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書籍発売記念小話
やらかした人々のその後 その1(本人視点)
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その2で残酷表現があります。苦手な方はご注意ください
*******
――その1 己の改心のきっかけ(ギルド職員の茶髪のおっさん)
その少女は黒髪だった。自分が憧れて、結局はなれなかった色持ち。
少女とも呼べるその若さですでに黒髪ということは、とても優秀だということだった。それは冒険者だけではなく、ギルド職員やなにかしらの技能を持った人たちにもいえることだった。
だからこそ嫌悪した――自分勝手な思い込みで。
表面上はうまくやっているつもりだった。だが、対応した冒険者から毎回苦情が来て、そのたびに注意を受けた。
それが面白くないからこそ、余計に表情や態度に表れていたんだろう。それが積もり積もって、とうとうギルマスに叱責された。
「ギルドが運営している、鍛冶部門に配属だ」
「そんな……!」
「自分がなにをしてきたか、まだわかっていないのか? お前自身がそんな態度でいる限り、表に出すことはできない。これ以上冒険者が減ってしまうと、初級や中級と言えど、スタンピードが起き兼ねない。その責任が取れるのか? まったく戦えないお前が」
「……っ」
「鍛冶部門が嫌なら、辞めるしかない」
ギルマスの言葉はもっともなことだった。確かに黒髪の冒険者が減ったと感じていたが、まさか、それは己のせいだとは思っていなかったのだ。
「どうする」
「……鍛冶部門に行きます」
「そうか。今度こそ、しっかり励めよ? ここでダメなら、辞めてもらう」
「はい……」
ギルマス自らの、最後通牒。それは己だけではなく、他にも数人いた。
中にはごねてそのまま辞めさせられた奴もいたが。
それはどうでもいいが、その日から鍛冶部門に行くこととなった。中には己と同じ髪色をしている人物や緑、青や金髪などの髪色をした者がいたから、ある意味安心していた。
多少手を抜いたところで、誤魔化せると。
だが、それが一ヶ月もたつと、己以外の人たちの髪が、少しだけ濃くなっていることに気づく。しかも、己と同年代の奴どころか、己よりもあとから来た年若い奴らまでも。
(どうして……)
そんな言葉が頭をよぎる。それと同時に彼らを観察していると、あることに気づいた。
「ああ……そうか。努力すればよかったんだな……」
冒険者に売る商品を並べながら、ぽつりとそんな言葉が出た。
それ故に、思い出した――自身の適正職業が、鍛冶職人だったことを。
己自身は鍛冶職人が恥ずかしいと思っていた。冒険者のほうが偉いと思っていた。
だが、冒険者も鍛冶職人も、どっちかが欠けていたら成り立たないものだ。
それに、家族や身内には己のような鍛冶職人もいたが、騎士や魔法使いのほうが多い家系だった。
だからこそ羨ましかった。立派になって、自慢したかったのだ――両親や兄弟に。
そして、己の適正職業が鍛冶師だと知っても、家族は一度として蔑んだり、馬鹿にしたりしたことなどなかったのだ。応援すらしてくれていたのだ。
それを思い出し、自室で涙した。死ぬまでにまだまだ時間があるからと性根を入れ替え、まずはギルドの下働きから鍛冶を始めることとなった。
日々努力をし始めると、周囲の目が変わってくる。失敗しても叱責されることが少なくなり、どうすればいいのか教えてくれる者さえいた。
それを素直に受け止めて、尚且つ受け入れて鍛冶に生かせば、良き循環として仕事に生かすことができるようになったのだ。
そのあたりからだろうか……己の髪の色が、少しだけ濃いと感じたのは。
そんなはずはないと一旦己を否定し、ますます努力を始めると、それに呼応するかのように、髪色が濃くなってゆく。
(ああ……!)
