狩猟小屋に飼われた青年

くろねこや

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1 僕

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僕がこれから出会うことになる美しい青年。彼の話をする前に、僕の話を聞いてくれるだろうか。

今の僕はすごく悲しい。

何故かというと、一人で鬱蒼うっそうとした山道を歩いているからだ。

ザーッと葉擦れの音がする。風で揺すられた木々が出す音は、孤独感と共に恐怖心も増やしてくるのが厄介。



時を遡ること、3時間前。

僕は山の麓にある村…の外にいた。

「あーあ。村を追い出す前に、飲み水くらい分けてくれてもいいじゃないか…」

閉鎖的な考えを持つ村人が多いこの地域では“余所よそもの”は嫌われる。いつもの事ながら泣きそうだ。


旅を始めてもうすぐ半年になる。

まだ半年なんだけど…旅をしていると、それでもたまに閑散とした村の娘や人妻から『子種が欲しい』と強請ねだられることがある。

別に彼女たちは僕のことが好きなわけじゃない。男旱おとこひでりが原因の場合もあるが、血が濃すぎると奇形の子どもが生まれやすくなるから、遠い土地から来た人間の血を入れたい、という場合が多いように思う。

まぁ僕は、けっこう『良い顔』だって言われることも多いよ。

『格好いい』じゃなくて『かわいい』とかだけど…。

まぁ、宿で寝ている時に知らない女性たちから迫られるのはかなり怖いから、今回みたいに村から追い出される方がマシかもしれない。


基本的にこの世界は、背が高くて筋骨隆々きんこつりゅうりゅうって感じの男がモテるんだよね。僕は背こそ低くないけれど、童顔だしヒョロヒョロで頼りなく見えるみたい。

一人旅には慣れているから、剣の腕はなかなか…と言いたいとこだけど、まぁ普通かな。ただ、この見た目にもいいことはあって、相手が勝手に油断してくれるから、勝てることも多いんだ。もちろん逃げ足も鍛えてあるよ。


王の命令で『国中を旅して人々の暮らしを記録する』のが僕の仕事。

…そういうとカッコ良さそうだけど、本当は家の口減くちべらしにあった男爵家の四男。それが僕だ。末っ子の五男は何故か可愛がられてるのに…。不条理な話だよねぇ。

可哀想に思ったのか、1番上の兄がくれた懐中時計だけが僕の持ち物で一番高価な物になるだろうか。王都で時を合わせてから、毎日なるべく狂わないようゼンマイを巻いている。時計は便利だ。太陽が見えさえすればだいたいの方角が分かるから。まぁいざとなったら、これを売って凌ぐかもしれないけど。

あ、そういえば。2番目の兄は剣をくれたっけ。騎士団に勤めてるから少し金持ちなんだ。剣の稽古もつけてくれた。

16歳になると家を追い出されるのは知っていたから、旅に必要そうな薬草の知識や怪我の治療法、外の世界の知識を必死になって身に付けた。気まぐれに3番目の兄が教えてくれる日もあったが、基本は屋敷の図書室にある本から学んだ。

思い返してみると、僕の父と母は優しくなかったが、兄たちからは結構優しくしてもらったな。

まぁ、2番目の兄には稽古中にガキッと折れた剣で刺し殺されそうになったし、3番目の兄からは『慣らしておけ』っていろんな毒を飲まされて死にそうな目にあった…あれ?涙が…。

でも、その経験が僕の旅で役に立ってくれているんだ。

途中で殺して手に入れた獣の毛皮や、採取した薬草なんかは結構お金になるし、山で何を食べれば生き残れるか知っているし。毒にも耐性があるからすぐには死なない。一応、背中に背負った荷物には僕お手製の様々な薬や食糧が入っている。ちなみに、雨よけの加工をした布と毛皮が寝袋や天幕の代わりだ。一人旅だと盗賊や野生動物を警戒しなきゃいけないからのんびり天幕を張って眠ってもいられないんだよ。


…王様の命令で国中を旅してるっていうのはちょっとカッコつけすぎたかもしれない。

彼は王子だった頃から何故か辺境にあるうちの屋敷へ遊びに来ては、子どもの僕に『珍しい話をせよ』って無茶振りしてきたんだ。

図書室で見つけた本から得た知識をいっぱい話すことになったよ…。面倒になって僕のご先祖様が集めた本を貸そうとしたら、『お前が読んで、私に話して聞かせよ』だって。面倒くさがりなんだから。

で。16になって家から追い出されるついでに、その話のネタ探しの旅を始めたっていうのが実際の話。

まぁ、旅に出てからは彼に直接会うこともない。出会った人々の暮らしや噂話、珍しい文化、植物や動物などの記録を屋敷に送れば、それを兄の誰かが代わりに王へ渡してくれてるみたいだ。それで数日同じ場所で待っていると兄を経由して、王からの手紙と、褒美として受け取った金や物が送られてくる。

…どうにも手紙に書かれた金額と合わないから、運送途中で中抜きされてるんだろうね。まぁ、届くだけマシか。

たぶん僕が死んだとしても、王は気付かないと思う。おんなじ無茶振りをされてるのは僕だけじゃないだろうから。



「さて、まぁ行ってみるか」

村を離れる時、若い娘さんがこっそり教えてくれたことがある。

山へ行けば狩猟小屋があって、そこに暮らす男たちから『狩りの話』が聞けると思うって。あと、『変わった見た目の男』が1人いるらしい。村の年寄りやおばさんたちはその男を見たことがあるが、娘さんは見たことがないのだとか。

他の土地に住む狩人から話を聞いたことはあったが、この辺りの動物や植生はまだ調べていない。それに、その男と会ってみたい。

こんな閉鎖的な村だから、変わった見た目で追い出されたかな?



頼りない山道をトボトボ1人歩く、今の僕が胸に抱くこの悲しい気持ちを、その人なら分かってくれるかもしれない…。




どれだけ歩いただろう。

あの子に騙されたかな…。

ちっとも小屋なんて見えてこない。

連日の野宿が堪える。


綺麗な水が染み出し、流れ落ちる岩があったから、皮袋に飲み水を補充することはできた。

歩きながらポケットから干し肉を細かくしたものを取り出して口に含む。


熊が出そうなんですけど…。熊じゃあ僕一人では倒せないし、下手に狩場を荒らすと狩猟小屋にいるという男たちの機嫌を損なう恐れもある。

雨でも降りそうな灰色の空が、背の高い木々の隙間から見えている。

小型の馬車が一台通れそうな、この細い道だけが頼りだ。分岐点はなかったから、“わざと道を隠している”とかでなければ迷いようがないはず。

でも日が暮れる前に、そろそろ火を起こすべき?






ん?

石造りの…狩猟小屋…?

あ…。

あった!
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