忘れられし被害者・二見華子 その人生と殺人事件について

須崎正太郎

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4 担当美容師 宮地理人《みやじりひと》の話

13.担当美容師 宮地理人《みやじりひと》の話 ①

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(録音開始)

 いらっしゃいませ。
 ご予約のお客様でいらっしゃいますか?

 え?
 新聞の取材?
 なんの取材ですか。

 二見華子ぉ?
 そのひとが殺されたんですか。
 いや、知らなかったんですけど。

 誰ですかね、その二見ってひと。
 自分は知らないですね。
 
 知らないって言ってるでしょうが。
 こう見えても、店は忙しいんスよ。
 いまはお客さんが、たまたまいないだけ。
 でもね、お客さんがいないときでも、やることいっぱいあるんですから。

 しつこいスね、あんたも。
 六年前のお客? その二見ってひとが?
 そんなのいちいち覚えてないスよ。

 常連さんでもない限り。
 誰の髪を切ったかなんて。

 覚えてるはず?
 なんであんたに、そんなことが分かるんスか?
 なんスか。ネットワーク、ビ……?

 ああ。
 いや。

 そっち方面スか。
 いや、あれはちゃんとした商売ッスよ。
 自分も地元の先輩から紹介された繋がりで。

 ええと。
 二見、華子。
 そう、華ちゃんね。華ちゃんだ。ウン、思い出してきたわ。

 いや、忘れてたんスよ、本当に。
 だってもう六年も前の話じゃないですか。
 普通、忘れますって。そんな過去の話。

 そもそも俺は過去にこだわらない男。
 いつも前向きに生きている男ですからね。

 それで、華ちゃんがどうしたんスか?
 もうこっちも、何年も会ってないんスけれど。

 は?
 死んだ? え、マジですか!?
 いや、テレビとか見ていないし、知らなかったんスけれど。

 うーわ……。
 え、ちょっと……驚きッスね。
 はあ。それで華ちゃんのこと、新聞が調べてるんスか。

 はあー……。
 なるほどね……。

 あ、いや。
 自分が知ってることでよければ、そりゃ。
 話します、けれども。

 ……えっと、なにを話したらいいんスかね?
 自分は、宮地理人《みやじりひと》。三十三歳。
 この場所で、八年くらい前から美容室開いて、ひとりで店やってます。

 はい、個人事業主ッスね。
 だから、帳簿付けとか、顧客名簿の管理とか。
 あと店の掃除まで、全部ひとりでやらなきゃいけないんで、けっこう大変なんスよね。

 それで、華ちゃんの話ですね。
 あの子はね、そう、六年前に、お客さんとしてウチにきたんスよ。
 予約もなしに、飛び込みで。ウチは基本的に予約制なんスけれど、そのときはお客さんもいなかったから、切ってあげることにしました。

 その後、住んでいるところを聞いたら、ずいぶん遠くのアパートで。
 母親と二人で暮らしているって言ってたんで。

 なんでこんなところまで髪切りに来たのかなって。
 そうは思ったんスけれど、まあいろいろなお客さんがいますからね。
 いちいち、聞きはしなかったッスよ。

 どんな感じの子だったかって?
 ええっと、店に入ってきたとき、すごいボサボサの黒髪が、腰くらいまで伸びていて。

 前髪も口のあたりまで伸びていて。目元もろくに見えないし、ちらっと見えたと思ったら、すごい目が血走っていて。
 そのくせ、背丈は普通なんですけれど、ものすごく太っていて。
 圧迫感っていうか、圧倒されるものがありました。
 正直、ちょっと怖かったッスね。

 もちろんお客さんなんで。
 依頼されたら、そこはちゃんとプロとして髪を切りますよ。

「長さはセミロングくらいで。あとはお任せで」

 ボソボソ声でそう言われたんで、自分の感覚で、華ちゃんに似合うように切ってみましたよ。
 髪が死ぬほど傷んでたんスよね。トリートメントどころか、シャンプーさえまともなの使っていない印象でした。

