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第二三章 灯りの火ダネ
灯りの火ダネ(03)
しおりを挟む「天音さん、大丈夫かなあ……」
明里と真由乃の旅は、難航していた。
不自然に多いタネの発見報告、その原因に繋がる有力な情報を、明里はまったくと言っていいほど得られていなかった。
問題なのは、種人の発見報告が少ないことである。タネを見つけた報告が多数あるということは、タネを口にしてしまった者が少なからずいるはずで、なのに種人の発生報告の数が釣り合っていない。
タネが第三者によってばら撒かれていることを前提に置いて、考えられる可能性はいくつかある。例えば、種人になった段階で、その第三者が捕獲、隔離している可能性だ。
だが、その目的も方法も分からないから、ただの推測で終わっていた。
今欲しいのは事実――生の人間の声だったが、まともな情報はどうしても集まらなかった。
「どうして天音さん?」
「だって、本当だったら本殿に強力な植人を集めて守りを固めておきたいところでしょ。やっぱり、まゆのんも一旦戻ったほうがいいのかなーって……」
真由乃についても、まったくと言っていいほど成果は得られていなかった。妹の小由里を探しているが、その行方に関する情報が一切手に入らない。正直なところ、植人の管理をする立場になって言わせてもらうと、一旦捜索を打ち切って本殿の警戒に回るべきに思えた。
「あかりんの言うとおりだけど……」
失言だったと、明里は反省した。そんなことは真由乃自身も百も承知であった。
「ごめん、責めるつもりはなくて」
「ううん、わたしも申し訳ないとは思っているから……でも、今のまま戦っても、それこそ使い物にならなくて、明人さんたちに迷惑を掛けちゃうかもって思って――
だから、いますべきは、早く小由里を見つけ出して、早くみんなと合流しないとって思って……」
それは、真由乃なりの覚悟だった。その覚悟を見て、明人も天音も納得して送り出したのだから、今さら明里が気にすることでもなかった。
「これは野暮だったね。まだ1週間も経ってないし、それに葵もメアリも、南剛家も集まるみたいだから平気なはずだよ」
「うん、今はみんなを信じて、早く小由里を見つけないと……」
それにしても、なぜ目撃情報がないのか――
真由乃の妹と言えば、まだ年端もいかぬ少女であるわけで、小さな女の子がぼろぼろな姿で、かつ1人で逃げ回っていれば、1件くらいは警察に相談があってもいいように思えた。
「みんな周りに興味ないのかなあ……」
「そんなことない、小さな女の子なら、なおさら……」
「そうだよねえ……」
「…………そら」
「……そら?」
地上で目撃情報がない――それは、地上を移動していないからではないか?
「なあに、あかりん?」
「前にね、葵とメアリとで妹さんから逃げたときに、妹さん空を飛んでいたのよ。原理はわからないけど、羽毛みたいにふわふわって」
「じゃ、じゃあ……」
「少し、探し方を工夫したほうがいいかもね」
聞き込みは終わりだ。これ以上時間を掛けても有力な情報を得られない可能性が高い。
ならば、視線を変える。
探す場所、探し方を変えるのだ――
***
本殿の異様な空気は、階段下の山の入口にまで伝わっていた。
「イヤな予感がするワね」
「まったくだ」
メアリと葵は、並んで階段上を睨んだ。本殿からの招集で偶然居合わせただけだったが、2人ともまったく同じ嫌な予感を抱えていた。
その予感は、すぐに形となって現れる。
『ウケ……』
10m以上階段を登った先、片側の林から8本足の怪物が現れた。人間の面影も残っており、膨れ上がった臀部をモゾモゾと動かしていた。
「種人……」
「アオイ、準備オーケーね?」
「うむ」
2人は落ち着いて植器を取り出して構えた。同時に、種人の臀部から放射状に白い糸が放出される。
糸には粘り気があり、階段や木の枝にまとわりついて、さらには階段下のメアリたちにも迫る。メアリたちは二手に分かれて難なく糸を躱し、一気に階段を駆け上がって距離を詰める。
『ウケケケケケ!』
