学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常

試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常 その8

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 烏賊だけでなく本当にいろんな海洋生物を間近で見れて大満足のミアとマーカス。
 へたりながらもそれなりに楽しんだ、いや、楽しもうとしていたジュリー、そして、楽しかったのはお昼代わりの試食品の試食会だけだというスティフィらは帰りの送迎用使い魔に既に乗り込んでいる。
 遅れてグランドン教授も送迎用の使い魔に乗り込んでくると、運転手の魔術師が教授に恭しく頭を下げた。
 グランドン教授はそれをめんどくさそうに片手だけで返事をして、一番奥の座席に座り込む。
「この使い魔もグランドン教授が作られたんですよね、凄いですね! こんなに揺れないのはなんでなんですか?」
 ミアがその技術を褒め称えると、グランドン教授はまんざらでない顔をしながらも、少しだけ苦笑いを見せる。
「ふむ。サスペンションという神与知識を使っているからですな。 まあ、言ってしまえば、特に我が凄いわけではなく、神与知識が凄いだけですな。この知識の使用料も割と凄いですが」
 グランドン教授は、それをとても優れた技術だとは思うが、使用料がとても高くあまり世間に知れ渡ってはいない。
 神与知識とは確かにそうものだが、それは技術の停滞を意味しているのではないか、とも考える。
 そして、それこそが神々の…… と考え始めたところでグランドン教授はこのことに関する思考をやめる。自分とてその神々の僕だということをわきまえている。
 グランドン教授も分かっている、この世界は、世界そのものが未完全で停滞しているのだから、人のみが進歩してしまうことの方が悪なのだ。
 それに、そんな未完全な世界でも少しでも快適に過ごせるようにと神々は未来の知識を授けてくれている。そうであるのならば、文句を言うなどそもそもが筋違いだ。
「神与知識ですか…… 権利の話はもうこりごりです。そもそも、私にはよくわかりませんし」
 そう言ってミアは深いため息を吐き出した。
 ミアは以前、神与知識を得た結果、自分に目をかけてくれていた人に命を狙われるような事態となってしまったことを悔いている。
「ミア君、あなたも神与知識を所持しているじゃないですか」
 グランドン教授からすれば、なぜミアがそんな表情を浮かべているのか、理解しがたいことだ。
「え? そうなの?」
 それを聞いて、ジュリーが驚きの声を上げる。
 そしてジュリーは羨望の眼差しをミアに向ける。
 驚いたジュリーを見て、ミアはそう言えばジュリーとマーカスにはちゃんと言ってなかった、と思い出す。
 ついでにマーカスは特に驚いた様子はない。既に知っていたのかもしれない。
 それどころかマーカスは周りの話など一切聞いておらず、海洋館で見聞きしたことを自分の帳面に丁寧に書き記すことに集中している。
 今何か話しかけても答えが返ってくることはないだろう。
「そうですけど、そのせいでいろんなことに巻き込まれましたし、食堂のおばちゃんは居なくなってしまいました」
「あれはミアのせいではなく自業自得でしょう?」
 ミアの表情が曇ると、すぐにスティフィがミアを擁護する言葉をかける。
「え? 食堂のパンの権利者ってミアさんなの? 生徒内に権利者がいるって噂、本当だったのね……」
 ジュリーが少し目の色を変えて、それでも自分をちゃんと自制してから、そう言った。
 ただ以前のミアほどではないが苦学生のジュリーからすると、神与知識の権利を持っているなど羨ましい限りだ。
「そうです。それで得た利益は、ジュダ神の社を作るために資金として学院に全額寄付しています」
 ジュダ神は既にこの地を離れている、ということらしいが、それでも神々の中でも破壊神と呼ばれる神々はもっとも恐ろしい存在である。
 念のためにと、その神の社を作っておいても損はないし、破壊神の社があるのならば、他の神もその学院には何かと手を出しにくくもなる。