本当に無駄なことをしてしまった。
もっと早く気づいていれば、今ごろは両親にも兄弟にも自慢できたのに。
年老いたとはいえ両親は健在だし、兄の一人が己の打った剣が欲しいと言ってくれたのだ。
ならば、兄の期待に答えられるようにと懸命に努力し、数年で黒髪になることができたのだ。
だからといって、驕るようなことはしなかった。さらに数年ギルドで働いて金を貯め、自分の店を持つことができて、そこで初めて兄にどんな剣が必要なのか、聞いたのだ。
その依頼通りに作ることができれば、きっと自信に繋がるからと。
そして出来上がった剣は、兄を満足させるものだった。他にも兄の子のために剣や短剣、槍を打ってほしいと言われて、希望通りのものを作ることができたのだ。
そのころだろうか……一番上の兄から、のちに妻となる女性を紹介されたのは。
見た目で言えば、とても地味というか平凡な部類に入るであろう容姿だが、己はまったく気にならなかった。彼女は商人の才能があり、己は商売と口が下手だというのを兄に相談していたが、その結果が彼女なのだろう。
初めのころは商売のパートナーとして接していたが、いつしかお互いに惹かれあい、出会って二年で婚姻した。
二人の子に恵まれて、長女が鍛冶師として、長男が独立して商人となった。
娘が鍛冶師として一人前になった数年後、病を得た。遠回りしてしまったが、とても幸せでいい人生だった。
改心のきっかけとなってくれた黒髪の年若い薬師に、感謝しよう。
とても穏やかな気持ちで、永い眠りについた。
***
――その2 僕こそが当主になるはずだった(カール視点)
僕こそがガウティーノ家を継ぐんだと思っていた。三人の兄よりも優秀だと思っていた。
魅了の力はそれだけ強かったのだ。それは、たまたま僕の魔力よりも、魅了にかかった者たちの魔力が低かっただけだという、家庭教師に習ったことや学園で習ったことを忘れて。
だが、一人の薬師によって魅了を解かれ、エアハルト兄上と陛下に罪と罰を突きつけられ、僕は絶望した。ガウティーノ家を継げないと。魅了の力は二度と使えないと。
いや、僕は優秀なんだ。だから恋仲となり彼女の家の婿養子になった子爵家でもやっていける――そう思っていた。侯爵家よりも格下だから、きっと領地経営は楽だと考えて。
だが、それは間違いだと思い知らされた。
「カール様、そんなこともできませんの? 本当にお義兄さまたちよりも優秀だったんですの?」
「あ、ああ。もちろんだ!」
「この成績でも、ですか?」
「え……?」
妻は僕の能力を把握したいと、学園に成績表の公表を願いにいった。もちろん彼女自身の成績と、三人の兄上たちの成績と比べるために、僕の目の前には五人分の成績表が並べられている。
そしてその成績表の結果に、僕は愕然とした。僕の成績は、どの教科も一番底辺のEランク。そして兄上たちは、全員最高のSランクだったからだ。
彼女ですらBとAが並んでいるのだ……その中で全部Eの僕。それを突きつけられて、優秀だと声高に言うことができなくなってしまった。
「そ、そんな……」
「どこが一番の成績ですの? どこが優秀ですの? わたくしよりも成績が下ではありませんの! こんな成績だと、あの当事知っていれば……」
わたくしはガウティーノ家の侯爵夫人になれたかもしれないのにと、呟いたような気がした。
彼女は騎士を嫌っていたから、エアハルト兄上の婚約者になりたくなかったと知って、そして僕を慕ってくれたから、僕はそれにのっただけだったのに……。
「このままでは、領地経営すらしていただけませんわ。わたくしもお手伝いいたしますから、一から勉強いたしましょう」
「ああ……」
頷いたものの、憂鬱で仕方がない。僕は勉強があまり好きではなかったのを、思い出したからだ。勉強は子どもがするもので、大人になったのならしなくていいとさえ思っていた。
