学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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夏休みに尋ねて来た方々

夏休みに尋ねて来た方々 その1

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「あのお姫様が訪ねてくるのって今日よね? 荷物持ち君いなくていいの?」
 スティフィは食堂でだらだらと昼食を食べながらミアに話しかけた。
 スティフィが食べているのはピリ辛の香油サァーナで、少し夏バテ気味のスティフィにも美味しく食べることができる。
 なんでも香油をしっかりと乳化させることが重要なサァーナに、唐辛子を入れピリ辛な味わいながらに食べ出と栄養があり夏バテにもピッタリなサァーナなのだとか。
 それに対してミアは香草と燻製肉のサァーナを食べている。
 想像以上に豚の燻製肉が多く入っていてガッツリとくる一品になっている。
 流石にミアも具なしサァーナからはもう卒業している。
 ミアもこの地方の異様な蒸し暑さには苦しんでいるが、北国で生まれ育ったスティフィほど影響を受けているわけではないのでがっつりとした物を食べて暑さに対抗したようだ。
 それらの話はともかく。
 ティンチルから帰って来たミアに一通の手紙が届いた。
 この領主の娘、ルイーズ・リズウィッドからだ。
 なんでも重要な話があるので時間を空けておいて欲しい、とのことだった。その指定された日時が今日であるのだが、時刻はもうお昼だ。
 流石に領主の娘から手紙までもらっているので予定を入れるわけにもいかず、ミアは朝から手持ちぶたさでだらだらとしている。
「今日ですね。一体何の話でしょうか」
 ミアはルイーズのことを思い出す。
 ティンチルの海で出会ったこの領地の姫様だ。
 ロロカカ様の帽子のことをどうも知っているかのようだった。恐らくはその話なのだろうが、ミアにとってもこの帽子はロロカカ様から頂いた、という事しかわからない。
 もしこの帽子の由来がわかるなら、ミアにとっても嬉しいことだ。もしかしたらロロカカ様に通じることもなにか明らかになるかもしれない。
 それだけに楽しみではあるが、日にちの指定はあったが何時ごろに来るかまでは手紙に書かれていなかったので、こうして時間を潰しながら食堂でお昼を食べている。
「ミアの出生の話でしょ? もしかして領主の隠し子とかなんじゃないの?」
 スティフィも本気でそれを言っているわけではない。
 が、スティフィ的には割とありうる話だ、とも思っている。
 そもそもこの世界の領主とは元々は王であり、王は神々より選ばれた人間だ。
 つまり、神に好かれた者達である。その血を引いているならば、ミアが神に好かれやすいと言うことも納得ができる話だからだ。
 それらを考えれば、存外ありそうな話だが、スティフィが今言ったのは、ただ単にミアをからかっているだけの戯言のような物だ。
「そんなわけないじゃないですか」
 それをわかっているミアもまともに取り合うつもりはない。
 適当にあしらっている。
「で、荷物持ち君はどうしていないのよ?」
 スティフィはそう言って食堂前に荷物持ち君が居なかったことを気にする。
 あの姫様の護衛役の連中は自分一人では、どうにもならないことがスティフィにもはっきりとはわかっているからだ。
 もし、あの連中と揉めるようなことがあれば、荷物持ち君かミアの精霊の力がどうしても必要となってくる。
 精霊の場合は人間相手に手加減がまだ難しいかもしれないので、スティフィ的には荷物持ち君がいてくれると心強いのだ。
 護衛とはいえ殺してしまえば、相手が領主の娘の部下なので大問題になる。なので、スティフィ的には抑止力として荷物持ち君にいて欲しい。
