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書籍発売記念小話
閑話 その後の彼ら(アントス視点)
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Webで公開していた話の再掲です。書籍とは関係ないので、戻すことにしました。
*******
自分のせいでこの世界の住人になってしまったリンを、アマテラス様やツクヨミ様、スサノオ様と一緒に見守っているときのこと。そういえば……と、リンと直接関わったり間接的に関わったりして、問題を起こした人間がいたが……その後の彼らはどうなったのか。
ちょっとした好奇心で、彼らの様子を見ることにする。アマテラス様たちは興味がないようで、温泉街にいるリンたちを見守るつもりのようだった。
・タンネの街、ギルド職員のその後
まずはタンネの町にいたギルドマスターと職員だが、ギルドマスターに関しては性根を入れ替え、差別する者をしっかりと指導していた。ある意味ギルド職員は花形の職業なので、一部の職員はここをクビになると他で雇ってもらえなくなるという事情があり、表面上は表情を取り繕っていた。
そして、表面上取り繕っていたはずが、それが当たり前になって正当な判断ができるようになっていったのには、正直に言って驚いた。それが当たり前になってしまえばそこに住む者たちもそうせざるを得ず、できない者はその町から離れて行くという町にとっていい循環となり、冒険者の数も少しではあるが、増えてきているようだ。
まあ、中にはしょっちゅう叱責されている人間もいたが。
それが、問題を起こした彼だった。
鑑定業務もダメ、解体ができないので配属もできない。だからこそ受付に座らせているのだが、黒髪というだけで顔を顰めるので、すぐに冒険者から苦情がいってしまうのだ。
本人は栗色の髪を持つ、謂わばどこにでもいる人間ではある。が、彼以外の一族の者は努力を重ね、黒髪になった者がいるのだ。それが自身の兄や弟妹だからこそ、なおさら僻むということをしていた。
もちろん、彼自身にも適正魔法や職業があった。それが鍛冶だったのだが、身内は応援してくれたのに本人がそれをよしとせず、ギルド職員になった。
そのようなことがあり、ずっと受付をしていたのだが……。
「ギルドが運営している、鍛冶部門に配属だ」
「そんな……!」
「自分がなにをしてきたか、まだわかっていないのか? お前自身がそんな態度でいる限り、表に出すことはできない。これ以上冒険者が減ってしまうと、初級や中級と言えど、スタンピードが起き兼ねない。その責任が取れるのか? まったく戦えないお前が」
「……っ」
「鍛冶部門が嫌なら、辞めるしかない」
どうする、とのギルドマスターの言葉に渋々ながらも頷き、鍛冶部門に配置換えとなった。周囲には彼と同じく茶色の髪の者もいたからそれに安堵していが、しばらくそこで働いていると、最近まで茶色や緑色の髪だった者が、徐々に髪の色が濃くなっていく者がいることに驚く。
それを見て、彼は思うところがあったのか、ひっそりと溜息をついた。
「ああ……そうか。努力すればよかったんだな……」
鍛冶職人が恥ずかしいと思っていた。だが、冒険者も鍛冶職人も、どっちかが欠けていたら成り立たないものだ。
家族や身内には彼のように鍛冶職人もいたが、騎士や魔法使いのほうが多かった。だからこそ羨ましかった。
だが、家族は一度として彼を蔑んだり、馬鹿にしたりしたことなどなかったのだ。応援すらしてくれていたのだ。
それを思い出して涙した男は、死ぬまでにまだまだ時間があるからと性根を入れ替え、まずはギルドの下働きから鍛冶を始めることとなった。
のちに黒髪にまでなった彼はギルドを辞めて自分の店を開き、伴侶を得た。そして家族や兄弟、冒険者のために、素晴らしい武器や防具を作った。
ちょっとだけ覗いた彼の未来は、とても素晴らしいものだった。
・カールのその後