 神の膝元になく、どの神にも組していない中立的な魔術学院にとって、実はありがたい物となりうる。
 それが知識を授けてくれた友好的な破壊神であればなおのことだ。
 実はシュトゥルムルン魔術学院にとっては、良い縁ともなりえる魔除け的な役割になってくれる可能性もある。
「あのパンは中々手頃な価格でいて美味しいですからな。今でもかなりの売り上げらしいですな。我も買っていますぞ」
 グランドン教授はざっと計算しただけでも、ミアは一カ月当たり金貨三か四枚ほど手に入れているはずだと試算する。
 実際にはミアが保有している神与知識はパンを作ることだけでなくその過程で作られるバターや酵母などにも掛かってくるので、それを考えるともっと多くの金額を得ている事だろう、とも。
 それはパンの売り上げの権利だけでも魔術学院の事務員などの給料などよりよっぽど高い。
 しかも、学院内の食堂だけの売り上げでそれだけの金額を得られている。販売先を増やせば、それこそ、都と呼ばれるリグレスや、ここティンチルで売り出せば、ミアは相当な金額を得ることができるはずだ。
 が、当のミアは揉め事を嫌う方針で、学院の食堂のみでの販売することで落ち着いている。
「手頃ではないですよ……」
 と、ジュリーはグランドン教授に相手にされないと分かりつつも独り言のように言った。
 教授達にも確執はあり、特に光の勢力と闇の勢力に属する教授達、いや、魔術学院の、魔術に精通した教授達だからこそ、その確執は特に深い。
 シュトゥルムルン魔術学院はその確執は、まだましな方なのだが、光の勢力の強硬派であるエルセンヌ教授を相手にしているうちに、グランドン教授が闇の勢力で一番の強硬派となっていた。
 とはいえ、グランドン教授も特に勢力争いに興味があるわけではなく、個人的にエルセンヌ教授が気に喰わない、といった程度の物だ。
 シュトゥルムルン魔術学院の場合は、他の教授達が特に勢力の争いに、今は、ではあるが、興味がない、そのせいでもある。
 ただそれらの要因から、巫女科、つまりはエルセンヌ教授の生徒であるジュリーのことを、グランドン教授は余り快く思っていない。
 なので、あまり相手にはしていなかったが、ただ真面目なだけが取り柄そうな生徒相手に少し大人気なかったかもとは考えだしている。
 ジュリーを見る限り、エルセンヌ教授に心酔しているとも思えない。
 ただ今更とりあうのもなんなので、グランドン教授は照れ隠しのついでに話しを変えた。
「ミア君たちはいつまでこちらに?」
「三泊四日で、明後日のお昼には帰りの馬車に乗らないといけません」
 ミアは既に名残惜しい、という表情を見せてそう言った。
 それだけこのティンチルという街が浮世離れした街なのだろう。
 普通の人間が、特に普段贅沢もしていないような人間がこの街に居続けるのは、ある意味毒なのかもしれない。
「ふむ、少々せわしないのですね。まあ、賞品としてもらったものなら文句をいうのも筋違いですが。しかし、それでは、せっかくこのティンチルまできて海で遊べないのは、さぞ残念な事でしょう」
 海遊びができる、というこの街は他の領地でも少し話題になっている。
 それほど、この世界では海は危険であり、人の領域ではないのだ。
 それだけに、海に安全に入れるようになるという、フェチ神が授けてくれる水着の存在は大きく、この街でそのフェチ神の神官であるエレノアの地位も盤石なのだろう。
 そんな人間がなぜ道化の格好をして案内人のようなことをしているかまではわからないが。
「明日も海で遊べなければ、温泉巡りでもしてみます?」
 ミアは同行者の顔を見ながらそう言うと、ジュリーだけが力づよく頷いた。
 スティフィは行くならついていく、そう言った表情を見せた。マーカスはその話すら聞いていない。
 それらの表情を見て、グランドン教授は一つの思惑を思いつく。
 彼が考えているように事が運べは、色々と面白くも自分にとって都合が言い様に事が運ぶはずだ、と。
「ふむ、それより今日の夕方からある使い魔の大会に出たらどうですか?」
 グランドン教授はまるで暇ならば出てみればいい、程度に、気軽にそれをミアに進めた。
