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クリスマスと正月は家族で過ごそう、そんな話をしていたはずなのに、結局それぞれの家でご馳走を食べた後集まってしまうのは何故なのだろうか。
「はい、クリスマスプレゼント。いつも変わり映えしないけど…」
「いやいやいや、なんか毎年模様が複雑になってね!?」
「尚くん、もうこっちのプロ目指した方がいいんじゃ…」
クリスマスは毎年それぞれにプレゼントを持ち寄る。
幸尚は手編みのニット、あかりはちょっとおしゃれな文房具、そして奏は3人で遊べるボードゲームが定番だ。
「奏ちゃんの今年のボドゲ、コマの模様が綺麗」
「だろ?見た目重視で買ったんだけど、動画見てたらかなりガチゲーで面白いんだよな」
「今からやる?」
「当然。今日は寝かさねえ」
子供のようにはしゃぐ奏の隣でピクンと敏感に反応した幸尚に、(あ、これはまずい)とあかりは慌ててフォローを入れる。
「奏ちゃん奏ちゃん、そのセリフはフラグ」
「…奏、今日は期待しても…」
「いやいや流石にねえかんな!今日はうちの親もあかりんちの親もいるんだぞ!!」
「うう、えっちしたいよぅ…」
そう、今日は大人たちも幸尚の家に集まってきているのだ。
酒を片手にテレビゲームに本気で興じる彼らを見ていると、大人って思ったほど大人じゃねえよな、と年々思うようになってくる。
頼むから、去年みたいに桃鉄でガチ喧嘩するのだけはやめていただきたい。
とりあえずルールだルール、とルールブックとプレイ動画に齧り付く幸尚とあかりをほっこり眺めながら、この先どんなに関係が変わってもこんな時間を共に過ごせるといいなと、奏は心の中で呟くのだった。
………
「あーーーっ、また負けたあぁ…!!」
「尚くん強すぎ…これで4連勝……」
「こういうのは得意なんだよねえ、運も良かったし」
ちょっと休憩しようか、と幸尚が階下におやつと飲み物を補充しに行く。
ついでに風呂に入って、もらったばかりのカーディガンを羽織り、おやつを食べながらゴロゴロしながらふと隣を見ると、あかりが真剣な顔をしてスマホを眺めている。
「あかり、何見てんの?」
「っ!!えっと、あのっこれは」
「んんー?何だよ、また過激なBLでも読んでたのかよ」
「あっちょっ待って奏ちゃん!!」
ニヤニヤしながら、あかりの後ろから抱きついてスマホを覗き込む。
そこに表示されたタイトルに、奏は目が点になった。
「『足ピンオナニーを今すぐやめたい!簡単にできる10の方法』……?」
「わああああ読み上げないで奏ちゃあああん!!」
真っ赤になったあかりが「ひどいよう……」とその場に突っ伏してしまう。
そんな、これまで散々恥ずかしいなんてレベルじゃない事をやらかしていながら今更じゃね?と思わなくはないが、それを言ったら次は手…いや木刀が飛んでくる事を奏はよく知っている。
奏だって運動神経は悪くないが、毎日稽古をしているあかりの剣捌きは別格である。彼女を本気で怒らせてはいけない。
ごめんって、とあまり心のこもらない謝罪をしながら、しかし内容は気になるのでブラウザをスクロールする。
「てか何でまたこんなの調べてんの?あかり、一人で自慰できねーのに」
「…だからだよぉ……」
「へ?」
「だから!!奏ちゃんと尚くんに足曲げたまま逝かせて貰うしかないから研究してるのっ!!」
研究。
その言葉に、奏と幸尚は顔を見合わせ真顔になる。
あ、これはあかりが暴走する予兆だと。
「あの…あかりちゃん……?」
「だって!!もう2週間だよ!!逝きたくって頭おかしくなりそうなのおっ!」
「お、おう、それはまあそうだよな…」
……ああ、予兆じゃなくてもう暴走済みだったか。
そう。
二人の前、かつ膣以外の自慰禁止を言い渡して2週間、あかりは未だ絶頂を許されていなかった。
というより、許したくても許せないというべきか。
「ほんっとうに逝かないもんなぁ……」
「1時間ずーっと気持ちよさそうなのにね。一人でしたら逝けてたんだよね?」
「うん、15分くらいでサクッと。でも、足を拘束されてから、逝き方がわかんなくなっちゃって…」
「逝き方なんてあるのかよ」
「なんか、あるの!で、冬休みにも入ったしここは一つ、足を曲げたまま逝ける方法を研究するしかないって思って、冬休みの宿題全部終わらせた」
「うん、あかりちゃんが斜め上に突っ走るくらい切羽詰まっているのは理解した」
毎日、ひどい時には1日2回あかりの懇願に付き合っているが、未だ一向に絶頂する気配がない。
結果的にあかりは寸止め調教を2週間受け続けている状態なのだ。
お陰でここ数日は、1時間のタイマーが鳴るたび「いやあああっ!お願いします逝かせてくださいいっ!!」と絶叫しかけて慌てて二人で口を押さえないといけないし、自宅に帰る時も上の空で「触りたい…逝きたい……」とぶつぶつ呟きながらだし、昼間は貞操帯のおかげでマシとはいえ、一度火がつくと自慰防止板をカリカリするのがやめられなくて、トイレから出られなくなったりしている。
別にわざと逝かせて無いわけではないだけに、あかりも二人に文句の言いようがない。
結果、熱を溜め込んだ頭はまさに熱暴走を起こしたという話だ。
「それでも気合いで触ってない辺りは凄いよな。ぶっちゃけ、風呂とか朝とかヤバそうなのに」
「だって……命令だもん…」
「うん、そうなんだけどさ。でもそれをしっかり守れるのは純粋に凄えと思う。あかりはえらい」
「ううぅ、えらいと思うなら逝かせてぇ…」
「ぐっ…」
「ごめん……」
いや俺たちだって逝かせてやりてえよ、と奏は頭を抱える。
毎回あかりの求めるままに触れて、それで気持ちがいいとあえかな声をあげるのに、どうしてもそれが絶頂に繋がらない。
最初は「まあ溜め込んでりゃそのうち爆発するだろ」と呑気に構えていた二人だったが、流石にここまで上手くいかないとちょっと焦ってくる。
「男と違って物理的に何か溜め込むわけじゃねえもんなあ…」
「うーん…意外と研究するのはありなんじゃ」
「おいおい尚まで大丈夫かよ!?大体ネットの情報だけでやっててやらかしたばかりじゃねーか俺ら」
うん、だからねと幸尚はポテチをもぐもぐしながら二人に提案した。
「プロに聞くのが一番かなって」
………
「うん、そうね、知識のある人に頼ろうという姿勢は悪くないわ。悪くないけど」
次の日、早速『Jail Jewels』に突撃してきた3人にお茶を出しながら、塚野は「一旦リセットは考えなかったの?」と呆れた様子で尋ねた。
「そこまで辛くて日常生活にも支障が出ているんでしょ?今だって」
「…まさかこんな事になるとは……」
「あかりちゃん、もう限界超えてるよね、これ」
3人の視線の先には、いつも通り全裸で首輪をつけられたあかりが、いつもの姿勢でしゃがみながらも必死で股間の金属をカリカリと引っかき、熱に浮かされた瞳で虚空を眺めながらぶつぶつ呟いていた。
「んっはぁっ……あああ、触りたいぃ…届かないのぉっ…逝きたい……はぁんっ…」
「……店に入った途端、グッズを見てスイッチが入って崩れ落ちるだなんて初めて見たわよ。流石に一度自分で逝かせてあげたら?初めてで2週間寸止め付き絶頂禁止調教なんて、よく耐えてるわよ」
「いや、それも昨日提案したんだけど」
「はぁっ、んはっ……やです……せっかくここまで頑張ったのにぃ……足ピンしないで逝きたいのぉ……」
「あかりちゃん、そんなサルみたいに必死に股間を弄りながら言う台詞じゃないわよ、それ」
このままでは埒が開かない。
そう思った塚野は「あんたたちが下手くそすぎるって可能性もあるから、ちょっとここでやってみなさい」と拘束台にあかりを連れて行くよう二人に指示した。
そして、1時間後。
「やめないでぇ……逝きたいっ、逝きたいのおおっ!!」
「何言ってるの、自分が頑張るって言ったんだからこれで満足しなさいな。ほら、ご主人様にお礼!!」
「んぎいいっ!!奏様、幸尚様、気持ちよくしてくれてありがとうございます…ひぐっ……」
いつものように二人による丁寧な愛撫を受けたあかりは、逝けないもどかしさに髪を振り乱し絶叫していた。
何としてでも絶頂したいのだろう、ひくつく蜜壺からはたらたらと愛液が溢れ落ち、情けなくへこへこと動こうとする腰は拘束ベルトをギチギチと鳴らしている。
「ひぐっ……つらいよぉ…ひぐっ…いきたい……」
「はいはい、ちょっと落ち着くまでそこで大人しくしてなさいな」
泣きじゃくるあかりを拘束台に放置し「なるほどねぇ」と一部始終を見届けた塚野はどかっとソファに座り込んだ。
奏と幸尚もいつものように塚野の向かいに座る。
「しっかり興奮もしてるし、触り方も丁寧だったし、ちゃんと反応を見ながらできてるからまあ刺激は充分じゃない?いくつか触り方を教えてあげるからそれを試してみなさい」
「ありがとうございます、塚野さん」
「いいわよ、このくらいは。……むしろ逝けないのはあかりちゃんの問題ね。足ピンすると快感を捕まえやすくなるのよ。力も入れやすくなるし」
「あー、あかり逝き方が分からなくなったって言ってたもんな…」
「力…んふっ、そう、上手く入れられない……」
「上手くいくかはわからないけど、逝きやすい力の入れ方を教えてあげるから、それで頑張りなさい。ダメなら…いいんじゃないの?管理されたいんでしょ、この際二度と絶頂を禁止されても」
「そ、そんなぁ……」
「………あかり、本音は?」
「……それもいいかもって…ちょっとだけ、思わなくはない……です」
「あかりちゃんはブレないねほんと」
「ふぅん……意外と余裕あるわねぇ…」
「え」
塚野の不穏な言葉に、何だか嫌な予感がする。
しばしの沈黙の後、そうだせっかく来たんだからと塚野が側の棚から何かを取り出し、テーブルの上に置く。
どうやら使い捨てのメジャーのようだ。
「あかりちゃん、ダイエットはしてないわよね?」
「は、はい」
「オッケー、じゃあ貞操帯の採寸をしましょ。あんまり体型が変わったら作り直しになるから、今後は気をつけるのよ」
「……さい、すん?」
「そのジョークグッズレベルの貞操帯と違ってね、あんたのご主人様が用意してくれる本物はセミオーダーメイドなの。事前に採寸して、あかりちゃんの身体に合わせて作るって事」
思わぬ提案にあかりは目をぱちくりさせる。
そう言えば貞操帯の注文は、個人輸入になるし関税の事もあるから塚野に代行してもらうと言っていたのを思い出した。
にしても、こんなタイミングで言い出すなんて。
「あ、あの…今から……!?」
「もちろん。ああ、採寸するのは奏と幸尚君よ。私は見てるだけだから」
「……その、今、触られたら…」
「ふふ、心配しなくても触れないように、ちゃあんとあかりちゃんの大好きな拘束をしてから測るわよ。…じっくりと、ねぇ?」
「あ、あはは……」
(あああ、さっきの「いいかも」は全力で訂正させてえぇ…!!)
塚野のニヤリとした笑顔に、背中に冷や汗が流れるのを感じる。
あれは分かっている顔だ。今のあかりなら、採寸のためにご主人様に触れられるだけでも熱を感じてしまうということを。
1時間の寸止めで敏感になったところに、更に二人の熱を注ぎ込まれるだなんて。
それも確実にこの身の内に溜まり、けれども溢れさせるには足りない熱量を……
(これ以上……もう無理だよ、壊れちゃう…!)
