学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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夏休みに尋ねて来た方々

夏休みに尋ねて来た方々 その3

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「はぁ…… なんていうか欲がないというか、そもそも地位などに興味がないんでしょうか。なんていうか、手ごたえがないというか、つかみどころがないというか……」
 話し合いを終えたルイーズのミアへの印象は無欲な娘というところに収まっている。
 だが、それはルイーズがまだミアの一面しか知らないからだ。
「まあ、信仰に生きている方なのでしょう。それでもルイ様とベッキオ様にはご報告しなければならないでしょうが」
 だが、ブノアにはミアからそこはかとない狂気を感じ取れている。
 ミアという少女は、ルイーズが言うような無欲なだけの少女、そんな生易しい娘には思えなかった。
 ブノアにはミアという少女からは得体のしれないものを感じている。
「お父様は、顔には出してないけれども関心ありでしたね。ずっとそわそわしていましたし。まあ、決められた相手より自分で選んだ相手のほうが興味があるのはわかりますが…… それではあまりにもお母様がかわいそうです」
 そう言ってルイーズは隠しもせず侮蔑の表情を露わにした。
 家族の間柄は悪くはないどころか、円満であったと言っていい。
 いや、円満であるからこそ、ミアの帽子を伝えたときの父の反応がルイーズには許せなかった。
 またその後、フィリアという女性の話を聞かされた時、父に初めて落胆する感情を持ってしまった。
 ただルイーズは昔から時々父が、本当の気持ちはここでないどこかにあると感じてしまうときがある事も知っていた。
 ふとした瞬間に、なにかを思い出すかのように、父は切ない表情を浮かべるときがあることを。
「ですが、ルイ様のところは夫婦円満と聞きましたが?」
「母ができた人ですからね。お母様もフィリア様のことを知っている風でしたし。それに甘えてお父様は、はぁ…… まあ、言っても仕方がありません。気持ちを切り替えなければなりませんね。いい意味で、ではあるのですが、なんか色々と期待外れでしたが帰りましょうか。今から戻れば日暮れ前に都には付くでしょうし、急ぎましょうか」
 普段大人のようにふるまってはいるが、ルイーズもまだ十四歳の少女だ。
 色々と思うところもある。
「そうですね。こちらで最低でも一泊の予定でしたが、あまりにもあっさりとした反応でしたので。正直もっと揉めるかとは思っていました」
 ブノアもミアの関心の無さには拍子抜けはしている。
 少なくとも一泊、揉めれば数週間の滞在も視野に入れてきていたのだが、ミアが貴族という立場に全く興味を示さないどころか、邪魔とすら思っていたようなのであっさり終わってしまった。
 ミアを貴族として迎えるかどうか、その判断すらミアはルイーズに任せた。
 そちらでお好きなようにしていただければ結構です、私はここで魔術を学んでいずれリッケルト村に帰りますので。これがミアの最終的に出した答えた。
 貴族の立場など、あってもなくても何ら変わりない、そんな物言いだった。
 なので、ルイーズもこの話を持ち帰り、父に報告し、ミアのことはその祖父であるベッキオに丸投げするつもりである。
 少なくともミアがフィリアの娘であることだけは確かなのだから。
 自分の姉かもしれない可能性はこの際目を瞑る。それを証明する手段はルイーズにはない。
 だから、すべてを大人たちに丸投げすべくルイーズは早々に帰ることを選択した。
 学院の馬車駅をルイーズ達が目指そうとしているとき、ルイーズは建物と建物間に何か怪しげな物を発見する。
 屋外に長机が置かれており、そこにド派手な色をした法被を着ている軽薄そうな男が何かを売っている。
「あれは…… なんでしょうか」
 ルイーズが珍しもの見たさで視線を向ける。
 その視線を追ったブノアはしかめっ面をあらわにする。
「なんでも精巧な写し絵が売られているという話です」