小さなころは確かに黒髪だったはずだし、両親も優秀だと褒めてくれていたことをなんとなく覚えている。
だが、今の僕はどうだ? 妻もその両親も黒に近い茶色の髪だというのに、いつの間にか僕の髪は、薄い茶色になってしまっているではないか。
本人の能力が髪の色でわかる以上、僕は優秀だと言えない。
努力次第で髪の色が濃くなるのも知っているし、濃くなくてもなにか突出した才能があれば、生活できるだけの金銭をもらうことができる世界だ。
僕は魅了の力が突出していた。だからこそ、驕った……「自分がやらなくても、他人にやらせればいい」と。それで兄上に魅了をかけて、僕が侯爵家を継げばいいと、軽く考えていたのだ。
だが、起きているときに魅了をかけても、両親も兄上たちも、誰もかからなかった。そんなはずはないとメイドにかけたが、それはしっかり成功した。
だから安心したのだ――たまたまかからなかっただけだと。寝ているときや寝る前の油断しているときにかければ、なんとかなるだろうと。
ある意味それは成功して、失敗した。騎士であるエアハルト兄上とロメオ兄上にはなんの効果もなかった。文官となったマックス兄上にもかからなかった。
唯一かかったのは、自分の子だと油断していた両親だけだったのだから。
それも、一ヶ月ほどで、エアハルト兄上の客として連れてきた、幼い薬師によって呆気なく解かれてしまった。
王都の薬師が販売しているテンプポーションはレベル1。だから、僕の魅了が解かれることはないと高をくくっていたし、一度も解かれたことがなかったからだ。きっと彼女もそうだろう、と気安く考えていた。
だが、彼女が作ったというテンプポーションを【アナライズ】で見れば、レベル4。上級ダンジョンから出るテンプポーションよりも、レベルが高かったのだ!
そんな凄腕の薬師を連れてきたエアハルト兄上を恨んだと同時に、羨ましくもあった。僕には頼れる人も、頼ってくれる人もいなかったから。
唯一頼ってくれたのが妻だったが、結局は僕のせいで怒らせてしまった。
それからだ……妻は、僕と一緒に勉強しつつ、領地経営の仕方を教えてくれた。何年もかけてやっと義父に大丈夫だと言ってもらえたが、それだって仕方なくといった感じの返答だった。
そして子が生まれ、子と一緒に勉強するようになったが、僕は子にさえ追い抜かれていく。
それを悔しいと思わず、子に仕事を譲れば僕は楽になるし、その分遊んで暮らせるとさえ考えたのだ。
そんな僕の様子を、義両親だけじゃなく、妻や子にまで蔑むような視線を向けられているとも知らずにいた。
子が成人して、義両親は後継者を僕ではなく長男に指名した。それはとても悔しかったが、必要最低限できなければならない事柄がひとつもできないのは困る、もし当主になりたいのであれば、これだけはきちんとしろと言われて渡された書類を、僕は捌くどころかなにひとつわからないものばかりで、頭を抱えたのだ。
「孫はこれがきちんとできる。それなのに、父親たるお前ができないのであれば、当主にすることはない。当主になりたいのであれば、最低限これくらいはできるようになりたまえ」
「……」
そう言われてしまうと、僕はなにも言えなくなってしまった。そんな僕を、義父は呆れたように見ていた。
そのことがあってから一ヵ月後、僕は領地にある別荘に幽閉された。僕は幽閉とは思っておらず、義父に「しばらく別荘に行って療養してきなさい」という言葉に喜んだくらいだ。
領地経営をしなくてすむし、妻や子たちから冷たい態度をとられなくてすむから。
それから一ヶ月後。
「ぐっ、あがっ……、ど、どう、して……」
「だって、息子は立派に領主代理をしておりますもの。無能な者であり散財をする者は、我が子爵家に必要ありませんわ」
「そ……、ん、な……」
