学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常

試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常 その9

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 魔力灯の青白い光に照らされミアは、不安で手両手で杖を強く握りしめながら、少しおどおどとしつつも舞台にでてきた。
 確かにミアは巫女であり人前に立つことには、それなりに慣れている。
 だが、リッケルト村とここ、ティンチルの使い魔専用格闘場の舞台の上ではミアに向けられる視線の質もその量もまるで違う。
 その上で一枚上に羽織っているとはいえ、水着姿で大勢の人前に立っている。
 それらにミアは戸惑い緊張していた。
 ミアと、そのミアに出場する直前に一緒に舞台に立ってくれるようにと泣いて頼まれたスティフィが、舞台にあがるのと同時に凄い歓声が沸き起こる。
 なんに対する歓声かなのは、それは歓声を発している人物達にもわからなかったかもしれない。
 それは場の空気だったのかもしれないし、使い魔格闘大会に出場する選手で珍しく女性が参加者、しかも若い、一枚上に羽織りつつも帽子を被った水着姿の女子と言うことで上がった歓声なのかもしれない。
 ただ実際の多くは、ミアの隣にいる際どい水着姿のスティフィに向けられたものだったのかもしれない。
 スティフィはそのきわどい水着しか身に着けておらず、ミアのように上から一枚羽織っているわけでもない。結局のところ、そんなスティフィのあられもない姿に向けられたものだったのかもしれない。
 その様子を少し離れた舞台の袖から満足げに金髪碧眼の美女が見ている。
 とても美しい女性だ。自身も布地は多いのだが、なぜかスティフィの着ている水着と張るほど際どくも品のある水着を着ている。
 舞台上の司会の男性がミアを指さし、飛び入り参加者であることを紹介し、あることないことを大声でまくし立てていく。
 そして、ミアを既に舞台に並んでいる今日の大会の参加者である四人の男の隣に並ぶように指示してくる。その中にはライアンの姿もある。
 ライアンは鋭い目線をミアに向けるが、大衆の視線で浮ついているミアはそのことに気づいていない。
 場の空気にあてられて、いや、大勢の人の熱気のある好奇の眼差しにあてられでもしたのかミアはとても浮ついていた。
 そのミアを手を引きスティフィが付き添って指定された場所へと誘導する。
 その様子に再度歓声が上がる。
 ミアは内心やっぱり出るんじゃなかった、と後悔しつつこの大会が早く終わることを望んだ。
 今日の大会の参加者はミアを入れて五名。総当たり戦で勝ち数が多い者が優勝、勝ち数が同じ場合はその者たちの再戦で決着。そんな単純な大会だ。
 使い魔の操縦者、こういった大会では操者とも呼ばれる者たちの紹介が終わると、今度はその使い魔の紹介が司会の男によってはじめられた。
 ミアはせめて普段着で来ればよかった、と嘆いていたが、金髪碧眼の女性、道化の化粧を落としたエレノアの薦めにより水着姿で舞台に立つこととなった。
 その方が絶対盛り上がるから、と言われてその気になりはしてみたものの、直前になって怖くなり、スティフィに泣きつき、ともに舞台に立ってもらっているような状態だ。
 ただロロカカ様の帽子と古老樹の杖だけは身に着けている。普段、身に着けない場合は荷物持ち君に預けておけばいいが今日はその荷物持ち君が主役だ。
 預けたまま試合に出すわけにもいかないし、どこかに置いて置けるようなものでもないので、ミア自身が身に着けておくしかない。
 他の人間が意図した、しない、にかかわらず、手にしたら、それはそれで恐ろしいことになる物だからだ。
 スティフィはスティフィで目立ち、大勢の熱烈な視線を釘付けにし、気分がかなり良くなっている。
 この場にいる誰もが聞いていない使い魔の紹介が一通り終わると、ミア達は舞台に使い魔だけを残して一旦舞台から出ていく。