「でも、荷物持ち君を出したらずるじゃないですか? そもそも、その大会、使い魔の性能と使い魔を操る技術を競う大会なんですよね? 荷物持ち君はそもそも操らなくていいですし……」
 ミアのその言葉を待っていたとばかりにグランドン教授はニヤリと笑う。
 確かにそうだ。まだ苗木の状態とはいえ、動き回る古老樹相手に人が造った使い魔などが何かできるわけはない。
 勝負にすらならない。
 この世界で使い魔同士を戦わせるという行為は一つの娯楽である。
 それと共に以前は戦闘などの複雑な動きが苦手だった使い魔の動きを戦闘を行えるほど洗練された物へと押し上げたものでもある。
 基本的には、使い魔は決まった動きを組み合わせて動作させる。その全ての動作全てに術者が命令をだして動かしていた。だがそれは以前の話だ。
 使い魔同士を戦わせ、競わせることで、それらの技術は飛躍的に向上していった。術者が命令を出さなくても、こう動いたら追加で別の動きをする、相手の動きに反応して自動で動く、などのそういった技術が次々と競う中で生まれていったのだ。
 技術や知識は神から授かる物、という価値観のこの世界では珍しいことだ。
 また使い魔同士を戦わせ競わせるという行為は一部の人間たちを魅了し惹きつけもした。
 そういったこともあり、観光地や比較的大きい街などでは、使い魔同士を戦わせるという催し物は一つの娯楽となっていったのだ。
 さらにそれは賭けの対象ともなり、ある種の定番と言っても良いかもしれない。
 それだけにのめり込む者も多い。
「だ、そうですよ。ライアン君、それを聞いてどう思いますか?」
 グランドン教授は急にこの送迎用の使い魔を運転している魔術師、ライアンに声をかけた。
 声をかけられたライアンも少し驚いてはいるようだ。
「操作がいらない使い魔ですか? 師匠。あまり信じられません」
 と、ライアンはにこやかに返事を返すが、なにか薄っすらとではあるが焼けつくような沸々としたなにかをライアンは発していた。
「そこの泥人形がそうです。生きていて意思のある上位種を核とし、上位種により最適化された刻印により、核となる上位種の意のままに動き回る、我が知る限りでは最高で最強の使い魔です。少なくとも泥人形というくくりであれば、世界最強なのは間違いないですよ」
 荷物持ち君の秘密をグランドン教授はぺらぺらと話し出した。
 ミアは若干慌てているが、魔術学院の教授だからと、そんな理由で納得し特に抗議の声もあげなかった。ミアが納得しているので荷物持ち君もなにも反応しない。
 そもそも主人であるミアに危害が加えられないのなら、荷物持ち君は人間達の間に余り介入しようとも思わない。
 確かに、荷物持ち君は非常に稀有で特別な使い魔だ。使魔魔術師からすれば、喉から手が出るほど欲しいし、とてつもない研究材料である。
 が、その核であるのは古老樹という上位種だ。
 苗木とはいえ、魔術を行使したのを確認できた今となっては、既に人間がどうこうできる相手ではない。
 周りにバレたところでどうこうできる人間などがそもそもいない。それに後ろにいるのが、この地では有名な名を持つ古老樹の朽木様がいるのだ。
 この地方でその名を知らない者はいないし、その名を聞いて手を出そうと考える者もいない。
 特に朽木様は精霊王と共にいる。朽木様の怒りを買えば、同時に精霊王も怒らすこととなる。
 それらのこととは別に、厄介ごとが増えそうだ、とスティフィはあまりいい顔はしていない。
「ま、待ってください、その使い魔は師匠がお作りになったのでは?」
 ライアンがグランドン教授の話を聞いて慌てて確認する。
 彼の認識では、この泥人形は、敬愛する師匠の作だったはずだ。
「我はただ手伝っただけですよ」
 と、グランドン教授はそっぽを向いてそう言った。
「でも、刻印の元はグランドン教授が……」
 ミアがそう言おうとするが、それをグランドン教授が遮る。
「それも上位種により完全に上位互換の別物になっています。どうですか、ライアン君。戦ってみたくなりませんか?」
 そう、グランドン教授が声をかけると、
「師匠の命であれば」
