サンコイチ

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 あかりの1日は、鏡の前から始まる。

 トイレを済ませて部屋に戻り、鏡の前に立つ。
 意外と貞操帯(仮)は装着も簡単で、1週間経った今では下着と変わらない感覚で着けられるようになった。

「ん……もうちょっと、ウエストが緩いといいんだけどな…………」

 カチリ、と鳴る南京錠のロック音も慣れてしまったのはちょっと惜しいなと、最初の夜の施錠で腰を抜かした時を思い起こす。

 ……ああ、あんまり考えたらすぐにお股がびしょびしょになってしまう。

「あかりー、幸尚君来てるわよ」
「はーい、今行く!」

 ほんの少しだけ、動作には気を使う。
 特に座るときはそーっと座らないと金属の当たる音が出てしまうし、その衝撃は割と痛いから。

 玄関のドアを開けると、コートを羽織りお手製のマフラーを巻いた幸尚がぬぼっと立っていた。
 子供の頃は一番小さかったのに今や学年で一番デカくて、なのに未だにどこか守ってあげたくなる雰囲気を醸し出している幸尚の事をあかりは密かに『ギャップ萌えの塊』と心の中で呼んでいる。
 これで攻めとか、もう腐女子目線が朝から捗りすぎる。

「おはよう、尚くん」
「おはようあかりちゃん、奏寝坊したからちょっと待っててって。あとそうだこれ」

 奏の家の前で、幸尚がポーチを渡す。
 ファスナーを開けるとその中には栄養ドリンクくらいの大きさの柔らかいボトルが入っていた。

「これ、母さんおすすめの携帯ウォッシュレット。蓋を開けて水を入れて、蓋のところのノズルを伸ばして握ればいいよって」
「わ、ありがとう!!……でも何か怪しまれなかった?」
「ううん、あかりちゃんが学校でもウォッシュレット使えたらいいのにって言ってたけど良いもの知らない?って聞いたらさ、いそいそと用意してくれたよ。ただその、何か勘違いしたみたいでさ……『幸尚にもやっと春がきたのかねえ』とか何とか」
「あはは……それ、おばさん絶対勘違いしてる…………春は来てるけど方向が……」
「流石に内緒だからね!!うちの親、そんなに偏見がある方じゃないとは思うけど…………今の関係が崩れるのはやだから」
「もちろん。私の秘密だって3人だけの内緒にしてるんだし、一緒だよ、ね!」

 そうこうしてるとバタンと音がして、奏が家から飛び出てくる。
 こちらはベンチコートに、幸尚とお揃いのマフラーだ。急いで支度をしたのか、柔らかい癖毛が鳥の巣のように荒れている。
 ちなみにあかりのマフラーも色違いだが幸尚のお手製である。きっとクリスマスには今年も3人お揃いのセーターをプレゼントしてくれるはずだ。

「わりぃ遅くなった!遅刻しねえ?」
「おはよう奏、早歩きすれば大丈夫だけど頭が爆発してるのはどうするの……」
「学校着いたら水被りゃいいって」
「聞くだけで凍えそうだよそれ」

 急ぎ足で学校に向かいながら「奏ちゃん、これ」とあかりは鍵を渡す。

 陽の光を浴びてキラリと光るそれは、あかりの股間を覆う装具の鍵だ。

 あかりは毎朝、登校時に貞操帯の鍵を奏に渡す。
 そして下校時に鍵を返してもらい、帰宅後すぐに開錠する生活を送っている。
 お風呂に入りながら貞操帯も洗浄して、きちんと水気を取って一晩部屋で乾かすのだ。

「奏、あかりちゃんに携帯ウォッシュレット渡したから」
「お、良かったなあかり。これで学校のトイレも快適になるかな」
「なると思う、やっぱりトイレットペーパーだけじゃ何となく臭いが気になって……これ、ちゃんとしたやつをつけたら洗浄は二人がするんだよね?…………なんか、こんな汚れたものを洗わせるって悪いなぁって……」
「大丈夫だって、それが俺らの役目だろ?ま、洗うたびにあかりが恥ずかしそうにするのは股間にくるだろうなぁ……」
「奏、ここで盛り上がったら困るんじゃない?もう校門見えてる」
「あ、やべ」

 早く行こうと3人は駆け足になる。
 その動きを貞操帯は全く妨げない。

 意識をすれば、そこに細いベルトと大切なところを覆う金属を感じることができる。
 だが、それだけだ。
 ベルトが細いことと厚手の服を着る季節のお陰で、外から装着している事は全くわからない。
 体育の着替えの時だって下着を晒す事はないから、パンツの下に貞操帯が隠れているなんて誰も気づかないだろう。

 締め付けのせいかお昼ご飯の量だけは減ったが、その分朝晩はしっかり食べるようになった。
 時々擦れたような傷はできるけれど、今のところ奏と幸尚の手当てで問題は起きていない。

 そして、望んだ効果も上々だった。

「…………あ」
「ん?……また触ろうとしてた?」
「うん。……なかなか治らないね…………」
「でも先週よりマシじゃね?」

 休み時間におしゃべりしながら無意識に股間に伸びた手は、しかし硬い感触に阻まれ行為の発露をあかりに知らせる。
 最初の2-3日はまさに一日中手が当たっては気づくの繰り返しで「まさかこんなに触っていたなんて」「よく周りに気づかれなかったな……」と3人で落ち込んでいたが、1週間も経つ頃には少しずつその頻度は減っていく。

「凄いね、まさか貞操帯をつけただけで触る回数を減らせるなんて」
「ま、回数だけならつけてる間はゼロだもんな。あかり、つけてる間ムラムラして集中できないとか、ボーッとするとかねえか?」
「うん、特にないかな……ただの下着だね、今のところは」
「なら良かった。来週から期末試験だし、それが終わるまではこのまま無事に過ごせそうだな……」
「ちょ、奏ちゃんの言い方がめちゃくちゃ不穏なんだけど…………」
「でもあかり、今のままじゃ物足りないって顔してるじゃん」
「ぐぅ、バレてる」