 飛び入り参加者のミアは、常連の選手では待機場所が違うようで、ライアンらの常連選手はミアが待機している場所にはいない。
 ライアンらは逆側の舞台の裾にいるようだ。
 これからはしばらく休憩時間という名の賭け事の時間だ。
 舞台上に設置された大きな掲示板に五人の参加者の名前が書かれ、その隣に掛けられた数字の札がひっきりなしに変えられていく。
 この札は各操者に賭けられた大まかな金額を表示している。
 この賭場は絶対に賭場が儲かる仕組みになっている。
 その代わり賭場は大儲けはできないが、そもそも客を呼ぶための催し物の一環で、儲けを出すのは二の次で運営維持費さえ確保できていればいい算段で開催されている。
 そのせいか、滅多にないことではあるが例え優勝者を当てたとしても、その者に人気が集中していた場合、掛け金を下回る配当もあり得る。
 賭けられた金額の総額から賭場が、優勝賞金や参加報酬、運営資金などで全体の三割ほどをまず受け取り、残りの総額を優勝者を当てた者達で分けあう。その際、自分が賭けた金額の割合によって配当がある。ただ、それだけでなくその配当の割合に条件による配当倍率も掛かってくる。
 例えば、優勝者の勝ち数まで当てた場合は、賭けた金額に正の方向で倍率がかかるし、外した場合はもちろん負の方向での倍率がかかる。
 勝利数まで賭けないことももちろん可能だが、その場合は一番人気だとそれほど儲けがなかったり、場合によっては配当金がかけ金を下回る可能性もある。
 そんな賭場となっている。
 ついでに賭場が三割持っていくのはまだ良心的な方で、場所によっては五割以上持っていく賭場も存在する。
 一番人気はもちろんライアンだ。続いてミアが二番人気。残り三人は賭けられた率が低く団子状態と言ったところだ。
 とはいえ、ライアンが圧倒的人気で、他の三人より若干ミアが人気になっているだけの状態だ。
 ここティンチルでの使い魔格闘大会の常勝王者であるライアンが一番人気なのはわかる。
 大差をつけられているとはいえ、二番人気にミアが来ているのは、恐らく飛び入りでの初参加で、尚且つ使魔魔術師としては珍しい女性の参加者だからだろう。
 賭けられた金額の一部が操者への参加報酬として支払われるので、珍しい参加者にご祝儀のつもりで賭けている者もいるからだ。
 それとグランドン教授が、ミアにかなりの金額を賭けているというのもある。
 その配当金を荷物持ち君へと渡す素材を仕入れるための資金にするつもりでいる。そうすることでグランドン教授は何の痛手もなく荷物持ち君の制御刻印を調査することができる。
 ついでにスティフィやマーカス、ジュリーまでもがミアに賭けている。
 ただジュリーだけは賭け終わっていても未だに不安そうにしている。
 ジュリーは絶対に荷物持ち君が勝つというグランドン教授を信じ、手持ちのお金のほとんどをミアに賭けてしまったからだ。
 もしミアが負けでもしたらこの夏休みは働き詰めで過ごさなければならない。
 逆にミアが勝てば、学院に帰ってからも、この夏だけでなく今年位は少し贅沢をして行ける余裕が生まれるかもしれない。
 そのためか、一人だけ必死さが違う。少なくとも賭け事を楽しんでいるようには見えない。
「ミアに結構な額を賭けたから負けないでよ?」
 スティフィが人気にあてられてほおけているミアにそう声をかけると、ミアは今気が付いたように正気に戻る。
「え? ええ!? スティフィまで賭けに参加したんですか!? そ、そう言うことは荷物持ち君に言ってくださいよ」
 ミアがそう言うと、スティフィは少し呆れた表情を見せつつも優しく微笑んでいる。
「なんでそんな緊張してるのよ? ミアは巫女だったんでしょう? 人前に出るの慣れているんじゃないの?」
「い、いや、リッケルト村はこんなに大勢の人はいませんし、儀式中は皆さん地に伏せているので…… それにこんな異様な視線に晒されることは今までなかったんですよ!!」
 尊敬、いや、畏怖の眼差しでミアが見られることは多かった。
 そう言った視線であればミアは確かに慣れている。
 だが、好意とも若干違う、まっすぐで熱烈なようで歪んだような何とも言えない視線に、それも大勢から向けられる視線にミアはまいってしまっている。