追い込まれる。
破裂しそうなほどの熱に浮かされていようが、お構いなしに溺れさせられる。
もう無理、助けて、ごめんなさいと心の中では泣き叫んでいるけれども、ここでの塚野の命令はご主人様達の命令と同じだ。奏と幸尚が止めない限り、あかりに拒絶する権利はない。
「俺らまだ支払いしてねーけど」と尋ねる奏の言葉に、ちょっとだけ期待してしまう。
だが、塚野がそれで思いとどまってくれるはずもなく。
「年末年始のバイトでお金は払えるんでしょ?」
「はい、奏のバイト貯金3万、年末年始のバイトを増やしたのでそれで5万、後はお年玉で」
「…親御さんが聞いたらひっくり返りそうなお年玉の使い道よね。それならいいわよ、一旦うちで立て替えといてあげる。納期が2-3ヶ月だし、早めに頼んだ方がいいでしょ」
「あ、確かに。それは助かる。じゃああかり、拘束解くから台から降りてここに立て。…触るなよ?」
「っ、はいぃ……」
フラフラしながら大きな姿見の前に立てば背中で手首を拘束され、足首は金属のバーで連結し肩幅から閉じられないようにされて。
腰が揺れれば「大人しく立ってないと測れないわよ?」と後ろに立った塚野のバラ鞭が尻に飛んでくる。
「えっと… hip bone …お尻の骨……?」
「腰の骨よ、出っ張りのすぐ上」
「骨…これか」
「んひいぃっ!!」
奏の指が腰のラインに触れるだけで、身体が期待して跳ねてしまう。
けれども欲しい刺激は与えられず、思わず「いやぁ……」と声を漏らして慌てて「ごめんなさい、嫌じゃないです!!測って下さいっ!」と叫ぶ。
随分と従順になったわね、と塚野に褒められ奏はどこか満足そうだ。
「次は…股を通してお尻…お尻と腰の交点は……この辺かな」
「ひあぁっ……はぁっ、はぁっ…ぁぁ……さわ、ってぇ…」
「あかり、動くな」
「ううっ……ごめんなさいぃ…」
いつになく真剣な顔で、奏がメジャーをあかりの身体に沿わせる。
大切な所に触れるものだ、それもつけたまま生活するためのものなのだ。正確なサイズを出さないと、あかりの身体を傷つけてしまう。
それは分かる。分かるけれども、この頭ではもう分かりたくない。
(もう、足が震えて…立ってるのも、辛いのに……!)
あまりのもどかしさに涙をこぼすあかりの様子に、ふと幸尚が気づいた。
つい縋るような目つきで、幸尚を見つめてしまう。
ああ、幸尚様ならきっと気づいてくれる。これ以上は無理だって…
「あかりちゃん」
いつもの優しい笑顔で、幸尚はあかりの頭を撫でる。
…………優しい、笑顔?
おかしい、何かがおかしい。
小さな違和感に不安を覚えた己の直感は正しかったのだと、次の瞬間あかりは確信した。
「……大丈夫、あかりちゃんはまだ頑張れるよ」
「……!!」
………
(え……幸尚様が、頑張れる、って……?)
思いがけない幸尚の言葉に、あかりの目が大きく見開かれる。
あかりの知る幸尚なら、今のあかりの状態を見れば「これ以上は無理じゃない?」と奏に進言するはずなのに、どうして。
そんな戸惑いが顔に浮かんでいたのだろう、幸尚は穏やかな笑顔のままで「だって」と諭すようにあかりに話しかける。
「塚野さんが言い出すって事は、プロから見てまだ責められるって判断したって事だよ。ですよね、塚野さん」
「え?あ、ええそうよ」
「…だから、大丈夫。あかりちゃんはもっと頑張れる」
「…幸尚、様……」
「自分の知らない本当の限界まで追い込まれる辛さも、それが解放される瞬間も…きっと、あかりちゃんは気持ちよくて幸せになるから……頑張ろ、ね?」
「「「!!」」」
その言葉に息を呑んだのは、あかりだけではなかった。
何があったのかは分からない。
だが、一つだけ間違いないのは、幸尚もまたこの歪んだ世界に、完全に足を踏み入れてしまった事。
優しい『尚くん』がいなくなった訳ではない。
幸尚のその心根の優しさも、奏とあかりの幸せを誰よりも望んでいる純朴さも、何も変わらない。
…何も変わらないが故に、幸尚は二人が幸せになれるこの歪んだ関係を受け止め、育もうとしている。
(確かに慣れろとは言った、言ったけどまさか…いや、真面目な尚ならこうなってもおかしくは無かった)
喜ぶべきなのか、諌めるべきなのか、奏はメジャーを片手に固まったまま逡巡する。
だがその思考はすぐに遮られた。
「…ごめんなさい……」
「あかり?」
「ごめんなさいっ、幸尚様…!私がっ、変態だから……ごめんなさい…!!」
(ああ、巻き込んでしまった…!!幸尚様を、こんな世界に…っ!)
あかりが涙声で幸尚への謝罪を口にする。
その言葉に思わず「あかりだけのせいじゃねえよ」と奏も言葉を重ねた。
「えと、奏?あかり…ちゃん?」
突然の謝罪に、どうしたの!?とさっきとは打って変わって幸尚が動揺する。
そんな3人の様子を眺めて「……こっちに来てほしくなかったのね」と塚野は嘆息した。
「来て、欲しくない…」
「そ。私たちはそれぞれに歪んだ性癖を持っていて、こうやってしか生きられない。でも幸尚君は違う。だから、あかりちゃんへの責めにどこか心を痛める優しい世界の住人のままでいて欲しかった」
「……そうなの?」
「…当たり前だろ。わざわざこんな歪んだ世界に…好きな人を引き摺り込みたいだなんて思わねえよ」
(ああ、そうだった)
奏が女の子と決して付き合おうとしなかったのはそれが理由だったと、以前塚野が話してくれたのを思い出す。
…こんな時なのに、奏がそこまで自分を大切に想ってくれていた事を感じて、ちょっと嬉しかったりする。
俯く奏と泣きじゃくるあかりに、しかし塚野は厳しい表情で「甘いわよ」と一喝した。
「これだけガチなプレイに巻き込んでおいて、幸尚君に何も知らなかった頃のノーマルな感性のままでいてもらおうだなんて、いくらなんでも虫が良すぎるわよ」
「う…それは……」
「あんた達はずっと幸尚君を守る立場だった。だけどもう幸尚君はあんた達に守られるだけの子供じゃない。幸尚君がこの半年間真剣に悩んで出した答えがこれよ、受け入れなさい」
「けど!!」
「奏」
静かに、そして穏やかな声色で幸尚が奏を呼ぶ。
…その表情は、これまで二人が見てきた幸尚よりもずっと大人びて見えた。
「……僕は、二人が幸せなのがいいんだ。確かに僕には二人のような性癖はないし、きっとこれからも理解できない」
「……おう、そうだろうな。俺もそれは分かってる」
「でも、あかりちゃんの本当に望む事をしてあげて、それで奏も幸せになって……それなら、僕にもできるって思ったんだ」
あかりの泣き声に、悲鳴に、心が痛まないわけではない。
けれどもそれをあかりが望むなら、自分はあかりの願いを叶える事を最優先する。
それが、奏の性癖を満たす…ずっと自分にはできないと諦めていた願いを叶える事にも繋がるから。
「僕には、二人が幸せなのが一番大事。それが僕の幸せでもあるから」
「でも……」
「…大丈夫。僕も、僕の『普通』は僕が決める。……だから、泣かないであかりちゃん」
「っ、尚…!」
「幸尚様、それは」
『普通って何だよ』
『それはお前が言っていいことじゃねえ、あかりが決めることだ!』
あの日、幸尚に投げかけた言葉が、今は自分に突き刺さる。
(……そうだった、俺たちが決めていいことじゃない)
自分の在り方を決められるのは、自分だけ。
それはあかりだけじゃない、幸尚だって同じなのに。
幸尚が好きで、大切すぎて、その想いゆえに幸尚が見えなくなっていた。
塚野の言う通りだ、もう幸尚は奏とあかりの後ろに隠れて泣いている子供じゃない。
「……無理は、すんなよ」
「うん、大丈夫。だって奏もあかりちゃんも僕の話を聞いてくれるから」
「…ありがとうございます、幸尚様……」
「ん、じゃああかりちゃんは頑張ろうね?…むしろ今のでちょっと落ち着いたから大丈夫そうに見えるけど」
「あ、うん。少し頭冷えた……かな」
じゃあ続けようと採寸をする3人を、塚野は背後から眺める。
(ああ、このタイプは…あかりちゃん次第だけど、化けるわね)
性癖を持つご主人様と、持たないご主人様。
きっとあかりはこれから、この上なく大切に、どこまでも丁寧に、二つの個性に堕とされて行く。
その未来は少なくとも3人にとっては明るいわねと、塚野は採寸結果のメモを片手に貞操帯注文用のサイトを開くのだった。
………
採寸を終えた日以降のあかりは、前にも増して必死だった。
『奏様、幸尚様』
『あかりの乳首とおまんこ弄ってください!!!』
『ちょ、あかりまだ真っ昼間だぞ!おい尚、今親いる?』
『今日は研究室の人たちと打ち上げだから、18時以降はいないよ』
『おけ、あかり18時まで我慢』
『はい』
『辛いよう……』
『時間が経たないよう…!』
『頑張れ』『後3時間だから』
『うう……』
今日も昼間から鳴るメッセージの着信音に「…また自爆したな、これ……」と奏はため息をつく。
あれ以来、あかりは暇さえあれば試行錯誤を繰り返していた。
部屋にこもって教えてもらった呼吸や力の入れ方を練習し、そのせいで余計に発情して二人に泣きついたり、やっぱりネットでも情報を仕入れては「乳首を洗濯バサミで挟んでみて!」と新たなる扉を開こうとして爆死したり…
時々方向性が迷子になりつつも、文字通り身体を張り続けている。
「ふっ、んふっ、あああ、触りたい、全然刺激届かない……!!」
今日も今日とて、塚野に教えてもらった仙骨に力を入れる練習をしていたらすっかり火がついて、股間の金具をカリカリする音とあまりの辛さに勝手に流れる涙が止まらない。
やっぱりリセットをお願いしようかと思いつつも、もうここまで来たら引いたら負けな気がして、結局毎日のように「今日こそは!」と臨んでは敗れて泣く日々を過ごしていた。
「……あかり、根性ありすぎだろ。いや、もう意地になってるのもあるけどさ」
「一時はどうなるかと思ったけど、むしろ意地になったおかげで最近少し気が紛れてる気がするけどね」
二人も早くあかりを楽にしたくて、ローションを使ったり新たな性感帯を開発したりと試行錯誤を繰り返しているが、どうも後一歩何かが足りないらしい。
ちなみにあまりに上手くいかないので、かくなる上はおもちゃに頼ろうかと塚野に相談したら
「強い刺激に慣れちゃうと感じにくくなるわよ?ああ言う激しいのはご褒美やお仕置きに取っておいて、快感によわよわな奴隷に育てた方が楽しいわよ」
…と実に説得力のあるお言葉を頂いたため、これは積極的に断念した。
「何だろうなあ…直接的な刺激はしてるし…女の子だからエロ本でオカズってのも」
「それがオカズになるなら、あかりちゃんは既に薄い本を持って来てると思う」
「だよなぁ……あ、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます、550円のお納めです」
大晦日から4日間、奏と幸尚は神社のアルバイトに来ていた。
それほど規模の大きい神社ではないが、参道に屋台も並んでいて随分と賑わっている。
今日も今日とて、二人社務所で並んで接客だ。
「にしても」
「ん?」
「……何でもない」
体格のいい幸尚に、袴はよく似合う。
子供の頃は3人揃って居合を習っていたから袴姿なんて見慣れたものだったが、そう言えば大きくなってから幸尚の和装を見るのは初めてかもしれない。
(…中身は泣き虫尚のままなのに……カッコいいとか、ずりぃわ)
キリッとした横顔に、ああ俺の恋人はいい男だなぁ、とつい見惚れてしまう。
今だって奏は女の子が好きだ。エロ動画だって女の子しか選ばないし、あかりの薄い本コレクションにも興味はない。
でも、幸尚は特別なのだ。
去年の今頃とは「ずっと一緒がいい」の意味がずいぶん違っている事に気づいて、ああもう俺、尚が好きすぎじゃん、と心の中で苦笑いする。