 そう、快適だが物足りない。
 もっとこう、妄想していたみたいな狂おしい感覚が欲しいな、なんてふとした時に思ってしまう。

 …………近い将来、もっとこの快適さを堪能しておけば良かったなとしみじみ思う事になるとは、この時のあかりには想像もつかなかった。


 …………


 幸尚の家に集まって、ご飯を食べて、一緒に試験勉強をして家に帰る。
 貞操帯をつける前と、何も変わらない試験前の風景だ。

 カチリ、と南京錠の鍵を回せば、あっけなくあかりの股間は解放される。

「うーん…………ウォッシュレットを使えばだいぶマシだけど、やっぱりおしっこの臭いが気になる……」

 むわっと漂う臭いに顔を顰めながらも、そのまま風呂場に持ち込んで丁寧に洗う。
 やはり市販品で少しサイズがキツめのせいか、ウエストには痕が残ってしまう。と言っても一晩で消えてしまうし、あくまで繋ぎとして使う分には問題なさそうだ。

 明日の準備を終わらせて、ベッドに横になる。
 もう寝るだけになれば、昼間の反動か劣情を抱いたままの身体は刺激を求めてしまう。

「はぁ…………生理、近いかな……いつもよりむずむずする…………」

 試験前は自慰も絶頂もフリー、それは今も変わらない。
 生理中はあかりのストレスを考え、貞操帯を着けない。
 ちゃんとした貞操帯を装着するまではこのままのルールで行くと3人で決めている。

「んっ……冷たっ…………」

 仰向けになり、ベッドサイドのチェストから取り出した潤滑剤を割れ目に垂らした。
 ピアスをつけてからは正直愛液の量が増えたから要らない気もするのだが、なんとなく癖で使ってしまう。
 そうして人差し指でトントンとピアスに軽い振動を与えれば、途端に快楽が背中を駆け抜けていく。

「はぁっ……んっ…………」

 左手は乳首をカリカリと引っ掻いている。
 それだけで腰がじわんとして、お腹にきゅぅっと力が入ってしまう。

「ぁ…………はぁ………………」

 お尻には細身のバイブが入っていて、どこか力が抜けるような不思議な、けれど病みつきになる快感を頭に送り込んでくるのだ。

 自慰を覚えてからずっと、あかりのやり方はこうだった。強いて言うなら最初はお尻に手を出してなかったくらいか。

 けれどあの日から、一つだけ変わったことがある。

「ふぅっ…………この、へん……あ、なんか、いい………………」

 するり、と自らの滑りを借りて滑り込むのは右手の中指。
 ほんの1週間前まで怖くて見ることすらできなかった蜜壺の中、教えてもらった『イイトコロ』は、日を追うにつれはっきりした快楽を生み出すようになっていた。

 部屋に水音が響く。
 その粘ついた音に、自分の淫乱さを見せつけられているようで……ああ、堪らない。

「んうっ、もっと…………もっ、と…………」

 頭がぼんやりする。
 まだクリトリス以外では絶頂できないから、たくさん気持ちいいを貯めたらピンと足を伸ばして、少し強めにピアスを弾く。
 途端にぶわわわっと快感が背中から頭に駆け上り

「……っあっいくうぅっ……!!んあっ、あぁっ!」

 ビクン!!と体が大きく跳ねる。
 頭の中で快感が弾けて真っ白になって……少しだけ、余韻に浸るのだ。

「ぁ…………はっ…………はぁぁっ…………はふ……」

 自分で触れて絶頂するのは2回が限度だ。
 あかりは1回目よりも緩く達して、心地よい疲労に包まれながらトイレで股間を洗い、そのまま穏やかな気持ちで眠りにつく。

 貞操帯(仮)を着けるようになってから、一人遊びの満足度は格段に上がった。
 やはり日中は一切触らないというのがいいのだろう。適度に渇望を身体に溜め込み、1日の終わりにパッと発散してスッキリするこの生活をあかりは堪能していた。

(まだお試しだけど、いいな、貞操帯って)

 こうして、少しずつあかりの心の中で貞操帯が日常に組み込まれていく。

 けれどあかりは、気づいていない。
 まだ、貞操帯はその本当の目的を一ミリも果たしていない事に。

 ……その目的を知った時には、もう引き返せないのだけれど。


 …………


「あー終わったぁ!!今回難しかったー」
「理系は難しかったんだってな、文系は中間より簡単だった」
「いいなあ、僕今回の物理は自信がないよ……」

 期末試験も終わって、冬休みまで後10日の夜。
 あかりと奏は久しぶりに幸尚の家に泊まりにきていた。

「あかりちゃんも奏君も変わらないねえ!ほら、どんどん食べなさい」
「おじさんこれ何?ちょっと辛いけどめっちゃ美味い」
「それはコシャリだよ。エジプトの料理でね、おじさんも向こうじゃ毎日のように食べていたんだ」

 珍しい異国の料理に舌鼓を打ち、話題は旅の話から進路のことへと移っていく。
 3人とも志望大学は同じで、ここから電車で1時間の街にある総合大学だ。特に難関というわけでもないから、3人の成績ならこのまま行けば問題なく合格できるだろう。

 ただ、一つ大きな問題がある。
 実はあかりは、まだこの大学が第一志望である事を親に伝えられていない。

 両親には、早い段階から自宅から通える大学を選ぶように言われていて、今は条件を満たした大学を第一志望に書いている。
 奏達の志望大学も家から通えなくはないため一応第二志望という形にしているが、母親からすれば「第一志望の大学はネームバリューもあるし、あかりの成績なら合格圏内なのだから他を考える必要はないでしょ」と見向きもしないそうだ。

 紫乃さんの説得か、そりゃ大変だと話を聞いた奏の父も嘆息する。

「紫乃さんはずっと苦労されてたからなあ。あかりちゃんには立派な学歴と資格をつけて、幸せになってもらいたいんだろう」
「そんな、今の時代に学歴とかカンケーねえだろ?おじさん達だって大学は俺らの志望校じゃん」
「まあそうだね、僕たちの分野はそこまで学閥も酷くないし、突き抜けてしまえば出身大学なんてどこでもいいんだよ。とはいえ、紫乃さんにそれを言ったところで説得は無理だろうね」
「ぬう……」