「視線は私が一身に引き受けてるじゃない?」
 スティフィはそう言って艶やかな仕草をして見せるが、ミアは苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。
「おかげで隣にいる私にまでその集中砲火の余波がガンガン来てるんですよ……」
 会場のほぼすべての視線をスティフィが集めていたと言ってもいい。ならばその隣にいるミアにまで目が行くのは当然のことだ。
 別に敵意を向けられたわけでもないのだが、ミアはその大勢から向けられた視線に、恐怖ともまた違うが少し似た感情を抱いていた。
「ついて来てって泣いて頼んだのはミアの方じゃない」
「そ、そうですけど!! そうですけどぉ!!」
 確かにスティフィに一緒に来てと、泣いて頼んだのはミアだ。
 だが、そのせいでより多くの奇異な眼差しにさらされることになったのもまた事実なのだ。
 だけれども、あの舞台に一人で出ていくのはミアには心細い。
 気心の知れたスティフィと共にでないと、とてもじゃないが上がれやしない。
 舞台の上だけが異様に目立つのだ。もう日が暮れていて辺りは薄暗いのだが、強力な魔力灯のおかげで舞台の上だけは異常に明るく、自然と観客の視線を集める作りになっている。
 使い魔の試合が始まれば、そちらのほうも明るくはなるらしいが、今その土俵場を照らす魔力灯はついておらず舞台にしか視線がいかないようになっている。
 さらに、使魔魔術師としては珍しい女性なので、ミアはより視線を集めてしまう。
 スティフィもそのことがわかってて、視線を自分に集めるために水着の上に何もはおらずに舞台の上に出て行ったのだが、どうも逆に視線を集めすぎてしまったようだ。
 そんな弱っているミアをスティフィは久しぶりに優位に立てたとばかりに満足そうにミアを見守る。
 そんな若干精神的にまいっているミアの様子に少なからず慌てだしたジュリーが、ミアに縋るように抱き着いてくる。
「に、荷物持ち君、負けないでくださいね、ま、負けたら私…… この夏は休む暇なく労働に勤しまなければなりません……」
 そんなジュリーをあざ笑うかのようにスティフィがからかう。
「賭け事で手持ち全部賭けるとか、バカのすることよ?」
 それを言われたジュリーは引きつった表情を見せる。
 その上で、ミアにしがみつき懇願するように聞いてくる。
「で、でも、荷物持ち君が絶対勝つんですよね? ね?」
 普段まじめな先輩のそんな姿を見ながらミアは、やっぱり出るんじゃなかったと後悔の念を深めた。
 だが、ジュリーの心配は無用だ。
 古老樹である荷物持ち君が負けるわけはない。
「負けはしないと思いますし、荷物持ち君の場合は私が操るわけでもないので、私が腑抜けてても平気ですよ」
 そう言ってミアはまだ舞台に立たされている荷物持ち君に視線を送る。
 荷物持ち君に表情などなく、ただその場にたたずんでいるだけだが、ミアの視線に気づいた荷物持ち君は、まるで、任せて、と言っているようにもミアには思える。
 実際はやはりその場にたたずんでいるだけだが、それが逆にミアからしてもなんだか心強い、とても自信に満ち溢れているようにも思える。
 荷物持ち君が勝てばミアにもかなりの金額が賞金としてもらえることとなる。
 荷物持ち君を使っているので若干の後ろめたさはあるが、お金はあっても困らないし、魔術学院で生活していく上でなにかと入用でもある。
 ミアにとっても嬉しい賞金であることは事実だ。
 それに、ミアがたとえ浮ついていても、荷物持ち君には関係がない。
 荷物持ち君は使い魔にもかかわらずミアの命令なしに、その自身の意思を持って行動することができる。今日の場合はミアなどただの飾りでしかない。
 武器すら自在に操れるようになっているほど器用な荷物持ち君が他の使い魔に後れを取るわけがないし、通常の使い魔では荷物持ち君を行動不能にすることは不可能だ。
 唯一負け筋があるとすれば、場外判定くらいのものだが、それは荷物持ち君も既に把握しているのでそれすらあり得ない。
