれて神子殿のこと嫌いになっちゃったのかと思ってたんだよ」
「俺もそうかと…そんなこと信じたくはねぇけど」
瑠璃に嫌われたかもしれないというのは白にとってかなり深刻な問題なのだ。
拒絶されるのは嫌で、それでも瑠璃のことが心配でそばに居たいと思ってしまう。
だからここ最近は瑠璃が寝起きにぼんやりしているのをいいことに、こっそり手を握ったり頭を撫でたりしている。
寝起きでふわふわしている瑠璃は夢の中だと勘違いしているのか、その時だけ白の存在に怯えることが無かった。
「今日話した感じで確信したけど、ルリくんは神子殿が自分のこと嫌いだって思ってるみたいだよ。食事が口に合わないなら神子殿に作ってもらうか聞いたんだけど、白は僕のこと嫌いだからだめ、ってさ」
「はァ!?な、なんで!?誰が吹き込んだんだよそんなこと!!」
聞き捨てならない言葉に思わずいきり立ってしまい、オルキナスの胸ぐらを掴みあげて前後に大きく揺さぶった。
「ぐぇ!ちょ、落ち着いて!結界で声は届かないけどっ、暴れたら振動伝わっちゃうよっ!」
「なに!!それはダメだな。でもそんなの笑えない冗談だぞ。さっきも言っただろ、俺が瑠璃のこと嫌いになるわけねぇ」
落ち着いてと言われ白は大人しくパッと手を離した。
苦しがったような素振りはするものの、騎士団の中でも特に戦闘力が高いオルキナスがその気になれば白の腕くらいなら簡単に振りほどけると分かっている。
そんなことより、まだ怪我が完治していない瑠璃に迷惑をかける方が由々しき事態だ。
「まったく、ルリくんのことになるとすぐ取り乱すんだから……本当に冗談だと良かったんだけどね。多分ルリくんは心の底からそう思ってるよ」
「じゃあ瑠璃は俺の事が嫌いになって怖がってたって訳じゃねぇのか?それ喜んでいいのか…?いやでも、俺が瑠璃の事嫌いだって勘違いされてる訳だよな?それは喜べねぇよな……」
瑠璃から嫌われていないことは喜ばしいのかもしれないが、代わりに白が瑠璃のことを嫌っているという盛大な勘違いはまったく喜ばしいことでは無い。
喜んでいいのか落胆していいのか分からずなんとも言えない気持ちになる。
「ルリくんと1回ちゃんと話して欲しいんだけどね、あの状態じゃ難しいでしょ?どうしたらルリくんが安心できるかなって悩んでるんだよ」
「あの記憶読むやつって使えないのか?ほら、あの男にもやってたやつ」
ふとオルキナスが記憶系統に作用する魔法を得意としていたことを思い出した。
瑠璃を回収した後、今までの経緯を探るために瑠璃の監視をしていたと言う男の記憶を読んでいたはずだ。
その魔法を瑠璃にも使えばなぜそんな勘違いが生まれているのか分かるだろうと考えた。
「あーあれね。あれって実は誰にでも使える訳じゃないんだよね」
「でもそれって自分より強いやつには効かないとかそういうやつだよな?瑠璃には使えるんじゃないのか?」
精神に作用したり意識に干渉したりする魔法は相手の力の強さによっては効果がないことがある。
それは白でも知っている事だった。
「今はルリくんの体力が回復してないからあんま使わない方が良いって言うのももちろんあるけど、そもそもあの子多分俺より強いんだよね」
「え、瑠璃がオルキナスより強い?嘘だろ、あいつ運動とかあんま出来ないタイプだぞ」
日本では高身長だった白よりさらに上背があり、更に現役の騎士として魔法も体術もそこらの人間に引けを取らないオルキナスより瑠璃の方が強いだなんて想像しがたい話だった。
「純粋な体術ではそりゃ負ける訳ないよ!体の強さがどうとかじゃなくて、魔力の強さの話ね!属性は分からないけど、魔力量も魔力の質も神子殿と同等かそれ以上なんじゃないかな」
「マジか……魔力量って俺とアルフォンスが一緒くらいって言ってたよな…?ってことはアルフォンスよりすごいかも知んねぇの?」