 上位種の古老樹が相手なら手出しされることもない。それが要人の護衛であるならばなおさらだ。
 ミアの精霊も強力な精霊だが、精霊では普通の人間には見ることも感じることもできないので抑止力にはなりにくい。
「グランドン教授の所です。調べる代わりに色々素材をくれるという奴です。今日行けば、荷物持ち君に琥珀の目が付くはずですよ! ふふっ、かわいいですね」
 ミアはそう言って楽しみ、とばかりに笑って見せた。
「それは…… かわいいのかしら? 居なくていいの? お姫様、今日来るんでしょう? あの護衛、私だけじゃきついわよ? まあ、ミアの精霊が居れば、それで安全は安全なんだろうけど」
 琥珀の目が付いた荷物持ち君がかわいいかどうかはスティフィにはわからないが、姫の護衛役の実力だけなら理解できている。
 ついでに、荷物持ち君に琥珀の目が付いたからと言って、スティフィはかわいいとは思えない。
 古老樹としての強さの方がどうしても勝ってしまう。
 使い魔格闘大会の荷物持ち君の動きを見て、スティフィもあれは人間がどうこうできる存在じゃない、というのはわかっている。
 荷物持ち君がいるだけで、その実力を測れる相手なら、それだけで手出しできなくなるはずだ。
「なんで争う事前提なんですか……」
 ミアは呆れながらにそう言った。
「そういう可能性もあるという話よ」
 スティフィの常識では貴族、特に権力を持っている領主などはろくな人間がいない。というのが常識だ。
 逆にミアからすると、なんか偉い人。ぐらいの認識でしかない。
 ミアの育ったリッケルト村がある地域は、そもそも領主もいないほど辺境の地だ。どういった存在かも実はよくわかっていない。
 ただスティフィがそこまで言うのであれば、昼食と食べ終わったら荷物持ち君の所へ具合を見に行っても良いかもしれない、とは少し考えだしている。
 今はとりあえず話題を変える事にした。そもそもミアは領主の娘と揉める気などない。
 逆にロロカカ神の帽子のことを聞けるとのことで、期待はしているくらいだ。
「そんなことよりも聞きましたか、スティフィ。騎士隊が山狩りした結果、オオグロヤマアリの巣が発見されたそうですよ」
「オオグロヤマアリ? オオグロ…… オオグロ…… ああ、あの小型犬位にまで成長する馬鹿でっかいアリよね?」
 その名も、山を全てを巣にした、という事実からつけられた大きく育つアリの虫種だ。
 そんなアリを思い出して、食事中に虫の話はするな、と内心思ってはいるがスティフィはそれを口には出さない。
 ミアにとっては虫種も貴重な食料だったという話を既に聞いているからだ。
「兵隊アリは馬くらいにまでなるらしいですよ。その巣を通っていろんな虫種が入り込んでいるって話ですよ」
 虫種がこの世界に降り立った時、そこは最果ての北の地だった。なので北側は未だに虫種が多い。
 虫種がもう少し中央よりの場所に降り立っていたら、この世界はとうに虫種たちのものになっていた、なんて話まである。
 と、言うものの虫は虫だ。暖かい場所の方がより増えるし大きく育つのだ。
 極寒の北の地に虫種たちが降り立ってくれたおかげで、虫種たちは今程度の繁栄に留まっているだけだ。
 オオグロヤマアリもスティフィが知っている働きアリが小型犬くらいまで育つという話も北の領地での話であり、夏は蒸し暑いこの領地ではもっと大きく育つ。
 ミアが言っている通り、その兵隊アリもこの地域なら馬ほどまで大きく育つ。北の寒い地方だとそこまでは流石に大きく育たない。
 またオオグロヤマアリの兵隊アリは戦闘性能は非常に高く、同じ大きさの肉食獣などよりも高いとされている。
 そもそもアリの外骨格が鉄のように硬いという話だ。
 大型の肉食獣の牙も爪も、オオグロヤマアリの外骨格に歯もたたない。また信憑性は低いよもやま話だが、磁石がオオグロヤマアリに引きつけられて引っ付いた、なんて話まである。