 と、闘志、というよりかは怒りの炎をたぎらせたライアンが答えた。
「別に命令ではありませんよ」
 グランドン教授は素知らぬ顔でそう言ったが、ライアンの放つ雰囲気はやる気で満ち溢れているように思える。
 ライアンの放つ怒気ともいえる気を感じ取ったミアは慌てて否定する。
「グランドン教授、私は出るとは……」
 ミアにはまだよくわからないが、なぜかライアンという魔術師を怒らせてしまっているようなのは感じ取れている。
 そんなミアを見てグランドン教授が、わざと腰を低くして頼み込むように言った。
「ミア君。ここは助けると思って出てくれないでしょうか?」
 その様子を運転席から見ているライアンの怒気がさらに強まる。
「どういうことです?」
 強まった怒気を気にしながら、ミアが聞くと、グランドン教授は姿勢を正して答えた。
「ライアン君も、そろそろ世界の広さを知らねばなりません。色々と性格的に問題を起こすかもしれませんが、やはりライアン君は、こんな運転手などやっているには惜しい逸材です。作成の方は…… まあ、凡人止まりですが、使い魔の操縦者としては一流の腕を持っているんですよ」
 グランドン教授はライアンにも聞こえる声でそう言った。
「師匠……」
 と、ライアンから放たれている怒気が一瞬にして消え去った。
 その代わり、強い尊敬の眼差しがライアンからグランドン教授へと向けられる。
「私にはライアンさんは礼儀正しい良い人に思えます。問題を起こすようには……」
 ライアンから発せられるあからさまな怒気が消えたので、ミアはここぞとばかりにライアンを擁護する言葉を述べようとするが、それもグランドン教授に遮られてしまう。
「ライアン君は少し負けず嫌いでですな、そして、ここが厄介なのですが、少し我に入れ込みすぎなのですよ。ほどほどにして欲しいのですがね」
 グランドン教授はそう言って、本当に迷惑そうな、更に色濃くめんどくさそうな表情を浮かべる。
 ライアンの使い魔を操る腕が超一流でなければ、グランドン教授も関わらずにいたのかもしれない。
 こんな観光地で送迎用の使い魔の運転手をさせておくなどもったいない、と思いつつも、ライアンは定期的にティンチルでも開催される使い魔格闘大会で優勝している、と耳している。
 その腕は錆びつくどころか、このティンチルという地で研ぎ澄まされているのかもしれない。
 そう思うと、やはり運転手などさせておくのはもったいないと、グランドン教授は思うのだが、ライアンの性格を考えるとグランドン教授はあまり関わりたくないのもまた事実なのだ。
 ライアンと深くかかわるとグランドン教授は疲弊する。しかもライアンに悪意はなく善意のみで接してくるため質が悪い。その上で、ライアンはグランドン教授の話を聞くようで、ライアンにとって都合のいいことしか聞いていないのだ。
 グランドン教授からするとただただ疲れる相手で、一時期はここの運転手に収まってくれたことに感謝すらしていた時期もあるほどだ。
 ただ、やはり彼の才能は惜しい。
「師匠! 何を言っているんですが、師匠は尊敬に値する人物であり、私の目標でもあり、崇拝すべき人間であり、人間でありながら神に勝るとも劣らないほど偉大な方じゃないですか!」
 ライアンは急に物凄い早口でまくしたてるかのように一息で言い放った。
 それを聞いたグランドン教授は、やれやれと疲れた表情を見せた。
「と、言う具合でしてな。神と比べられる身にもなって欲しいのですよ。それでいつどこで、どんな神に目を付けられ天罰を受けるかもしれない、という身にもですね」
 グランドン教授はやはり関わるべきではなかったのかも、と若干の後悔を抱きつつも、使い魔の操作技術という事のみにおいてはだが、自分の後継者にもなりえるライアンのことを考えると、もったいないという気持ちがやはり強い。
「何を言っているんですか、師匠が神と同等なのは……」
 そう言って、使い魔を運転中のライアンが完全に振り返り、目を爛々と輝かせてそう言ってくるのを、
「ライアン君、ちゃんと前を見て運転してください。危ないですよ」
 グランドン教授は疲れながらも慣れたように注意をした。
「は、はい!!」