子爵家に婿入りした、ガウティーノ家の四男であるカール。
彼は兄たちと同じように育てられたというのに、両親も、家庭教師も、学園でさえも自身の逃げ癖のせいでその才能を潰し、子爵家の婿養子となった。
きちんと両親などの諫言に耳を傾けていれば、文官になれるだけの才能があった。だが、カール自身が自分に甘く、何事においてもすぐに逃げることから常に成績は底辺で、兄たちと比べられて憤っていた。
もっともそれはカール自身が悪いわけだが、自分に甘い彼は常に他人のせいにして生きてきたために、自分が悪いとは思っていない。それに、なにかあれば魅了魔法を使い、魔法にかかった者にやらせていたのだから性質が悪い。
そんな底辺の成績だった彼が領地経営などすぐにできるはずもなく、逃げようにも魅了魔法は封じられているために彼自身の能力はすぐに露見することとなり、義理の両親や領地経営を支える寄り子貴族、妻にすらも呆れられていた。
まあ、妻に関してはお互いに惚れたわけだからと根気よく丁寧に教えている。
それでも覚えが悪いカールに愛想をつかし始めているのだから、どれほどその能力がないか、如何に勉強をさぼっていたかが知れるだろう。
そのうち領地経営に飽きて散財される前になんとかしなければとは思うが、妻となった彼女は身重だ。両親が健在だからいいようなものの、いなかったらと思うと、大変だっただろう。
彼女自身も、カール以外のガウティーノ家の人間や、騎士であり婚約者でもあったエアハルトを嫌ってカールに鞍替えしたのだから、自業自得ではあるが。
「カールはもう種馬としてしか見れないな……」
「……そうですわね。この子が男児か女児かわかりませんが、せめてあと一人か二人産まないと。今後の領地が心配ですの」
「そうだな……」
両親と彼女が、カールを抜きに今後のことを話し合う。両親も彼女も同じ認識だった。ただし放逐はできず、最期まで面倒を見なければならないのだ。
ガウティーノ家に引き取ってもうらうにしても、妻とその家自身が仕出かしてしまっている。それに、お互いに干渉しないこととガウティーノ家の力を使わない、頼らないという条件のもと、爵位を下げてまでお腹にいる子どものためにと懇願し、死罪だったカールを引き留めて婿にもらっているために、こちらからはなにも言えないのが現状だった。
子孫を残すためだけの種馬として生かし、子どもの教育はカールを抜きにしてやることを決めた。カールの血を引いていることに不安が残るが、兄たちはみんな立派にやっているので、そのガウティーノ家の血に期待したい。
そして生まれた子は男児で、髪はカールと同じ茶色。小さなころからきちんと躾ければ、黒髪も夢ではない色だ。
赤子が産まれたからにはカール自身が変わってほしいと願うが、彼の性格を考えると期待はできない。なので、嫡男を支える男児や女児がほしいとカールに囁き、なんだかんだと男児を二人、女児を一人産んだ妻は。
子どもと一緒に学ばせるという方法を取り、なんとか簡単な領地経営だけはできるようになることを成功させる。
そして子どもが成人して領地経営がしっかりとできるようになったころ、次の当主として娘の長男を指名した父親は、カールを領地にある別荘に幽閉した。経営ができるようになったとはいえ、それは合格点にはほど遠いものだったのだから。
病気療養という理由で幽閉されたカールは、苦痛だった勉強と領地経営をしなくてすむと喜び、義両親や妻、子どもたちを呆れさせたという。
のちに秘密裏のうちに妻に毒殺されるが、それは自業自得だろう。
子どもたちの反面教師という意味では、役に立った男だった。
・マルセルのその後
最後にマルセルだが、彼も師匠や兄弟子に日々扱かれていた。
王都と遠く離れた領地にある意味幽閉されているのだが、リンに仕返しをする可能性があったがために、買い物ですら一人ではさせてもらえなかった。常に師匠か兄弟子、弟弟子が一緒にいたのだ。
しかも、あとからきた弟弟子にすら料理の腕で負けているのだから、情けない。
