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第二十四話

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何日も馬に乗って来たからだろう。
クリスティーナは薄汚れたローブを身に纏い、帽子を深く被っている為
顔は半分も見えなかった。

「クリスティーナが来たと伝えなさい」

内から滲み出る威厳は隠しようもなく
門番はすぐにウィルフレッド王太子に知らせを出し、クリスティーナは丁重に場内へと案内される。


御目通りの前に湯浴みをして着替えなければと、クリスティーナは浴室に連れて行かれたのだが

(なんという事でしょう…)

担当した使用人は固まってしまった。

ざっくばらんに切られたクリスティーナの髪。
まるで罪人のように不揃いな短い髪を見て、掛ける言葉も出てこない。

気を取り直してクリスティーナを丁寧に磨き上げ、なんとか見れるように髪をハサミで整えた。


着替えや化粧をする使用人達も言葉を失ってしまったのか、何も言わずに己の仕事に集中する。

髪型をどうしようかと悩んでいると

「このままで良いわ」

クリスティーナがそう言うのならと、櫛で梳かすだけに留まった。



広い部屋に案内されて待っていると、部屋の扉が勢いよく開いた。

「クリスティーナ!僕のところに帰って来てくれたんだね!」

満面の笑みで入って来たウィルフレッドだったが、クリスティーナを見てその表情が途端に曇る。

「なんだその髪は!まるで罪人ではないか!」

クリスティーナに近付いて、その顔を見つめる。
自分には劣るが顔は変わらず美しい。

「可哀想に…。薄汚い平民に切られてしまったんだね…」

そっと髪を撫で、肩まで付かないその長さにため息を吐いた。

「これでは美しくない。今のままでは僕の隣に立てないよ。大丈夫、僕は優しいからね。そんな事で君を見捨てたりなんてしないよ」


ウィルフレッドはそう言って、側にいる使用人達に命令する。

「髪が伸びるまでこの部屋から一歩も出さないように。他の者に見られたら威厳が保てなくなるからね」

そしてクリスティーナに向き直り、優しく言う。

「前の長さまで髪が伸びたらまた会いに来るよ。寂しい気持ちにさせてしまうけど、これはクリスティーナを思ってのことなんだ。わかってくれるよね?」

「承知いたしました」

ウィルフレッドは満足そうに頷いた。

「この部屋に仕事を持って来させるから、それをやっていれば時間もあっという間に過ぎていくよ。僕の手伝いが出来るんだから嬉しいだろう?」

何も答えないクリスティーナにウィルフレッドは

「今回は君の願いは聞かないよ。勝手に居なくなったお仕置きだからね」

片目を瞑って鏡に映る自分を確認した後、部屋から出て行った。


(なんとか時間稼ぎにはなったわね)

ホッと一安心するクリスティーナだったが、確信はしていた。

髪を短く切れば、ウィルフレッドは自分を見るのも嫌がると思った。
二度と会えないウィルへの未練を断ち切る為に、思い切って短くした。
両親には後を追って欲しくなかったので、死んだものとして髪を贈った。これ以上迷惑をかけたくなかったのだ。


髪が伸びるまでが猶予。
その間にどう動こうか考えなければ…。

クリスティーナがイディオを出てから随分と長い時間が経っている。
情勢も変わっているだろうし、王太子妃になった偽の聖女のことも気になる。


クリスティーナはお茶を用意する使用人達をそっと観察していた。

子飼いの使用人達は既に辞めている。

何処かに綻びがあれば
秘密を漏らさずに自分に協力する人が居れば

今まで同様になんとかできる。



そんな短時間で何かわかるはずもなく
翌朝に目覚めたクリスティーナの目の前には高く積み重なった書類の山々。

「これは一体…」

唖然と立ち尽くすクリスティーナに、使用人達は恐縮して答える。

「王太子殿下がクリスティーナ様が心配で執務に手もつかないと仰っておられまして…」

フォーリュから帰国してから一切の仕事を放棄したウィルフレッドの溜めた書類の山は、1日では到底終わらないものだった。


「まぁ良いわ。集中したいから一人にして貰えるかしら?」

一人になったクリスティーナは書類の山と睨み合い、崩さないようにそっと上から順に取り掛かった。

(日付けも何もかもバラバラじゃない…)

優先順位さえもごちゃ混ぜになっている書類に辟易し、軽く目を通しながら仕分ける事にしたクリスティーナ。

気になったのは、陳情書の多さと使用されている金額の大きさ。
そして、辺境の村が何者かに襲われたという報告書だった。


日付を見ればクリスティーナの婚約が白紙になった日で、こんなに前の書類が何故未だに処理されずに残っているのかと不審に思ったのだが

(あの人たちは興味もないのでしょうね…)

そう思いながら読んでいた。


(そう…。だから治安のいいはずのイディオに盗賊がいたのね)

報告書を読み終えたクリスティーナは深いため息を吐く。

黒尽くめの男達に村が襲われて悲惨な状態で
生き残った村人達は生きていくのもままならないので、援助が必要だ。

そう書かれた報告書が長い間放置されていれば、盗賊になって通行人を襲うしか無かったのだろう。

警備兵に頼んだ盗賊たちが真っ当な人生を歩めるようにと祈るばかりだ。


それにしても、黒尽くめの男達は何者なのだろうか?

書類の中に同じような報告書はなく、それ一件の出来事だったのだが、引っ掛かるものを感じたクリスティーナはウィルフレッドに手紙を書く。

返って来た手紙には

- 僕のために頑張るクリスティーナ

僕の気を引きたい気持ちはわかるけど、そんな些細な事に伺いを立てないで欲しい。

もしかしたら、村人達は悪いことをしたから正義の鉄槌が下ったんだろうね。盗賊が捕まったのなら一件落着だよね?

髪が伸びて美しく戻ったクリスティーナに会える日を楽しみにしているよ。君のために僕は我慢しているんだ。

君の愛するウィルフレッド -

そう書かれていたので、思わず握り潰してしまった。



(これで終わりなら良いのだけれど…)

不安な気持ちが消えずに思い悩んでいると、扉を叩く音が聞こえる。

「クリスティーナ様、アルジャンで御座います。少々お時間を頂戴しても宜しいでしょうか?」

侍女と共に入室するアルジャンは、酷く疲れ切った顔をしていた。

「実は折り入ってご相談があるのですが…」

アルジャンは侍女達に聞かれないように小声でぽつりぽつりと話し始める。

王妃ロザリアと聖女マリー、そしてウィルフレッドの散財が跡を絶たず、国庫を圧迫してるという。

税金の比率を上げ、使用人達の給料を下げたのにも関わらず、未だに3人の散財は補えない。

自分の給料は雀の涙ほど。これ以上打つ手がない。

「私には何の策も思い浮かばないのです…」


話を聞き終えたクリスティーナは、アルジャンにここ1年の給料の内訳表と3人の使用金額表を見せて貰うように頼んだ。

「何故第三騎士団の給料がこんなに高いのですか…?」

国の中枢を担う第一騎士団と同等の給料が与えられている。

「それが…、アレキサンダー国王がそれで良いと……」

一体何故…?
疑問に思ったクリスティーナだったが
次に3人の散財した額を見て、あまりの金額に持っていた書類を落としてしまう。

「これは…。商会を変えたのね?」

「そうなのです…。戻してもらうように頼んでも、身内の商会だからと…」


気になる事はあるが、先ずは出ていくお金をなんとかしなければ…。困るのは国民達だ。

クリスティーナは考える時間が欲しいと言ってアルジャンを返し、自分にできる事を考えていた。
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