 どうしても難しいなら僕たちも説得に協力すると、幸尚の両親はあかりに手を差し伸べる。
 けれども、まずはあかりちゃんがちゃんとお母さんに言わなきゃいけないよ、とも。

 あかりが母の意に沿って生きてきたことを、幸尚の両親は知っている。だけど、あかりはもう母のものではない、あかりの人生を生きる時なのだと分かっていても、人の家庭事情にそこまで口出しは難しい。
 まして紫乃が高校卒業後駆け落ち同然で結婚し、どれだけ苦労したかを間近で見てきただけに、家族ぐるみの付き合いがあってもおいそれと言い出せるものではないのだ。

 ここであかりが頑張れなければ、どちらにしても母との関係で苦労することになるだろう。

「それはそうと、学部はどうするんだい?幸尚は建築学部だと聞いたけど」
「学部はバラバラだよね。あかりちゃんは情報工学部、奏は経営学部」
「へっ、奏君は医学部じゃないんだ」

 てっきり兄姉と同じ道を選ぶと思っていたのだろう、幸尚の両親に尋ねられると「うちは兄貴と姉貴が継ぐから好きにして良いって」と奏はコシャリを頬張りながら話す。
 よほど気に入ったのだろう、これは母に作り方を聞かねばと隣で幸尚はそっと心にメモを取った。

「俺、大学卒業したらおじさんの店を継ぐんだ。おじさん独身だし、それもあって今からバイトしてんの」
「へえ、だから経営学部なのね。あかりちゃんはIT系?」
「うん。エンジニアになれば、在宅でも仕事ができるって聞いたから」
「ああそれはいいね、女性はどうしても外で働きにくい時期があるから」

 ご馳走様、と手を合わせて立ち上がれば「お風呂沸かしてあるから好きに入りなさいね」と母が幸尚にみかんを持たせながら言う。
 もはや夕食後のデザートは必須らしい。

「今日はお泊まりでしょ?あかりちゃんはいつもの部屋使ってね」
「はーい、ありがとうおばさん」

 そうして3人は代わりばんこに風呂に入り、幸尚の部屋で向かい合って座った。
 貞操帯はいつも通り外されて部屋の隅に置かれていて、いつもの夜のお楽しみを覚えた身体は、まだかまだかと渇望を訴えている。

 だが、部屋の空気は、少しだけひりついていて。

「…………じゃ、これからの話をするぞ」
「……はい、奏様、幸尚様」

 試験が終われば、許可のない自慰と絶頂は禁止、それはいつもの事だ。
 ただ今回は、春からの貞操帯管理に向けて今から少しずつ慣らしていこうと言う話になっているから、きっとそれだけでは終わらない。

 冷えるしプレイに入るまではそのままでと指示されたあかりは、パジャマを着たまま不安とそれを上回る期待を胸に、二人の言葉を待つのだ。


 …………


「許可のない自慰と絶頂は禁止だけど、さらにルールを足したい」

 どうしてもダメならダメって言えよと念押しした奏の口から出た最初の提案は、意外と厳しいものではなかった。

「ひとつ、あかりは今後俺たちの前でのみ自慰を許可する」
「…………それは今までと同じ……?」
「いや、試験前のリセット期間は俺らのいないところでやってただろ?今後はいつでも俺らの前でしか自慰はできない」

 それは問題ない、とあかりが頷く。
 今までだって散々自慰するところは見られているのだから、今更な気さえする。

 それを口にすれば「これだけなら、な」と奏がニヤリと口の端を上げた。

「ふたつ、自慰であかりが触って良いのは膣だけだ」
「………………え」
「あかりちゃん、一人でするときにこっちも触ってるよね」
「……何で、バレてるん…………ですか…………?」
「いやだって、初めて触った日におしまいって言ったらめちゃくちゃ物足りない顔してたじゃん」
「あかりちゃんの性格なら、絶対一人で弄ってるだろうなって。だから、そこは触っていいよ」
「俺らが触れない所だしな。ただしそれ以外を触る権利は、あかりにはもう無い」
「………………!!」

(あ、一つ剥奪された………………)

 背中に冷や汗が伝う。
 確かにこの1週間で膣の中も気持ちよくはなれるようになったけど、ここだけじゃあかりの渇きは決して満たせないのに。

 そんな不安そうな表情をするあかりに「心配すんな」と奏はルールの続きを口にした。

「みっつ、あかりは気持ちよくなりたくなったら俺たちに触ってくれとおねだりすること」
「!!」
「あ、自分で慰める時も許可をとってね。勝手に触っちゃダメだよ」

(…………握られる)

 自分の身体なのに、これからは自由に慰めることは許されない。
 万年発情している淫乱な身体を慰めてくれと、はしたなく蜜をこぼす穴を掻き回させてくれと懇願し、二人の手に委ねなければならないなんて。

 それに気づいた瞬間「ぁ…………」と思わず濡れた声が漏れる。
 それは不安でも絶望でもなく、泥のようにこの身体にまとわりつく歪みが満たされることへの、期待と歓喜の発露。

「……その顔は合意と取って良さそうだな」
「ぁは…………はいぃ……」
「僕たちさ、女の子を愛撫なんてしたことないから……あ、こないだのおっぱいはノーカンだよ?だから、どうやって触ったら気持ちいいか、全部あかりちゃんが教えてね」
「俺らも慣れなきゃいけねえから、春まではあかりがおねだりしたら必ず触ってやるよ。たださ」
「…………ただ?」
「……絶頂させられるかは、俺らの腕とあかりの説明次第になるけどな」



 ドクン



(ああ……これ、は……)

 ご主人様が意図的に、ではないけれど……それは実質、自由な絶頂を得る権利の剥奪で。

 これは新たな沼への一歩だ、そうあかりは直感する。
 ここでルールを飲めば、次に待つのは恐らく完全な自慰管理、絶頂管理だ。
 そしてその日は、決して遠くない。第一それを叶える貞操帯という檻を、自分は望んで着けているのだから。

 ずっと焦がれ続けた妄想が、現実に、なる。

(これ……ゾクゾクする…………怖いのに、興奮する……っ!)