忙しくしていた妻が、差し入れだと珍しいものを持ってきた。とても美味しいスープだと言って。
確かに美味しいスープだったが、それを飲み干したあと、胃と喉に違和感があり、急になにかを吐き出すように咽ると血を吐いた。以前の妻なら、すぐに背中をさすってくれて、ポーションを! と叫んでいた。
だが、それすらもなく、まさかと思って妻を見ると、薄く笑っていたのだ……僕を冷たい目で見下ろしながら。
「わたくしの能力では、きっと侯爵家の妻として及第点か落第でしたでしょう。だからきっと、わたくしが婿を取ったのは正解だったのですわ」
「……っ、かはっ」
「あのときはカール様をお慕いしておりました。愛しておりました。だからこそ婚姻前に体を開いたのです。お腹の子のためにもわたくしのためにも、爵位を下げてでもカール様を婿に迎えたのです。ですが……わたくしにはもう、カール様を思うお気持ちはございません。それに、まさかここまで出来の悪い方だと思っておりませんでした」
これだったら、まだエアハルト様かマックス様のほうがよかったわと言う妻に、僕は愕然とした。
「仕事もしない穀潰しはいりません。……さようなら、カール様」
待ってと声を出そうにも、喉になにかが詰まったような感覚がしてずっとそれを吐き出している。それが床を汚す僕の血であると気づいたときには、もう遅かった。
僕の意識は朦朧として……すぐに視界が暗転する。
どうすればよかったのだろう。
どうすれば当主になれたんだろう。
『魅了の力を封印し、きちんと勉強していれば黒髪になれたし、優秀な文官にもなれた。別の家の当主にもなれた。そなたの自業自得だ』
風にのって、そんな声が聞こえたような気がしたが、僕の意識はそこで途絶えた。
「バカな人……」
妻がそんな言葉を吐くと同時に、涙を流していることに気づくこともなかった。
*******
近況ボードにも書きましたが、本日は二巻の出荷日です!明日以降に順次書店に並ぶかと思います。
リンと従魔たちのイラストや挿絵を、そして新たに追加したエピソードをご確認いただければと思いますヾ(*´∀`*)ノ
イラストは今回も藻さんです!
帯の下に一匹隠れてます。さあ、誰が隠れているんでしょうねw
*******
――その1 己の改心のきっかけ(ギルド職員の茶髪のおっさん)
その少女は黒髪だった。自分が憧れて、結局はなれなかった色持ち。
少女とも呼べるその若さですでに黒髪ということは、とても優秀だということだった。それは冒険者だけではなく、ギルド職員やなにかしらの技能を持った人たちにもいえることだった。
だからこそ嫌悪した――自分勝手な思い込みで。
表面上はうまくやっているつもりだった。だが、対応した冒険者から毎回苦情が来て、そのたびに注意を受けた。
それが面白くないからこそ、余計に表情や態度に表れていたんだろう。それが積もり積もって、とうとうギルマスに叱責された。
「ギルドが運営している、鍛冶部門に配属だ」
「そんな……!」
「自分がなにをしてきたか、まだわかっていないのか? お前自身がそんな態度でいる限り、表に出すことはできない。これ以上冒険者が減ってしまうと、初級や中級と言えど、スタンピードが起き兼ねない。その責任が取れるのか? まったく戦えないお前が」
「……っ」
「鍛冶部門が嫌なら、辞めるしかない」
ギルマスの言葉はもっともなことだった。確かに黒髪の冒険者が減ったと感じていたが、まさか、それは己のせいだとは思っていなかったのだ。
「どうする」
「……鍛冶部門に行きます」
「そうか。今度こそ、しっかり励めよ? ここでダメなら、辞めてもらう」
「はい……」
ギルマス自らの、最後通牒。それは己だけではなく、他にも数人いた。
中にはごねてそのまま辞めさせられた奴もいたが。