 実際にオオグロヤマアリの外骨格には鉄分が多く含まれており、それを精製した鉄を蟻鉄と言い、酸に強い耐性を持つ鉄として重宝されている。
 ただ磁石が引っ付くほどの鉄分濃度は流石にないらしいが。
 そんな通常のアリとはかけ離れたオオグロヤマアリだが、その生態は大きさこそ違うが、アリそのものだ。
 地面に穴を掘り巣を作り女王アリを中心として発展していく。
 このアリを相手にする場合、アリ同様に集団で襲いかかるため、肉食獣などよりよほど厄介だ。
 その体躯を維持するためか、食欲旺盛でなんでも襲う。もちろん人も襲う。一夜にして村一つが壊滅したなどという話もある恐ろしい虫種だ。
 そのため、発見されれば駆除の対象にもなる。
「え? でも熊カブリって本当に北でしかみない虫種よ? いくら巣もでっかくなるからって、いくらなんでも……」
 オオグロヤマアリの巣が大きくなるというのは有名な話だ。
 だが、いくら山一つを巣にした事実があるとしても、本来、熊カブリがいるのは本当に北側の地域だ。いくら何でも離れすぎている。
 それにそもそもオオグロヤマアリの巣を色々な虫種が通ってこれるとも思えない。他の虫がいれば間違いなくオオグロヤマアリに対処されているはずだ。
「なんか、まだ仮説らしいですけどいくつかの巣が繋がったりしているんじゃないかって話です。更に、もしかしたら天然の洞窟なんかも経由していろんな場所に繋がってるっていう話まであるそうです。面白いですね」
 ミアは目を輝かせてそう言った。
 確かにそういう話があるのならば、与太話としては面白いだろうとはスティフィも思う。
 だが、流石に今回の話は突拍子もなさすぎる話だ。
 熊カブリがいるような北の地から、この南の地までどれだけ離れていると思っているのか。
 この世界の陸地の端と端を繋げるような話だ。さすがに無理がありすぎる。
「それ本当の話なの?」
 だが、スティフィは会話を続けるためにそう聞き返す。
 本当はこの場に荷物持ち君を呼び戻したいのだが、ミアがわざわざ話を変えて来たと言うことは、そのつもりがないと言うことなのだろうと思っているからだ。
 なので、スティフィ的には食事中にあまりしたい話ではないが、ミアが楽しそうに話しているので付き合うことにしただけだ。
「オオグロヤマアリの駆除の手伝いの依頼が掲示板に出てますよ、受けようかどうか迷ってます。それを受ければ本当かどうかもわかるかもしれませんよ」
 スティフィは確かにそんな掲示板あったと思い出す。
 自分がミアに教えた物だが、すっかりとその存在を忘れていた。
 それはそれとして、スティフィはミアがその駆除に参加するのは反対だ。
 虫種には神の威光も通じない。ミアが神の巫女だからと虫種たちは遠慮してくれはしないのだ。もちろん虫達は祟り神すら恐れることもない。
「お金は使い魔格闘大会に出て稼げたじゃない、かなりの額でしょう? アリの巣の駆除は結構危険らしいわよ。やめときなさいよ。ジュリーを見なさいよ、働かなくて普段はぐーたらしてるくせに、毎日、優雅にパンだけは欠かさず食べてるわよ」
 大金を得て自堕落な生活をし始めてしまった先輩を思いだし、ミアも何とも言えない表情を浮かべる。
 そして、少しだけ話題を変える。これ以上ジュリーを悪く言われても悪い気がするからだ。
 ジュリーが大金を手に入れた発端はミアにもある。
「今夏休みじゃないですか、講義はないのに時間はあるんですよ。これを機に魔術の研究を始めようかと思いまして。そうなると色々入用なんですよ」
 魔術学院は生徒として生活しているだけなら、さほど費用は掛からない。
 それは魔術の扱い方を学ばなければ、魔術を暴走させてしまう危険が常にあるため、学びやすい環境を整えているからだ。
