狩猟小屋に飼われた青年

くろねこや

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2 ヴェダ

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目の前にあるのは『狩猟小屋』と呼ぶには大きすぎる石造りの建物だ。

入り口を求めて周りをぐるりと回れば、木と木の間にロープを張った場所があり、そこには洗濯物が干されていた。

シーツが2枚と、…5人分の服?

いや、下着が4枚しかないから、ここに住んでいるのは4人なのだろうか。

あと、黒い革紐みたいなものが風にたなびいている。細いけど…ベルトかな?


その時。

バタンと音がして、扉が開いた。

慌てて身を隠す。


「洗濯物忘れてた…。わー、少し湿っちゃってる…」

澄んだ心地いい声。

白い髪…。いや、銀色だろうか。

この国には焦茶色か、明るい茶色の髪しかいないから、おそらくこの人物が『変わった見た目の男』だろう。

…男?

洗濯物を慌てたように取り込む後ろ姿からはそうは見えない。

長い髪は一本の緩い三つ編みに。生成色きなりいろのシャツを着て、夜の湖みたいなブルーの長いスカートを穿いているからだ。

細い腰はやはり女性のよう。


あぁでも、骨格は細めの男性…? そういえば先ほど聞こえた声は、やや高めとはいえ男のものだったかもしれない。


警戒しつつ、わざと草を踏む音を立てて近づいてみる。


「誰?!」


振り返ったその瞳は、まるで…空に昇ったばかりの赤い月のようで…。


「きれいだ」

思わず呟いていた。


「…僕のこと、気持ち悪くないの?」

見た目は僕と同じくらいの年齢…16になっているか、いないかくらい。

だがその声はどこか幼い。

「どうして?」

そう問えば、瞳は迷うように左右へ揺れた。

「髪は老人みたいだし、目は血の色みたいで不吉だって…」

そうかなぁ?

「髪は冬の夜に輝く月明かりのような銀色だし、瞳も赤銅色しゃくどういろの満月みたいで綺麗だ」


その時、僕は初恋を知ったのだ。


ぱぁっと輝くように微笑んだその人に。



「家に入って」

心配になるほど警戒心がない行動。

髪と瞳の色を褒められただけで初対面の、まだ名前さえ知らない相手を建物の中に入れるなんて。

僕が強盗や強姦魔だったらどうするつもり?