それはどうでもいいが、その日から鍛冶部門に行くこととなった。中には己と同じ髪色をしている人物や緑、青や金髪などの髪色をした者がいたから、ある意味安心していた。
多少手を抜いたところで、誤魔化せると。
だが、それが一ヶ月もたつと、己以外の人たちの髪が、少しだけ濃くなっていることに気づく。しかも、己と同年代の奴どころか、己よりもあとから来た年若い奴らまでも。
(どうして……)
そんな言葉が頭をよぎる。それと同時に彼らを観察していると、あることに気づいた。
「ああ……そうか。努力すればよかったんだな……」
冒険者に売る商品を並べながら、ぽつりとそんな言葉が出た。
それ故に、思い出した――自身の適正職業が、鍛冶職人だったことを。
己自身は鍛冶職人が恥ずかしいと思っていた。冒険者のほうが偉いと思っていた。
だが、冒険者も鍛冶職人も、どっちかが欠けていたら成り立たないものだ。
それに、家族や身内には己のような鍛冶職人もいたが、騎士や魔法使いのほうが多い家系だった。
だからこそ羨ましかった。立派になって、自慢したかったのだ――両親や兄弟に。
そして、己の適正職業が鍛冶師だと知っても、家族は一度として蔑んだり、馬鹿にしたりしたことなどなかったのだ。応援すらしてくれていたのだ。
それを思い出し、自室で涙した。死ぬまでにまだまだ時間があるからと性根を入れ替え、まずはギルドの下働きから鍛冶を始めることとなった。
日々努力をし始めると、周囲の目が変わってくる。失敗しても叱責されることが少なくなり、どうすればいいのか教えてくれる者さえいた。
それを素直に受け止めて、尚且つ受け入れて鍛冶に生かせば、良き循環として仕事に生かすことができるようになったのだ。
そのあたりからだろうか……己の髪の色が、少しだけ濃いと感じたのは。
そんなはずはないと一旦己を否定し、ますます努力を始めると、それに呼応するかのように、髪色が濃くなってゆく。
(ああ……!)
本当に無駄なことをしてしまった。
もっと早く気づいていれば、今ごろは両親にも兄弟にも自慢できたのに。
年老いたとはいえ両親は健在だし、兄の一人が己の打った剣が欲しいと言ってくれたのだ。
ならば、兄の期待に答えられるようにと懸命に努力し、数年で黒髪になることができたのだ。
だからといって、驕るようなことはしなかった。さらに数年ギルドで働いて金を貯め、自分の店を持つことができて、そこで初めて兄にどんな剣が必要なのか、聞いたのだ。
その依頼通りに作ることができれば、きっと自信に繋がるからと。
そして出来上がった剣は、兄を満足させるものだった。他にも兄の子のために剣や短剣、槍を打ってほしいと言われて、希望通りのものを作ることができたのだ。
そのころだろうか……一番上の兄から、のちに妻となる女性を紹介されたのは。
見た目で言えば、とても地味というか平凡な部類に入るであろう容姿だが、己はまったく気にならなかった。彼女は商人の才能があり、己は商売と口が下手だというのを兄に相談していたが、その結果が彼女なのだろう。
初めのころは商売のパートナーとして接していたが、いつしかお互いに惹かれあい、出会って二年で婚姻した。
二人の子に恵まれて、長女が鍛冶師として、長男が独立して商人となった。
娘が鍛冶師として一人前になった数年後、病を得た。遠回りしてしまったが、とても幸せでいい人生だった。
改心のきっかけとなってくれた黒髪の年若い薬師に、感謝しよう。
とても穏やかな気持ちで、永い眠りについた。
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僕こそがガウティーノ家を継ぐんだと思っていた。三人の兄よりも優秀だと思っていた。
魅了の力はそれだけ強かったのだ。それは、たまたま僕の魔力よりも、魅了にかかった者たちの魔力が低かっただけだという、家庭教師に習ったことや学園で習ったことを忘れて。