自分には大人になるまで縁がないと思っていた、この思い描いていたより遥かに暖かな感情を与えてくれた彼に…ダメだ、今無性にキスしたくて堪らない。
「そういやさ」
神前でこれはない、と邪な気持ちを振り払うために、参拝客が途切れた瞬間を狙って奏は幸尚に問いかけた。
「尚は、俺の何に惚れたの?」
「ほぇっ!?」
「いや、今更だけどさ。告白された時は…あかりの暴走が衝撃的すぎてそこまで話さなかったじゃん」
「ああ、確かに…あの時は頭真っ白だった…」
「だよなぁ。でさ、幸尚が幼馴染として大好きだったのは俺もあかりもだろ?なのに何でまた、男の俺だったんだろうなって思うんだよ。ほら、あかりには尚の大好きなおっぱいもあるし…ちょっと小さいけど」
「…それ、あかりちゃんに言ったらはっ倒されるよ?あかりちゃん結構気にしてるんだから」
きっかけは分からないんだ、と幸尚は前を見たまま…ほんのり頬を染めて話す。
確かに幸尚にとっては、あかりも奏も同じくらい大切で、大好きな幼馴染だった。
惚れるきっかけになりそうなイベントだけなら、奏にしてもあかりにしても数えきれないくらい発生している。
今と違って幼い頃は身体も同い年の子に比べて小さくて、さらに今も同じく引っ込み思案だった幸尚はいつも同級生からいじめられていて。
泣きじゃくる幸尚の前に颯爽と現れた二人のやることといえば、毎回奏がいじめっ子たちを口で言い負かし、キレて手を出してきた彼らをあかりがボッコボコにするパターンだった。
さらに言うなら、奏とあかりは本当に容赦がなかった。
…そう、いじめっ子たちのズボンを脱がせて水たまりの中に突っ込んだ時の奏の笑顔は、実にキラキラ輝いていた記憶がある。あれは今思えば奏の性癖の萌芽だった。
お陰で学校でも教師から一目置かれていた3人組は、あまりの呼び出しの多さに「今日は志方さんちが当番ね」と親たちがまさかの呼び出しローテまで組んで対応するほどで。
その後はいつも道場の隅で正座させられ、あかりの母に3人まとめて烈火の如く叱られる羽目になっていた。
(何で僕まで叱られるのか解せない)とは思っていたけれど、幸尚にとって二人はまさにヒーローだった。
強くて、かっこよくて、でも優しくて…自分にはないものをたくさん持っている、大好きな幼馴染。
それがいつの間にか、奏が気になって、目で追うようになっていて。
その対象があかりでなかったのは、あかりにはないものを、奏が持っていたからだろうか。
「……憧れ、だったのかもね」
しばらく考えて、ぽつりと幸尚が呟く。
「奏はさ、素直だから。素直に全部認めちゃえる。嬉しいも、悲しいも、怒ってるも……性癖だってさ、僕ずっと隠してたのかと思ってたけど…」
「隠してはねえな。単に話す機会がなかっただけだし、あの日ぶっちゃけてなくても早いうちにバレてたんじゃね?」
「……奏は…認めるのは、怖くなかったの?」
「怖い、かぁ…」
(ああ、尚は俺への気持ちを認めるのは怖かったんだ)
おずおずと尋ねる幸尚に、3年間の片思いは幸尚が自分の想いを認めるために必要だったのだと気づく。
一般的でない愛の観念が少しずつ受け入れられ、法的な同性婚が認められて20年以上になるとは言え、まだまだ偏見は根強い。
親世代に比べれば抵抗が少ないといっても、それは自分に降り掛からなければ、の話だろう。
受け入れられないと言う意味では、この難儀な性癖だって変わらない。
初めて自分の嗜虐嗜好を自覚した時は、奏だって衝撃を受けた。
…けれどもそれはそれだけのことで。
「確かにさ、誰かを管理して泣かせて気持ちよくなるなんて、受け入れられねえなって思う。でもさ、俺が受け入れようが拒絶しようが、俺が嗜虐嗜好の持ち主なのは変わんねーじゃん?だから、怖いも何も無かったかな」
「……多分、僕はそんな奏だから、好きになったんだ」
最初は認めたく無かった。
大切な幼馴染に、それも男に恋をしてしまうだなんて。
この気持ちがバレたら3人の関係は崩れてしまうと恐れて、3年間隠し続けてきた。
けれども想いは募るばかりで、しかも身体は健全なる男子だ。いつしかどんなオカズを見ても奏の姿と、声と重ねるようになって。
もう認めるしかない、そう覚悟してまずはこういう話に理解のありそうなあかりちゃんに聞いてもらおうとしたのが、全ての始まり。
あの時はあかりの行動に振り回されたし、そこからの怒涛の展開にはまだ戸惑いも残っているけれど、今では悪い選択肢では無かったなと思うのだ。
奏は強いね、と幸尚が呟く。
俺だけじゃねえよ、と奏は幸尚の方を向いた。
「尚だって強い」
「へっ」
「俺らの性癖を知ってから、尚がどれだけ真面目にそれに向き合ってきたか、俺らはよく知ってる。あかりを悦ばせる事で俺も幸せになるって気づいたからって、こちら側に足を踏み入れる事を躊躇わないなんてさ、なかなか出来ねぇと思うけどな」
「…だって、僕は奏もあかりちゃんも好きだもん……あ、その、好きの意味は違うけど」
「そこまで一途になれるのも十分強いって事だぞ」
ああもう、また惚れ直してしまう。
つい口にしかけた言葉はそっと奏の心の中にしまっておく。
ここでそんな事を言ったら、幸尚はもちろん、奏もバイトどころじゃなくなりそうで。
「…にしてもさ」
どうやら同じ気持ちだったのだろう、今度は幸尚が話題を逸らしてきた。
「あかりちゃんの事だけどさ……逝くのに何が足りないんだろう…」
「うーん…女の子は雰囲気も大事だとかオーナーは言ってたけど、雰囲気ってどんなのがいいんだ?シチュエーションボイスみたいな?」
「…あかりちゃんに、僕らが甘ったるい言葉を囁いて……興奮すると思う?」
「しない。爆笑されて終わる。何なら俺らも爆笑する」
「こほん…『あかり、こんなに濡らしちゃって……そんなに僕のことが欲しいの?かーわいい…』」
「ちょ、やめろ!!腹筋が攣るww」
まあそれは冗談としても、とそろそろ片付けを始めつつ「これまであかりちゃんが興奮したシーンを洗えば何か出てくるかも」と幸尚が言い出した。
「興奮したシーン……」
「えと、これまでのプレイで特に反応が良かったものとか」
「反応かぁ……オムツで自慰剥奪」
「それは使えない」
「使えねえな!…そういやピアスの時の反応も良かったよな。あの拘束台めちゃくちゃ気に入ってた」
「あれで興奮できるのすごいよね…僕、恐怖しかなかったのに…」
「………それだ」
「え」
着替え終わった奏が「スーパー寄るぞ」と自転車に乗る。
慌てて幸尚も後を追いかけ「ちょ、奏、何でスーパー!?」と尋ねれば、振り返った奏は楽しそうに口を開いた。
「……がっつり拘束、やってみねぇ?」
………
三が日が明け、街が少しずつ日常に戻る中、3人はいつものように幸尚の家に集まっていた。
「明日の夜まで、父さんと母さんは挨拶回りでいないから、好きに使えるよ」
「1ヶ月半ぶりだっけ、なんか久々だよなこの感じ」
「うん。あの…その、さ、奏」
「言いたいことはわかるが待て、あかりが先!」
「う、うん、それはもう」
こんな状況で先にとは言えないよ、と幸尚は目の前で貞操帯を着けたまま床に腰を擦り付け「奏様、幸尚様ぁ……はやくっ、触って下さいぃ…」と懇願するあかりを見やる。
「……1ヶ月半ぶりに、気にせず声を出せるとなりゃこうなるわな」
「だね。あかりちゃん、今日は両手拘束させてもらっていいかな?試したいことがあって」
「はいっ何でもやりますっ、だからお願い触って下さいっ!!」
「あかり、そんな軽々しく何でもしますなんて言っちゃダメだぞ?」
いいぞ、触るなよ?と命令されたあかりが、待ってましたとばかりに貞操帯を外す。
その前では、幸尚が買い物袋からゴソゴソと何かを取り出している。
それは見覚えのある、細い箱。
「……ラップ?」
「おう。前に何度かやっただろ?これであかりを巻ける限り巻く」
「っ……!」
「本当は革の拘束具でギチギチにやりてえけど、流石に高くて買えねえから、これで勘弁して……お、おう、問題はないと」
巻く。
その言葉だけであかりの息が一気に荒くなった。
(手首と足を固定するために巻かれただけでもすごかったのに…あれを、巻けるだけ……あぁ、涎が出ちゃう!)
袋から出てきたのは、ただの食品ラップだ。
一見プレイとは何の関係もなさそうなこの道具は、しかし何重にも巻けばかなりの拘束力と密着感をもたらす事を、あかりは以前の経験から思い知っている。
「ぁ……ぁは………ぁっ…」
「もう見ただけで堪らねえって顔だな。これで逝けるといいな、頑張れよ」
「巻いていくから、痛みとか痺れとかあったらすぐ教えてね」
「腕、後ろで肘持つように組んで。…無理はすんなよ、肩痛めるから」
「はひ……はぁ…んっ……」
その場に立ち後ろに組まれた手に、ぴとりとラップが当てられる。
そのままぐるぐると指先までしっかり覆うように巻かれた腕は、ただの棒になってしまったようだ。
「肩辛くない?」
「だい、じょうぶ…」
「本当はアームバインダーみたいに腕を伸ばしたまま巻いてみたいんだけどな、それやると俺にもたれにくくなるから…」
「あかりちゃん、息を軽く吐いて止めて……うん、もういいよ」
肘の上までしっかりと巻かれたラップのせいか、いつもよりバランスが取りにくい。
転げそうになる身体を幸尚が支え、奏がラップを当てた場所は腰だ。
そのまま胸の方に向かって、どんどんとラップの塊ができあがっていく。
乳首を避けて、先ほど固めた腕まで一緒に肩までぐるぐる巻きにされると、胸郭が圧迫されるのだろう自然と息が浅くなった。
はーっ、はーっと荒い息遣いに心臓の鼓動。
ぎゅっと巻かれれば音までアソコに近くなったみたいで、茹だった脳みそを揺さぶってくる。
「じゃ、座って…先に枷をつけるね」
「はぁっ…枷もつけるんですか……?」
「膝を折り畳むだけならラップだけでいいけど、足を閉じないようにしたいからな」
いつものようにM字開脚で固定され、足首をピンと伸ばした状態で、ラップが巻かれていく。
足首がピッタリと太ももにつくまで膝を曲げられ、末端からグルグルと何重にも巻かれれば、もはや足が短い棒状の塊になったような錯覚に陥る。
もう片方の足も丁寧に巻かれれば「これでよし」と奏がそっと手を離した。
途端に自分で支えられない身体はコロンと床に転がってしまう。
「どうだ?自分で起き上がることも、寝返りも打てないだろ」
「っ……ぁ………!!」
(あ…これ、すごい……動けなくて、熱い……!)
枷で動きを封じられるのとは全く違う。
敢えて拘束されたところを動かして、鎖の擦れる音を、動きを阻まれる感覚を楽しむ遊びすらない。
芋虫のように転がり、許された機能は、大切なところを弄られ、しかしそれを逃すことすら許されず全て受け止め昂り続ける事だけ。
ヒトではない、奴隷ですらない、モノに近づく……
(あ………)
それに気づいた途端、全身にゾワッと何かが走る。
得体の知れない甘い毒に侵される。
「顔は危ないからやらねえぞ。…あーこれエロいわ、乳首と股間だけ触って下さいって露出させてるのいいな」
「あかりちゃん、息苦しくない?」
「はっ…はっ………きもち、いぃ……動けない…!」
「大丈夫そうだな、じゃ、始めるぞ」
あかりの様子がいつもと違う事に二人は気づいていた。
どうやらラップ拘束は随分お気に召したようだ。
(これなら、いけるかも)
二人は顔を見合わせ頷き、その手を露わになった乳首に、股間に伸ばした。
痛いほど勃ち上がった乳首に、真っ赤に腫れ上がり震える女芯に指を這わせる。
途端に上がる、高い声。
「んひいぃっ…!?」
目を見開き思わず漏れる喘ぎ声は、久しぶりに階下を気にしなくていい安堵感から出たものだけでは無さそうだ。
(なに、これ……!?)