「精巧な写し絵? ちょっと見ていこうかしら?」
 ルイーズがそう言うと、それをブノアが慌てて止める。
「やめたほうがいいですよ。如何わしい物ですから」
 が、逆にその言葉はルイーズの好奇心を煽るものだ。
「如何わしい? なら逆に確認しないといけません。場合によっては規制もしないといけませんし。とりあえず見に行きましょう」
 もっと揉めると思っていたルイーズはミアがあまりにも興味がなかったので、内心安堵していたというものもある。
 ルイーズの予想では、ミアが貴族として、それどころか自らの姉として、次期領主として名乗りを上げるようになるくらいは予想していたのだ。
 だがその予想はすべて外れた。
 大仕事と思っていたことが、あっさり方が付いてしまった。
 だからだろうか、気が抜けていた、いや、気が緩んでいたのだろう。
 如何わしい写し絵とやらに興味を惹かれてしまったのだ。
「おや、女性のお客さんは珍しいな。そのお供の方々も観てってくれよ。凄いんだから! なっ?」
 派手な色の法被を着た売り子の男、エリックはそう言ってやってきた客を歓迎した。
 ティンチルでさんざん散財してしまい割りのよかった写し絵の売り子の仕事を引き受けているエリックは、その客が領主の娘だということを知らないでいる。
 その写し絵はスティフィの物だった。あられもない水着姿で映っている。
 ただ数枚ほど、ミアの物とジュリーの物も混じっている。
「これは…… 映写機で撮ったものですか? だとしたら、ものすごく高価なもののはずですけど?」
 神からもたらされた映写機、しかも、この写し絵は白黒の物ではなく本物と見間違うほど色鮮やかな物だ。
 これが映写機でとられた物なら、料金表に書かれている三枚で銀貨一枚というのは破格の値段だ。
 しかも写し絵は大量に用意されている。ルイーズにもどうやってこれを量産しているのかも見当がつかない。
「しゃ…… なんだって? わるいねぇ、俺はただの雇われた売り子だから詳しいことはわからないよ。好きな写し絵をどれでも三枚で銀貨一枚だ」
 そう言ってエリックが腰を低くしながら、その軽薄な笑みを浮かべる。
 その笑みをルイーズは冷たい視線で返す。
「これ、本人たちは了承しているのですか?」
 ミアの護衛などと言ってたスティフィの格好はあられもないを通り越して、ほぼ全裸と言っても過言ではない格好をしている。
 その分、ミアとジュリーの格好は控えめには見えている。ただ着ている物が水着なので自然と肌の露出は多い。
「スティフィちゃんは、あっ、このきわどい水着の子ね。ちゃんと了承済みで売り上げの一部を渡しているって聞いたぜ?」
 たしかスティフィという人物はデミアス教徒とのことなので、そういうことは十分にありそうな話だ。
 そもそも直接会った時も、あの格好で恥ずかしがるどころか、見せつけるように堂々としているところをルイーズも覚えている。
「ミア様とジュリー様は?」
 ただ、この二人がこんなものを売られていることを了承しているとは思えない。
「ん? なんだ、知り合い…… か?」
 その問いに、エリックがあからさまに顔を引きつらしている。
 その様子を見るに、ミアとジュリーの写し絵を売ることの了承はされていないのだろう。
「ええ、まあ…… いえ、これは…… これで使えるかもしれませんね。とりあえずミア様のを三枚適当にいただけますか? できるだけ顔が大きく映っているのを選んでください」
 ルイーズは場合によっては規制しなければ、と考えはしたが、それは後で良い、とも判断した。
 今はこの写し絵を利用しようと思いつく。
「あいよ!! 毎度あり!!」
「ルイーズ様、いいんですか?」
 ブノアが心配そうにルイーズの顔をうかがう。
 その表情は良いことを思いついた、というあまりよくない表情をしていた。
「ベッキオ様にはいいお土産になるんじゃなくって?」
「怒られても知りませんよ?」
 ベッキオが激高したら、少なくとも立場的にその配下であるブノアには止めようがない。
 それどころかルイーズの父であり領主であるルイであっても早々に止められる人物でもない。
 間違いなく波乱が起きる、ブノアはそう確信した。