 荷物持ち君は上位種であり、まだ若いとはいえ古老樹なのだから、その存在の在り方からして違う。
「そんなに、その荷物持ち君は強いのですか?」
 その会話を聞いていた道化の化粧を落とし、自らも水着姿となっているエレノアがミア達に聞いてくる。
 が、それに答えたのは控室からでてきたグランドン教授だった。正確には控室よりグランドン教授が出てたのでその問いに誰も答えなかったのだ。
 グランドン教授は、エレノアの水着姿を下から上へとゆっくりと見て、その艶やかな姿を堪能した後にやっと口を開いた。
「はい、エレノア嬢。まあ、あの使い魔は別格ですな。本来は出禁にすべき対象ですぞ。次回からは出禁にすべきですな、何もかもが根本的に違いますからな。今日は大会を荒らしてしまうと思いますが、祭りでもと思いご勘弁ください。使い魔界の神器とでもいうべき使い魔ですからな」
 グランドン教授が泥人形の使い魔にそんなことを言い出すので、エレノアは少し驚いた表情を見せるが、それをすぐに隠して優雅に微笑んだ。
 エレノアにとって、そもそも使い魔の勝敗などは関係ない。ただこの場が盛り上がり、しいてはこのティンチルにより多くの客が来てくれればいい、と考えているだけだ。
「これはこれは、グランドン様。グランドン様がそう言われるのであれば、次からは出禁ですかね? ミア様が若い女性ということもあり、この盛り上がり様なので少し残念ですが。今日の、まあ、様子を見てからでも悪くはないでしょうか?」
 エレノアはそう言って少し考える。
 ミアという逸材はこのティンチルという場所での使い魔格闘大会で、ある種の花形になるかもしれない。
 ミアとスティティの二人なら勝敗に関係なく人気になってくれるかもしれない。
 それほど使魔魔術を学んでいる女性は少なく、ましてや大会にまで出てくれるような存在は極めて稀なのだ。
 ミアを出禁にしてしまうのはもったいないとエレノアは思うが、グランドン教授の顔を立ててとりあえずは同意しておかなければならない。
 それらを踏まえたうえでエレノアは話を続ける。
「どちらにせよ、今の賭場は似たようなものとなっていますしね。新しい刺激が少し必要な状況ですし、私はミア様のような方の参加は大歓迎なのですけども。でも…… 今日はライアンにグランドン様の使い魔をお貸したと聞いていますが?」
 そう言って、エレノアは少し怪訝そうな表情を見せた。
 実際、現在のこの賭場の状況としてはライアンが出るとほぼ確実に全勝してしまう。
 なので、賭けが賭けとして成り立っていない状況なのだ。ライアンに賭けたとしても、ライアンに賭けが集中っしすぎて掛け金より配当金の方が少なくなってしまう事もある。
 それをどうにかしたい一心でエレノアは、飛び入り参加者を待望していたのだ。
 それでせっかくミアが出てくれるというのに、ライアンに使魔魔術師の権威でもあるグランドン教授がその使い魔を貸すことを少し訝しんでいるのだ。
「まあ、色々と巻き込んでしまったので賭場への謝罪を込めて、少しでも盛り上がれば、といった感じですな」
 そのことをグランドン教授はわかってか、わかっておらずか、ニッコリと笑ってそう言った。
「賭場は誰が勝とうがどちらにせよ儲かるようになっているのであまり関係ないですよ、まあ、賭けがこのまま成り立たなければ、開催そのものがなくなってしまうかもしれないですが。ライアンが出るとライアン以外には誰も賭けないので、賭場の開催自体がなくなってしまうような現状なのですよ。それなのに、使い魔をお貸しになるとか」
 エレノアはそう言って少し困った表情を見せる。
 それに対しグランドン教授はニヤリと口角を上げるだけで特に反応はしない。
 なので、とりあえずエレノアは言葉を続けた。
「でも、今日は飛び入り参加のミアさんがいるので賭場も盛り上がっていますし、全体的にも色々と盛り上がっているようなので、ありがたくはあるのですが」
 それだけに、ライアンに使い魔を貸したことがエレノアにとっては理解できないことだ。
 ただそれは荷物持ち君の実力を知らないからだ。知っていれば、グランドン教授の意図も理解できるというものだ。