感じたこともない、衝撃に似た快楽にあかりが目を白黒させる。
いつもならじんわり伝わってくるあかりを支える奏の熱が、下腹部に添えられた幸尚の掌の暖かさが、今日は分厚い膜に覆われて届かない。
二人の熱に慣れた身体は、刺激に飢えた心は、何とかしてその熱を感じようとして……許されたわずかな、しかし最も敏感な場所を更に鋭敏にする。
「んあっ、あっ…ぁああ………はっ…」
カリカリと、すりすりと…二人の指が優しく一定のリズムを刻む。
頭がおかしくなりそうな快感を逃したくても、いつものように足を床につけて踏ん張る事ができない。
溜まる。
全てが溜まり続ける。
股間が、お尻の上の方が、ジンジンして、熱くて……
(あ……)
繋がる。
波が、拾える。
これは、来る。
待ち望んでいた、熱の弾ける瞬間が、もうそこに…!
「んああっ!!はぁっ、はっ、いぐ、これ、いぐっああっ、いぐううぅぅっ!!!」
「…おう、ほら」
「うん、そのまま」
「「イケ」」
二人の命令と共に、止めとばかりに乳首をキュッとつねられ、肉芽をさする指を早くされて
「あ……い、く…いぐ………!!」
あかりの意識は、真っ白な世界に溶けていった。
………
とおくで こえが きこえる
「ちょ、そんながっつかなくたってまだ時間はあるってんあああっ!!」
「はあぁ…奏、奏っ……奏の匂いだ…乳首、ちょっと大きくなったね……夏にはさ、服から透けるくらいになるんじゃないかな…んっ……」
「誰のっ、せいだよっ!!くっそそんな舐め方すんなっ、頭溶けるぅ…!」
「いいよ、ずっと溶けてて…僕、今日は手加減できないから、ねっ…」
「いやお前に手加減って言葉がんむっ」
「…もう、集中して、奏」
「……あ、れ…私…?」
気がつけばあかりはクッションにもたせられていた。
身体のだるさはあるものの、あの狂おしいほどの熱情はすっかり霧散している。
「はぁ、凄かった……辛かったけど、この開放感…癖になりそう…」
ギチギチに固められていたはずの手足は既に解かれていて、股間にはしっかりと貞操帯が装着されている。
べたつきもないから、きっと二人があかりの身体も貞操帯も綺麗に清めてくれたのだろう。
身体はともかく、貞操帯を洗われるのはどうにも慣れない。いくらご主人様とはいえ、こんな汚れたものに触れさせることは抵抗があって、けれども春にはこれを洗う権利すら剥奪されるのだから頑張って慣れないとなと独りごちつつ、ベッドを軋ませる二人を眺める。
「うん、まあ、そうなるよね……」
いつも穏やかな幸尚の目は完全に座っていて「奏、今日は乳首で逝こうね?」と執拗に小さな胸の飾りをいじり倒している。
その中心はくたりとしていて、どうやらあかりが飛んでいる間にガッツリ搾り取られたのだろう、跳ねる身体に合わせてプルプルと揺れていた。
幸尚の両親が自宅に帰ってきてから1ヶ月半あまり。
図らずも3週間以上寸止め調教状態となったあかりと同じく、奏とのまぐわいは週に1回あるかないか、それも奏がトんで大声を出さないようにあっさりとした交わりしか許されなかった幸尚も既に限界を迎えていた。
いや、あかりどころの騒ぎではないかもしれない。
何たってこの二人、付き合い始めてからほぼ毎日のように体を重ね、3回戦は最低保障とばかりに奏を抱き潰しては事後床で土下座までがお約束。
休日ともなればあかりの調教で激った欲望を全力で叩き込んだ結果、次の日はしょんぼりしながら、しかしどこか嬉しそうに奏を介護する、まさに爛れた日々を送っていたのだから。
もちろん幸尚も一人で(二人でやる時余計にやりたくなるらしい)慰めてはいたが、そんなものでこの性欲大魔王が治まるわけもない。
かくしてあかりは、自分も斜め方向に暴走しながら「奏とえっちしたい…」とさめざめ泣く幸尚を宥め、無自覚な発言ですぐに幸尚を煽ってしまう奏のフォローに明け暮れる羽目になっていた。
「ひっ、なん、これっゾワゾワする、頭へんになるぅぅ!!」
「うん、奏は乳首で逝っちゃうオンナノコになろうね」
「あひいぃぃ…っ……!!」
なので、ある意味この幸尚の暴走は想定内である。
(あ、奏ちゃん乳首にイキ癖つけられてる)とまだ回らない頭でぼんやり眺めていたら、ようやくあかりが起きたのに気がついたのだろう、幸尚が「あかりちゃん」と呼びかけた。
「身体、大丈夫?」
「うん。まだなんかフワフワしてるけど」
「そっか、ゆっくり休んでて…その、僕」
「…もう突き抜けちゃって、明日土下座して奏ちゃんの介護すればいいと思うの」
「う、うん、そうだよね!」
「ちょ、あかりなんてことを…尚もそうだよねってんあああっ!!」
「はいはい、奏はおちんちんの中トントンしようねぇ」
その言葉で、あかりはベッドサイドに置かれたグッズの山に、見慣れないものがあるのに気づく。
数珠繋ぎの金属ブジーは新兵器に違いない。何やら電極らしきものもある。あれはあかりの薄い本の知識には無いやつだ。
思ったよりお年玉が多かったんだ、とホクホク顔だった幸尚だが、つまり貞操帯の代金に充填した残りは……ああ、うん、愛されてる証拠だよね、とあかりは無理やり納得することにした。
身体が動くようになったら、痔の薬と湿布を買ってこないと。
(でも、いいなあ)
「お前ら覚えておけよおぉぉ……」と悪態を吐きながらも、幸尚を見る奏の瞳は情熱的で。
ああ、二人のセックスは素敵だなとしみじみ思うのだ。
(どんな感じなんだろう、恋をして、好きな人と交わるって)
クラスの友達と話せば恋愛話になるのはいつもの事で、あかりも何となく話を合わせるけれど、何でそんなに夢中になれるのかあかりにはさっぱり分からない。
そんなことを口にしようものなら「あかりはまだまだお子様だね」「あかりも誰かと付き合ったら分かるって」とまるで恋愛をしていないことがおかしいかのように返される。
前は「恋愛なんてまだ早い」と言っていた母ですら、最近は「あかりは好きな人はいないの?」なんて聞いてきて、ああ私はこれも『普通』から外れるのかと少し悲しくなったのだ。
奏や幸尚は、そんなあかりにも奇異の目を向けない。
「あかりはあかりだから」そう言ってくれる二人が大好きだ。
…そして、きっと自分はこの大好きよりも熱烈らしい「恋」をすることはないんだろうなと朧げながらに感じている。
(……ずっと、一緒にいたいな)
大人になっても3人でこうやって過ごせれば、どれだけ楽しいだろう。
けれど、大人になればずっと一緒にはいられない。
こうやって毎日つるんでいられる生活も、もう1年ちょっとで終わってしまう。
(……せめて、同じ大学に行きたい、けど)
貞操帯は定期的にメンテナンスが必要だが、それはあかりが同じ大学に進学しなくても可能だとは奏に言われている。
離れるとは言え電車で1時間の距離だ。貞操帯だって1年も着けていればある程度生活に慣れるだろうし、都合をつけて週に1回会ってプレイをするだけならそう難しくない。
ランクを下げて、下宿の必要な大学に通うことを母は許さないだろう。
自宅から通える大学があるのに、わざわざ危険な一人暮らしなんてしなくていい。それがあかりの両親の総意だった。
そんなものかと、今までのあかりなら多少の疑問は横に置いて母の示す『普通』に従っただろう。
けれども。
『僕の普通は、僕が決めるから』
あの日の幸尚の言葉が、頭をよぎる。
どこか晴れ晴れとしたその笑顔も。
ずっと、3人でいたい。
けれども、そこに立ちはだかる壁は、あかりにとってはとてつもなく高い。
(私の普通も…私が決めて、いいって二人は言うけど…やっぱり怖いよ、奏ちゃん、尚くん…)
未だ『普通』に囚われたあかりの霧が晴れるには、もう少し時間が必要そうである。
………
「……お前な…俺の残りの冬休みを返しやがれ…」
「うう、ごめん奏……ほ、ほら、お昼は煮込みうどんだよ、あーん」
「ったく、お前ら二人してツヤッツヤじゃねえか…あーん……うまい…」
「あはは、何だか身体の調子も良いんだよねえ」
「そうかそうか、なら今度は1ヶ月の寸止めをやるか?試験も当分ないしなあ?」
「ごめんなさい調子乗りました」
「正直でよろしい」
結局、と言うか案の定というか、奏はそのまま冬休み最終日まで熱を出して寝込む羽目になる。
「年末年始で暴飲暴食夜更かしに慣れないバイトまで詰め込めば、そりゃ疲れもするわ」と奏の両親は実に好意的な診断を下してくれ、毎日つきっきりで看病する幸尚とあかりにも「ほんとあんた達は仲良しよねえ」「この際あかりちゃんでも幸尚君でもいいから、奏の嫁に来てくれないかなあ」なんて言い出す始末だ。
「この場合、お嫁さんは奏ちゃんの方だけどね…」
「うっせ。てかあれ半分本気で言ってやがるな。何だよ兄貴が彼氏連れてきた時は取っ組み合いの喧嘩してたのに」
「え、秀兄ちゃんって」
「ああゲイなんだよ、兄貴。結局親父が折れて結婚したの。…ま、だからうちの親は尚と結婚するのを反対はしねえぜ。前例があるし」
「は、はわわわ、結婚……」
「しねえの?」
「する」
「食い気味に即答だね尚くん」
「う、でもっ、するけどっ、こういうのはちゃんと順序を踏んでからだからっ!!」
「はいはい、尚は性欲が絡まなければ真面目だなほんと」
「うう……ごめんってばぁ…」
それはそうとして、あかりはもう大丈夫なのか?と掠れた声で奏があかりを気遣う。
もう見ての通りだよ!とあかりはそんな奏に嬉しそうに報告するのだ。
「時々無性に触りたくはなるけど、大丈夫。また奏ちゃんが元気になったら…おねだりしたいな、とは思ってるけど」
「おう、元気になったらな。春まではいくらおねだりしても構わねえから」
「ただ、あかりちゃんが次も逝けるといいんだけど…」
「あー……うん、でも何となく気持ちいい波に乗るの分かったし、何とかなるよ、ね!」
「何とかならなくて泣くのはあかりだしな」
「ひどいぃ…」
幸尚の心配は杞憂に終わる。
相変わらず毎日のようにおねだりするあかりだったが、最初の頃は3-4回に1回だった成功率も、春が近づくに連れほぼ毎回絶頂させてもらえるようになっていた。
幸尚もだんだん慣れてきたようで、今ではクリトリスとアナルを同時に愛撫してもあかりに痛いと泣かれなくなった。
…残念ながら奏と場所を交代した途端に「ふかふかおっぱい……」と暴走して奏が犠牲になるのは相変わらずであったが、とにかくあかりはおねだりさえすればほぼ毎回気持ちよくスッキリできる。
あれほど辛かった夜のおむつ装着も、ちょっともこもこするのが気になるくらいで、むしろ冬には暖かくていいかも、なんて余裕をかませるくらいだ。
…そうしてまた、貞操帯(仮)は少しの物足りなさと名残惜しさを感じさせる、ただの下着の役目に戻っていく。
喉元過ぎれば暑さを忘れるとはよく言ったものである。
ただし
『3人ともお待たせ、貞操帯を受け取ったから都合がいい時に取りに来て』
その忘却は、塚野からメッセージが届くまでの束の間の休息に過ぎないのだけど。
そしてその事に気づくのは、きっと全てが終わってから。
風が温む日が、少しずつ増えていく。
ー3人にとって節目の春が、もうそこまで来ていた。