「あと、お父様の反応も見てみたいわね。この黒髪を見れば自分の子ではないと納得してくれるでしょうし」
 ルイーズはそう言ってこれから起こる波乱にほくそ笑んだ。

「おい、メリッサ」
 学院長室にカリナが無遠慮に入ってきてポラリス学院長に声をかけた。
 だがポラリス学院長は書類に目を通していて、カリナのほうを向きもしない。
「二人だからとその名で呼ばないでくれ。今は仕事中だ」
 書類に目を通し、一段落着いたところで目をきつく閉じ鼻元を強く抑えながらポラリス学院長はそう答えた。
「休みも忙しいのだな」
 その様子を見てカリナは少し心配そうな顔を浮かべる。
「ああ、近々にオオグロヤマアリの討伐もあるからな。しかも不審な点が多い」
 報告書にはオオグロヤマアリの巣の中に別種の虫種がいたことが数点あげられている。
 ポラリス学院長も虫種の専門家ではないが、そんなこと聞いたこともない。
 オオグロヤマアリはその巨躯を維持するために食欲旺盛な虫種だし、その警戒心も高い。それが別種の虫種を巣にそのままにしておくなど考えられない。
「今回は精霊も協力的だ。騎士隊に任せておけばいい」
 ミアが精霊王と朽木様を訪れたときに精霊王の協力も取り付けてくれている。
 精霊が協力的であれば、カリナの言う通り騎士隊に任せておけば問題はないはずだ。だが、ポラリス学院長には何かが引っかかる。
「そうだな。これは…… ミア君の功績なのだろうな。いい時期に精霊王に、いや、その時に異常な虫種の発見をしたのであったな。どちらにせよ、ミア君の功績か。で、何か用か?」
 もし虫種の発見が遅れていたら、もしこの夏に大型の虫種の繁殖を見逃していたら、来年の夏には大変なことになっていただろう。
 繁殖の具合によりだが竜達の力を借りねばならない事態になっていたかもしれない。
 竜達にとって虫種は大好物なのだが、竜達は光り輝く金品も大好きなのだ。
 竜達の力を借りると間違いなく大量の金を要求されることとなる。
 ただ虫種、特に大型の虫種の繁殖を許した場合、竜達の力を借りるのが一番確実に対処ができることだ。
 彼らは虫種を的確に探し出しすべて食べてくれるのだから。
 更にこの学院にはハベルという竜種に伝手を持つ人物もいる。竜が喜ぶような金銀財宝さえ用意出来れば竜を呼ぶこと自体はそう難しくはない。
 ただ今回は発見が早かったおかげで、そこまでの事態にはなることはない。素早く手を打つことができた。
 またミアには感謝しなくてならないと、ポラリスは心の中で思う。
 そんなことを考えていたポラリスにカリナは神妙な表情を浮かべたてその口を開く。
「学院内に妙な奴らがいる」
 カリナはこの部屋にわざわざ出向いた理由を簡潔に伝える。
「妙な? ああ、ルイーズ様達だろう? 連絡は受けている」
 確かルイーズ達もミアに会いに来ていることを思い出す。
 連れている護衛がたしかに妙な気配を持つ連中だということはわかる。
 この領地直属の近衛騎士だか護衛騎士だそうが、ポラリス学院長の目から見てもあまり良い気配とは言い難い。
「違う。そいつらじゃない。あれはおそらく神憑きだ」
 神憑き。もしくは、神がかり。
 基本的にとある人間、主に巫女、もしくは巫覡の特別な者を指す言葉だ。
 その身に神、主にその分霊ではあるが、身に宿すことができる人間で神の意志を直接伝えることができる者達だ。
 ただ人間には神の魂は分不相応でその寿命を著しく削り、また精神が耐えられずに破綻してしまっている者も多い。
「神憑き? その連絡は受けてないな。どの神がお越しになったというのだ。場合により対応を頼んでいいか。神が相手ならカリナの力を借りねばならん。ここは不可侵の地であるというのに、まったく……」
 この忙しい時に、という言葉をポラリス学院長は何とか飲み込んだ。
 相手は神なのだ。
 ただ人の身に降りた神は、その人物の影響を強く受ける。
 あまり手放しで歓迎できるものでもない。
「そのつもりできた」
「話が早くて助かるよ」
「少しは休んだらどうだ? しばらく寝てないのではないか?」
 カリナはそう言ってポラリス学院長の様子を見る。
 目に隈ができており少しやつれても見える。