 多少なりとも試合が面白くなるし、ミアに賭けているグランドン教授の配当金も上がるというものだ。
 ただグランドン教授には別の意図もあるのも事実だ。
「普段はそんなに盛り上がってないんですか?」
 エレノアの不審そうな表情を見てグランドン教授は不思議に思う。
 絶対的王者は格闘場の華なのではないのかと。
「まあ、試合自体は盛り上がるのですが、ライアンが出場すると必ず全勝で優勝してしまうので、そもそも賭けが賭けとして成り立たないんですよ」
 何度目になるかわからない言葉をエレノアはため息交じりに吐き出した。
 ライアンは確かに人気選手だがあまりにも他の選手と実力差がありすぎても、もはや試合になっていないのだ。
 ただそれでも今日のように飛び入りの参加者がいてくれれば話は違う、エレノアはそのことも言葉にする。
「ライアンが出場して、こういう風に賭けも含めて盛り上がるのは、今日のように飛び入りで参加者があった時くらいですね。なので、ミアさんのような珍しい飛び入り参加は大歓迎ですね。女性の使魔魔術師ということで人気も上々ですし、今日は配当が賭け金以下だなんてことはなさそうですよ。それも出禁予定のところですけども。本当にもったいないですね。でも、まあ、流石はお二人ともグランドン様のお弟子様と言ったところでしょうか?」
 エレノアの口ぶりからすると、ライアンが勝つとそう思っているようだ。
 それを見てグランドン教授は軽く鼻で笑った。
「ミア君は…… 弟子というか、ただの生徒ですがね。あと、ライアン君は、確かに操者としての腕は良い。ですが、彼は思い込みが激しいですからね。お山の大将と言ったところでしょうか。それも今日で終わりですがね。今日は彼の心をポッキリと折って、再教育しようと思い立ちましてな。そのために、ミア君というか、荷物持ち君に出てもらった次第です。貴重な使魔魔術師でしょうが、一旦学院の方に持ち帰らせていただきますぞ」
 エレノアにそう伝えるが、エレノア自体はライアンの雇い主でも何でもない。ライアンをどうこうする権利もない。
 ないのだが、そう言われたらエレノアも黙ってはいない。それに彼女は未だにライアンが今日も勝つと確信している。
「ええ、構いませんよ。強すぎてこちらでも少々持て余していたのも事実ですし」
 賭場としては停滞してしまっている。
 仮にライアンが居なくなったとしても、格闘場としての華はなくなるかもしれないが、賭場としては盛り上がるようになるのかもしれない。
 エレノアからすれば客がより多く来るようになればそれでいいのだ。
 なんなら、ミアのような女性の使魔魔術師を操者として雇い入れるのもありなのかもしれない。
 客も男性が多いので、勝とうが負けようが、その操者に賭ける人間も一定数はいるだろう、とエレノアは思いつく。
 それ以前に、同じような一方的な試合を見るより、どちらが勝つかわからないような白熱した試合の方が見ているほうが楽しめる事は間違いない。
「まあ、ライアン君は性格上、八百長には参加しないでしょうしね」
 グランドン今日はそう言ってニヤリと笑って見せた。
「あら、嫌ですね。八百長だなんてあるわけないじゃないですか」
 エレノアもその言葉に笑ってそう言葉を返した。
「ハハハッ、そうでしたな。これは失礼いたしましたな」
 実際にこの賭場での八百長はない。
 それはただの見世物、催し物としての側面が大きいからだ。賭場として儲けを出そうとそもそもしていない。
 ただ、賭場としてはこのまま停滞していくのもどうかという話も出ており、このままライアンが勝ち続けるのであれば何かしらのことはあったのかもしれない。
 そう言った意味ではグランドン教授の話は、格闘大会としてではなく賭場としてはありがたかったのかもしれない。
「それにしても大会会場に来られるのは珍しいですよね?」
 エレノアはグランドンが使魔魔術の教授の職にありながら、あまりこの使い魔格闘場に顔を出したがらないことを知ってはいるが、その理由までもは知らない。
「ええ、まあ、ここにはよくライアン君がいますからな。顔を合わせると色々と面倒でして。それに今日は解説役を請け負っていましてな」