 ライアンもグランドン教授にそう言われ、すぐ前に向き直す。
「そう言う訳で、ミア君、お願いします」
 グランドン教授は疲れた表情を見せてミアに頼み込んだ。
「いや、あの…… そんなお願いされてもですね。細かいことは置いておいてですよ。それと荷物持ち君に何の関係が?」
 当のミアは困惑するばかりで、どう答えていいかすらわかっていない。
 特になぜ荷物持ち君が格闘大会に出なければならないのか、その理由がミアにはまるでわからない。
「荷物持ち君にはライアンのよくわからない独自の信念…… ともいうべき物を根元からポッキリと折って欲しいのですよ。その後の再教育は、気が進みませんが我がやるしかないでしょうな」
 グランドン教授はうんざりとした表情でそう言った。
 神が当たり前にいる世界で、この神罰や神の祟りともいうべきものが割と日常的な世界で、身近に神と同等な人間だと言ってくるようなことほど、迷惑なことはない。
 それさえなければ、ライアンを自分の傍に置いておくこともやぶさかではなかったのだ。
 それほど、ライアンの使い魔を操る技術は優れている。
 それこそ、使い魔の操縦者としては世界を狙える才能を持っている、とグランドン教授は考えているほどだ。
「し、師匠、何を言っているんですか!」
 ライアンから強い憤りを感じるも、グランドン教授は関係なしとばかりに話を進める。
「ライアン君には、そうですな。今、我が持っている中ではありますが最高の使い魔を貸しましょう。とはいえ出先なので、我が所持している中では上の下と言ったところですがね。もし、荷物持ち君に勝てならば、その使い魔はそのままライアン君に差し上げましょう、どうですかね?」
「し、師匠!?」
 ライアンが余りにも驚いたので、送迎用の使い魔が多少左右にふらついた。
 ライアンからすれば、敬愛する師匠から自分に対しての、何に対してかはわからないが、ご褒美にすら思えた。
 怒気や憤りはすべて、消え、ライアンは歓喜に包まれ天にも昇ろうとしていた。
 そこで、今まで黙って悪態をつきながらも話を聞いていたスティフィがつっこみを入れた。
「それ、ミアに何の利益もないじゃない、ですか。 それにただ単に荷物持ち君の性能を実際に見て見たいだけなんじゃない、ですか?」
 スティフィのその言葉にグランドン教授には待ってましたとばかりにニヤリと笑って返した。
「そうですよ。実際それが七割ほどですな。残り三割がライアン君を、迷惑なので更生させたいという我の願いですな。ふむ、しかし、確かにミア君に利がないのも事実、大会に出て頂ければ、我が秘蔵しているいくつかの、荷物持ち君の体に適した素材を提供しましょう」
 そう言ってグランドン教授は少し考えこみ、手持ちとそれと伝手で入手可能な素材を頭の中に並べていく。
 それらを洗い出して整理し、グランドン教授はそれらの素材の説明をしていく。
「まずは、その豊富に含まれた数種の魔力から虹色に輝くというオエビア領の七色湖の虹水、次には、季節などお構いなしに満月の夜ごとに花をつける生命力の塊のような満月桜の花付き枝、それに加え余りにも強い力ゆえ少量のみですが黄金に輝く黄金粘土もお付けいたしましょう! どうですか、荷物持ち君」
 数々の高級な素材を上げられ見つめられた荷物持ち君は、物欲しそうに、欲しいおもちゃを我慢している子供のような雰囲気で、ミアを見上げた。
 荷物持ち君、その核である古老樹は荷物持ち君の内部にある腐葉土から栄養を得ている。
 腐葉土の元はミアが魔力の水薬などで使った後の草木の廃棄物を腐葉土にして与えてはいる。
 廃棄物とはいえ、それにはロロカカ神の魔力の残滓が残っているため、荷物持ち君にとって大変ありがたいものなのだが、木が育つうえでの栄養素としてみると若干偏りがある。
 それでは古老樹として大きく育つことはできない。
 が、グランドン教授が今あげた素材はどれも荷物持ち君からすると喉から手が出るほど欲しい素材たちなのだ。
 七色湖の虹水はその乾いた根を潤し、満月ごとに花を咲かせるその花びらを腐葉土に混ぜるだけで活力を漲らさせる事ができるような代物だ。