「そうも言ってられなくてだな。オオグロヤマアリに門の巫女の件だけならまだしも、あのろくでなしの大神官のせいで対応に迫られていてな。せっかく冥界の神の件が片付いたというのに。どうにも外野からの問い合わせが多すぎてな…… あの大神官、どれだけ恨みを買っているんだ…… 頭が痛くなる」
 普段行方が分からないオーケン大神官が、しばらくこのシュトゥルムルン魔術学院に滞在するということがどこから漏れたかわからないが、いつの間にかに広まっておりその問い合わせが山のように来ている。
 そのほとんどが苦情なのだが、その中でもポラリス学院長が対応しているのは、学院長自ら対応しなければならないような、他の領主や有力貴族の物だけだ。それでも大量に正式な書簡が届いている。
 それ以外のも含めるとさすがにポタリス学院長一人で対応できる量ではない。本来は休みのはずで暇なはずの職員総出で対応に当たっているくらいだ。
「ダーウィックのやつに少し振るか? 同じデミアス教だろう?」
 カリナのその言葉に一瞬ポラリス学院長もそれは名案では、と思いはしたが、ポラリス学院長もダーウィックと一緒に仕事をするのは御免被りたい。堅苦しすぎるし、気が休まる気がしない。
 それに、なんだかんだで間違いなくもめ事は多くなる気がしてならない。
「いや、余計こじれる気がするのでやめておこう。すまないが神憑きの件は一任する。すまんな」
「一任してくれたほうがやりやすいので、それは構わないのだがな」
 そう言ってカリナは邪魔をしては悪いとばかりに学院長室を後にした。

「すいません、ダーウィック大神官様……」
 スティフィはミアの出自とロロカカ神の帽子の話の場に同行できなかったことを詫びた。
 せめてそのことだけでも直接報告しておきたかった。
 ただダーウィックはあまり気にした様子はない。今は、それ以上に別の気がかりがあるようにも思える。
「いえ、かまいません。ここの領主の護衛。それが相手であれば深入りはしないでください。そういう取り決めが、まあ、裏でですがあるのです」
「はい」
 スティフィも聞いたことのない話だ。
 だが、これからは無暗に難癖をつけるのを止めなくてならない。それを心に留めておく。
「それに妙な連中が院内に入り込んでいるようです」
「妙な…… ですか?」
 どうもダーウィック大神官はそちらのほうに今は心を割いているように思える。
「そちらのほうは我々は静観することを選びましょう。ああ、あの男はどうせ自ら首を突っ込むことでしょうから、そちらにお任せするのもいいでしょうか。恐らくは神がかりがやってきています。我々としては深く関わらないほうがいいでしょう」
 神がかりと聞いて、スティフィも身を強張らせる。
 つまり何らかの神がこの魔術学院に訪れてきているということだ。

「よぉ、カリナちゃん、お元気ぃ~♪」
 オーケンはカリナの行く手を阻むように立ちはだかった。
 その顔は晴れ晴れするほど、嫌らしい笑顔を浮かべている。
「おまえ…… まだ懲りないのか? 今はお前に構ってる暇はない」
 カリナはそう言ってオーケンを鋭く睨む。
 オーケンにとっては、それが嬉しくてたまらないと言った表情を見せる。
「知ってるよぉ、神がかりの連中だろ? だ・か・ら、今、会いに来たんじゃないか」
 わざとらしくも大げさな仕草をしながら、オーケンは無条件で殴りたくなる笑顔を見せる。
「いやがらせか?」
「そうだよ。だってさ、やられっぱなしじゃ詰まんねーだろ?」
「おまえというやつは……」
 カリナがそう言って少しだけ怒りをあらわにする。
 オーケンもさすがに凝りているのか、カリナの怒気を感じて距離を取る。
 別に戦って勝つつもりはオーケンにはない。ただただカリナが困ればそれでいい。そのためにだったら自分の命をも賭ける。
 だから、その口だけは止まらない。
「それにあの連中の隠している力、あれ、元は巨人族のものなんだろ? なぁ? そういえば、ここいらはその昔、元々巨人の国だったらしいからな? ちがぅ?」
「……」
 その言葉にカリナのほうが固まる。
 そして何も言い返せない。
「あれー? 図星だった? 黙っちゃって、かわいいな、もう。外道狩り衆とかそんな名前だったよな、俺でも調べるの苦労したぜぇ? マーカスのやつもなかなか口割らないし、まあ、ただ単にまだ何も知らなかっただけなんだけどな。あいつには悪いことしちゃったよ」
