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第四章

帰京とお泊まり-3

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「……ごめん、無理させた」

「ううん。大丈夫」


乱れた息が整ったころ、私たちはもう一度お風呂場にいた。
ベッドは宣言通り、今布団乾燥機で乾かしている。


「すっかり冷えちゃったよな」


日向はそう言って追い焚きした湯船の中で私を抱きしめてくれるけれど、あまりにも情事が激しかったから寒さを感じるどころか暑いくらいだったなんてことは言えない。


「……あー……明日の仕事行きたくねぇな。もう一日有給とっとけば良かった」

「ふふっ、私も。日向とゆっくりしてたかったな」


顔を見合わせて、どちらからともなくキスをする。


「日向ってキス上手いよね」

「え? そうか? 自分じゃよくわかんないけど」

「なんか、女慣れしてる感じ」

「ははっ、そんなことないから」

「あるよ。元カノさんたちに、また嫉妬しちゃう」

「……大丈夫。俺には夕姫だけだから」

「……うん。ありがとう」


日向は私の身体を撫でたり触ったりと自由に手を動かしながらも、


「のぼせてないか? 具合悪くなったりしてない?」


と心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
その度に笑って


「大丈夫だよ」


と答えると、安心したように笑う。
その表情がたまらなく好きだ。


「……でも私、こういうことするのが、こんなに幸せなことなんだって今まで知らなかった」

「え? でも元彼とだってしてただろ?」

「……そりゃそうだけど……でも、今思うと日向みたいに優しくなかったから。そもそも、こういうことにこんなに時間かけたこともないし……こんな大事にしてもらったことすらないもん」

「え……」

「今までは……なんかこう……向こうの性欲処理のための行為だったっていうか……無理矢理口でさせられたりとか、ベッド入ってすぐに挿れられたりとか。だから痛いことも多くて、気持ちいいとか思うこともそんなになかった。イッたこともない。あんまり大切にされてるっていう実感がなかったの」

「夕姫……」


今思うと、元彼が私のことを浮気相手と言った理由がわかる。
だって、私は彼に全く大切にされていなかった。
身体を重ねたことはもちろん何回もある。
だけど、彼との行為は日向のように優しくもなくて、甘くもなくて。
ただ、彼の欲を吐き出されただけに等しかった。
当時はそれが普通なのかなって思ってた。

だけど、日向を知ってしまったらそれは違うとわかる。
正しく私は、元彼にとっては浮気相手でしかなかったんだ。

人と比べるなんて最低だって、自分でも思ってる。

だけど、あまりにも日向が私を大切にしてくれるから。
壊れ物を扱うかのように、宝物のように、優しく丁寧に触れてくれるから。
愛おしいという気持ちを全身で表してくれるから。
自分がじゃなくて、一緒に気持ち良くなろうとしてくれるから。

これは、お互いがお互いを求めて尊重して愛し合う行為。

そんなの、わかってたはずなのに。


「ごめんねこんな話。でも、だからこそ、今すごく幸せなの。ありがとう日向」


そんな、当たり前のことを思い出させてくれた日向に、感謝しかない。

笑ってお礼を告げると、日向は今までで一番優しくキスをした。
そのまま頬、額、目、鼻。顔中にキスを落として耳から首へ、下に向かって肩や鎖骨にまで。


「ん……日向……?」


全身にキスを落としていく日向に声をかけると、見つめ合うだけでとろけてしまいそうなほどに甘い視線が私を貫く。
ドクンドクンと高鳴る鼓動。

あぁ、その表情……大好きだ。


「俺は、誰よりも夕姫が大事だよ」

「……うん」

「俺は昔から口下手だし、初対面で夕姫を泣かせたクズで。この歳になるまで素直になれなくてずっと初恋拗らせてたクソみたいな男だよ。でも、夕姫を想う気持ちだけは誰にも負けない」

「日向……」

「夕姫が胸焼けしても、俺のことがもう嫌になったとしても、離す気なんてさらさら無い。ごめん。もう離せない。夕姫の全部を愛してるし、多分俺は夕姫以外は愛せないから。いまだに触れる時は緊張するし、壊しちゃいそうで手が震える。キス一つで馬鹿みたいに舞い上がるし、全部都合の良い夢なんじゃないかと思うこともある。馬鹿みたいだろ? ……でも、それくらい今ここに夕姫がいてくれることが俺にとっては奇跡みたいなものなんだ」


目尻を撫でてくれる指先に、いつ出たかもわからない涙が滲む。


「大事にしたい。絶対傷付けたくない。だけどそれと同じくらいめちゃくちゃに抱きたいと思うこともある。今もそう。……矛盾してるのはわかってるけど、夕姫を目の前にすると全然余裕無くなる」

「……でも、日向はいつも余裕に見えるよ。私ばっかり日向のこと意識して、私ばっかりが好きだなって思ってる」

「そんなことない。余裕に見えるように振る舞ってるだけ。本当は夕姫が嫌がってないか、夕姫を傷付けてないか、泣かせてないかちゃんと笑顔にできてるかって不安ばっかりだよ。昨日みたいに、ちょっと連絡取れなくなっただけで焦って不安でおかしくなる。俺が夕姫にとって最初の男じゃないってことにも、自業自得なのに嫉妬で毎日狂いそうになる。でもそんなのダサいだろ?だからなるべく夕姫の前では余裕のある男でいたい。まぁ、それも空回りしちゃうんだけどな。ただかっこつけたいだけなんだよ」


知らなかった。
私から見た日向は、いつも余裕たっぷりで私を導いてくれて優しく包み込んでくれる。
それなのに、ただ良く見られたいだけだなんて。かっこつけたいだけだなんて。
日向がそんなこと考えてるなんて、思わなかった。


「俺は、お世辞にも親に愛されたとは言えない。だからこそ愛し方を間違えて夕姫を傷付けてしまうのが怖いし、ある日突然いなくなるんじゃないかって考えると怖くてたまらないんだ」


日向は、いつも家に一人だった。
そうか。日向の心の奥底には、そんな恐怖や不安もたくさんあるんだ。
わかっていたはずなのに、いざそう言われると切なくて苦しくてたまらなくなる。


「私にとって、日向はいつでもかっこいいよ。でも、ダサくてかっこ悪い日向だって、不安で弱い日向だって私は大好き。どんな日向でも大好き」

「……夕姫」

「確かに私にとって日向は最初の男の人ではないけど……。でも、私は最後の男の人は日向じゃなきゃ嫌だよ」


日向の首に腕を回して、そっとキスをする。


「いなくなったりしない。嫌なことは嫌だって言う。不安な時も怖い時も、日向に全部言うよ。だから日向も、弱いところちゃんと私に見せてよ。不安なことも、怖いことも、ちゃんと教えて。私ばっかり日向に頼りたくない。もっと甘えてよ。私だって大人になったよ。私も日向のこと大事にしたいし絶対傷付いてほしくない。日向が私のこと想ってくれるのと同じくらい、私も日向を大切に想ってるから」


この想いが、どれくらい伝わるかはわからない。
だけど、どうかわかってほしい。

じっと見つめると、日向は小さく笑う。


「やっぱり、夕姫には敵わないな」


そして噛み締めるように


「……じゃあ、まず今日は、しばらくこのままでいさせて」


そう呟いて私をキツく抱きしめるのだった。


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