 分かっていても……否、分かっているから、頷くしかない。
 逃げられない……否、逃げたく、ない。

「……めちゃくちゃ唆る顔してるぜ、あかり。そんなに俺らに管理されるのが嬉しいか?」
「はいぃ…………もう、自分で……気持ちよくなれないのぉ……」

 目を潤ませ上気した顔であかりは二人を見上げる。
「すっかり奴隷モードになっちゃってるね」と苦笑する幸尚が頭を撫でれば、それだけで嬉しくて。

「……奏様、幸尚様…………」

 身体が、熱い。
 額を擦り付ける床の冷たさが気持ちいい。

「…………どうか、変態奴隷のあかりを、気持ちよくしてください…………」
「いきなり来たな、逝けなくても満足しろよ?」
「はい、満足するから……触ってください……!」

 こうしてまた一つ、『普通』を奪われるのだ。


 …………


「奏様、その……重く、ない…………?」
「あのなあかり、俺だって一応男だからな。あかりがもたれるくらい何ともねーよ、ほら力抜け」
「う、うん……じゃ、失礼します……」

 首輪をつけ、左手は後ろに回され手首と首を鎖で繋がれる。
 右手は蜜壺を存分に弄れるようフリーだが、手枷から伸びる鎖は奏の手に握られていて、万が一他のところを触ろうとすれば制することができるように戒められていた。

 奏の胸に背中を預け、股の間には幸尚が陣取る。
 手袋で覆われた奏と幸尚の手は、いつのまにか男らしくゴツゴツした大人の手になっていたことにあかりは今更気づくのだ。

(あの手で、お尻を穿られたら…………)

 早くこの渇望を癒して欲しいと訴える頭は、もう気持ちいいことしか考えられない、考えたくない。

「……はぁっ、あかりちゃんのえっちな匂い……クラクラする……」
「おい待て尚、触る前から暴走すんなよ!尚が『おっぱい触ったらすぐ奏を襲っちゃうよ?』なんて言うから股間側担当にしたんだからな!!」
「う、うん…………頑張る……何でこんなにあかりちゃんの匂いは興奮するんだろうね……」
「俺ら男だしな、メスの匂いには素直に反応するんじゃね?それがあかりを襲う方向にならないだけで」

 ベッドサイドに置かれた、奏のスマホのタイマーは残り59分と表示されている。
 あかりが満足しようがしまいが、触るのは1時間と決めている。時間を区切らないと、幸尚が暴走する未来しか見えなかったからだ。
 いくらあかりの性欲を二人で管理するとは言え、そう毎度毎度暴走して中途半端に放り出されてはあかりもたまったものではないだろう。

「あと、声は控えめ。いいな?」
「っ、はい…………」
「じゃ、触り方教えて」
「ふぅっ、はい…………乳首、上下に摘んで…………ん、ちょっと痛い……」
「あ、すまん。そっか、男の乳首よりずっと敏感なんだな……こんな感じ?腰が跳ねた」
「んひぃ…………はい、っ……頭、溶けちゃう……!あ、あのっ、両方一緒に…………んあぁ…………」
「そうそう、両方一緒だと一気に良くなるよな」

 くりくりと両方の乳首を摘まれ、転がされる。
 中心を貫いたピアスが中から良いところを押し潰し、奏から与えられる熱も相まってあかりの脳をドロドロに溶かしていく。

「はぁっ…………ぁあ………………あへぇ……」
「あかり、口開いたままになってら。なあ、ご主人様に触ってもらってるんだからちゃんと報告な?」
「いぎっ……!!あ、あぁ、んはっぎもぢいいですうぅ…………乳首コネコネありがとうございますぅ……はぁ……んっ…………」
「そうそう、感謝は大事だな」

 はぁっ、と奏の熱い吐息が首筋にかかる。
 腰に触れる硬さは、ご主人様が興奮している証。

(ああ……こんな情けない姿で…………奏様が興奮してくださる…………)

 熱い。
 一人で慰めるのとは全く違う熱量に、翻弄される。
 手袋越しなのに、その熱は遮られることなくあかりの身体に染み込んでいく。

 幸尚ほど大きくはなく、けれどゴツゴツした成熟しつつある男の手。
 繋ぎ慣れた、けれどどこか知らない手から送られる慣れない熱が、心地よい…………

「ひいぃっ!!?」
「あ、ごめんっ!強かった……?」

 不意に股間から電撃が走る。
 幸尚の指が剥き出しの肉芽を擦り上げたのだ。
「尚、そーっとだぞ」と奏が嗜める。

「……奏と全然違う……女の子って、こんなに敏感なんだ……壊しちゃいそう…………」
「手先は尚の方が器用なんだしすぐ慣れるって。あと俺と比べんなよ恥ずかしいだろ」
「んー、お尻とか正直違いが気になる……あかりちゃん、お尻はどこが気持ちいいの?」
「んああっ、ゆ、幸尚様っその前にいぃっ!もうちょっと優しくすりすりしてくださいぃ…………ひんっ、強いいっ!」
「あわわ、ごめんっ!!」

 どうやら両方同時に触れようとすると、ついつい力が入ってしまうらしい。
 幸尚はクリトリスの愛撫に専念する事にしたようだ。

 やわやわと優しく、だが自分のタイミングとは異なる愛撫にもどかしさが募っていく。
 右手は必死に膣の良いところを摩り、押しているけれど、覚えたての淡い快感ではとても絶頂には辿り着けなくて。

(もっと…………んぁっ、そこ…………もっと、もう逝きたいっ…………)

 殺しきれず漏れる喘ぎ声が増えてくる。
 早く、早くこの熱を弾けさせて……

「っ、あかりちゃん……足閉じると触りにくい…………」
「んあっ、ごめんなさい…………んふぅっ……」

 幸尚に嗜められるも、もう我慢ができなくてついつい足を閉じて絶頂を目指してしまう。
「うーん、困ったね……」と幸尚の戸惑う声が聞こえてきた。

「もしかしてあかりちゃん、足閉じた方が気持ちいい?」
「あ、えっと…………その、逝きたくて」
「うん」
「……足を閉じて力入れたら、逝ける…………から」
「ふうん、足開いてたら絶頂できねえの?」
「……多分、したことない、です…………」