 それ故に領主が資金だしその運営を補助している。
 なので入学し学ぶだけなら大した金額はかからない。
 が、魔術の扱い方以上のことを学ぼうとしだすと途端に金が掛かり始める。
 例えば、自分で新しい魔術の研究や開発ともなると、それまでとは比べようにない金額が必要となってくる。
「第八等魔術師程度が魔術の研究を始めるとか聞いたことないわよ」
 それを聞いたスティフィは呆れたように口を開いた。
「え? そうなんですか?」
 その言葉にミアは驚きを隠せないでいる。
 ミアの知識では魔術師は探究者をさす言葉でもある。道に入り道を究めてこそなのだ。
「第八等魔術師なんて一般人が魔術の制御ができますよ、っていう程度の証明書よ? せめて第六等魔術師になってからにしなさいよ。六等にもなれば自分の魔術店を開けるしね」
 スティフィの言う通り世間一般では、第八等魔術師は魔術師を名乗れこそすれ、魔力を十分に扱える、という程度の知識と技術を身に着けている、という証明でしかない。
 第七等魔術師になると、より巧みに魔術を扱え魔術具の作成などをして魔術学院以外にも自分の作った魔術具を卸すことができるようになる。大概の人間は第七等魔術師になり魔術学院を卒業する事を選ぶ。
 魔術具を作り降ろしていれば、それで生涯生活には困らなくなるからだ。
 さらに第六等魔術師にもなると、魔術師として自分の店を開き商売を始めることができる。その内容は多種にわたる。
 一般的にはこの第六等魔術師が一人前の魔術師と言われている。
 それ以上の級等は、それこそ魔術師学院の教授でも目指さない限り余り意味はないものとなっている。
「じ、自分の魔術店…… お、お金の匂いがします!!」
 ミアは目を輝かせた。
 そんなミアに対してスティフィは冷静に事実を伝える。
「ミアには商人は無理よ、ある意味だけど、人が良すぎるもの」
「え? それは褒めてくれているんですか?」
 ミアは少し照れつつも不思議そうな表情を浮かべる。スティフィの気だるさそうな表情は自分をほめている様子ではないからだ。
「褒めては…… ないかな。だってミア、人を騙すことできないでしょう? そんな人間に商人なんて無理よ」
 スティフィは夏バテからくる気だるさに耐えつつ、ミアを見てそう告げた。
 そして再度、ミアのボケっとした顔を見て、商人は絶対無理だ、と確信する。
「商売には信用と誠実さが大事って聞きましたよ! 私が誠実かどうかまではわかりませんが」
 リッケルト村にいたトンプソンというまじない屋が言っていた言葉を思い出す。
 人はいいが、少しおどおどしたおじさんで、ミアが何が買いに行くと、あまり目を合わせてくれないが、いつもおまけで泣き芋から作ったお菓子をくれていた人物だ。
 そのトンプソンが、商売には信用と誠実さが大事と言っていたのだ。
 まじない屋というからには、トンプソンも第六等魔術師であり職業魔術師だったのだろう。
 当時のミアにはそれがわからなかったが。
 そんな思い出にミアが浸っていると、スティフィはミアに厳しい視線を送る。
「それは建前の話。実際の商人っていう連中はね、金の為なら何でもする連中なの。ほら、ミアだって一度襲われたでしょう? もう忘れたの?」
「そ、そう言えば……」
 確かにスティフィの言う通り商会の一つにミアの持っている神与知識の権利で狙われたことがある。
 それを救ってくれたのはスティフィであり、その背後にいるデミアス教の力だ。
「それにミアは巫女でしょう? お店は諦めなさいよ」
 スティフィがそう言うと、ミアも正気に戻ったように素直にそれを認める。
「それはそうですね、学問だけにしておきます。でも自分の研究って憧れませんか? それに研究こそ魔術を学ぶこと、その先にある話だと思うんですよ」
 ミアの言っていることはもっともなことだ。
 未知の魔術の研究こそが本当の意味で、魔術を学ぶと言うことだ。