「はい、クリスマスプレゼント。いつも変わり映えしないけど…」
「いやいやいや、なんか毎年模様が複雑になってね!?」
「尚くん、もうこっちのプロ目指した方がいいんじゃ…」
クリスマスは毎年それぞれにプレゼントを持ち寄る。
幸尚は手編みのニット、あかりはちょっとおしゃれな文房具、そして奏は3人で遊べるボードゲームが定番だ。
「奏ちゃんの今年のボドゲ、コマの模様が綺麗」
「だろ?見た目重視で買ったんだけど、動画見てたらかなりガチゲーで面白いんだよな」
「今からやる?」
「当然。今日は寝かさねえ」
子供のようにはしゃぐ奏の隣でピクンと敏感に反応した幸尚に、(あ、これはまずい)とあかりは慌ててフォローを入れる。
「奏ちゃん奏ちゃん、そのセリフはフラグ」
「…奏、今日は期待しても…」
「いやいや流石にねえかんな!今日はうちの親もあかりんちの親もいるんだぞ!!」
「うう、えっちしたいよぅ…」
そう、今日は大人たちも幸尚の家に集まってきているのだ。
酒を片手にテレビゲームに本気で興じる彼らを見ていると、大人って思ったほど大人じゃねえよな、と年々思うようになってくる。
頼むから、去年みたいに桃鉄でガチ喧嘩するのだけはやめていただきたい。
とりあえずルールだルール、とルールブックとプレイ動画に齧り付く幸尚とあかりをほっこり眺めながら、この先どんなに関係が変わってもこんな時間を共に過ごせるといいなと、奏は心の中で呟くのだった。
………
「あーーーっ、また負けたあぁ…!!」
「尚くん強すぎ…これで4連勝……」
「こういうのは得意なんだよねえ、運も良かったし」
ちょっと休憩しようか、と幸尚が階下におやつと飲み物を補充しに行く。
ついでに風呂に入って、もらったばかりのカーディガンを羽織り、おやつを食べながらゴロゴロしながらふと隣を見ると、あかりが真剣な顔をしてスマホを眺めている。
「あかり、何見てんの?」
「っ!!えっと、あのっこれは」
「んんー?何だよ、また過激なBLでも読んでたのかよ」
「あっちょっ待って奏ちゃん!!」
ニヤニヤしながら、あかりの後ろから抱きついてスマホを覗き込む。
そこに表示されたタイトルに、奏は目が点になった。
「『足ピンオナニーを今すぐやめたい!簡単にできる10の方法』……?」
「わああああ読み上げないで奏ちゃあああん!!」
真っ赤になったあかりが「ひどいよう……」とその場に突っ伏してしまう。
そんな、これまで散々恥ずかしいなんてレベルじゃない事をやらかしていながら今更じゃね?と思わなくはないが、それを言ったら次は手…いや木刀が飛んでくる事を奏はよく知っている。
奏だって運動神経は悪くないが、毎日稽古をしているあかりの剣捌きは別格である。彼女を本気で怒らせてはいけない。
ごめんって、とあまり心のこもらない謝罪をしながら、しかし内容は気になるのでブラウザをスクロールする。
「てか何でまたこんなの調べてんの?あかり、一人で自慰できねーのに」
「…だからだよぉ……」
「へ?」
「だから!!奏ちゃんと尚くんに足曲げたまま逝かせて貰うしかないから研究してるのっ!!」
研究。
その言葉に、奏と幸尚は顔を見合わせ真顔になる。
あ、これはあかりが暴走する予兆だと。
「あの…あかりちゃん……?」
「だって!!もう2週間だよ!!逝きたくって頭おかしくなりそうなのおっ!」
「お、おう、それはまあそうだよな…」
……ああ、予兆じゃなくてもう暴走済みだったか。
そう。
二人の前、かつ膣以外の自慰禁止を言い渡して2週間、あかりは未だ絶頂を許されていなかった。
というより、許したくても許せないというべきか。
「ほんっとうに逝かないもんなぁ……」
「1時間ずーっと気持ちよさそうなのにね。一人でしたら逝けてたんだよね?」
「うん、15分くらいでサクッと。でも、足を拘束されてから、逝き方がわかんなくなっちゃって…」
「逝き方なんてあるのかよ」
「なんか、あるの!で、冬休みにも入ったしここは一つ、足を曲げたまま逝ける方法を研究するしかないって思って、冬休みの宿題全部終わらせた」
「うん、あかりちゃんが斜め上に突っ走るくらい切羽詰まっているのは理解した」
毎日、ひどい時には1日2回あかりの懇願に付き合っているが、未だ一向に絶頂する気配がない。
結果的にあかりは寸止め調教を2週間受け続けている状態なのだ。
お陰でここ数日は、1時間のタイマーが鳴るたび「いやあああっ!お願いします逝かせてくださいいっ!!」と絶叫しかけて慌てて二人で口を押さえないといけないし、自宅に帰る時も上の空で「触りたい…逝きたい……」とぶつぶつ呟きながらだし、昼間は貞操帯のおかげでマシとはいえ、一度火がつくと自慰防止板をカリカリするのがやめられなくて、トイレから出られなくなったりしている。
別にわざと逝かせて無いわけではないだけに、あかりも二人に文句の言いようがない。
結果、熱を溜め込んだ頭はまさに熱暴走を起こしたという話だ。
「それでも気合いで触ってない辺りは凄いよな。ぶっちゃけ、風呂とか朝とかヤバそうなのに」
「だって……命令だもん…」
「うん、そうなんだけどさ。でもそれをしっかり守れるのは純粋に凄えと思う。あかりはえらい」
「ううぅ、えらいと思うなら逝かせてぇ…」
「ぐっ…」
「ごめん……」
いや俺たちだって逝かせてやりてえよ、と奏は頭を抱える。
毎回あかりの求めるままに触れて、それで気持ちがいいとあえかな声をあげるのに、どうしてもそれが絶頂に繋がらない。
最初は「まあ溜め込んでりゃそのうち爆発するだろ」と呑気に構えていた二人だったが、流石にここまで上手くいかないとちょっと焦ってくる。
「男と違って物理的に何か溜め込むわけじゃねえもんなあ…」
「うーん…意外と研究するのはありなんじゃ」
「おいおい尚まで大丈夫かよ!?大体ネットの情報だけでやっててやらかしたばかりじゃねーか俺ら」
うん、だからねと幸尚はポテチをもぐもぐしながら二人に提案した。
「プロに聞くのが一番かなって」
………
「うん、そうね、知識のある人に頼ろうという姿勢は悪くないわ。悪くないけど」
次の日、早速『Jail Jewels』に突撃してきた3人にお茶を出しながら、塚野は「一旦リセットは考えなかったの?」と呆れた様子で尋ねた。
「そこまで辛くて日常生活にも支障が出ているんでしょ?今だって」
「…まさかこんな事になるとは……」
「あかりちゃん、もう限界超えてるよね、これ」
3人の視線の先には、いつも通り全裸で首輪をつけられたあかりが、いつもの姿勢でしゃがみながらも必死で股間の金属をカリカリと引っかき、熱に浮かされた瞳で虚空を眺めながらぶつぶつ呟いていた。
「んっはぁっ……あああ、触りたいぃ…届かないのぉっ…逝きたい……はぁんっ…」
「……店に入った途端、グッズを見てスイッチが入って崩れ落ちるだなんて初めて見たわよ。流石に一度自分で逝かせてあげたら?初めてで2週間寸止め付き絶頂禁止調教なんて、よく耐えてるわよ」
「いや、それも昨日提案したんだけど」
「はぁっ、んはっ……やです……せっかくここまで頑張ったのにぃ……足ピンしないで逝きたいのぉ……」
「あかりちゃん、そんなサルみたいに必死に股間を弄りながら言う台詞じゃないわよ、それ」
このままでは埒が開かない。
そう思った塚野は「あんたたちが下手くそすぎるって可能性もあるから、ちょっとここでやってみなさい」と拘束台にあかりを連れて行くよう二人に指示した。
そして、1時間後。
「やめないでぇ……逝きたいっ、逝きたいのおおっ!!」
「何言ってるの、自分が頑張るって言ったんだからこれで満足しなさいな。ほら、ご主人様にお礼!!」
「んぎいいっ!!奏様、幸尚様、気持ちよくしてくれてありがとうございます…ひぐっ……」
いつものように二人による丁寧な愛撫を受けたあかりは、逝けないもどかしさに髪を振り乱し絶叫していた。
何としてでも絶頂したいのだろう、ひくつく蜜壺からはたらたらと愛液が溢れ落ち、情けなくへこへこと動こうとする腰は拘束ベルトをギチギチと鳴らしている。
「ひぐっ……つらいよぉ…ひぐっ…いきたい……」
「はいはい、ちょっと落ち着くまでそこで大人しくしてなさいな」
泣きじゃくるあかりを拘束台に放置し「なるほどねぇ」と一部始終を見届けた塚野はどかっとソファに座り込んだ。
奏と幸尚もいつものように塚野の向かいに座る。
「しっかり興奮もしてるし、触り方も丁寧だったし、ちゃんと反応を見ながらできてるからまあ刺激は充分じゃない?いくつか触り方を教えてあげるからそれを試してみなさい」
「ありがとうございます、塚野さん」
「いいわよ、このくらいは。……むしろ逝けないのはあかりちゃんの問題ね。足ピンすると快感を捕まえやすくなるのよ。力も入れやすくなるし」
「あー、あかり逝き方が分からなくなったって言ってたもんな…」
「力…んふっ、そう、上手く入れられない……」
「上手くいくかはわからないけど、逝きやすい力の入れ方を教えてあげるから、それで頑張りなさい。ダメなら…いいんじゃないの?管理されたいんでしょ、この際二度と絶頂を禁止されても」
「そ、そんなぁ……」
「………あかり、本音は?」
「……それもいいかもって…ちょっとだけ、思わなくはない……です」
「あかりちゃんはブレないねほんと」
「ふぅん……意外と余裕あるわねぇ…」
「え」
塚野の不穏な言葉に、何だか嫌な予感がする。
しばしの沈黙の後、そうだせっかく来たんだからと塚野が側の棚から何かを取り出し、テーブルの上に置く。
どうやら使い捨てのメジャーのようだ。
「あかりちゃん、ダイエットはしてないわよね?」
「は、はい」
「オッケー、じゃあ貞操帯の採寸をしましょ。あんまり体型が変わったら作り直しになるから、今後は気をつけるのよ」
「……さい、すん?」
「そのジョークグッズレベルの貞操帯と違ってね、あんたのご主人様が用意してくれる本物はセミオーダーメイドなの。事前に採寸して、あかりちゃんの身体に合わせて作るって事」
思わぬ提案にあかりは目をぱちくりさせる。
そう言えば貞操帯の注文は、個人輸入になるし関税の事もあるから塚野に代行してもらうと言っていたのを思い出した。
にしても、こんなタイミングで言い出すなんて。
「あ、あの…今から……!?」
「もちろん。ああ、採寸するのは奏と幸尚君よ。私は見てるだけだから」
「……その、今、触られたら…」
「ふふ、心配しなくても触れないように、ちゃあんとあかりちゃんの大好きな拘束をしてから測るわよ。…じっくりと、ねぇ?」
「あ、あはは……」
(あああ、さっきの「いいかも」は全力で訂正させてえぇ…!!)
塚野のニヤリとした笑顔に、背中に冷や汗が流れるのを感じる。
あれは分かっている顔だ。今のあかりなら、採寸のためにご主人様に触れられるだけでも熱を感じてしまうということを。
1時間の寸止めで敏感になったところに、更に二人の熱を注ぎ込まれるだなんて。
それも確実にこの身の内に溜まり、けれども溢れさせるには足りない熱量を……
(これ以上……もう無理だよ、壊れちゃう…!)