「まあそういうことになるね。ねぇアルフォンス?」
「ああ」
白とオルキナスの2人しか居なかったはずの廊下にアルフォンスの声が響いた。
「うぉ!?おま、気配消して背後取るのやめろって言ってんだろ!びっくりすんだよ!」
「申し訳ございません。気配を消しているつもりは無かったのですが…」
「神子殿、ルリくんの話に夢中だったもんねー」
アルフォンスは気配を消すのが得意らしく、よく気付かぬ間に背後を取られては驚かされている。
実際には騎士としての任務にあたる際気配を薄めておいた方が都合が良いことが多く、気配を消すのが癖になっているだけだそうだ。
「オルキナスの言う通り、ルリ殿は魔力が非常に強いようです。自白魔法は効いたようですが、記憶干渉魔法は使えないでしょう」
「自白魔法って?」
「ルリくんが目を覚ました時に使ってた魔法ね。その名の通り思ってること全部言っちゃうって魔法なんだけど、それも結構ギリギリだったんだから。自白魔法使うだけであんなに魔力持ってかれたの初めてだよ」
白の疑問にオルキナスが透かさず答える。
瑠璃が最初に目を覚ましたあの日の混乱具合は今の比では無かった。
会話をするには自白魔法で心の内をさらけ出させるしか無かったということだろう。
「じゃあ瑠璃と喋ろうにも魔法には頼れねぇってことか…一体どうすれば…」
「……差し出がましいことを申しますが、シロ殿がルリ殿のお食事を作られてはいかがでしょうか?」
白がどうしたものかと頭を抱えて考えあぐねていると、アルフォンスから提案があった。
「そうそれ!俺も思ってたんだよね。アルフォンスもたまには良いこと言うじゃん。ルリくんには俺からも提案したんだけど、やっぱり故郷の味があった方が心は休まると思うんだよね」
「でも俺が作ったやつ瑠璃食わなかったじゃん。飯なんか今更だと思うんだけど…」
特別得意という訳では無いが、瑠璃の家に足を運ぶ度少しづつ教えを乞うていたおかげで人並みに料理は出来る。
和食ばかり作っていた瑠璃の影響で、白が作れる料理も和食ばかりだ。
白自身はどちらかと言うと味の濃い食事を好んでいたからこちらの世界の食事には何ら不満は無かったが、目を覚ましたばかりの瑠璃には和食の方が良いだろうと白が軽食を作っていた。
日本の調味料が少ないこの世界で何となく馴染みある粥の味に近いものを作ることは出来たが、目覚めたばかりの瑠璃は混乱していて結局冷えてしまった粥は白が食べることになったのだ。
「あの時はいろいろごたついちゃったから無理だったけど、今ならルリくんもゆっくりは出来てるし食べられるんじゃないかな?」
「馴染みある食事の方が体調の回復は早まるやもしれませんし、第一にシロ殿は本当にルリ殿を嫌ってなどいないという証明にもなるのではないでしょうか?」
「まぁ、それはたしかに」
料理で手懐けようだなんて良心が痛まないことも無いが、特別美味しいものは作れなくとも料理自体はそれほど手間では無いし、その程度のことで瑠璃の回復の手助けになるのならば試してみる価値はある。
アルフォンスが言った通り、瑠璃に対する敵意も害意も無いのだと訴える材料にだってなり得るだろう。
「よし。明日からもう1回飯作ってみるか」
「承知致しました。調理場の者には私から伝えておきます。食材の買い出しに行かれる際は護衛の者をつけますからお一人では外出なさらないでくださいね」
「外出るなら俺とルドルフが一緒に行くよ。神子の国の食事に使う物ってちょっと興味あるしね」
瑠璃が目を覚ました日に作った粥は白が勝手に調理場に忍び込んで作ったものだったからオルキナスは食材もよく知らない。
白の護衛についてはアルフォンスとオルキナスが目を見合せて既に手筈を整えたようだった。
それにしても、神子である白に対してなら理解出来るが、何故2人が瑠璃の回復にここまで協力的なのか少し気になった。