 ただ、スティフィからしてみればそうでもない。
「えぇ…… 魔術なんて便利な物を教わって、それを扱えればいいじゃない。わざわざ自分で開発するなんて……」
 スティフィからすると魔術は人から学ぶもので、自ら作り出すものではない。
 他人が作り出した物を学び、それを利用する。スティフィにとっては魔術とはそういう物だ。
 学問ではなく模倣する技術であり、戦いのための武器であり便利な道具でしかない。信仰ともまた別のものと考えている。
「私は勉強するためにこの学院に来ているんです!」
 魔術を学問ととらえる様になってきているミアは、素直にスティフィの考えに賛同できない。
 ミアにとって魔術は神との信仰の一部であり、やはり学問なのだ。
 どちらが正しいかというと、両方とも正しい。
 魔術は信仰の一端であり、学問であり、技術であり、便利な道具でもある。
「そう言えばそうだったわね、じゃあ、勉強だけしてアリの駆除はやめておきなさいよ。本当に危険らしいわよ」
 スティフィもオオグロヤマアリの駆除に関わったことはない。
 ただ巣が大きくなると地形が変わるほど穴を掘るし、巣の周辺は危険地帯となるため、発見され次第に駆除の対象となる。
 その際、死傷者が出ることも多いと聞く。そもそもその顎で噛みつかれでもされれば、人間の腕など簡単に切り落とされるというし、また酸の毒針も使う。
 どちらも致命傷になりかねないのに、それらが大量に潜んでいてどこから襲われるかもわからない場所、しかも人にとっては行動の制限される巣穴での戦闘となる。
 戦闘の素人であるミアが出向くなど危険すぎる。
 それこそ騎士隊にでも任せておけばいい話だ。
「マーカスさんは参加するって言ってましたよ。師匠さんに使い魔大会で稼いだお金を巻き上げられてお金がないそうです」
 それを聞いたスティフィはプッと噴き出して笑うが、お金を巻き上げられたことに対しては哀れんだのか、それについては言及はしなかった。
「あれは、あー見えて、もう第六等魔術師なのよね。一人前の魔術師なのよ。元騎士隊志望ってだけあって戦闘面でも問題ないのよね」
 マーカスは既に魔術学院で三年ほど学んだ歴とした魔術師の一人だ。
 頃合いを見計らい、騎士隊へ正式採用される直前だったという話もある。また素行に問題が少々あり、それが先送りにされていたとも。
 普段は割とまともなのに、時に奇妙で奇抜な行動に走ることがあるため、学院の問題児などと言われていたくらいだ。
「え? マーカスさんってお店開けるんですね…… 羨ましい」
 ミアは自分の店を開くことに未練でもあるのか、そんなことを言っている。
 もしかしたら、ミアが巫女でなかったら本当に魔術具店など開いてたかもしれない。
 少なくともその才能はある。店先には別の人間を立たせる必要はあるだろうが。
「お店からも離れなさいよ。学びに来てるんでしょう?」
 と、スティフィが言ったところで、スティフィは食堂の入口に目をやる。普段、食堂では感じないような異質な気配を感じたからだ。
 ミアもスティフィにつられて目線を向ける。
 そうするとすぐに華やかな一人と物々しい面々が食堂に入ってきた。
 お昼時なので結構な客の目を集めている。
 その一団はまっすぐミアの元までやってくる。
 そして、ミアとスティフィが座っている机を取り囲んだ。
「お食事中のところ申し訳ありませんが失礼します。ミア様」
 領主の娘、ルイーズがそう言って丁寧なお辞儀をした。
 ミアが頭を下げてお辞儀をする前にスティフィが口を開く。
「来たわね、お姫様」
 そう言ってスティフィは敵意むき出してルイーズを睨みつけた。
 が、とうのルイーズはスティフィを見てもいない。その視線の先はミアであり、ミアの被っている帽子に向けられている。
「あっ、ルイーズ…… 様。お久しぶりです」