追い込まれる。
破裂しそうなほどの熱に浮かされていようが、お構いなしに溺れさせられる。
もう無理、助けて、ごめんなさいと心の中では泣き叫んでいるけれども、ここでの塚野の命令はご主人様達の命令と同じだ。奏と幸尚が止めない限り、あかりに拒絶する権利はない。
「俺らまだ支払いしてねーけど」と尋ねる奏の言葉に、ちょっとだけ期待してしまう。
だが、塚野がそれで思いとどまってくれるはずもなく。
「年末年始のバイトでお金は払えるんでしょ?」
「はい、奏のバイト貯金3万、年末年始のバイトを増やしたのでそれで5万、後はお年玉で」
「…親御さんが聞いたらひっくり返りそうなお年玉の使い道よね。それならいいわよ、一旦うちで立て替えといてあげる。納期が2-3ヶ月だし、早めに頼んだ方がいいでしょ」
「あ、確かに。それは助かる。じゃああかり、拘束解くから台から降りてここに立て。…触るなよ?」
「っ、はいぃ……」
フラフラしながら大きな姿見の前に立てば背中で手首を拘束され、足首は金属のバーで連結し肩幅から閉じられないようにされて。
腰が揺れれば「大人しく立ってないと測れないわよ?」と後ろに立った塚野のバラ鞭が尻に飛んでくる。
「えっと… hip bone …お尻の骨……?」
「腰の骨よ、出っ張りのすぐ上」
「骨…これか」
「んひいぃっ!!」
奏の指が腰のラインに触れるだけで、身体が期待して跳ねてしまう。
けれども欲しい刺激は与えられず、思わず「いやぁ……」と声を漏らして慌てて「ごめんなさい、嫌じゃないです!!測って下さいっ!」と叫ぶ。
随分と従順になったわね、と塚野に褒められ奏はどこか満足そうだ。
「次は…股を通してお尻…お尻と腰の交点は……この辺かな」
「ひあぁっ……はぁっ、はぁっ…ぁぁ……さわ、ってぇ…」
「あかり、動くな」
「ううっ……ごめんなさいぃ…」
いつになく真剣な顔で、奏がメジャーをあかりの身体に沿わせる。
大切な所に触れるものだ、それもつけたまま生活するためのものなのだ。正確なサイズを出さないと、あかりの身体を傷つけてしまう。
それは分かる。分かるけれども、この頭ではもう分かりたくない。
(もう、足が震えて…立ってるのも、辛いのに……!)
あまりのもどかしさに涙をこぼすあかりの様子に、ふと幸尚が気づいた。
つい縋るような目つきで、幸尚を見つめてしまう。
ああ、幸尚様ならきっと気づいてくれる。これ以上は無理だって…
「あかりちゃん」
いつもの優しい笑顔で、幸尚はあかりの頭を撫でる。
…………優しい、笑顔?
おかしい、何かがおかしい。
小さな違和感に不安を覚えた己の直感は正しかったのだと、次の瞬間あかりは確信した。
「……大丈夫、あかりちゃんはまだ頑張れるよ」
「……!!」
………
(え……幸尚様が、頑張れる、って……?)
思いがけない幸尚の言葉に、あかりの目が大きく見開かれる。
あかりの知る幸尚なら、今のあかりの状態を見れば「これ以上は無理じゃない?」と奏に進言するはずなのに、どうして。
そんな戸惑いが顔に浮かんでいたのだろう、幸尚は穏やかな笑顔のままで「だって」と諭すようにあかりに話しかける。
「塚野さんが言い出すって事は、プロから見てまだ責められるって判断したって事だよ。ですよね、塚野さん」
「え?あ、ええそうよ」
「…だから、大丈夫。あかりちゃんはもっと頑張れる」
「…幸尚、様……」
「自分の知らない本当の限界まで追い込まれる辛さも、それが解放される瞬間も…きっと、あかりちゃんは気持ちよくて幸せになるから……頑張ろ、ね?」
「「「!!」」」
その言葉に息を呑んだのは、あかりだけではなかった。
何があったのかは分からない。
だが、一つだけ間違いないのは、幸尚もまたこの歪んだ世界に、完全に足を踏み入れてしまった事。
優しい『尚くん』がいなくなった訳ではない。
幸尚のその心根の優しさも、奏とあかりの幸せを誰よりも望んでいる純朴さも、何も変わらない。
…何も変わらないが故に、幸尚は二人が幸せになれるこの歪んだ関係を受け止め、育もうとしている。
(確かに慣れろとは言った、言ったけどまさか…いや、真面目な尚ならこうなってもおかしくは無かった)
喜ぶべきなのか、諌めるべきなのか、奏はメジャーを片手に固まったまま逡巡する。
だがその思考はすぐに遮られた。
「…ごめんなさい……」
「あかり?」
「ごめんなさいっ、幸尚様…!私がっ、変態だから……ごめんなさい…!!」
(ああ、巻き込んでしまった…!!幸尚様を、こんな世界に…っ!)
あかりが涙声で幸尚への謝罪を口にする。
その言葉に思わず「あかりだけのせいじゃねえよ」と奏も言葉を重ねた。
「えと、奏?あかり…ちゃん?」
突然の謝罪に、どうしたの!?とさっきとは打って変わって幸尚が動揺する。
そんな3人の様子を眺めて「……こっちに来てほしくなかったのね」と塚野は嘆息した。
「来て、欲しくない…」
「そ。私たちはそれぞれに歪んだ性癖を持っていて、こうやってしか生きられない。でも幸尚君は違う。だから、あかりちゃんへの責めにどこか心を痛める優しい世界の住人のままでいて欲しかった」
「……そうなの?」
「…当たり前だろ。わざわざこんな歪んだ世界に…好きな人を引き摺り込みたいだなんて思わねえよ」
(ああ、そうだった)
奏が女の子と決して付き合おうとしなかったのはそれが理由だったと、以前塚野が話してくれたのを思い出す。
…こんな時なのに、奏がそこまで自分を大切に想ってくれていた事を感じて、ちょっと嬉しかったりする。
俯く奏と泣きじゃくるあかりに、しかし塚野は厳しい表情で「甘いわよ」と一喝した。
「これだけガチなプレイに巻き込んでおいて、幸尚君に何も知らなかった頃のノーマルな感性のままでいてもらおうだなんて、いくらなんでも虫が良すぎるわよ」
「う…それは……」
「あんた達はずっと幸尚君を守る立場だった。だけどもう幸尚君はあんた達に守られるだけの子供じゃない。幸尚君がこの半年間真剣に悩んで出した答えがこれよ、受け入れなさい」
「けど!!」
「奏」
静かに、そして穏やかな声色で幸尚が奏を呼ぶ。
…その表情は、これまで二人が見てきた幸尚よりもずっと大人びて見えた。
「……僕は、二人が幸せなのがいいんだ。確かに僕には二人のような性癖はないし、きっとこれからも理解できない」
「……おう、そうだろうな。俺もそれは分かってる」
「でも、あかりちゃんの本当に望む事をしてあげて、それで奏も幸せになって……それなら、僕にもできるって思ったんだ」
あかりの泣き声に、悲鳴に、心が痛まないわけではない。
けれどもそれをあかりが望むなら、自分はあかりの願いを叶える事を最優先する。
それが、奏の性癖を満たす…ずっと自分にはできないと諦めていた願いを叶える事にも繋がるから。
「僕には、二人が幸せなのが一番大事。それが僕の幸せでもあるから」
「でも……」
「…大丈夫。僕も、僕の『普通』は僕が決める。……だから、泣かないであかりちゃん」
「っ、尚…!」
「幸尚様、それは」
『普通って何だよ』
『それはお前が言っていいことじゃねえ、あかりが決めることだ!』
あの日、幸尚に投げかけた言葉が、今は自分に突き刺さる。
(……そうだった、俺たちが決めていいことじゃない)
自分の在り方を決められるのは、自分だけ。
それはあかりだけじゃない、幸尚だって同じなのに。
幸尚が好きで、大切すぎて、その想いゆえに幸尚が見えなくなっていた。
塚野の言う通りだ、もう幸尚は奏とあかりの後ろに隠れて泣いている子供じゃない。
「……無理は、すんなよ」
「うん、大丈夫。だって奏もあかりちゃんも僕の話を聞いてくれるから」
「…ありがとうございます、幸尚様……」
「ん、じゃああかりちゃんは頑張ろうね?…むしろ今のでちょっと落ち着いたから大丈夫そうに見えるけど」
「あ、うん。少し頭冷えた……かな」
じゃあ続けようと採寸をする3人を、塚野は背後から眺める。
(ああ、このタイプは…あかりちゃん次第だけど、化けるわね)
性癖を持つご主人様と、持たないご主人様。
きっとあかりはこれから、この上なく大切に、どこまでも丁寧に、二つの個性に堕とされて行く。
その未来は少なくとも3人にとっては明るいわねと、塚野は採寸結果のメモを片手に貞操帯注文用のサイトを開くのだった。
………
採寸を終えた日以降のあかりは、前にも増して必死だった。
『奏様、幸尚様』
『あかりの乳首とおまんこ弄ってください!!!』
『ちょ、あかりまだ真っ昼間だぞ!おい尚、今親いる?』
『今日は研究室の人たちと打ち上げだから、18時以降はいないよ』
『おけ、あかり18時まで我慢』
『はい』
『辛いよう……』
『時間が経たないよう…!』
『頑張れ』『後3時間だから』
『うう……』
今日も昼間から鳴るメッセージの着信音に「…また自爆したな、これ……」と奏はため息をつく。
あれ以来、あかりは暇さえあれば試行錯誤を繰り返していた。
部屋にこもって教えてもらった呼吸や力の入れ方を練習し、そのせいで余計に発情して二人に泣きついたり、やっぱりネットでも情報を仕入れては「乳首を洗濯バサミで挟んでみて!」と新たなる扉を開こうとして爆死したり…
時々方向性が迷子になりつつも、文字通り身体を張り続けている。
「ふっ、んふっ、あああ、触りたい、全然刺激届かない……!!」
今日も今日とて、塚野に教えてもらった仙骨に力を入れる練習をしていたらすっかり火がついて、股間の金具をカリカリする音とあまりの辛さに勝手に流れる涙が止まらない。
やっぱりリセットをお願いしようかと思いつつも、もうここまで来たら引いたら負けな気がして、結局毎日のように「今日こそは!」と臨んでは敗れて泣く日々を過ごしていた。
「……あかり、根性ありすぎだろ。いや、もう意地になってるのもあるけどさ」
「一時はどうなるかと思ったけど、むしろ意地になったおかげで最近少し気が紛れてる気がするけどね」
二人も早くあかりを楽にしたくて、ローションを使ったり新たな性感帯を開発したりと試行錯誤を繰り返しているが、どうも後一歩何かが足りないらしい。
ちなみにあまりに上手くいかないので、かくなる上はおもちゃに頼ろうかと塚野に相談したら
「強い刺激に慣れちゃうと感じにくくなるわよ?ああ言う激しいのはご褒美やお仕置きに取っておいて、快感によわよわな奴隷に育てた方が楽しいわよ」
…と実に説得力のあるお言葉を頂いたため、これは積極的に断念した。
「何だろうなあ…直接的な刺激はしてるし…女の子だからエロ本でオカズってのも」
「それがオカズになるなら、あかりちゃんは既に薄い本を持って来てると思う」
「だよなぁ……あ、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます、550円のお納めです」
大晦日から4日間、奏と幸尚は神社のアルバイトに来ていた。
それほど規模の大きい神社ではないが、参道に屋台も並んでいて随分と賑わっている。
今日も今日とて、二人社務所で並んで接客だ。
「にしても」
「ん?」
「……何でもない」
体格のいい幸尚に、袴はよく似合う。
子供の頃は3人揃って居合を習っていたから袴姿なんて見慣れたものだったが、そう言えば大きくなってから幸尚の和装を見るのは初めてかもしれない。
(…中身は泣き虫尚のままなのに……カッコいいとか、ずりぃわ)
キリッとした横顔に、ああ俺の恋人はいい男だなぁ、とつい見惚れてしまう。
今だって奏は女の子が好きだ。エロ動画だって女の子しか選ばないし、あかりの薄い本コレクションにも興味はない。
でも、幸尚は特別なのだ。
去年の今頃とは「ずっと一緒がいい」の意味がずいぶん違っている事に気づいて、ああもう俺、尚が好きすぎじゃん、と心の中で苦笑いする。