 どんな髪型にしても、これじゃ長持ちしねえな。
 そんなことを考えながら、切ってみたんですけれど。

「おっ、いいッスね」

 髪を切ったら、思わず自分、声が出ました。
 華ちゃん、髪型を整えたら、けっこう可愛くなったんスよ。
 一重まぶたに、ちょっとダンゴみたいなお鼻で、美人とはいえないスけれどね。
 まあまあ、これで痩せたらもう少しいけるんじゃね、とはマジで思ったッス。

「そうですか。わたしの髪、そんなにいいですか?」

 華ちゃんも、まんざらでもなさそうに微笑んでいました。
 そのときの笑顔は、ガチで美人さんだったんで、自分、なんだか嬉しくなって、

「真面目に似合ってるッスよ。うん、自分で言うのもなんだけど、良い感じにカットできたッス。これも素材がいいからですね」

「お上手ですね、美容師さん」

「お世辞じゃないッスよ。本音ッス。本音」

 そう言ったら、華ちゃん、ちょっとうつむいて。
 でも、なんかニヤニヤしていたッスね。

 そのあと、サービスでコーヒーを淹れたんス。
 華ちゃん、あまりコーヒー飲んだことないらしくて。
 苦い、苦い、って小声で言いながら、でもなんだかんだで最後までコーヒーを飲んでくれたんスけれど。

 その間、ちょっとおしゃべりしたんスよ。
 なんでこんなに、家から離れた店に来てくれたのか。
 普段はどういうお仕事をされているのか。学生なのか。

 え、ウザいですか?
 いやいや、お客さんとは仲良くなりたいんで。
 仲良くなりたいんだったら、聞くでしょ、普通。いろんなこと。

 華ちゃんも教えてくれましたよ。
 二十二歳で、いまは無職。

 高校を中退したあと、いくつかアルバイトをやった。
 けれど、どれもあまり長持ちしなかった。
 うちの店に来たのは、地元から離れているから。

「学生時代、いじめられていたし、先生とも仲が悪くて。だから、地元の床屋さんとか美容室に行ったのを、もし昔の知り合いに見られたりしたら、嫌だから」

 そんなの気にしますかね?
 自分なんか、昔の知り合いが床屋に入っているのを見ても「へー、いるな」くらいにしか思いませんけれどね。

 そもそも昔の友達なんて、仲が良かったやつ以外、ほとんど覚えてねえし。
 でも華ちゃんは、そこがえらく気になるらしくて。
 神経質な子なんスね。

「普段は自分で髪を切ってるんです。お金もないし、お母さんから、アンタにはおしゃれな髪型なんて似合わないんだから、これでいいって」

「そりゃひどいッスね。女の子にそれはないッスわ。いや、すみません、ひとのお母さんにそんなこと言って。いや、でもひでえ」

 そう言うと華ちゃん、クスッと笑って。
 ありがとうございます、って小声で言ったんスよ。
 それが自分、ちょっと嬉しかったッスね。女の子が笑ってくれるって、幸せな気持ちになれるもんスよ。

「でも、どうして今日は美容室に来たんですか」

「ちょっと理由があって」

 華ちゃん、視線をさまよわせながら、

「明日、お父さんに会ってくるんです。うちの両親は結婚しなかったし、わたしもお父さんとは、七歳のときを最後に、会っていないんですけれど、そのお父さんに会いにいきます」

 どうも、複雑な家庭だったみたいッス。
 自分の友達にも、片親育ちのやつとかいますからね。
 気持ちは分かったんで、

「頑張ってきてください」

 って励ましたんスよ。
 いまになって考えたら、なにを頑張るのか分かんないスけれどね。

 でもそれから、二日くらいだったかな?
 経ってから華ちゃん、またうちの店に来て。
 いきなり、すごいこと言うんスよ。

「お金なら、いくらでもあるから。わたしと遊びに行きません?」

 そんなこと言って、手には何十万か持ってました。
 ガチの大金でした。

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