 そう言って、オーケンはこらえきれないように笑って見せる。
「残念だが、少なくともその件に私が関与したことはない」
「じゃあ、別の巨人さんかなー? 人間にあんな危険な術を授けちゃってさ、いいのかねぇ?」
 オーケンが笑顔で、心底楽しそうな笑顔で、カリナにそう問いかける。
「私は関与していない。それにすでに力は封印したとも聞いている」
「へー、そなのか。詰まんねーな、そりゃ。けど、それは知らなかったな。良い情報をありがとうよぉ。でもぉ、なんでもそいつらの術って、そいつらの子孫じゃないと扱えないらしいな?」
 一瞬だけオーケンは詰まらなそうな表情を見せるが、すぐに楽しそうな表情を再び浮かべる。
「なにが言いたい」
 カリナがそう言い返すと、
「ミアちゃんもそうらしいじゃないか」
 と、オーケンが真顔でそう言った。
「ミアが?」
 カリナも驚いた表情を見せる。
 確かにカリナにも、見ただけでは、もはや血が薄まりすぎてそうである者とそうでない者の区別などもうつかない。
 ただ領主の娘がわざわざ出向いてまで会いに来ているということは、オーケンの話の裏付けにもなっている。
「何だ知らなかったのか? へへっ、情報網だけは勝っているみたいだな。まあ、って、ことはさぁ、ミアちゃんも引いているんじゃないのか? あんたと同じ血を……」
「……」
 その言葉にカリナはやはり言葉を返せない。
「まただんまりかい? けど、心当たりありと言った感じかぁ? けど、おかしいよな、巨人は神に嫌われいるはずなのに、ミアちゃんは好かれてるってのはさ…… 本当に面白い子だよなぁ?」
 オーケンは普段にもまして楽しそうな表情を、心の底から楽しそうな表情を浮かべた。

 ミアはルイーズと別れた後、なんとなく建設中のジュダ神の社に来ていた。
 学院が休みにもかかわらず建築は続けられているが、今日は休みなのか人はいない。
 蒸し暑く強烈な日差しが降り注ぐ中、ミアはその場を少しの間ぼぅっと見つめていた。
 自分が貴族と言われても、まるでピンと来ない。しかも領主の娘の可能性もあるとのことだ。
 そんなことを言われても信じられるものではない。
 それにミアにはロロカカ神がいる。いや、ロロカカ神しかいなかった。
 それがこの魔術学院に来て、変わりつつある。
 別にそれでロロカカ神への信仰が揺らいだ事はない。
 けど、それ以外も知ることでミアは世界が広がることを知った。
 今改めて、落ち着いて考えると、ロロカカ神は自分の出自を知らせるためにこの地に自分を遣わせたのかも、とさえ思う。
 で、あるのならば、もう少しちゃんと話を聞けばよかったのかもしれない、とミアは後悔し始めている。
 ミアがそんなことを呆然と考えいると複数の人の気配を感じた。ただミアはそれを気にも留めない。
 けれども、それはミアに近づいて来てきた。
「いいね、いいね、この社、いいね。誰の? 誰の? 誰のなの?」
 誰かの会話、かとミアは一瞬思ったが会話ではないのか返事はない。
 まさかその言葉が自分に向けられたものだとはミアは少しの間気づかなかった。
「答えて、答えて、答えてよ」
 そう言われて初めてミアはそちらに目を向けた。
 そこには白い服を着た、髪も肌も雪のように白い、けれど、目だけが赤い、血のように赤い少女がふらふらと立っていた。
 その後ろには、顔も隠れるほど、白い法衣を深くかぶった者達が十数人、無言で佇んでいた。
 異様な気配をミアも感じつつも、まずは自分に喋り駆けていたことを気づけなかったことを詫びた。
「あ、すいません。この社ですか?」
「うん、そうだよ、そうだよ、この社、社、社だよ」
 ミアが反応したことで白い少女は急にごきげんになった。
「ジュダ神のです」
「ジュダ? ジュダジュダ…… 川の? 畑の? それとも、川の?」
 その少女は神の名に心当たりでもあるのか、そう聞き返してきた。
 だが、その少女の視線は定まっておらず、どこを見ているのかも分からない。
 ふらふらと揺れ動き、時折涎をそのまま垂れ流していたりもしている。
「いえ、破壊神だそうです」
 明らかに普通の相手ではない、けれど、ミアはそんなことは気にせずに普通に対応する。