自分には大人になるまで縁がないと思っていた、この思い描いていたより遥かに暖かな感情を与えてくれた彼に…ダメだ、今無性にキスしたくて堪らない。
「そういやさ」
神前でこれはない、と邪な気持ちを振り払うために、参拝客が途切れた瞬間を狙って奏は幸尚に問いかけた。
「尚は、俺の何に惚れたの?」
「ほぇっ!?」
「いや、今更だけどさ。告白された時は…あかりの暴走が衝撃的すぎてそこまで話さなかったじゃん」
「ああ、確かに…あの時は頭真っ白だった…」
「だよなぁ。でさ、幸尚が幼馴染として大好きだったのは俺もあかりもだろ?なのに何でまた、男の俺だったんだろうなって思うんだよ。ほら、あかりには尚の大好きなおっぱいもあるし…ちょっと小さいけど」
「…それ、あかりちゃんに言ったらはっ倒されるよ?あかりちゃん結構気にしてるんだから」
きっかけは分からないんだ、と幸尚は前を見たまま…ほんのり頬を染めて話す。
確かに幸尚にとっては、あかりも奏も同じくらい大切で、大好きな幼馴染だった。
惚れるきっかけになりそうなイベントだけなら、奏にしてもあかりにしても数えきれないくらい発生している。
今と違って幼い頃は身体も同い年の子に比べて小さくて、さらに今も同じく引っ込み思案だった幸尚はいつも同級生からいじめられていて。
泣きじゃくる幸尚の前に颯爽と現れた二人のやることといえば、毎回奏がいじめっ子たちを口で言い負かし、キレて手を出してきた彼らをあかりがボッコボコにするパターンだった。
さらに言うなら、奏とあかりは本当に容赦がなかった。
…そう、いじめっ子たちのズボンを脱がせて水たまりの中に突っ込んだ時の奏の笑顔は、実にキラキラ輝いていた記憶がある。あれは今思えば奏の性癖の萌芽だった。
お陰で学校でも教師から一目置かれていた3人組は、あまりの呼び出しの多さに「今日は志方さんちが当番ね」と親たちがまさかの呼び出しローテまで組んで対応するほどで。
その後はいつも道場の隅で正座させられ、あかりの母に3人まとめて烈火の如く叱られる羽目になっていた。
(何で僕まで叱られるのか解せない)とは思っていたけれど、幸尚にとって二人はまさにヒーローだった。
強くて、かっこよくて、でも優しくて…自分にはないものをたくさん持っている、大好きな幼馴染。
それがいつの間にか、奏が気になって、目で追うようになっていて。
その対象があかりでなかったのは、あかりにはないものを、奏が持っていたからだろうか。
「……憧れ、だったのかもね」
しばらく考えて、ぽつりと幸尚が呟く。
「奏はさ、素直だから。素直に全部認めちゃえる。嬉しいも、悲しいも、怒ってるも……性癖だってさ、僕ずっと隠してたのかと思ってたけど…」
「隠してはねえな。単に話す機会がなかっただけだし、あの日ぶっちゃけてなくても早いうちにバレてたんじゃね?」
「……奏は…認めるのは、怖くなかったの?」
「怖い、かぁ…」
(ああ、尚は俺への気持ちを認めるのは怖かったんだ)
おずおずと尋ねる幸尚に、3年間の片思いは幸尚が自分の想いを認めるために必要だったのだと気づく。
一般的でない愛の観念が少しずつ受け入れられ、法的な同性婚が認められて20年以上になるとは言え、まだまだ偏見は根強い。
親世代に比べれば抵抗が少ないといっても、それは自分に降り掛からなければ、の話だろう。
受け入れられないと言う意味では、この難儀な性癖だって変わらない。
初めて自分の嗜虐嗜好を自覚した時は、奏だって衝撃を受けた。
…けれどもそれはそれだけのことで。
「確かにさ、誰かを管理して泣かせて気持ちよくなるなんて、受け入れられねえなって思う。でもさ、俺が受け入れようが拒絶しようが、俺が嗜虐嗜好の持ち主なのは変わんねーじゃん?だから、怖いも何も無かったかな」
「……多分、僕はそんな奏だから、好きになったんだ」
最初は認めたく無かった。
大切な幼馴染に、それも男に恋をしてしまうだなんて。
この気持ちがバレたら3人の関係は崩れてしまうと恐れて、3年間隠し続けてきた。
けれども想いは募るばかりで、しかも身体は健全なる男子だ。いつしかどんなオカズを見ても奏の姿と、声と重ねるようになって。
もう認めるしかない、そう覚悟してまずはこういう話に理解のありそうなあかりちゃんに聞いてもらおうとしたのが、全ての始まり。
あの時はあかりの行動に振り回されたし、そこからの怒涛の展開にはまだ戸惑いも残っているけれど、今では悪い選択肢では無かったなと思うのだ。
奏は強いね、と幸尚が呟く。
俺だけじゃねえよ、と奏は幸尚の方を向いた。
「尚だって強い」
「へっ」
「俺らの性癖を知ってから、尚がどれだけ真面目にそれに向き合ってきたか、俺らはよく知ってる。あかりを悦ばせる事で俺も幸せになるって気づいたからって、こちら側に足を踏み入れる事を躊躇わないなんてさ、なかなか出来ねぇと思うけどな」
「…だって、僕は奏もあかりちゃんも好きだもん……あ、その、好きの意味は違うけど」
「そこまで一途になれるのも十分強いって事だぞ」
ああもう、また惚れ直してしまう。
つい口にしかけた言葉はそっと奏の心の中にしまっておく。
ここでそんな事を言ったら、幸尚はもちろん、奏もバイトどころじゃなくなりそうで。
「…にしてもさ」
どうやら同じ気持ちだったのだろう、今度は幸尚が話題を逸らしてきた。
「あかりちゃんの事だけどさ……逝くのに何が足りないんだろう…」
「うーん…女の子は雰囲気も大事だとかオーナーは言ってたけど、雰囲気ってどんなのがいいんだ?シチュエーションボイスみたいな?」
「…あかりちゃんに、僕らが甘ったるい言葉を囁いて……興奮すると思う?」
「しない。爆笑されて終わる。何なら俺らも爆笑する」
「こほん…『あかり、こんなに濡らしちゃって……そんなに僕のことが欲しいの?かーわいい…』」
「ちょ、やめろ!!腹筋が攣るww」
まあそれは冗談としても、とそろそろ片付けを始めつつ「これまであかりちゃんが興奮したシーンを洗えば何か出てくるかも」と幸尚が言い出した。
「興奮したシーン……」
「えと、これまでのプレイで特に反応が良かったものとか」
「反応かぁ……オムツで自慰剥奪」
「それは使えない」
「使えねえな!…そういやピアスの時の反応も良かったよな。あの拘束台めちゃくちゃ気に入ってた」
「あれで興奮できるのすごいよね…僕、恐怖しかなかったのに…」
「………それだ」
「え」
着替え終わった奏が「スーパー寄るぞ」と自転車に乗る。
慌てて幸尚も後を追いかけ「ちょ、奏、何でスーパー!?」と尋ねれば、振り返った奏は楽しそうに口を開いた。
「……がっつり拘束、やってみねぇ?」
………
三が日が明け、街が少しずつ日常に戻る中、3人はいつものように幸尚の家に集まっていた。
「明日の夜まで、父さんと母さんは挨拶回りでいないから、好きに使えるよ」
「1ヶ月半ぶりだっけ、なんか久々だよなこの感じ」
「うん。あの…その、さ、奏」
「言いたいことはわかるが待て、あかりが先!」
「う、うん、それはもう」
こんな状況で先にとは言えないよ、と幸尚は目の前で貞操帯を着けたまま床に腰を擦り付け「奏様、幸尚様ぁ……はやくっ、触って下さいぃ…」と懇願するあかりを見やる。
「……1ヶ月半ぶりに、気にせず声を出せるとなりゃこうなるわな」
「だね。あかりちゃん、今日は両手拘束させてもらっていいかな?試したいことがあって」
「はいっ何でもやりますっ、だからお願い触って下さいっ!!」
「あかり、そんな軽々しく何でもしますなんて言っちゃダメだぞ?」
いいぞ、触るなよ?と命令されたあかりが、待ってましたとばかりに貞操帯を外す。
その前では、幸尚が買い物袋からゴソゴソと何かを取り出している。
それは見覚えのある、細い箱。
「……ラップ?」
「おう。前に何度かやっただろ?これであかりを巻ける限り巻く」
「っ……!」
「本当は革の拘束具でギチギチにやりてえけど、流石に高くて買えねえから、これで勘弁して……お、おう、問題はないと」
巻く。
その言葉だけであかりの息が一気に荒くなった。
(手首と足を固定するために巻かれただけでもすごかったのに…あれを、巻けるだけ……あぁ、涎が出ちゃう!)
袋から出てきたのは、ただの食品ラップだ。
一見プレイとは何の関係もなさそうなこの道具は、しかし何重にも巻けばかなりの拘束力と密着感をもたらす事を、あかりは以前の経験から思い知っている。
「ぁ……ぁは………ぁっ…」
「もう見ただけで堪らねえって顔だな。これで逝けるといいな、頑張れよ」
「巻いていくから、痛みとか痺れとかあったらすぐ教えてね」
「腕、後ろで肘持つように組んで。…無理はすんなよ、肩痛めるから」
「はひ……はぁ…んっ……」
その場に立ち後ろに組まれた手に、ぴとりとラップが当てられる。
そのままぐるぐると指先までしっかり覆うように巻かれた腕は、ただの棒になってしまったようだ。
「肩辛くない?」
「だい、じょうぶ…」
「本当はアームバインダーみたいに腕を伸ばしたまま巻いてみたいんだけどな、それやると俺にもたれにくくなるから…」
「あかりちゃん、息を軽く吐いて止めて……うん、もういいよ」
肘の上までしっかりと巻かれたラップのせいか、いつもよりバランスが取りにくい。
転げそうになる身体を幸尚が支え、奏がラップを当てた場所は腰だ。
そのまま胸の方に向かって、どんどんとラップの塊ができあがっていく。
乳首を避けて、先ほど固めた腕まで一緒に肩までぐるぐる巻きにされると、胸郭が圧迫されるのだろう自然と息が浅くなった。
はーっ、はーっと荒い息遣いに心臓の鼓動。
ぎゅっと巻かれれば音までアソコに近くなったみたいで、茹だった脳みそを揺さぶってくる。
「じゃ、座って…先に枷をつけるね」
「はぁっ…枷もつけるんですか……?」
「膝を折り畳むだけならラップだけでいいけど、足を閉じないようにしたいからな」
いつものようにM字開脚で固定され、足首をピンと伸ばした状態で、ラップが巻かれていく。
足首がピッタリと太ももにつくまで膝を曲げられ、末端からグルグルと何重にも巻かれれば、もはや足が短い棒状の塊になったような錯覚に陥る。
もう片方の足も丁寧に巻かれれば「これでよし」と奏がそっと手を離した。
途端に自分で支えられない身体はコロンと床に転がってしまう。
「どうだ?自分で起き上がることも、寝返りも打てないだろ」
「っ……ぁ………!!」
(あ…これ、すごい……動けなくて、熱い……!)
枷で動きを封じられるのとは全く違う。
敢えて拘束されたところを動かして、鎖の擦れる音を、動きを阻まれる感覚を楽しむ遊びすらない。
芋虫のように転がり、許された機能は、大切なところを弄られ、しかしそれを逃すことすら許されず全て受け止め昂り続ける事だけ。
ヒトではない、奴隷ですらない、モノに近づく……
(あ………)
それに気づいた途端、全身にゾワッと何かが走る。
得体の知れない甘い毒に侵される。
「顔は危ないからやらねえぞ。…あーこれエロいわ、乳首と股間だけ触って下さいって露出させてるのいいな」
「あかりちゃん、息苦しくない?」
「はっ…はっ………きもち、いぃ……動けない…!」
「大丈夫そうだな、じゃ、始めるぞ」
あかりの様子がいつもと違う事に二人は気づいていた。
どうやらラップ拘束は随分お気に召したようだ。
(これなら、いけるかも)
二人は顔を見合わせ頷き、その手を露わになった乳首に、股間に伸ばした。
痛いほど勃ち上がった乳首に、真っ赤に腫れ上がり震える女芯に指を這わせる。
途端に上がる、高い声。
「んひいぃっ…!?」
目を見開き思わず漏れる喘ぎ声は、久しぶりに階下を気にしなくていい安堵感から出たものだけでは無さそうだ。
(なに、これ……!?)