「マルセル、何度言えばわかる! 野菜の選び方がなっとらん!」
「え? これでいいっすよね?」
「どこが! 根っこのところが茶色くなっているだろうが! こっちの葉は萎びているじゃないか! これと比べてみろ!」
「あっ」
王宮料理人など夢のまた夢だとわかり、せめて貴族家の料理長か自分の店を持ちたいと考えていたマルセルにとって、食材選びができないのは致命的だった。何度言ってもメモを取ることなどなく、何度同じことを言っても覚えない。
――覚える気がないと言われてしまえば、それまでだった。
「お前、本当に料理長や自分の店を持ちたいと考えてるのか?」
「はいっす。店を持ちたいっすね」
「だったら、もっと真剣に食材選びをしろ! 覚えられないなら紙に書け! そんなヘラヘラしているから、いつまでたってもダメなんだよ、お前は。だから弟弟子にも追い抜かれるんだ」
「……わかってるっすよ」
言葉ではわかっているつもりでも、結局はわかっていないのがマルセルだ。いくら優しく諭すように言おうが、厳しく指導しようが、マルセルは真剣にならない。
いや、本人はいたく真剣なのだが、生来の気質なのか真剣にとってもらえないことも多い。まあ、どこかで手抜きしよう、誰かのレシピを盗めば店くらいやれるだろう、などと軽く考えている部分があるので、師匠や兄弟子、弟弟子にそれを見抜かれているだけなのだが、マルセルはそれに気づかないでいた。
「今日は一品任せるが、以前と同じ料理は作るなよ? それしか作れないとなると、店なんて出せないぞ? せいぜい、屋台がいいところだ」
「そんな……」
「そんな、じゃねえだろうが! お前、料理を軽く考えてねえか? レシピを盗めば簡単に作れるとでも思ってんのか? そんな態度と気持ちだから、いつまでたっても料理が作れねえんだよ。レシピがあったって、それが作れる知識と技量がなけりゃ、レシピですら宝の持ち腐れだ。だから料理人でもない薬師にすら腕が劣るって言われるんだ!」
「……っ」
師匠にはっきり指摘され、息を呑むマルセル。まさか、それを見抜かれているとは思わなかった。
「今日、ちゃんとした一品が作れなければ、下働きからやり直しだ。それが嫌なら、今まで学んだことをしっかり理解しろ」
「……はいっす」
納得がいかないと思いつつ、マルセルは任された一品を作るものの、それはアレンジしたものでもなければ新作でもなく、以前作ったものと同じだったがために師匠を激怒させた。
そしてマルセルは下働きに落とされ、毎日野菜の皮剥きや切る作業しかさせてもらえず、どんどん追い抜いていく弟弟子たちを恨めしく思うのだ。
結局マルセルは師匠の教えを無駄にし、店を持とうにも自身が作れるレシピ数が少なすぎて許可も出してもらえず、作ってもアレンジができずに上に這い上がることもできない。
晩年になっても才能の目が出ることなく、師匠のあとを継いだ兄弟子にも扱き使われて過ごした彼は。
串焼きならばできるから、屋台ならばと許可が下りたもののそれを嫌がり、ずっと下働きのまま、死ぬまで屋敷で扱き使われるのだった。
***
「なんとも自業自得な人ばかりですねぇ。まともになったのは、ギルドマスターと職員だけですか……」
それぞれの未来を少しだけ覗いて、後悔してしまった。これならばリンを見ていたほうが楽しかった。
あくまでも今のままだと起こり得る未来のひとつであり、確定ではない。職員以外は、彼ら自身が改心すればもっといい未来もあるのだ。
内心で溜息をつき、自身が関わった人間を見守る。
リンはスリに遭いそうになっているし、ヨシキたち転生者はダンジョンに潜ったりしながら資金を稼ぎ、クランのメンバー全員が乗れるように、馬車を大きく改装している。
「さて。春になったらどう動くのでしょうね」
このままでは、リンが離れていきますよ……と、温泉街で手を繋いでいるエアハルトを見つつ、従魔たちの次の進化先が楽しみだと、にんまりと笑った。
*******
3月27日は3巻の出荷日でした!