 もっと、と言わんばかりに腰が勝手に動いてしまう。
「どれだけ必死なんだよ」と突っ込みつつ、奏が「それなら練習しようぜ」と言い出した。

「練習……?」
「そ、だって足ピンしたまましか逝けないんじゃ、これからいろんな形でギチギチに拘束してご褒美アクメあげたりできねえじゃん」
「…………奏の発想がよくわかんない、わかんないけど刺さるんだねあかりちゃんには」

 話を聞いただけでとろりと股から蜜をこぼしたあかりを見て、幸尚がクローゼットを開ける。

「あは…………ギチギチ拘束ぅ……!でもそっか…………足開いても逝けるのが……あんっ、普通だよね……」
「普通かどうかはともかく、その方が楽しみも広がるんじゃねえかな」
「んうっ、そ、そうだね……?えと、幸尚、様……?」

 戻ってきた幸尚は、流れるような手つきであかりの足首と太ももに枷をつけて連結する。
 そうして首輪と枷から伸びる鎖を繋ぎ、足を曲げたまま閉じられないようにした。

「これでよし。女の子もセックスする時はこんな体勢になるんだから、これで逝けるようにすればいいんじゃない?」
「え、あ、幸尚様、これじゃ……」
「ナイスだ尚!よし、これからあかりがおねだりしてきた時はこの体勢な。あかり、俺らも頑張って触るの上手くなるから、あかりも逝けるように頑張れよ?」
「ひっ、そんな…………!」

(無理無理無理っ!そんないきなりこんな体勢で絶頂とか、一度もした事ないのにぃ……!はっ!!これ、もしかして私、今日逝けない…………!?)

「あと15分だなぁ」とニヤリと明らかにその意味を分かって笑う奏と「大丈夫あかりちゃんならできるよ!」と清らかな笑顔を向ける幸尚に、あかりは顔を引き攣らせる。

(分かってるご主人様も…………分かってないご主人様も、酷いよう…………!)

 けれども、これは命令だ。
 ご主人様達が考えてくれた『善意』だ。

 半年間、奴隷としての振る舞いを心に刻み込まれたあかりに、抗う言葉など存在せず。

「あはは…………ひぐっ、奏様、幸尚様ぁ…………あかりが上手に逝けるように、ご指導くださいぃ…………ひっく……」

 おあずけの絶望に苛まれながらも二人に懇願するあかりの肉芽は、ピンと張り詰めたままだった。


 …………


 …………遠くでスマホのアラーム音が鳴る。

「はぁっはぁっはぁっ、んああああっ!!逝かせてっ、お願い逝かせてえぇっ!!」
「時間だな、あかり、おしまいだ。…………で、そんな言い方をして良いのか?」
「ひっ!!あ、ああっ…………あかりを気持ちよくしてくれてありがとうございますうっ!!」
「おう、それがあかりの『満足』だ。よーく覚えろよ?」
「ぐすっ…………はい…………」

 無情にも終わりを告げるアラームと同時に、二人はずっと手を離す。
 未練がましく蜜壺に突っ込まれていた指も、鎖を引かれ抜かされた。

「手、まだ拘束しといた方がいいか」
「触っちゃうよね。今日は着せてあげたほうがいいかな」

 ドロドロの股間を拭き清め、幸尚に促されるままにパンツとパジャマのズボンを履く。
「あかりちゃん、パジャマの裾は入れない派だよね」と言いつつ幸尚が手にした懐かしい布に、もどかしさに腰を揺らしていたあかりの顔色がサッと変わった。

「………………それ…………まさ、か…………」
「うん、あかりちゃんはもう僕たちの前以外で自慰できないからね。夜は貞操帯の代わりにこれを使うよ。たださ、今母さん達がいて汚してもこれはちょっと洗濯できないから……パジャマの上からつけようね」
「ぁ、そんな…………いや…………」
「…………あかり?」
「っ、ごめんなさいっ、嫌ってもう言いません!!だからっお仕置きはしないでぇ…………」
「ならちゃんとおねだりしなきゃ、な?」
「うう…………っ……あかりがお股いじらないように…………おむつ付けてくださいっ!!」

 そう、幸尚が持っていたのは、以前自慰禁止の調教を受けた時に使われた、布おむつと介護用のおむつカバーだった。
 あれは本当に辛かった、どんなに股間を布団に擦り付けてもまったく刺激が通らなくて、狂ったように腰を振り涙に暮れながら眠りについたものだ。

(またあれを付けられる…………!!)

 あの辛さを思い出して涙が止まらない。
 それに今回はあれどころの騒ぎではない。だって、これからずっと……毎晩あの分厚い布で股間を封じられるのだから。

「これさ、普通のおむつカバーじゃないんだよね」

 布を厚く……特にクリトリス部分は分厚く当たるようにおむつを畳み、あかりの股間にそっと沿わせる。
 そしておむつカバーの内羽を合わせ、外側のスナップをパチパチと止めながら幸尚が「今日は手はフリーにするよ」と話し始めた。

「これからは、自分でこれをつけてもらうからね。だから手はそのまま」
「え…………で、でもそんなことしたら……」
「寝てる間に我慢できなくなって外しちゃう?大丈夫だよ。これ奏が見つけてきたやつなんだけどさ、おむつを外さないようにするおむつカバーなんだ」
「おむつを、外さない……?」
「おう、介護用だからな。中には勝手におむつを外しちゃう人もいるからそういう人への対策だってよ」

 はい出来上がり、と見せられたもこもこのおむつは、一見変わった感じはしない。
 先にパジャマを着てしまおうなと奏に促され、首輪はそのままに手枷を外してもらい厚手のパジャを着て、部屋にあったストールを羽織った。

「股を弄ってみろ、刺激は来るか?」
「……少し、でもこれじゃ…………」
「気持ち良くはなれない、ってとこだな。じゃあそれ、脱いでみろ」
「へっ」
「いいから」
「は、はい……」

 言われるままにおむつカバーのホックを外そうとする。
 が、どんなに力を入れてもホックが外れない。

「え、これ、何で…………」
「これさ、自分じゃ外しにくい構造なんだよ。外し方を知ってても自分ですぐにパッと脱ぐのは無理だぜ。少なくとも寝ぼけながら外す事はできねえ、俺も尚も試したけどできなかった」
「僕たちがいればすぐ外せるけどね……朝は少し早起きした方がいいよ、コツを掴むまでは時間がかかるから」