「2人ともなんでこんなに協力してくれるんだ?ずっと騎士の仕事放ったらかしになってんだろ?俺だけで解決できる話でもねぇし助かってはいるんだけど…」
1年間共に浄化の旅をして来て気付いたことは、アルフォンスもオルキナスも騎士団と白のこと以外には割と無関心であるということだった。
騎士として国民の命を守るため働きはするが、女から言い寄られても軽くいなす事がほとんどで、その対象が同性であってもその態度は変わらなかったと記憶している。
だというのに瑠璃には妙に肩入れしているような気がした。
「何故か、ですか…」
「えー、それ聞いちゃう?」
「な、なに、なんか言えない理由でもあんの?」
白の疑問を受けて2人して決まりが悪そうに視線を泳がせた。
自分から聞いておいて、触れるべきでは無い話だったのかと少したじろぐ。
「俺は後ろめたい理由なんて無いよ?ルリくんが小さくて可愛いからなんとかしてあげたいなってだけ」
「…おい、それ充分後ろめたいだろ。言ってること結構キモイぞ」
デカいなりをして小動物に心躍らせているオルキナスの姿は幾度となく目撃していたが、まさか瑠璃に対しても同じような気持ちを抱いているとは思わなかった。
守ってくれるのはありがたいとは思うが、必要以上に瑠璃とオルキナスを近づけさせない方がいいかもしれない。
「心外な!アルフォンスだって似たような理由でしょ」
「おい、誤解を招くようなことを言うな。違いますからねシロ殿」
キモイと言われてぶすっと唇を尖らせたオルキナスが白の矛先をアルフォンスに向けさせようとした。
「アルフォンスも小さくて可愛い瑠璃が好きな変態だったのか」
「違います…!オルキナスのような変態と同じにされるのはそれこそ心外です」
目を細めてじとーっと睨めつけるが、アルフォンスに即座に否定される。
オルキナスが要らぬ軽口を叩いたせいでアルフォンスまで少年愛好家のけがあると勘違いするところだった。
「じゃあなんで?なんで協力してくれんの」
「それは…」
気になることはとことん気になってしまう質の白に詰め寄られてアルフォンスが言葉を詰まらせる。
「子供が辛い思いしてるの放っておけないんでしょ?」
「そっ、そういう、ことです」
言葉を詰まらせるアルフォンスに助け舟を出したのは意外にもオルキナスだった。
オルキナスの口から語られたのは非常に簡潔でごくありふれた理由に思えた。
アルフォンスの声がやけに裏返っていたのは些か不思議に思うが、騎士として当然の心理だろうなとすんなりと納得出来た。
瑠璃程の歳のものを子供と称するのはいささか違和感があるが、年下の国民を総じて子供と称して護っている騎士もいるらしいからアルフォンス達もそうなのだろう。
「なるほどな?まあ確かに騎士団長だもんな、助けるのは当たり前ってことか」
「おっしゃる通りです。この国に召喚された以上、ルリ殿もグレンツェ国民と同じ扱いになります。私には国民をお護りする義務がございますから」
先程見せた動揺はすっかりなりを潜めて、普段の涼しい顔に戻ったアルフォンスが騎士団長としての矜恃を述べた。
「そっか。変な事聞いて悪かったな。じゃあ俺ルドルフ呼んでくるから先行ってるな!」
「うん、行ってらっしゃい。俺もすぐ向かうからルドルフと待っててね」
「了解!」
それらしい理由を聞いた白は満足したのか直ぐに意識を切り替え、手を振りバタバタと足音を響かせながら廊下を走り去った。
「……まだ言わなくていいんだね?」
「シロ殿に言う必要は無いだろう。必要に迫られなければルリ殿にも言うつもりは無い。これは私が勝手に️やっている事だからな」
白が去った廊下にアルフォンスとオルキナスの声が残っている。
既にルドルフを呼ぶためにこの場を後にした白に話し声は届いていない。