再び糸を放出しようとする種人の臀部を、葵の鎖苦楽が巻き付いてその出口を強引に閉じる。
「ハナシにならないワ」
さらに、種人の背後からメアリの圧愚が襲い掛かる。頭部から引き裂くように斧が入り込み、中のタネまで粉砕する。
「ウ……ケ――」
臀部の膨らみが限界を超え、中身の糸が勢いよく弾け飛ぶ。種人にとっては最後の抵抗だったかもしれない。
「ナニコレ! キモチワルイ!」
糸の粘着具合は想像よりも強く、体についた糸を取ろうにも容易に剥がれてくれなかった。葵の鎖苦楽にも糸がへばりついて絡まってしまっている。
「不覚……」
「ハァ、とっとと上にあがってシャワーを浴びたいワね――」
突如、メアリの背後に鋭利な『舌』が迫る。すんでのところで舌を躱して振り返る。
振り返った先には、さっきとは別の種人――
2足歩行でカメレオンのような目をしている。舌はグルグル巻きの状態からバネの要領で一気に伸ばしているらしい。メアリの大事な髪の毛が、数本ではあるが瞬断されてしまった。
「よくもワタシの自慢のHAIRを――」
遠心力をつけて圧愚を振り回すが、先程の白い糸のせいで手首の自由が奪われ、うまく力が乗らずに威力が半減する。
そのせいで、種人の頭部に食い込んだ圧愚は途中で止まってしまう。種人の息を止めるまではいかなかった。
『キョエエエエェェェエエエッッッ!』
暴れ回るカメレオンの舌がムチのように振り回され、それがメアリの背中に当たる。服を斬り刻むと同時に、鋭い痛みを与える。
「こんの、キショクワルモンスターがっ――」
「兼子メアリ! よけろ!」
葵は未だに白い糸のせいで植器を封じられていた。そんな葵の警告に合わせ、「ゴロゴロゴロッ」と大きな地響きが鳴る。
「ナニナニナニナニー! 今度はナニ?!」
巨大なダンゴムシが丸まって階段上から転がってきたようだが、注意深く見ると中身の構造が人間に近く「種人」であることが分かった。
葵はいつでも避けれる状況だが、メアリがカメレオンの怪物に捕まって身動きが取れない。
「UuuuRyyy!」
力任せに斧を動かして、カメレオンの怪物を階段上に向ける。盾にしたつもりだが、ダンゴムシの衝撃を受け止めきれるとは思えなかった。
「メアリ!」
兼子メアリの額に汗が垂れる。
絶体絶命――
「はっっっ!」
巨大なダンゴムシの怪物がメアリの目の前まで迫ったとき、階段下から巨大な『木槌』が伸びてきた。
問答無用で怪物をペシャンコにし、木槌と地面の間から怪物の体液らしき液体が溢れ出る。
ついでに、カメレオンの怪物も半身を潰していた。中身のタネも一緒に破壊されているようだ。
「はっ、あまりのあっけなさに我が剛槌も呆れておろう」
剛槌を縮小させて手元にまで戻す――
階段下には四家の雁慈、そして明人もいた。
「明人!」
「アキト!」
葵とメアリは嬉しそうに階段を降りた。雁慈は警戒を解かずに階段上をにらみつづけた。
「何体出た?」
「全部で3体だ」
「ドーナッテンノヨ、キモチワルイ」
「葉柴、亜御堂に連絡は?」
明人は、首を横に振った。
「だめだ、天音にも繋がらない」
どこで発生したかだが、仮に3体の種人が本殿で発生し、直接階段を降りてきたと考えると、それ相応の時間が経過していることになる。
明人にも焦りが見えた。
「先を急ぐぞ、我々はエレベータから回ろう」
「ああ、分かった」
「私たちはどうする?」
「葵とメアリは階段の番をお願いできるか? 少なくとも援軍が来るまでは、階段から降りてくる種人をせき止めておいて欲しい」
「分かった」
「マッテよアキト~ モンスターたくさんでコワイよ~」
「帰ったら抱きしめてやる。だから頑張れ」
「えー ホント?」
「ああ本当だ」
明人はメアリの頭を撫で、メアリは満足そうに喜んだ。葵もその様子を羨ましそうに眺める。
「葉柴、はようせい!」
「なんだ? 南剛もして欲しいのか?」
「……エレベータの中で覚えておれよ」
メアリと葵、そして明人と雁慈に別れ、全員が本殿を目指す。その本殿では、既に種人たちによる人間の蹂躙が行われていた――
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