忘れられし被害者・二見華子 その人生と殺人事件について

須崎正太郎

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3 アルバイトの先輩 岩下久美《いわしたくみ》の話

12.アルバイトの先輩 岩下久美《いわしたくみ》の話 ④

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 その後の二見華子さん?
 やめたわよ。正確にいえば、やめさせられたの。いわゆるクビね。

 勤務中に、お客様とトラブルを起こした上、無断で早退したんだもの。
 元より仕事にミスが多かったんだから、当たり前の結末ね。

 それにしても無責任よね。
 昔の男とトラブルがあったからって、あっさりやめちゃうなんて。
 アルバイトだし、そんなものかもしれないけれど、あたしには無理だわ。
 本当にしょうもない子だったわね。

 ロッカーに入っていた私物も、そのまま捨てることになったわ。
 大したものは入っていなかったけれどね。いきなり退職した後輩の、ゴミの始末までやってあげたあたし、優しいわよね。
 ああ、もちろん、捨てる前に店長があの子に電話して確認しているわ。
 取りに来なくていいの。本当に捨てていいの、って。

「いいです。……ごめんなさい!」

 とだけ叫んで、電話を切ったらしいけれどね。
 辞め方まで失礼な子だったわね。失礼な人間は、最初から最後までずっと失礼な人間のままなんだなって、あたしも人間関係についていい勉強になったわよ。

 娘にも伝えたわ。お母さんのバイト先にはこういう高校生がいたけれど、決してマネをしちゃいけない。偏差値が高い学校にいったところで、また医者の娘であろうとも、根本的な人間性がダメならどうしようもないんだって、何度も何度も伝えたものよ。娘はウンウンうなずいていたわ。

 え?
 そのあと?

 ああ、ええ……。
 噂で聞いただけだけれどね。
 二見華子さん、高校をやめたらしいわ。

 高校のほうに伝わったらしいのよ。
 校則違反なのにアルバイトをしていたこと。
 さらに中学時代、男性の教師と怪しい関係があったらしいこと。

 それが理由で始末書を書くことになって。
 厳しい女子校に通っていたらしいから、それで生徒の間でも存在が浮いちゃって。

 その結果、学校に居場所がなくなって、けっきょく学校を中退してね。
 せっかくいい高校に入っても、これじゃあね。
 ほんと、ダメな子よね。

 高校にせっかく入ったのに、すぐにやめちゃうような子でしょう?
 性根の部分じゃ、甘ったれてるんですよ。

 社会に出たら、存在が浮いた、くらいじゃ済まないこともたくさんあるの。
 涙を流しても、歯を食いしばっても、誰も助けてくれないこともあるわけ。
 それなのに、学校をやめちゃうなんてね。情けない子だよねって。

 そのころ、うちの娘も高校生でね。
 クラスの子に、ブスだとかなんだとか、からかわれたりしたそうですよ。
 でもね、そこで学校に行かなくなったらおしまい。あたしはそう思いますね。

 だから無理矢理にでも学校に行かせたんだけれどね。
 それは正解でしたよ。おかげで娘はちゃんと高校と大学を出て、いまじゃ東京で生命保険の会社に就職しましたよ。

 あなた、知ってる?
 粕田生命保険。大手でしょうが。有名よ?

 ああ、うちの娘の話はいいわけ。
 あなたね、こっちが忙しい中、時間を割いてやってるんだから、ちょっとくらいはあたしの話を聞いてくれても、よさそうなものよ? だから若いひとってダメなのよ。お分かり?

 ……さらに、そのあと?
 さあ、知らない。そこから先は本当に知らないわ。

 それからは、二見華子さんと二度と会っていないわ。
 ついでに言うと、あの乙原先生もファミレスには来なかったわね。
 本当に、あの女子生徒と、偶然寄っただけだったみたいね。

 あたしの気持ちからすると、やめてくれて清々したんだけれどね。
 でもねえ、まさか死んじゃうなんてね。
 それもあんな殺され方ねえ。

 これで話はおしまいよ。
 あたしも、三年くらい前までは『ドイフル』で働いていたけれどね。
 店長ともときどき電話をする仲だったわ。でも、いまはどうなっているのかしら?

 ああ、たくさんしゃべって疲れちゃった。
 あたし、まだご飯も食べていないのよね。
 そろそろ、店に戻っていいかしら。

 ……ふう。
 ただいま、みなさん。
 ええ、いまね、新聞の取材を受けてきたの。

 そうなのよ。
 すごいでしょ?
 これであたしも有名人。

 うっふふふ。
 サインをねだるなら、いまのうちよ? うふふふ。

 あら。
 どうしたの、記者さん。そんな顔をして。
 テレビになにが映って……。

 あらやだ!
 また、この町で殺人事件が起きたの?
 被害者の名前は、芥川瀬奈さんっていうの。

 知らないひとねえ。
 二十八歳。若いのにお気の毒。
 腹部と背中を滅多刺しにされた上、うなじのあたりに画鋲を刺されたって……。
 怖い殺し方ね。なんでこんな、人口十万にも満たない町で、連続殺人が起きるのかしら。

 なに?
 えっ。この芥川さんってひと、二見華子さんの中学の同級生?
 そんな、えっ、嘘でしょう。ちょっと待って。

 二見華子さんだけじゃなくて、中学校の友達も殺されたっていうこと?
 ええ、なにそれ。怖い……。

 やっぱり、中学よ。
 あのひとの中学に、なにかあるのよ。
 そうとしか思えないわ。あたし? あたしが知るわけないでしょう。

 だって、あたしと二見華子さんは、ちょっとバイトが一緒だっただけよ。
 他になにも知らないわ。なにも。ちょっと、やめなさいよ、そんな目でひとを見るの。

 あたしはなにもしてないんだから。
 それに、二見華子のアルバイトはもう十年以上前の話よ。
 あたしのやったことなんて、なにも関係ないわよ。そうでしょ? ねえ!

 ねえ!!

(録音終了)

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