詳しくは近況ボードをご覧ください!
この表紙が目印ですよ~(*´艸`*)
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自分のせいでこの世界の住人になってしまったリンを、アマテラス様やツクヨミ様、スサノオ様と一緒に見守っているときのこと。そういえば……と、リンと直接関わったり間接的に関わったりして、問題を起こした人間がいたが……その後の彼らはどうなったのか。
ちょっとした好奇心で、彼らの様子を見ることにする。アマテラス様たちは興味がないようで、温泉街にいるリンたちを見守るつもりのようだった。
・タンネの街、ギルド職員のその後
まずはタンネの町にいたギルドマスターと職員だが、ギルドマスターに関しては性根を入れ替え、差別する者をしっかりと指導していた。ある意味ギルド職員は花形の職業なので、一部の職員はここをクビになると他で雇ってもらえなくなるという事情があり、表面上は表情を取り繕っていた。
そして、表面上取り繕っていたはずが、それが当たり前になって正当な判断ができるようになっていったのには、正直に言って驚いた。それが当たり前になってしまえばそこに住む者たちもそうせざるを得ず、できない者はその町から離れて行くという町にとっていい循環となり、冒険者の数も少しではあるが、増えてきているようだ。
まあ、中にはしょっちゅう叱責されている人間もいたが。
それが、問題を起こした彼だった。
鑑定業務もダメ、解体ができないので配属もできない。だからこそ受付に座らせているのだが、黒髪というだけで顔を顰めるので、すぐに冒険者から苦情がいってしまうのだ。
本人は栗色の髪を持つ、謂わばどこにでもいる人間ではある。が、彼以外の一族の者は努力を重ね、黒髪になった者がいるのだ。それが自身の兄や弟妹だからこそ、なおさら僻むということをしていた。
もちろん、彼自身にも適正魔法や職業があった。それが鍛冶だったのだが、身内は応援してくれたのに本人がそれをよしとせず、ギルド職員になった。
そのようなことがあり、ずっと受付をしていたのだが……。
「ギルドが運営している、鍛冶部門に配属だ」
「そんな……!」
「自分がなにをしてきたか、まだわかっていないのか? お前自身がそんな態度でいる限り、表に出すことはできない。これ以上冒険者が減ってしまうと、初級や中級と言えど、スタンピードが起き兼ねない。その責任が取れるのか? まったく戦えないお前が」
「……っ」
「鍛冶部門が嫌なら、辞めるしかない」
どうする、とのギルドマスターの言葉に渋々ながらも頷き、鍛冶部門に配置換えとなった。周囲には彼と同じく茶色の髪の者もいたからそれに安堵していが、しばらくそこで働いていると、最近まで茶色や緑色の髪だった者が、徐々に髪の色が濃くなっていく者がいることに驚く。
それを見て、彼は思うところがあったのか、ひっそりと溜息をついた。
「ああ……そうか。努力すればよかったんだな……」
鍛冶職人が恥ずかしいと思っていた。だが、冒険者も鍛冶職人も、どっちかが欠けていたら成り立たないものだ。
家族や身内には彼のように鍛冶職人もいたが、騎士や魔法使いのほうが多かった。だからこそ羨ましかった。
だが、家族は一度として彼を蔑んだり、馬鹿にしたりしたことなどなかったのだ。応援すらしてくれていたのだ。
それを思い出して涙した男は、死ぬまでにまだまだ時間があるからと性根を入れ替え、まずはギルドの下働きから鍛冶を始めることとなった。
のちに黒髪にまでなった彼はギルドを辞めて自分の店を開き、伴侶を得た。そして家族や兄弟、冒険者のために、素晴らしい武器や防具を作った。
ちょっとだけ覗いた彼の未来は、とても素晴らしいものだった。
・カールのその後
子爵家に婿入りした、ガウティーノ家の四男であるカール。
彼は兄たちと同じように育てられたというのに、両親も、家庭教師も、学園でさえも自身の逃げ癖のせいでその才能を潰し、子爵家の婿養子となった。