 こうやるんだ、と幸尚がスナップの真ん中を押しつけながら引っ張れば簡単に外れる。
 だが、あかりが同じようにやろうとしても、不思議と穿いている側からではやりにくいようにできているらしい。

「それなら無意識に触るのは無理だって分かっただろ?」
「はい…………」
「もちろん本気で外そうとしたら外せるけどね。でも、あかりちゃんはそんなことしないって、僕は信じてるから」
「どんなに発情していても、絶頂したくて頭がおかしくなりそうでも、あかりに一人で慰める権利はもう無いんだから、このくらいは問題ないよなぁ?」
「…………っ!!」

 途端に忘れかけていた熱がぶり返す。
 ああ、けれどこれは酷い。

 この身体の気持ちいいところは、もうご主人様達のもので。
 お情けで許された蜜壺では、熱を溜め込むことしかできない。

 その上、知らなかった熱を詰め込まれる。
 弾けられるその日まで、ご主人様達の熱でこの身体を満たされて……きっと、ひとときも逃れられなくされる…………

(ああ、壊される)

(こうやってじわじわと)

(————『普通』の私が、壊されていく)

「奏様、幸尚様………………あかりの性欲を管理していただき、ありがとうございます…………」

 逃すことのできない熱に浮かされ、掌握された絶望の中に沈みゆく頭では、何とか二人に感謝を告げるのが精一杯だった。


 …………


『さわりたいぃ…………いかせてぇ………………』

 長年使い古されたベビーモニターからは、衣擦れの音と啜り泣くような声が聞こえる。
 あの後、放心状態のあかりを隣の部屋に移した二人は、リビングからさらにせしめてきたみかんを食べながらあかりの様子を伺っていた。

「辛そうだね…………流石に眠れないかな」
「前回とは違うからなぁ……何たって俺らがあかりを絶頂させられるまでおあずけなんだ、先が見えないおあずけはキツイと思う」
「……とか言いながら、奏は楽しそうだね」
「あったり前だろ?これをやりたかったんだ。この声を聞きたかった…………ははっ、完全に貞操帯で管理するようになったらどうなっちまうんだろうな、俺」

 恍惚とした表情で、ぶるりと奏が興奮に震える。
 今なら貞操帯管理調教の醍醐味について一晩は語り明かせそうだ。やらないけど。
 やったら確実に途中で『奏が興奮してるの、キラキラしてて堪んない』とか何とか言って押し倒される未来しか見えないから。

 だがそんな心配は杞憂に終わる。
 だって

「はぁ、奏のその顔…………やっぱり奏はいい男だよね……」
「へっ」
「ね……僕、もう我慢できないから…………声、抑えてね」

 もうすでに幸尚は臨戦体制だったから。

 何で、と一瞬戸惑い、ああそりゃそうだったと次の瞬間納得する。

(そうだった、あかりを1時間触った後もずっと我慢してたんだった)

 しかし流石に階下に幸尚の両親がいるってのに、いつもの調子で抱かれるのはまずい。俺がトんだら声なんて抑えられなくなるの知ってるだろうが、この性欲お化けめ。

「尚、流石にここでセックスはまずいって!!な、今日は控えめ!!」
「えぇ…………」
「ええ、じゃねーの!そんなクマみたいな図体で目ぇキラキラさせてもダメなもんはダメ!!…………な、今日は……その、尚の…………舐めてやるから……」
「!!ちょ、奏!?」

 これはいつもと違う事をしないと引き下がらない、そう直感した奏がガバッと幸尚のズボンをパンツごと下ろせば、ブルン!!と音がしそうな勢いで猛りが飛び出してくる。
 いつもながら体躯に見合った立派な息子さんだよなとしげしげと眺める奏に、幸尚は目を白黒させていた。

「ん…………尚の匂いだ……」
「んんんっ、そんな煽らないでっ……奏、抱きたいっ、ねえセックスしたいぃ……」
「だめ。流石に親バレは嫌だろ?尚んちの親父さんもお袋さんもあんましそういうのに偏見は無さそうだけどさ……んちゅっ…………やっぱ自分の子供だと、また違うじゃん?……んふ…………」
「し、喋りながら舐めないでぇ……!」

 いつも舐めてくれるからと奏もこれまで何度かフェラに挑戦したものの、どうにもうまくいかない。
 幸尚には「視覚だけでもう暴発しそうだから」と言われるけど、いつも自分ばっかりヒィヒィ泣かされているのも何だかなぁと腑に落ちない。

 大体デカすぎるんだよ、こんなもんどうやったら口に入るんだとせめてもの抵抗で先っぽを頬張り、幹を優しく擦ってあげれば「だめ、もうだめっ!」と奏の頭を抱えてあっさりと幸尚はその欲望を奏の口に注ぎ込んだ。

「…………みかんの味と混じるとヤベェ」
「っ、当たり前だろ!!口っ!早く洗ってきてんむうぅぅっ!?」

 お裾分けとばかりに深く口付け、唾液を交わせばたちまち幸尚の眉間に皺が寄った。
 よし、これなら理性は戻った筈だ。おめでとう俺、親バレの危機は去り、今夜の尻は守られた。

「……うえぇ……自分の精液の味とか…………しかもみかんブレンド最悪…………」
「尚だっていつもフェラした後キスして来るじゃん、たまには味わえ」
「ひどい」

 それはそうと、と二人は隣の部屋側の壁を見つめる。
 啜り泣くような声はさっきより減ってきたから、多分眠れそうなのだろう。
「よかったぁぁ…………」と心底安心した様子の幸尚に、ああやっぱりこいつはこっちの世界の住人じゃねえなと改めて奏は思うのだ。

 それでいい。幸尚は今のまま、あかりの事が大切な優しい尚のままでいい。
 側にいる以上、慣れてもらう必要はあるけれども。

「なあ、尚も春までに少しずつ慣れような」
「奏…………」
「貞操帯をつけたらさ、あかりはこうやって満たされない辛さに泣く機会が増えると思う。……ま、俺が増やすともいうけど」
「奏はブレずに鬼畜だよね……」
「それが俺だからな。……俺はあかりが俺に全てを委ねて、その辛さに泣いてくれて、やっと性癖を満たせるから」