「あっそ。まあ俺にも役目はあるし、そのためにはルリくんに元気になってもらわなきゃなんだよね。もちろん、まだルリくんがその対象だって分かったわけじゃないんだけどね」
「…そうだな」
2人の会話はお互いの何かしらの事情を知っているような口振りで交わされた。
第三者が聞いても何の話をしているか推測することは難しいだろう。
アルフォンスはどこか上の空で、窓の外に広がる青空を見つめながらオルキナスの言葉を聞いていた。
それが最近の白達の日課になっていた。
今日瑠璃の様子を見に行く予定になっていたオルキナスは、やけに浮かない顔をして瑠璃の部屋から出てきた。
「瑠璃どうだった?今日も元気なかったか?」
「そんなに気になるなら直接話しなよ~ってこの前までの俺なら言ったんだけど、ルリくんやっぱ変なこと吹き込まれてるっぽいね」
瑠璃をあの境遇から助け出しはしたが、白達は間に合わなかったのだ。
不特定多数の人間に1年もの間無体を働かれ、再会した瑠璃はとっくに壊れてしまっていた。
口を開けば自分は死なないといけないの一点張りで、挙句あれほど仲睦まじかったはずの白でさえ拒絶する始末だ。
どれだけ柔和に話しかけようとも瑠璃から恐れを抱く気配が消えることは無い。
体格が良いアルフォンスやオルキナスを前にすると体の震えを隠せていない。
何を聞いてもごめんなさいと謝罪を繰り返すばかりで会話にもならない。
瑠璃が目を覚ましてからは何とかして自分達に害意は無いのだと、ここは安全な所であって瑠璃を虐げる者は存在しないと伝え続けているが、瑠璃はそれも信じられずにいるようだった。
「やっぱなんか洗脳とかされてんのかな…マジで胸糞悪ぃ…!」
洗脳されているという可能性はかなり早い段階から議論に上がってはいた。
ただ、瑠璃の監視役の男から感じた精神支配の魔法の気配は瑠璃からは感じられなかった。
精神支配では無いのなら対話でどうにかなるかもしれない、しかし瑠璃と対話するには恐怖心や猜疑心を払拭する必要がある。
この2つを両立させることが未だに出来ていないのだ。
そのせいで瑠璃は未だに何かに怯え、精神をすり減らす日々を送らざるを得ない状況だった。
「念の為聞くけど、神子殿はルリくんのこと嫌いじゃないんだよね?」
「嫌いな訳ねぇだろ!むしろ大好きだよ!!瑠璃はなかなか気づいてくれねぇけど…!」
オルキナスの言葉に声を張上げて反論した。
瑠璃を守るために結界が張られた部屋に白の声が届くことは無いおかげで、廊下で大声を出しても瑠璃を怯えさせることは無い。
瑠璃が白のことを嫌いになる可能性は捨てきれないが、世界が反転しようとも瑠璃に対する白の想いが変わることは無い。
白が抱く友愛も親愛も、そう簡単に覆るものではないのだ。
「やっぱそうだよね。ごめん変な事聞いて。目を覚ましてからルリくんずっと神子殿に怯えてるでしょ?それって何か吹き込まれて神子殿のこと嫌いになっちゃったのかと思ってたんだよ」
「俺もそうかと…そんなこと信じたくはねぇけど」
瑠璃に嫌われたかもしれないというのは白にとってかなり深刻な問題なのだ。
拒絶されるのは嫌で、それでも瑠璃のことが心配でそばに居たいと思ってしまう。
だからここ最近は瑠璃が寝起きにぼんやりしているのをいいことに、こっそり手を握ったり頭を撫でたりしている。
寝起きでふわふわしている瑠璃は夢の中だと勘違いしているのか、その時だけ白の存在に怯えることが無かった。
「今日話した感じで確信したけど、ルリくんは神子殿が自分のこと嫌いだって思ってるみたいだよ。食事が口に合わないなら神子殿に作ってもらうか聞いたんだけど、白は僕のこと嫌いだからだめ、ってさ」
「はァ!?な、なんで!?誰が吹き込んだんだよそんなこと!!」
聞き捨てならない言葉に思わずいきり立ってしまい、オルキナスの胸ぐらを掴みあげて前後に大きく揺さぶった。