きちんと両親などの諫言に耳を傾けていれば、文官になれるだけの才能があった。だが、カール自身が自分に甘く、何事においてもすぐに逃げることから常に成績は底辺で、兄たちと比べられて憤っていた。
もっともそれはカール自身が悪いわけだが、自分に甘い彼は常に他人のせいにして生きてきたために、自分が悪いとは思っていない。それに、なにかあれば魅了魔法を使い、魔法にかかった者にやらせていたのだから性質が悪い。
そんな底辺の成績だった彼が領地経営などすぐにできるはずもなく、逃げようにも魅了魔法は封じられているために彼自身の能力はすぐに露見することとなり、義理の両親や領地経営を支える寄り子貴族、妻にすらも呆れられていた。
まあ、妻に関してはお互いに惚れたわけだからと根気よく丁寧に教えている。
それでも覚えが悪いカールに愛想をつかし始めているのだから、どれほどその能力がないか、如何に勉強をさぼっていたかが知れるだろう。
そのうち領地経営に飽きて散財される前になんとかしなければとは思うが、妻となった彼女は身重だ。両親が健在だからいいようなものの、いなかったらと思うと、大変だっただろう。
彼女自身も、カール以外のガウティーノ家の人間や、騎士であり婚約者でもあったエアハルトを嫌ってカールに鞍替えしたのだから、自業自得ではあるが。
「カールはもう種馬としてしか見れないな……」
「……そうですわね。この子が男児か女児かわかりませんが、せめてあと一人か二人産まないと。今後の領地が心配ですの」
「そうだな……」
両親と彼女が、カールを抜きに今後のことを話し合う。両親も彼女も同じ認識だった。ただし放逐はできず、最期まで面倒を見なければならないのだ。
ガウティーノ家に引き取ってもうらうにしても、妻とその家自身が仕出かしてしまっている。それに、お互いに干渉しないこととガウティーノ家の力を使わない、頼らないという条件のもと、爵位を下げてまでお腹にいる子どものためにと懇願し、死罪だったカールを引き留めて婿にもらっているために、こちらからはなにも言えないのが現状だった。
子孫を残すためだけの種馬として生かし、子どもの教育はカールを抜きにしてやることを決めた。カールの血を引いていることに不安が残るが、兄たちはみんな立派にやっているので、そのガウティーノ家の血に期待したい。
そして生まれた子は男児で、髪はカールと同じ茶色。小さなころからきちんと躾ければ、黒髪も夢ではない色だ。
赤子が産まれたからにはカール自身が変わってほしいと願うが、彼の性格を考えると期待はできない。なので、嫡男を支える男児や女児がほしいとカールに囁き、なんだかんだと男児を二人、女児を一人産んだ妻は。
子どもと一緒に学ばせるという方法を取り、なんとか簡単な領地経営だけはできるようになることを成功させる。
そして子どもが成人して領地経営がしっかりとできるようになったころ、次の当主として娘の長男を指名した父親は、カールを領地にある別荘に幽閉した。経営ができるようになったとはいえ、それは合格点にはほど遠いものだったのだから。
病気療養という理由で幽閉されたカールは、苦痛だった勉強と領地経営をしなくてすむと喜び、義両親や妻、子どもたちを呆れさせたという。
のちに秘密裏のうちに妻に毒殺されるが、それは自業自得だろう。
子どもたちの反面教師という意味では、役に立った男だった。
・マルセルのその後
最後にマルセルだが、彼も師匠や兄弟子に日々扱かれていた。
王都と遠く離れた領地にある意味幽閉されているのだが、リンに仕返しをする可能性があったがために、買い物ですら一人ではさせてもらえなかった。常に師匠か兄弟子、弟弟子が一緒にいたのだ。
しかも、あとからきた弟弟子にすら料理の腕で負けているのだから、情けない。
「マルセル、何度言えばわかる! 野菜の選び方がなっとらん!」
「え? これでいいっすよね?」
「どこが! 根っこのところが茶色くなっているだろうが! こっちの葉は萎びているじゃないか! これと比べてみろ!」