感じたこともない、衝撃に似た快楽にあかりが目を白黒させる。
いつもならじんわり伝わってくるあかりを支える奏の熱が、下腹部に添えられた幸尚の掌の暖かさが、今日は分厚い膜に覆われて届かない。
二人の熱に慣れた身体は、刺激に飢えた心は、何とかしてその熱を感じようとして……許されたわずかな、しかし最も敏感な場所を更に鋭敏にする。
「んあっ、あっ…ぁああ………はっ…」
カリカリと、すりすりと…二人の指が優しく一定のリズムを刻む。
頭がおかしくなりそうな快感を逃したくても、いつものように足を床につけて踏ん張る事ができない。
溜まる。
全てが溜まり続ける。
股間が、お尻の上の方が、ジンジンして、熱くて……
(あ……)
繋がる。
波が、拾える。
これは、来る。
待ち望んでいた、熱の弾ける瞬間が、もうそこに…!
「んああっ!!はぁっ、はっ、いぐ、これ、いぐっああっ、いぐううぅぅっ!!!」
「…おう、ほら」
「うん、そのまま」
「「イケ」」
二人の命令と共に、止めとばかりに乳首をキュッとつねられ、肉芽をさする指を早くされて
「あ……い、く…いぐ………!!」
あかりの意識は、真っ白な世界に溶けていった。
………
とおくで こえが きこえる
「ちょ、そんながっつかなくたってまだ時間はあるってんあああっ!!」
「はあぁ…奏、奏っ……奏の匂いだ…乳首、ちょっと大きくなったね……夏にはさ、服から透けるくらいになるんじゃないかな…んっ……」
「誰のっ、せいだよっ!!くっそそんな舐め方すんなっ、頭溶けるぅ…!」
「いいよ、ずっと溶けてて…僕、今日は手加減できないから、ねっ…」
「いやお前に手加減って言葉がんむっ」
「…もう、集中して、奏」
「……あ、れ…私…?」
気がつけばあかりはクッションにもたせられていた。
身体のだるさはあるものの、あの狂おしいほどの熱情はすっかり霧散している。
「はぁ、凄かった……辛かったけど、この開放感…癖になりそう…」
ギチギチに固められていたはずの手足は既に解かれていて、股間にはしっかりと貞操帯が装着されている。
べたつきもないから、きっと二人があかりの身体も貞操帯も綺麗に清めてくれたのだろう。
身体はともかく、貞操帯を洗われるのはどうにも慣れない。いくらご主人様とはいえ、こんな汚れたものに触れさせることは抵抗があって、けれども春にはこれを洗う権利すら剥奪されるのだから頑張って慣れないとなと独りごちつつ、ベッドを軋ませる二人を眺める。
「うん、まあ、そうなるよね……」
いつも穏やかな幸尚の目は完全に座っていて「奏、今日は乳首で逝こうね?」と執拗に小さな胸の飾りをいじり倒している。
その中心はくたりとしていて、どうやらあかりが飛んでいる間にガッツリ搾り取られたのだろう、跳ねる身体に合わせてプルプルと揺れていた。
幸尚の両親が自宅に帰ってきてから1ヶ月半あまり。
図らずも3週間以上寸止め調教状態となったあかりと同じく、奏とのまぐわいは週に1回あるかないか、それも奏がトんで大声を出さないようにあっさりとした交わりしか許されなかった幸尚も既に限界を迎えていた。
いや、あかりどころの騒ぎではないかもしれない。
何たってこの二人、付き合い始めてからほぼ毎日のように体を重ね、3回戦は最低保障とばかりに奏を抱き潰しては事後床で土下座までがお約束。
休日ともなればあかりの調教で激った欲望を全力で叩き込んだ結果、次の日はしょんぼりしながら、しかしどこか嬉しそうに奏を介護する、まさに爛れた日々を送っていたのだから。
もちろん幸尚も一人で(二人でやる時余計にやりたくなるらしい)慰めてはいたが、そんなものでこの性欲大魔王が治まるわけもない。
かくしてあかりは、自分も斜め方向に暴走しながら「奏とえっちしたい…」とさめざめ泣く幸尚を宥め、無自覚な発言ですぐに幸尚を煽ってしまう奏のフォローに明け暮れる羽目になっていた。
「ひっ、なん、これっゾワゾワする、頭へんになるぅぅ!!」
「うん、奏は乳首で逝っちゃうオンナノコになろうね」
「あひいぃぃ…っ……!!」
なので、ある意味この幸尚の暴走は想定内である。
(あ、奏ちゃん乳首にイキ癖つけられてる)とまだ回らない頭でぼんやり眺めていたら、ようやくあかりが起きたのに気がついたのだろう、幸尚が「あかりちゃん」と呼びかけた。
「身体、大丈夫?」
「うん。まだなんかフワフワしてるけど」
「そっか、ゆっくり休んでて…その、僕」
「…もう突き抜けちゃって、明日土下座して奏ちゃんの介護すればいいと思うの」
「う、うん、そうだよね!」
「ちょ、あかりなんてことを…尚もそうだよねってんあああっ!!」
「はいはい、奏はおちんちんの中トントンしようねぇ」
その言葉で、あかりはベッドサイドに置かれたグッズの山に、見慣れないものがあるのに気づく。
数珠繋ぎの金属ブジーは新兵器に違いない。何やら電極らしきものもある。あれはあかりの薄い本の知識には無いやつだ。
思ったよりお年玉が多かったんだ、とホクホク顔だった幸尚だが、つまり貞操帯の代金に充填した残りは……ああ、うん、愛されてる証拠だよね、とあかりは無理やり納得することにした。
身体が動くようになったら、痔の薬と湿布を買ってこないと。
(でも、いいなあ)
「お前ら覚えておけよおぉぉ……」と悪態を吐きながらも、幸尚を見る奏の瞳は情熱的で。
ああ、二人のセックスは素敵だなとしみじみ思うのだ。
(どんな感じなんだろう、恋をして、好きな人と交わるって)
クラスの友達と話せば恋愛話になるのはいつもの事で、あかりも何となく話を合わせるけれど、何でそんなに夢中になれるのかあかりにはさっぱり分からない。
そんなことを口にしようものなら「あかりはまだまだお子様だね」「あかりも誰かと付き合ったら分かるって」とまるで恋愛をしていないことがおかしいかのように返される。
前は「恋愛なんてまだ早い」と言っていた母ですら、最近は「あかりは好きな人はいないの?」なんて聞いてきて、ああ私はこれも『普通』から外れるのかと少し悲しくなったのだ。
奏や幸尚は、そんなあかりにも奇異の目を向けない。
「あかりはあかりだから」そう言ってくれる二人が大好きだ。
…そして、きっと自分はこの大好きよりも熱烈らしい「恋」をすることはないんだろうなと朧げながらに感じている。
(……ずっと、一緒にいたいな)
大人になっても3人でこうやって過ごせれば、どれだけ楽しいだろう。
けれど、大人になればずっと一緒にはいられない。
こうやって毎日つるんでいられる生活も、もう1年ちょっとで終わってしまう。
(……せめて、同じ大学に行きたい、けど)
貞操帯は定期的にメンテナンスが必要だが、それはあかりが同じ大学に進学しなくても可能だとは奏に言われている。
離れるとは言え電車で1時間の距離だ。貞操帯だって1年も着けていればある程度生活に慣れるだろうし、都合をつけて週に1回会ってプレイをするだけならそう難しくない。
ランクを下げて、下宿の必要な大学に通うことを母は許さないだろう。
自宅から通える大学があるのに、わざわざ危険な一人暮らしなんてしなくていい。それがあかりの両親の総意だった。
そんなものかと、今までのあかりなら多少の疑問は横に置いて母の示す『普通』に従っただろう。
けれども。
『僕の普通は、僕が決めるから』
あの日の幸尚の言葉が、頭をよぎる。
どこか晴れ晴れとしたその笑顔も。
ずっと、3人でいたい。
けれども、そこに立ちはだかる壁は、あかりにとってはとてつもなく高い。
(私の普通も…私が決めて、いいって二人は言うけど…やっぱり怖いよ、奏ちゃん、尚くん…)
未だ『普通』に囚われたあかりの霧が晴れるには、もう少し時間が必要そうである。
………
「……お前な…俺の残りの冬休みを返しやがれ…」
「うう、ごめん奏……ほ、ほら、お昼は煮込みうどんだよ、あーん」
「ったく、お前ら二人してツヤッツヤじゃねえか…あーん……うまい…」
「あはは、何だか身体の調子も良いんだよねえ」
「そうかそうか、なら今度は1ヶ月の寸止めをやるか?試験も当分ないしなあ?」
「ごめんなさい調子乗りました」
「正直でよろしい」
結局、と言うか案の定というか、奏はそのまま冬休み最終日まで熱を出して寝込む羽目になる。
「年末年始で暴飲暴食夜更かしに慣れないバイトまで詰め込めば、そりゃ疲れもするわ」と奏の両親は実に好意的な診断を下してくれ、毎日つきっきりで看病する幸尚とあかりにも「ほんとあんた達は仲良しよねえ」「この際あかりちゃんでも幸尚君でもいいから、奏の嫁に来てくれないかなあ」なんて言い出す始末だ。
「この場合、お嫁さんは奏ちゃんの方だけどね…」
「うっせ。てかあれ半分本気で言ってやがるな。何だよ兄貴が彼氏連れてきた時は取っ組み合いの喧嘩してたのに」
「え、秀兄ちゃんって」
「ああゲイなんだよ、兄貴。結局親父が折れて結婚したの。…ま、だからうちの親は尚と結婚するのを反対はしねえぜ。前例があるし」
「は、はわわわ、結婚……」
「しねえの?」
「する」
「食い気味に即答だね尚くん」
「う、でもっ、するけどっ、こういうのはちゃんと順序を踏んでからだからっ!!」
「はいはい、尚は性欲が絡まなければ真面目だなほんと」
「うう……ごめんってばぁ…」
それはそうとして、あかりはもう大丈夫なのか?と掠れた声で奏があかりを気遣う。
もう見ての通りだよ!とあかりはそんな奏に嬉しそうに報告するのだ。
「時々無性に触りたくはなるけど、大丈夫。また奏ちゃんが元気になったら…おねだりしたいな、とは思ってるけど」
「おう、元気になったらな。春まではいくらおねだりしても構わねえから」
「ただ、あかりちゃんが次も逝けるといいんだけど…」
「あー……うん、でも何となく気持ちいい波に乗るの分かったし、何とかなるよ、ね!」
「何とかならなくて泣くのはあかりだしな」
「ひどいぃ…」
幸尚の心配は杞憂に終わる。
相変わらず毎日のようにおねだりするあかりだったが、最初の頃は3-4回に1回だった成功率も、春が近づくに連れほぼ毎回絶頂させてもらえるようになっていた。
幸尚もだんだん慣れてきたようで、今ではクリトリスとアナルを同時に愛撫してもあかりに痛いと泣かれなくなった。
…残念ながら奏と場所を交代した途端に「ふかふかおっぱい……」と暴走して奏が犠牲になるのは相変わらずであったが、とにかくあかりはおねだりさえすればほぼ毎回気持ちよくスッキリできる。
あれほど辛かった夜のおむつ装着も、ちょっともこもこするのが気になるくらいで、むしろ冬には暖かくていいかも、なんて余裕をかませるくらいだ。
…そうしてまた、貞操帯(仮)は少しの物足りなさと名残惜しさを感じさせる、ただの下着の役目に戻っていく。
喉元過ぎれば暑さを忘れるとはよく言ったものである。
ただし
『3人ともお待たせ、貞操帯を受け取ったから都合がいい時に取りに来て』
その忘却は、塚野からメッセージが届くまでの束の間の休息に過ぎないのだけど。
そしてその事に気づくのは、きっと全てが終わってから。
風が温む日が、少しずつ増えていく。
ー3人にとって節目の春が、もうそこまで来ていた。
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