「ぐぇ!ちょ、落ち着いて!結界で声は届かないけどっ、暴れたら振動伝わっちゃうよっ!」
「なに!!それはダメだな。でもそんなの笑えない冗談だぞ。さっきも言っただろ、俺が瑠璃のこと嫌いになるわけねぇ」
落ち着いてと言われ白は大人しくパッと手を離した。
苦しがったような素振りはするものの、騎士団の中でも特に戦闘力が高いオルキナスがその気になれば白の腕くらいなら簡単に振りほどけると分かっている。
そんなことより、まだ怪我が完治していない瑠璃に迷惑をかける方が由々しき事態だ。
「まったく、ルリくんのことになるとすぐ取り乱すんだから……本当に冗談だと良かったんだけどね。多分ルリくんは心の底からそう思ってるよ」
「じゃあ瑠璃は俺の事が嫌いになって怖がってたって訳じゃねぇのか?それ喜んでいいのか…?いやでも、俺が瑠璃の事嫌いだって勘違いされてる訳だよな?それは喜べねぇよな……」
瑠璃から嫌われていないことは喜ばしいのかもしれないが、代わりに白が瑠璃のことを嫌っているという盛大な勘違いはまったく喜ばしいことでは無い。
喜んでいいのか落胆していいのか分からずなんとも言えない気持ちになる。
「ルリくんと1回ちゃんと話して欲しいんだけどね、あの状態じゃ難しいでしょ?どうしたらルリくんが安心できるかなって悩んでるんだよ」
「あの記憶読むやつって使えないのか?ほら、あの男にもやってたやつ」
ふとオルキナスが記憶系統に作用する魔法を得意としていたことを思い出した。
瑠璃を回収した後、今までの経緯を探るために瑠璃の監視をしていたと言う男の記憶を読んでいたはずだ。
その魔法を瑠璃にも使えばなぜそんな勘違いが生まれているのか分かるだろうと考えた。
「あーあれね。あれって実は誰にでも使える訳じゃないんだよね」
「でもそれって自分より強いやつには効かないとかそういうやつだよな?瑠璃には使えるんじゃないのか?」
精神に作用したり意識に干渉したりする魔法は相手の力の強さによっては効果がないことがある。
それは白でも知っている事だった。
「今はルリくんの体力が回復してないからあんま使わない方が良いって言うのももちろんあるけど、そもそもあの子多分俺より強いんだよね」
「え、瑠璃がオルキナスより強い?嘘だろ、あいつ運動とかあんま出来ないタイプだぞ」
日本では高身長だった白よりさらに上背があり、更に現役の騎士として魔法も体術もそこらの人間に引けを取らないオルキナスより瑠璃の方が強いだなんて想像しがたい話だった。
「純粋な体術ではそりゃ負ける訳ないよ!体の強さがどうとかじゃなくて、魔力の強さの話ね!属性は分からないけど、魔力量も魔力の質も神子殿と同等かそれ以上なんじゃないかな」
「マジか……魔力量って俺とアルフォンスが一緒くらいって言ってたよな…?ってことはアルフォンスよりすごいかも知んねぇの?」
「まあそういうことになるね。ねぇアルフォンス?」
「ああ」
白とオルキナスの2人しか居なかったはずの廊下にアルフォンスの声が響いた。
「うぉ!?おま、気配消して背後取るのやめろって言ってんだろ!びっくりすんだよ!」
「申し訳ございません。気配を消しているつもりは無かったのですが…」
「神子殿、ルリくんの話に夢中だったもんねー」
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実際には騎士としての任務にあたる際気配を薄めておいた方が都合が良いことが多く、気配を消すのが癖になっているだけだそうだ。
「オルキナスの言う通り、ルリ殿は魔力が非常に強いようです。自白魔法は効いたようですが、記憶干渉魔法は使えないでしょう」
「自白魔法って?」
「ルリくんが目を覚ました時に使ってた魔法ね。その名の通り思ってること全部言っちゃうって魔法なんだけど、それも結構ギリギリだったんだから。自白魔法使うだけであんなに魔力持ってかれたの初めてだよ」