 と、スティフィの行動に半笑いで誤魔化しつつ挨拶すると、ルイーズから返事が返ってきた。
「ルイーズでかまいません。まだ確たる証拠はないですが、ミア様は、わたくしの姉なのかもしれないのですから」
 そのルイーズの言葉にブノアが頭を抱えた。
「は?」
「え?」
 スティフィとミアも気の抜けた言葉を吐いてそのまま固まった。
 それにより完全にその場はルイーズが支配したようなものだ。
「今日はその話をしに来ましたが、どこか落ち着いて話せる場所はないですか。できればわたくし達とミア様だけで」
 スティフィには目線を向けず、ミアだけをまっすぐ見てルイーズは言った。
「私はミアの護衛よ。私もついていく」
 その言葉に反応するようにスティフィが会話に入ってくる。
 そうは言い返したものの、スティフィの頭なの中も、ミアが本当に領主の隠し子? と、いうことでいっぱいいっぱいだった。
「あなたのことも調べさせていただいています。スティフィ・マイヤーさん。ミア様に危害を加えるつもりはございません。しかも、領主の出生の話…… と、なるかもしれませんので、今回はご遠慮ください」
 それに対しルイーズは事務的に対応する。
 そう言われてしまえば、大概の人間は引き下がるしかない。
「か、関係ない、わ、私は……」
 が、スティフィも私情だけでミアについて回っているわけでもない。
 それに謎めいたミアの出自を知る機会でもあるし、ミアの帽子、よくわからない祟りを起こす帽子の謎も分かるかもしれない。
 それらをダーウィック大神官に報告すれば、きっと褒めてくれることだろう。
 スティフィもそう簡単に引くつもりはない、が。
 それをミア自身が止める。
「大丈夫ですよ、スティフィ。精霊さんもついてくれていますし。私の部屋でいいですか? 女子寮なので男子禁制なのですけど」
 そうミアが伝えると、
「いいえ、ダメです。こちらの者達、その代表者はブノアというのですが、この者もわたくしの護衛であり騎士団の一員でもあります。また、一応は、この領地の貴族でもあります。まあ、言ってみれば私の遠い親戚とも言えます。なので、関係もあるのですよ。特にあなたのその帽子とは深い関係があるのです。その件に関しては、わたくし以上に。なので外せません」
 という返答が返ってきた。
 ルイーズの姉と言うことは、この領地の姫であり、次の領主候補でもあると言うことだ。
 だが、ミアにとってそんなことは些細なことでしかない。確かに驚きはしたが、そんなことよりもミアにとってはロロカカ様の帽子の件の方が気になる話だ。
 もちろん領主になどなるつもりもない。ミアは自分がロロカカ神の巫女であることを自覚し、それに誇りを持っている。
 いずれは、リッケルト村に戻り巫女の役目を果たさなければならない。それはミアにとって何にかえてもだ
「じゃあ、どうしましょう、いい場所…… いい場所……」
 ミアが学院にきてもう三ヶ月以上経つが、ミアの学院での行動範囲が特に増えていない。
 リッケルト村という隔離された小さな村で生きて来たミアにとってこの学院はまだまだ広すぎるのだ。
 なので、条件に合いそうな場所をミアは思いつけない。
「デミアス教の教会なんてどう?」
 と、スティフィが嬉々として提案する。
 あの場所なら、自分が居なくとも盗聴は容易だ。
 間違いなく情報を得れるはずだ、とスティフィは薦める。
「さすがに迷惑ですよ。あっ、そうだ。フーベルト教授の家なんてどうですか? ここからそう遠くないですし」
 と、名案とばかりにミアは思い着いた場所を家主に了承もなしに提案する。
「ねえ、ミア。そっちの方が迷惑じゃないの……?」
 スティフィが少し引いた眼でミアを見た。


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