「ハカイ! 破壊…… 破壊…… そう…… それは残念。残念ね。なら、ならなら、なら、貰うわけにはいかないね? いかないね? 破壊ならダメね」
 その言いようは、まるで破壊神でないのであれば、この社を貰おうとしているような言い方だ。
「はい。あなたは……」
 ミアも少しこの少女からおかしな気配を感じ始めていた。
 ただおかしいではない、なにか普通の人間とは決定的に違うような、そんな言葉にもできない何かを感じている。
「ワタシ? ワタシ? ワタシハ…… 魔術…… 魔術の神…… 神様、その…… 器…… う、器、器、うつわぁ!!」
 と最後のほうは喜んでいるのか、言葉というよりは奇声のように聞こえる。
「神様の器?」
 ミアがそう聞き返すと、白い少女は嬉しそうに、それでいて頭を狂ったように振って何度も頷く。
「そう、そう、そうなの。そうなの。あなたも? あなたも器なの? あなたも、ワタシ、ワタシとイッショ?」
 白い少女はミアに興味があるのか、その視線の定まらない目でミアを食い入るように見ている。
「いえ、私は巫女ですよ」
 ミアがそう答えると、白い少女に明らかな変化が現れる。
「あっ、あっあっ…… 神… 神様が…… あなたと…… 話したいって…… あっ、あっ……」
 そう言って少女は自分の頭を痛そうに抱え込んだ。
「え? だ、大丈夫?」
 ミアがそう声をかけると、少女の動きが急にピタッと止まる。
 そして直立しミアをまっすぐに見つめだす。
 その眼はただただまっすぐ瞬きもせずにまっすぐミアを見据えていた。今までのように視線が定まらないことなどない。
 逆にミア一点しか見ていない。
「そなた、何者だ?」
 急に雰囲気が変わる。今までの口調とは違う重圧のある声でそう問いかけてきた。
 そして、ミアもその存在を感じる。目の前にいる少女は間違いなく神格だと。
 今の今までそんな感じはまるでしなかったが、急に、目の前の少女がはっきりと神格と感じるようになった。
 さすがにミアもそれには驚く。
「え、は、はい? え? 神様? 神族の方、ですか?」
「我は本体から分離した分け御霊ではある」
 まったく感情の無い真顔で少女はそう言った。
 分け御霊、分霊とは神がその一部を切り離し地上などに顕現させる神、神のその一部である。
 分けれられたものであるため神格は本体に劣るものの、まぎれもなく神であり神性である。
「も、申し訳ありません。私はロロカカ様の巫女、ミアと申します」
 ミアは頭が高いと、膝を落とし屈み込み、ロロカカ神の巫女であることを伝え、自分の名を名乗った。
「ロロカカ?」
 と、その神が言い返したところで、その神格が急に消えたことをミアは感じた。
「はい」
 と、一応、返事しつつも白い少女を見ると、今度は急に慌てだしている。
「え? うそ、なんで? なんで? なんで? 神様? 神様? どこいったの? どこ行ったのですか? おまえ、おまえ、おまえ!! 神様になにした? 神様去った、どこかへ行った?」
 白い少女は、はじめっから錯乱していたようだが、より一層錯乱したように騒ぎ立て始めた。
 それに反応するように、後ろで控えていた白い法衣を纏った連中も距離を無言で詰めてくる。
「聞かれたことを答えただけです。それで満足なされたのでは?」
 ミアもなぜ急に神が去られたのかわからないので、そう答えることしかできない。
「そう? そう? そう? そうなの? ちがう、ちがうちがう、ちがう。神様、急いで去った、おまえ、神様になにした!」
 白い少女を守るように、白い法衣を着た者達がミアを取り囲んだ。
「ま、待ってください、私が、人である私が神様に何かできるわけないじゃないですか」
 そう言うと、白い少女は少しだけ落ち着く。
「それは…… そう、そう、そうそう、神様に、なにか、なにか、神様になにかできる、わけない、わけない。でも、でもでも、でも、神様去った、去られた。おまえ、おまえ、許さない、許せない、ゆる、許さない」
 そう言って白い少女と白い法衣を纏った者達はミアを囲み近寄ってきた。


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