 そう、それは幸尚には与えられないものだ。
 奏の望むものは何だって与えたいが、どうしても与えられないもの。
 少しだけ寂しくてあかりが羨ましいけれど、他の誰でもない、あかりが与えているのなら良いかなって思っている。

「あかりちゃんも、満たされてる…………」
「そ、身体は満たされなくて辛くて、でもそうする事であかりの性癖は満たされる」
「今晩のあかりちゃんは、とても満たされてる感じじゃなかったけどね!」
「ありゃ自覚が追いついてねえだけだ。……気づけば楽になれる。さらに沼にハマるともいうけど」

 だから、あかりが辛そうにしていても幸尚は泣かなくていいんだと奏は幸尚の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「こないだみたいな、あかりが自分を傷つけている時は別だぞ?そうじゃなくて、プレイは3人で決めてやっている事なんだ。あかりは辛いのが、苦しいのが気持ちいい性質だからな」
「うん…………」

 そうは言っても、幸尚にはあかりの辛そうな顔はただ辛いとしか見えない。
 特にさっきのあかりは思い出すだけでも胸がキュッとして、今すぐあかりに絶頂して良いよと言いそうになる。

(慣れるんだろうか、この感覚に)

 あかりが喜んでいるなら、それでいいと思っている。
 でも心の奥底では、本当にあかりはそれで幸せなのかとずっと自問自答し続けているのだ。

 思い詰めたような表情で黙り込んだ幸尚に「ま、急がなくていいさ」と奏はまた口付ける。

「無理はすんな。尚のペースでいい。ほら、俺もあかりも拗らせ方が半端ねえしさ、今そうやって尚が向き合ってくれてるだけで俺らは嬉しいんだよ」
「……いいのかな、こんなのにご主人様だなんて」
「いーの!……幸尚だから、いいんだ」

 モニターからは、すうすうと寝息の音が聞こえてきた。
 時々うなされるような声を漏らすものの、これならもう大丈夫だろう。

「ほら、俺らも寝ようぜ。明日は早めに起きて、あかりの様子を見たいし」
「う、うん、そうだね」

 大柄な幸尚に合わせたベッドは、しかし男二人で寝るには流石に狭い。
 けれど狭いから、互いの体温を感じられて……特にこの季節は幸せを感じるなと幸尚はしみじみと恋人の寝顔を眺める。

(……あかりちゃんも、僕たちの熱を少しは感じてくれただろうか)

 この幸せな暖かさが、どうかあかりにも届いてますように。

 ……それがしっかり届きすぎたが故にあかりが劣情に苦しんでいるとはつゆ知らず、幸尚もまた眠りの世界に誘われていった。


 …………


「うん、ボタンも外してないし、おむつの偏りもないね。ちゃんと弄らずにいられてえらいね、あかりちゃん」
「んふうっ…………幸尚様ぁ……んっ、んふっ…………」
「朝からぶっ飛んでるけどな。ま、でもこれで夜の自慰禁止は何とかなりそうだ」

 朝いつもより早い時間に、熱に浮かされたような表情で幸尚の部屋にやってきたあかりを、さらに早起きしていた二人は「おはよう」といつものように出迎えチェックする。
 あかり曰く夢の中でも触れないとずっと泣いていたらしく、目はぽってりと腫れていた。

「あかりちゃん、辛い?」
「っ、辛いです…………お願いします、逝かせて下さいっ…………!!」
「いやそれは無理。流石に朝からご飯も食べずに部屋に篭るのも怪しまれるし、そもそもまだ俺らのスキルじゃあかりを逝かせられねえ気がする」
「っ、そんな…………!!」
「あかりちゃん、おむつ外すからトイレ行っておいで」
「っ、はい…………」

 幸尚が手際良くおむつカバーのスナップを外せば、あかりは慌ててトイレに駆け込む。
 相当トイレに行きたかったんだな、と話していれば勢い良く部屋のドアが開いて、あかりが飛び込んできた。
 そしてそのまま床に土下座する。

「あかりどうしたんだ?そんなに急いで」
「…………だめなんです……」
「だめ?」
「もう、触りたくて……!!頑張って我慢してるけど、奏様と幸尚様が見てないと……!」
「ああなるほど、触ってしまって約束を破りそうだったから慌てて帰ってきたと」
「お願いします!!ちょっとだけでいいから、触らせて下さいっ!辛くて、腰が勝手に動いちゃうよぉ…………!!」

 土下座したままのあかりの尻は、確かにさっきから悩ましげに揺れている。
 気を抜けば触ってしまいそうなのだろう、床についた両手は硬く握りしめられていた。

「許してもらえると思うか?」と問えば、涙目になりながら「思わない、です……」と震えながら話すあかりに、奏はすっと指をさす。

 その先にあるものは…………あかりの今一番触れたいところを覆うための装具だ。
 指先を追ったあかりの喉から「ヒィッ」と悲鳴が漏れ、堪えきれなくなった涙がつう、と頬を伝った。

「早くしないと学校に遅れるぜ。…………自分で着けて、鍵を俺に渡せ」
「ぁ…………ぁ………………」

(着けたくない)

 それは、初めてあかりが感じた、貞操帯への恐怖。
 あれを身体に当てがい、鍵をかければ……この渇望を癒す術を閉じ込められてしまう。

 身体が震える。
 涙が止まらない。
 暖房がついているはずなのに、空気が冷たくて……違う、身体の熱がぐるぐる回っているからそう感じるだけだ。

 様々な言葉にならない感情が全身に渦巻いて、訳もわからないまま……ただ、ご主人様の命令は絶対だと叩き込まれた身体は、そんな想いを嘲笑うように貞操帯に手を伸ばす。

 今では下着と変わらないはずの貞操帯が、今日はとても重い。

 ああ、だめ、これを押しこめば…………

 南京錠に手をかけたまま、手が止まる。
 奏と幸尚はそんなあかりに言葉もかけず、ただじっと固唾を飲んで見守っている。


 じぶんで できるって しんらいされてる


 カチリ、と遠くて音がする。
 自らの権利を封じた小さな音が、身体に絡みつく。

 そうして、机の上に置かれていた貞操帯の鍵を手に取る。
 今ならまだ、取り戻せる。
 全てを取り払い、欲望のままにこの身体を慰められる。

 …………無理だ。
 だって、奏様が、幸尚様が、待ってる。
 ちゃんと命令の聞ける奴隷だと自分を信頼して……自ら差し出せると確信して待って下さっている…………!