「あっ」
王宮料理人など夢のまた夢だとわかり、せめて貴族家の料理長か自分の店を持ちたいと考えていたマルセルにとって、食材選びができないのは致命的だった。何度言ってもメモを取ることなどなく、何度同じことを言っても覚えない。
――覚える気がないと言われてしまえば、それまでだった。
「お前、本当に料理長や自分の店を持ちたいと考えてるのか?」
「はいっす。店を持ちたいっすね」
「だったら、もっと真剣に食材選びをしろ! 覚えられないなら紙に書け! そんなヘラヘラしているから、いつまでたってもダメなんだよ、お前は。だから弟弟子にも追い抜かれるんだ」
「……わかってるっすよ」
言葉ではわかっているつもりでも、結局はわかっていないのがマルセルだ。いくら優しく諭すように言おうが、厳しく指導しようが、マルセルは真剣にならない。
いや、本人はいたく真剣なのだが、生来の気質なのか真剣にとってもらえないことも多い。まあ、どこかで手抜きしよう、誰かのレシピを盗めば店くらいやれるだろう、などと軽く考えている部分があるので、師匠や兄弟子、弟弟子にそれを見抜かれているだけなのだが、マルセルはそれに気づかないでいた。
「今日は一品任せるが、以前と同じ料理は作るなよ? それしか作れないとなると、店なんて出せないぞ? せいぜい、屋台がいいところだ」
「そんな……」
「そんな、じゃねえだろうが! お前、料理を軽く考えてねえか? レシピを盗めば簡単に作れるとでも思ってんのか? そんな態度と気持ちだから、いつまでたっても料理が作れねえんだよ。レシピがあったって、それが作れる知識と技量がなけりゃ、レシピですら宝の持ち腐れだ。だから料理人でもない薬師にすら腕が劣るって言われるんだ!」
「……っ」
師匠にはっきり指摘され、息を呑むマルセル。まさか、それを見抜かれているとは思わなかった。
「今日、ちゃんとした一品が作れなければ、下働きからやり直しだ。それが嫌なら、今まで学んだことをしっかり理解しろ」
「……はいっす」
納得がいかないと思いつつ、マルセルは任された一品を作るものの、それはアレンジしたものでもなければ新作でもなく、以前作ったものと同じだったがために師匠を激怒させた。
そしてマルセルは下働きに落とされ、毎日野菜の皮剥きや切る作業しかさせてもらえず、どんどん追い抜いていく弟弟子たちを恨めしく思うのだ。
結局マルセルは師匠の教えを無駄にし、店を持とうにも自身が作れるレシピ数が少なすぎて許可も出してもらえず、作ってもアレンジができずに上に這い上がることもできない。
晩年になっても才能の目が出ることなく、師匠のあとを継いだ兄弟子にも扱き使われて過ごした彼は。
串焼きならばできるから、屋台ならばと許可が下りたもののそれを嫌がり、ずっと下働きのまま、死ぬまで屋敷で扱き使われるのだった。
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「なんとも自業自得な人ばかりですねぇ。まともになったのは、ギルドマスターと職員だけですか……」
それぞれの未来を少しだけ覗いて、後悔してしまった。これならばリンを見ていたほうが楽しかった。
あくまでも今のままだと起こり得る未来のひとつであり、確定ではない。職員以外は、彼ら自身が改心すればもっといい未来もあるのだ。
内心で溜息をつき、自身が関わった人間を見守る。
リンはスリに遭いそうになっているし、ヨシキたち転生者はダンジョンに潜ったりしながら資金を稼ぎ、クランのメンバー全員が乗れるように、馬車を大きく改装している。
「さて。春になったらどう動くのでしょうね」
このままでは、リンが離れていきますよ……と、温泉街で手を繋いでいるエアハルトを見つつ、従魔たちの次の進化先が楽しみだと、にんまりと笑った。
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