だが、一人の薬師によって魅了を解かれ、エアハルト兄上と陛下に罪と罰を突きつけられ、僕は絶望した。ガウティーノ家を継げないと。魅了の力は二度と使えないと。
いや、僕は優秀なんだ。だから恋仲となり彼女の家の婿養子になった子爵家でもやっていける――そう思っていた。侯爵家よりも格下だから、きっと領地経営は楽だと考えて。
だが、それは間違いだと思い知らされた。
「カール様、そんなこともできませんの? 本当にお義兄さまたちよりも優秀だったんですの?」
「あ、ああ。もちろんだ!」
「この成績でも、ですか?」
「え……?」
妻は僕の能力を把握したいと、学園に成績表の公表を願いにいった。もちろん彼女自身の成績と、三人の兄上たちの成績と比べるために、僕の目の前には五人分の成績表が並べられている。
そしてその成績表の結果に、僕は愕然とした。僕の成績は、どの教科も一番底辺のEランク。そして兄上たちは、全員最高のSランクだったからだ。
彼女ですらBとAが並んでいるのだ……その中で全部Eの僕。それを突きつけられて、優秀だと声高に言うことができなくなってしまった。
「そ、そんな……」
「どこが一番の成績ですの? どこが優秀ですの? わたくしよりも成績が下ではありませんの! こんな成績だと、あの当事知っていれば……」
わたくしはガウティーノ家の侯爵夫人になれたかもしれないのにと、呟いたような気がした。
彼女は騎士を嫌っていたから、エアハルト兄上の婚約者になりたくなかったと知って、そして僕を慕ってくれたから、僕はそれにのっただけだったのに……。
「このままでは、領地経営すらしていただけませんわ。わたくしもお手伝いいたしますから、一から勉強いたしましょう」
「ああ……」
頷いたものの、憂鬱で仕方がない。僕は勉強があまり好きではなかったのを、思い出したからだ。勉強は子どもがするもので、大人になったのならしなくていいとさえ思っていた。
小さなころは確かに黒髪だったはずだし、両親も優秀だと褒めてくれていたことをなんとなく覚えている。
だが、今の僕はどうだ? 妻もその両親も黒に近い茶色の髪だというのに、いつの間にか僕の髪は、薄い茶色になってしまっているではないか。
本人の能力が髪の色でわかる以上、僕は優秀だと言えない。
努力次第で髪の色が濃くなるのも知っているし、濃くなくてもなにか突出した才能があれば、生活できるだけの金銭をもらうことができる世界だ。
僕は魅了の力が突出していた。だからこそ、驕った……「自分がやらなくても、他人にやらせればいい」と。それで兄上に魅了をかけて、僕が侯爵家を継げばいいと、軽く考えていたのだ。
だが、起きているときに魅了をかけても、両親も兄上たちも、誰もかからなかった。そんなはずはないとメイドにかけたが、それはしっかり成功した。
だから安心したのだ――たまたまかからなかっただけだと。寝ているときや寝る前の油断しているときにかければ、なんとかなるだろうと。
ある意味それは成功して、失敗した。騎士であるエアハルト兄上とロメオ兄上にはなんの効果もなかった。文官となったマックス兄上にもかからなかった。
唯一かかったのは、自分の子だと油断していた両親だけだったのだから。
それも、一ヶ月ほどで、エアハルト兄上の客として連れてきた、幼い薬師によって呆気なく解かれてしまった。
王都の薬師が販売しているテンプポーションはレベル1。だから、僕の魅了が解かれることはないと高をくくっていたし、一度も解かれたことがなかったからだ。きっと彼女もそうだろう、と気安く考えていた。
だが、彼女が作ったというテンプポーションを【アナライズ】で見れば、レベル4。上級ダンジョンから出るテンプポーションよりも、レベルが高かったのだ!