 神の国からこぼれ落ちたと言われている黄金に輝く粘土は荷物持ち君の泥の体の強化に大変役立つものだ。
 荷物持ち君からするとどれもミアを守る上で欲している数々の品だ。
 それらの素材を得られるのであれば、低俗な大会に出るのもやぶさかではない、と荷物持ち君は判断している。
「うう、そんな目で見ないでください、荷物持ち君……」
 荷物持ち君に見つめられ、とはいえ、荷物持ち君には目はついてはいないが、ミアは何とも言えない表情を見せる。
「目? 荷物持ち君に目なんてないでしょう?」
 スティフィが今度はミアにつっこむが、ミアはそれに対して真面目に回答を返した。
「元々はある予定だったんですが、いろんな都合からなくなったんです。古老樹を核とするならば、そもそも目なんていらないって話で…… それに目には宝石を使うので高いんですよ!」
 古老樹であれば周りの様子はすべて感じとれてしまう。
 使い魔用の外部の様子を察知するための目などそもそも必要ない。その上、目と呼ばれるようなものは魔力と相性の良い宝石類が使われることが多い。
 必要ない物に、ミアが代金を出していたわけではないが、そんな無駄な経費はかけられないので、使い魔としての目は不要と判断され、採用されなかったのだ。
「ならば、ダメ押しで千年針葉樹の琥珀を二個お付けいたしましょう!! これで荷物持ち君に目を与えてあげられますぞ」
 それを聞いた荷物持ち君が両手を上げて喜んでいる。
 泥人形であり粘土の体で、その核は古老樹と言うことで、樹液の化石である琥珀は荷物持ち君と親和性が高く相性がいい。
 また魔術を使う上で、霊的な目があるとないとでは、その精度に大きな違いが出てくる。
 特にまだ古老樹として育っていない荷物持ち君からすると、霊的な目による補佐はぜひとも欲しい物である。
「荷物持ち君は目が欲しいですか?」
 ミアが聞くと、荷物持ち君は二回大きくうなずいた。
「なんだか気は引けますが、荷物持ち君がやる気ならば……」
 それを見てミアも観念を決める。
 そして、大会に出ることで揉め事に巻き込まれないようにとも願う。それと同時に、まだ決まったわけではないが賞金を手にできることはやっぱりうれしい。
「いいの、ミア? 素材につられて荷物持ち君がグランドン教授の魔の手に……」
 スティフィが冗談で言うが、ミアはやはり真面目に答える。
「うーん、そもそも私は荷物持ち君の刻印の調査にも賛成も否定もないんですよ。ただ上位種が絡んでくる問題なので、自分では判断がつかないので荷物持ち君にその判断をゆだねているだけで。とはいえ、大会に荷物持ち君を出すのはずるい気がして気は引けますが。荷物持ち君が出たいと言うのならば、それを止める権利もないんですよ」
 ミアはそうはいっているが、荷物持ち君はあくまでミアの使い魔だ。止める権利位持っているし、ミアが大会に出るなと言えば、それに大人しく従い、それに対して不平不満もないのだ。
 ミアは荷物持ち君を自分の使い魔として使いつつも、古老樹として敬意は持っているつもりではいる。
 が、ここで荷物持ち君が乗る気になり、ミアからの反対も出なかったことで、グランドン教授本来の目的が如実に表れる。
「だ、そうですよ。荷物持ち君。我はまだまだ数々の高品質な素材を取り揃えておりますぞ。それはもう今回提供するの物とは比べ物にならないほどの超高級素材ですぞ。主であるミア君を守るために、その数々の素材、欲しくはないですか? 少し、ほんの少しその刻印を調査するだけで、です。それらの素材をミア君に、しかも先払いでお渡しいたしましょう、どうですか?」
 グランドン教授にそう言われ、荷物持ち君は少し悩む。
 先ほど挙げられたような素材は自身を強化する上で必要不可欠だ。なにせ泥人形の体では力の源となる大地が足りないし、力を吸い上げるための地脈もない。
 それを補うには質の良い、それも様々な種類の要素がどうしても必要となってくる。
 だが、親である朽木様が最適化してくれた泥人形の体を自由自在に動かすための刻印は、まだ人には過ぎた知識だ。
 ロロカカ神の神与文字で書かれたこの刻印を人間が理解できるようなことはまずない。
 だが、万が一という場合もある。