…しないけど。



外から見た印象通り“小屋”とは名ばかりで、中に入るとさらに広く感じた。2階もあるし、4人で暮らすには広すぎるくらいではないだろうか。

以前泊まったことがある宿と比較すると、たぶん6人分…2段ベッドにすれば倍の人数が泊まれるくらいの部屋がありそうだ。


洗濯カゴを置いた彼に勧められるまま、食堂っぽい場所で椅子に向かい合って座る。


「僕はヴェダ。ヴェダの木の実みたいな目だからこの名前なんだって」

確かにヴェダの木は、赤い実をつける。だけど、染料に使われることもあるその実を採ってすぐ齧ると毒なんだ。

雪に晒してから太陽の光で干しておくと何故か食べられるようになる。砂糖を使った菓子より、自然な甘さで美味しいから僕は好きだ。


「僕の名前はアルト。由来は…父方の曽祖父からとった名前だったかな?」

本当はアルトイールという。長い名前は貴族の家出身だとバレてしまうから、略して名乗ることにしている。

「ちちかたのそうそふ?…って何?」

ヴェダは赤ん坊の頃に見た目のせいで捨てられたらしく、両親のことすら知らなかった。先祖の話をしても伝わらなくて困る。

「僕に名前をくれた人が尊敬…?憧れ……好きな人の名前なんだって」

ヴェダは『尊敬』や『憧れ』という言葉の意味さえ知らないらしかった。

僕の父は先祖の名前を息子たちに付けた。“立派”だったという『ご先祖様のようになりなさい』が口癖だったし、間違った説明ではないだろう。


「ところで、ヴェダはどうしてスカートを穿いているの?」

ずっと気になっていたことを聞いてみた。

これまで生きてきて、スカートを穿いた男性に会ったことがなかったからだ。新しい服飾の文化と出会えたかもしれない。

「スカート? これは、みんながいつでも僕をおか…」

バンッと扉が開き、ヴェダの言葉が途切れる。

「お前は何者だ?!」

ゾロゾロと小屋に入ってきたのは4人の男たち。傭兵…いや、山賊と言われても納得してしまいそうな身なりだ。剣や斧みたいな刃物を一斉に向けて囲まれる。

足跡で警戒させちゃったかな? 山道を歩いてきたから、入り口で念入りに土を落としたし…。

まぁ、これが普通の反応だよね…。


「初めまして。僕はアルトといいます。民間の伝承や文化、動植物について調べる旅をしています」

突き付けられる刃に内心はビビリながらも、ゆっくり落ち着いて話すよう心がける。敵意はないんですよ~というアピールだ。

「なぜこんな何もねェ山奥まで来た?」

『筋骨隆々』といった感じの男がリーダーらしい。髭や眉毛が濃くて『むくつけき大男』と呼んでもいいかもしれない見た目をしている。

「麓の村の方に紹介していただいて、この地方の狩りについて話を伺いに参りました」

紹介って言っていいのか迷ったけど、この場所を教えてくれたのは嘘じゃない。

「おしゃべりララか」

ララ…そういえばそんな名前だったかも。うわぁ、あだ名にされちゃうほど“おしゃべり”なんだ。

「ええ」

「ったく、あいつは」

ため息を吐き、頭をくしゃくしゃ掻いた髭男は『ギーウス』と名乗った。


「とりあえず、武器は渡してもらおうか」

2番目の兄がくれた剣を取られてしまった。

まぁ、逆らわない方がいいだろう。

「外はもう暗くなるしな。今さら追い出したりしねェよ」

名乗ってくれたし、見かけによらず優しそうだ。



…と思っていたこともありました。

他の3人は名乗る事なく、僕はそのまま2階へ連行されて、小さな部屋へドン。外から鍵をガチャ。


「お腹すいたな…」

幸い剣以外の荷物は奪われなかったし、部屋には灯り用のランプがある。ベッドと小さな机もある。そして、ドアが閉められる直前、慌ててヴェダから渡されたのは、水が入った皮袋が一つと、謎のバケツが一つ。

そのバケツは……おそらく『トイレとして使え』という意味だろう。

窓はあるが、地面は遥か下方。


カーテンやシーツはあるし、まぁ本気を出せば逃げ出せないこともないが、ここは逆らわないことにしよう。



背負いカバンからスケッチ用の紙束と鉛筆を取り出す。

ヴェダと、4人の男の風体ふうていを忘れないうちに絵に残そうと思ったからだ。

ヴェダはたぶん16歳くらい。背も僕と同じか少し低いくらいだから、170センチくらいかな。すらっとして腰が細かった。生成色のシャツを着て、長いスカートの色が綺麗だった。長い髪は後ろで緩く編まれていて、素足に履いていたのは革のサンダル。あぁ、色が付けられる鉛筆が欲しい。綺麗な髪と瞳の色だった。

ギーウスは短髪だが髭面の隆々とした筋肉を持つむくつけき大男。リーダーっぽかった。背は2メートル近くあった気がする。年齢は40代くらいかな。少し白髪混じりだった。

そういえば4人とも服装は似てたな。生成りのシャツに焦茶色のズボン。革鎧とブーツを身に付けていた。血がついてたが、彼らがこの小屋の主だとすれば、狩りをして帰って来たのだろう。

2人目の男は確か…タレ目で良い男だったな。ウェーブがかかった明るい茶色の長髪で、一つに束ねていた。勘だけど、僕と同じ貴族家の出身じゃないかな。僅かに笑んで本心を表に出さない感じ。背は3番目の兄と同じくらいだから180ないくらい。歳は20代半ばくらいかな。

3人目は熊の爪で付けられたみたいな酷い傷があった。
髪がざっくりと無い部分があったから頭からやられたのだろう。まぶたから頬までえぐられたような傷がすごく痛そうだった。よく生きてたなって思う。背はギーウスより少し低いくらいだから、195くらい。30代後半から40代前半くらいだろうか。

4人目はさらに酷い傷を負っていた。酸性の毒液を浴びたみたいにただれた左頬、唇だった。なにより目を引いたのは、左目の眼帯だろうか。もしかすると目も毒液にやられてしまったのかもしれない。背は2番目の兄くらいだから185くらいかな。20代から30代くらいに見えたけど、酷いケロイドのせいでよく分からない。


あぁ、晩ご飯だろうか…。

いい匂いがする。


ポケットに残しておいた干し肉と、念のため自分で汲んできた湧き水で夕食にした。

明日も食事抜きだとまずいからね。

食料は温存しないと。
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