白の疑問にオルキナスが透かさず答える。
瑠璃が最初に目を覚ましたあの日の混乱具合は今の比では無かった。
会話をするには自白魔法で心の内をさらけ出させるしか無かったということだろう。
「じゃあ瑠璃と喋ろうにも魔法には頼れねぇってことか…一体どうすれば…」
「……差し出がましいことを申しますが、シロ殿がルリ殿のお食事を作られてはいかがでしょうか?」
白がどうしたものかと頭を抱えて考えあぐねていると、アルフォンスから提案があった。
「そうそれ!俺も思ってたんだよね。アルフォンスもたまには良いこと言うじゃん。ルリくんには俺からも提案したんだけど、やっぱり故郷の味があった方が心は休まると思うんだよね」
「でも俺が作ったやつ瑠璃食わなかったじゃん。飯なんか今更だと思うんだけど…」
特別得意という訳では無いが、瑠璃の家に足を運ぶ度少しづつ教えを乞うていたおかげで人並みに料理は出来る。
和食ばかり作っていた瑠璃の影響で、白が作れる料理も和食ばかりだ。
白自身はどちらかと言うと味の濃い食事を好んでいたからこちらの世界の食事には何ら不満は無かったが、目を覚ましたばかりの瑠璃には和食の方が良いだろうと白が軽食を作っていた。
日本の調味料が少ないこの世界で何となく馴染みある粥の味に近いものを作ることは出来たが、目覚めたばかりの瑠璃は混乱していて結局冷えてしまった粥は白が食べることになったのだ。
「あの時はいろいろごたついちゃったから無理だったけど、今ならルリくんもゆっくりは出来てるし食べられるんじゃないかな?」
「馴染みある食事の方が体調の回復は早まるやもしれませんし、第一にシロ殿は本当にルリ殿を嫌ってなどいないという証明にもなるのではないでしょうか?」
「まぁ、それはたしかに」
料理で手懐けようだなんて良心が痛まないことも無いが、特別美味しいものは作れなくとも料理自体はそれほど手間では無いし、その程度のことで瑠璃の回復の手助けになるのならば試してみる価値はある。
アルフォンスが言った通り、瑠璃に対する敵意も害意も無いのだと訴える材料にだってなり得るだろう。
「よし。明日からもう1回飯作ってみるか」
「承知致しました。調理場の者には私から伝えておきます。食材の買い出しに行かれる際は護衛の者をつけますからお一人では外出なさらないでくださいね」
「外出るなら俺とルドルフが一緒に行くよ。神子の国の食事に使う物ってちょっと興味あるしね」
瑠璃が目を覚ました日に作った粥は白が勝手に調理場に忍び込んで作ったものだったからオルキナスは食材もよく知らない。
白の護衛についてはアルフォンスとオルキナスが目を見合せて既に手筈を整えたようだった。
それにしても、神子である白に対してなら理解出来るが、何故2人が瑠璃の回復にここまで協力的なのか少し気になった。
「2人ともなんでこんなに協力してくれるんだ?ずっと騎士の仕事放ったらかしになってんだろ?俺だけで解決できる話でもねぇし助かってはいるんだけど…」
1年間共に浄化の旅をして来て気付いたことは、アルフォンスもオルキナスも騎士団と白のこと以外には割と無関心であるということだった。
騎士として国民の命を守るため働きはするが、女から言い寄られても軽くいなす事がほとんどで、その対象が同性であってもその態度は変わらなかったと記憶している。
だというのに瑠璃には妙に肩入れしているような気がした。
「何故か、ですか…」
「えー、それ聞いちゃう?」
「な、なに、なんか言えない理由でもあんの?」
白の疑問を受けて2人して決まりが悪そうに視線を泳がせた。
自分から聞いておいて、触れるべきでは無い話だったのかと少したじろぐ。
「俺は後ろめたい理由なんて無いよ?ルリくんが小さくて可愛いからなんとかしてあげたいなってだけ」