 もし少しでも解析できてしまえば、使魔魔術において革命を起こして、魔術的特異点となり兼ねない。
 おいそれとまだ幼い人類に渡してよい知識ではない。それはとても危険なことだ。
 そもそも人間に知識を与えるのは神の役目で古老樹の役目ではない。
 そうなのだが、この泥人形の肉体の強化と荷物持ち君自身が古老樹として力を付けることは急務でもある。
 昨晩も外道種の襲撃があった。これからも門の巫女、その候補者であるミアを外道種は狙ってくる。
 それを防ぐのが護衛者の役割だ。
 昨晩程度の外道種であればなにも問題はない。
 ただ外道種たちを束ねる外道の王たちが攻めてきたら、今の荷物持ち君の体ではミアを守り切ることはできないかもしれない。
 自分と同じく護衛者の精霊であればある程度の対抗はできるだろうが、精霊が身を休めるための社は荷物持ち君の内部にある。
 この荷物持ち君の体が破壊されてしまえば、精霊が身を休める社はなくなり、いくら限りなく不死に近い精霊と言えどいずれ力尽きてしまう。
 そのためにもこの泥人形の強化は最優先なのだ。
 そう、最優先なのだ。
 護衛者の役目は何事にも勝る。
 荷物持ち君はやや迷いながらではあるが、ゆっくりと頷いた。
「おお、ダメ元のつもりでしたが言ってみるものですねぇ。まさか荷物持ち君の方から許しが貰えるとは思いませんでした。とはいえ、調査は学院に帰ってからになってしまいますな。ここでは報酬をお渡しできませんからな。なるべく相性の良さそうで必要そうな素材を用意しますゆえ、荷物持ち君、お願いしますぞ」
 まさかここまでうまく事が運ぶと思っていなかったグランドン教授は今まで見たこともないほどの良い笑顔を見せている。
 しかも、古老樹である荷物持ち君から直接許可が出ているのであれば、他の教授達からの横槍も来ることはない。
 学院でもじっくり落ち着いて調査することができるというものだ。
 だが、ご褒美に使い魔を貰えると思い込んでいるライアンが改めて疑問に思う。
 グランドン教授ともあろうお方が、なぜそこまでしてただの泥人形に入れ込むのかと。
 もちろんグランドン教授は先ほどその理由をその口から説明してはいる。しかし、ライアンにはそれが届いていないのだ。
「師匠、その使い魔はなんなんですか? 特別だと言うことは理解できていますが…… なぜ師匠が使い魔にそこまで?」
 それを聞いたグランドン教授から笑みが消え、深いため息が吐き出される。
「ライアン君…… 相変わらずですな。先ほども言ったでしょう? この荷物持ち君は、古老樹であり、その制御刻印は古老樹により最適化された、いわば魔術的特異点そのものなのですよ。神ではないですが、古老樹という上位種からもたらされた、それこそ場違いな技術なのですよ」
 グランドン教授はやや怒気を込めて力説するが、
「ですが、師匠ではあればそんなものにたよらずとも……」
 と、ライアンは不思議そうな表情を浮かべただけだった。
 グランドン教授は更に疲弊したように深いため息をつく。
「はぁ、やはり話が通じないですな。この荷物持ち君の刻印は我の知識や技術では理解もできないほど高度なものが使われているのですよ? そもそも我は、使魔魔術師としては優秀であると自負はしていますが、人という種族においても最高の使魔魔術師というわけでもないです。そのあたりは、ちゃんとわきまえていますぞ」
「何言ってるんですか、師匠! 師匠は最高の使魔魔術師じゃないですか、何言ってるんですか?」
 ライアンは再び振り返り、そうグランドン教授に強く言ってくるが、グランドン教授ももう相手するのは疲れたとばかりにまともに相手はしない。
「はぁ…… ライアン君、とりあえず前を見て運転していてください。まあ、こんな具合なので、どうにかして欲しいのですよ、ミア君、そして、荷物持ち君。お願いしてもいいですかな?」
「荷物持ち君が良いのなら? まあ……」
 と、ミアは曖昧な返事を返しつつ、なぜ荷物持ち君が大会に出ることで、それが改善されるのかは理解できていない。


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