「奏、様…………」
「ん」

 差し出された手に、震える手でそっと鍵を乗せて…………ぽとりと、鍵が奏の手に握られて。

「…………ぁ………………んああっ……!!」

 次の瞬間あかりの中を駆け抜けたのは、自由を剥奪された絶望と、全てを委ねる安心感。
 そして…………全身を駆け巡る、脳が痺れるような快感。


(ああ)


 これは妄想では無い、現実だ。
 憧れ続けた、管理されるというのはこういう事だ。

 妄想と現実は違うというけれど、確かにこんなにも違う。
 頭の中で思い描いていた、単なる管理への悦楽だけでは無い。不安と恐怖と絶望と、渇望、煩悶…………そして名前のつかない数多の感情が入り混じって、煮詰まって、弾けた結果の快楽は……妄想なんかよりずっと激しくて辛くて……けれど、幸福に満ちている。

「奏、様…………幸尚様…………」

 そのままずるり、とあかりはその場にへたり込み、虚空を眺める。
 だがその表情は先ほどまでの切羽詰まった悲壮感など微塵も感じさせない、蕩け切った様子で…………笑みを湛えていた。

「あは…………管理されるって……幸せ…………」
「っ、あかり…………」
「妄想だけ、じゃない…………私、本当にこんな事されて……気持ちよくなる変態だったのぉ…………」

 あかりの瞳に昏い欲望を満たした悦びが宿る。
 それを認めた奏が、その熱を移されたかのようなゾクゾクする感覚に「はぁ…………すげぇ……」と掠れた声で呟いた。

「俺、今あかりを……この手に握ってる…………やべぇ、実際に奴隷を管理するってこんなに気持ちいいのかよ……!」
「奏様……」

 ああ、ご主人様が喜んでいる。
 私の性欲を預けた事に、興奮を、悦楽を、幸福を感じてくれている。
 こんな度し難い拗れた性癖を受け入れてもらえた喜びを、改めて噛み締めて……

「奏様……あかりを奴隷にしてくれて……ありがとう、ございます…………」

 あかりの口から自然と感謝の言葉が溢れた。


 …………


「あかりちゃん、もう落ち着いた……?」
「うん、朝からはっちゃけてごめんね尚くん。……思い出すと触りたくてたまらなくなるけど…………でも、これがついてれば大丈夫」

 あれからしばらく呆然としていた3人だが、幸尚の母の「そろそろ起きなさーい!」という階下からの声ではっと正気に戻り、慌てて制服に着替える。
「…………やらかした」としょげる奏のボクサーパンツはべっとりと白濁で濡れていて……とりあえず洗面所で洗い幸尚の部屋に干しておいた。
 入り浸っているおかげで3人の下着はどの家にも常備されているのが幸いだ。

 心配そうにあかりを気遣う幸尚に「大丈夫だよ」といつもの笑顔で、あかりが下腹部をさする。

 制服のスカートの下には、あかりを縛る……否、守る檻。
 あかり曰く、絶対に触れないように閉じ込められる事で、明らかにこれまで以上の発情に苛まれているのに精神的には『絶対に触れない、触ることはない』という安心感を得たという。

「不思議だよねぇ、物理的に触れない事がこんなに楽だなんて思わなかったよ」
「うん、僕は今でも不思議すぎる……諦め?開き直り?」
「ふふ、何だろうねえ…………あ、尚くんも貞操帯試してみたら?男の子用はおちんちんだけ閉じ込められる貞操具もあるしさ、ベルトとか考えなくていい分気軽につけれるよ!!」
「あかりちゃん、ここぞとばかりに腐女子モード全開になってるよ……」
「…………尚に貞操帯はありかもしれん……俺の尻の健康のためにも…………」
「奏まで真剣に何を言い出すんだよぉ!!僕絶対やだからね!そんなことしたらちんちん爆発しちゃうっ!!」

 たわいない会話を楽しみながら登校する、いつもの日常。
 真面目に貞操具の相談を交わし始める奏とあかりは、どこか晴れ晴れとした表情だ。
 相談内容は即刻破棄して欲しいが、それはそれとして幸尚は二人の幸せそうな顔をじっと眺めていた。

(二人の性癖は理解できない。でも二人がこの歪んだ世界で幸せなのはわかる)

 奏の望むものは何だって与えたいが、これだけは自分には与えられないと諦めていた。

 いたけれど。

(……そっか)

 幸尚はふと気づく。
 直接、奏に与えなくてもいいのだと。

(あかりちゃが辛くて苦しくて悦んでいるようにすれば……奏に、与えられる)

 簡単なことだった。
 奏の望むものを与えたければ、あかりの望むものを与えればいいのだと。

 今朝のあかりはゾクッとするほど美しかった。
 あかりが苦しみ傷つくことを何より悲しむ幸尚にも、それこそがあかりが悦び、望む世界なのだと、心の底から納得するに足るものだった。

(僕は二人が幸せなのがいい)

 それは、幸尚の純粋な想いの結実。

(二人の幸せが、この歪んだ世界にあるなら……僕は全力で二人のために、この世界を育てたい)

 幸尚はまだ気づかない。
 自分もまた、その歪んだ世界に自ら足を踏み入れてしまった事に。

 純粋な恋心と友情に突き動かされ、真面目であるが故に彼らに育てられ、世界を育てる……あかりのためだけのご主人様となる。
 それは、もう少しだけ先の話。

「尚くん、なんか考え事?」
「なんだ尚も射精管理に乗り気になった?」
「なるわけないだろう!!ほら、早く行くよ!」
「えーいい案だと思ったのにぃ」

 冬の空はどこまでも澄み切っている。
 あかりとの関係の糸口を見出して、ひとつ重荷を下ろした幸尚の心もまた、この空のように澄み渡っていた。
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