「…おい、それ充分後ろめたいだろ。言ってること結構キモイぞ」
デカいなりをして小動物に心躍らせているオルキナスの姿は幾度となく目撃していたが、まさか瑠璃に対しても同じような気持ちを抱いているとは思わなかった。
守ってくれるのはありがたいとは思うが、必要以上に瑠璃とオルキナスを近づけさせない方がいいかもしれない。
「心外な!アルフォンスだって似たような理由でしょ」
「おい、誤解を招くようなことを言うな。違いますからねシロ殿」
キモイと言われてぶすっと唇を尖らせたオルキナスが白の矛先をアルフォンスに向けさせようとした。
「アルフォンスも小さくて可愛い瑠璃が好きな変態だったのか」
「違います…!オルキナスのような変態と同じにされるのはそれこそ心外です」
目を細めてじとーっと睨めつけるが、アルフォンスに即座に否定される。
オルキナスが要らぬ軽口を叩いたせいでアルフォンスまで少年愛好家のけがあると勘違いするところだった。
「じゃあなんで?なんで協力してくれんの」
「それは…」
気になることはとことん気になってしまう質の白に詰め寄られてアルフォンスが言葉を詰まらせる。
「子供が辛い思いしてるの放っておけないんでしょ?」
「そっ、そういう、ことです」
言葉を詰まらせるアルフォンスに助け舟を出したのは意外にもオルキナスだった。
オルキナスの口から語られたのは非常に簡潔でごくありふれた理由に思えた。
アルフォンスの声がやけに裏返っていたのは些か不思議に思うが、騎士として当然の心理だろうなとすんなりと納得出来た。
瑠璃程の歳のものを子供と称するのはいささか違和感があるが、年下の国民を総じて子供と称して護っている騎士もいるらしいからアルフォンス達もそうなのだろう。
「なるほどな?まあ確かに騎士団長だもんな、助けるのは当たり前ってことか」
「おっしゃる通りです。この国に召喚された以上、ルリ殿もグレンツェ国民と同じ扱いになります。私には国民をお護りする義務がございますから」
先程見せた動揺はすっかりなりを潜めて、普段の涼しい顔に戻ったアルフォンスが騎士団長としての矜恃を述べた。
「そっか。変な事聞いて悪かったな。じゃあ俺ルドルフ呼んでくるから先行ってるな!」
「うん、行ってらっしゃい。俺もすぐ向かうからルドルフと待っててね」
「了解!」
それらしい理由を聞いた白は満足したのか直ぐに意識を切り替え、手を振りバタバタと足音を響かせながら廊下を走り去った。
「……まだ言わなくていいんだね?」
「シロ殿に言う必要は無いだろう。必要に迫られなければルリ殿にも言うつもりは無い。これは私が勝手に️やっている事だからな」
白が去った廊下にアルフォンスとオルキナスの声が残っている。
既にルドルフを呼ぶためにこの場を後にした白に話し声は届いていない。
「あっそ。まあ俺にも役目はあるし、そのためにはルリくんに元気になってもらわなきゃなんだよね。もちろん、まだルリくんがその対象だって分かったわけじゃないんだけどね」
「…そうだな」
2人の会話はお互いの何かしらの事情を知っているような口振りで交わされた。
第三者が聞いても何の話をしているか推測することは難しいだろう。
アルフォンスはどこか上の空で、窓の外に広がる青空を見つめながらオルキナスの言葉を聞いていた。
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璃々丸
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日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
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