そんな凄腕の薬師を連れてきたエアハルト兄上を恨んだと同時に、羨ましくもあった。僕には頼れる人も、頼ってくれる人もいなかったから。
唯一頼ってくれたのが妻だったが、結局は僕のせいで怒らせてしまった。
それからだ……妻は、僕と一緒に勉強しつつ、領地経営の仕方を教えてくれた。何年もかけてやっと義父に大丈夫だと言ってもらえたが、それだって仕方なくといった感じの返答だった。
そして子が生まれ、子と一緒に勉強するようになったが、僕は子にさえ追い抜かれていく。
それを悔しいと思わず、子に仕事を譲れば僕は楽になるし、その分遊んで暮らせるとさえ考えたのだ。
そんな僕の様子を、義両親だけじゃなく、妻や子にまで蔑むような視線を向けられているとも知らずにいた。
子が成人して、義両親は後継者を僕ではなく長男に指名した。それはとても悔しかったが、必要最低限できなければならない事柄がひとつもできないのは困る、もし当主になりたいのであれば、これだけはきちんとしろと言われて渡された書類を、僕は捌くどころかなにひとつわからないものばかりで、頭を抱えたのだ。
「孫はこれがきちんとできる。それなのに、父親たるお前ができないのであれば、当主にすることはない。当主になりたいのであれば、最低限これくらいはできるようになりたまえ」
「……」
そう言われてしまうと、僕はなにも言えなくなってしまった。そんな僕を、義父は呆れたように見ていた。
そのことがあってから一ヵ月後、僕は領地にある別荘に幽閉された。僕は幽閉とは思っておらず、義父に「しばらく別荘に行って療養してきなさい」という言葉に喜んだくらいだ。
領地経営をしなくてすむし、妻や子たちから冷たい態度をとられなくてすむから。
それから一ヶ月後。
「ぐっ、あがっ……、ど、どう、して……」
「だって、息子は立派に領主代理をしておりますもの。無能な者であり散財をする者は、我が子爵家に必要ありませんわ」
「そ……、ん、な……」
忙しくしていた妻が、差し入れだと珍しいものを持ってきた。とても美味しいスープだと言って。
確かに美味しいスープだったが、それを飲み干したあと、胃と喉に違和感があり、急になにかを吐き出すように咽ると血を吐いた。以前の妻なら、すぐに背中をさすってくれて、ポーションを! と叫んでいた。
だが、それすらもなく、まさかと思って妻を見ると、薄く笑っていたのだ……僕を冷たい目で見下ろしながら。
「わたくしの能力では、きっと侯爵家の妻として及第点か落第でしたでしょう。だからきっと、わたくしが婿を取ったのは正解だったのですわ」
「……っ、かはっ」
「あのときはカール様をお慕いしておりました。愛しておりました。だからこそ婚姻前に体を開いたのです。お腹の子のためにもわたくしのためにも、爵位を下げてでもカール様を婿に迎えたのです。ですが……わたくしにはもう、カール様を思うお気持ちはございません。それに、まさかここまで出来の悪い方だと思っておりませんでした」
これだったら、まだエアハルト様かマックス様のほうがよかったわと言う妻に、僕は愕然とした。
「仕事もしない穀潰しはいりません。……さようなら、カール様」
待ってと声を出そうにも、喉になにかが詰まったような感覚がしてずっとそれを吐き出している。それが床を汚す僕の血であると気づいたときには、もう遅かった。
僕の意識は朦朧として……すぐに視界が暗転する。
どうすればよかったのだろう。
どうすれば当主になれたんだろう。
『魅了の力を封印し、きちんと勉強していれば黒髪になれたし、優秀な文官にもなれた。別の家の当主にもなれた。そなたの自業自得だ』
風にのって、そんな声が聞こえたような気がしたが、僕の意識はそこで途絶えた。
「バカな人……」
妻がそんな言葉を吐くと同時に、涙を流していることに気づくこともなかった。
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近況ボードにも書きましたが、本日は二巻の出荷日です!明日以降に順次書店に並ぶかと思います。
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イラストは今回も藻さんです!
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婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
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再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
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