 グランドン教授はつまらなさそうにそう言っているので、エレノアは実はライアンとの仲が悪いのかと考えもした。
 が、それもどうでもよくて、解説役で参加してくれることの方が彼女にとっては重要となった。
「まあ、それは素敵ですね。楽しみにしておりますよ」
 エレノアは今日は賭場だけでなく、観客の入りもいい理由がわかり納得した。
 魔術学院の有名な使魔魔術の教授が解説してくれるのだ、客を呼び込むのに一役買っているのは間違いない。
「エレノア嬢こそ、なぜこちらに? 賭場は担当外だと思っていましたが」
「一応はミア様の推薦者という形ですね。賭場の運営とは関係ないですが、これでも管理側の人間ですので賭けには参加してませんよ」
 そう言ってエレノアはもし賭けるなら、やはりライアンに賭けると心の中では考えていた。
 グランドン教授の話を信じていないわけではないが、ライアンの試合を何度も見て来たエレノアからすると、使い魔として最下位位であり、使い魔として性能が低い泥人形が勝てる様子が想像できないでいる。
 ライアンは間違いなく操者として天才だ。その彼がグランドン教授の使い魔を借りて泥人形に負けることなど、エレノアには思えなかった。
 そしてそれは通常の認識では当然のことだ。それは鶏と鷹が戦うような話だ。勝負にもなりえない。
「ふむふむ。おっと。エレノア嬢とのお話は名残惜しいですが、そろそろ待機時間も終わりですな。我も解説者として舞台の方に行くとしましょう」
 グランドン教授は不的な笑みを浮かべ、舞台へと上がっていった。

 使い魔同士の試合は舞台の上ではなく、その前に設置された土俵場で行われる。
 ただし使い魔の操縦者、使い魔の大会では操者と呼ばれるものは舞台の上から使い魔を操り戦わせるのが一般的だ。
 とはいえ、ミアの場合というか、荷物持ち君の場合は特にミアが何かしらの命令を飛ばすわけでもない。
 ただ操者用に用意された少し高くなった目立つ台の上に立たされているだけだ。
 スティフィも台の下までついてきてくれているが、流石に規定違反とのことで台の上まではついてきてくれなかった。
 ミアは異様に目立つ台の上に立たされてただただ、ぼけっと我を忘れて突っ立っているだけだった。
 その様子を見た先ほどまで操者と使い魔の紹介をしていた司会の男、今は実況役だが、そのことを解説役のグランドン教授に聞く。
「今日の飛び入り参加者のミアさんですが、珍しく女性、しかもまだ若い女性、更に更にその上、初めての大会出場とのことですが、ライアン操者に次ぐ人気となっていますね。ですが、若干ですが緊張しているようですね」
 専用の拡声器を通して声が会場全体にいきわたる。
 舞台の上だと少し声が大きくその振動を直に感じれるほどだ。
「ミア君も我の生徒ですが、使魔魔術に限らずどの分野においても優秀な成績を収めている大変優秀な生徒ですな。緊張は…… まあ、しているようですが何も問題ありません。彼女の使い魔は何もかもが特別なので。今日、優勝するのは彼女ですよ。それは我が保証します。ご祝儀で賭けた方もいると思いますが、その方は大変幸運でしたな」
 グランドン教授の言葉に、ミアにご祝儀で賭けた者達から歓声が上がる。
 グランドンの言い草からただの冗談にとらえている者がほとんどだが、それでもかなりの歓声が上がっている。
 グランドン教授は何も心配してないが、完全に心あらずと言ったミアのしまりのない顔に若干不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
「使魔魔術の権威でおられるグランドン教授がそう断言なさるんですか? ですが、教授の教え子として名高い、このティンチル使い魔格闘大会の覇者ライアンもいますよ! しかも、しかもですよ、今日は教授自らの使い魔をお貸しになっているとか?」
 実況役の男がそこまで言った後、まだグランドン教授の紹介がまだだったことに気づき、慌てて紹介する。
「おおっと、皆さま、失礼しました。ご紹介がまだでしたね! 今日の解説役は、シュトゥルムルン魔術学院で使魔魔術の教授として名高いクランドン・ランド教授、その人にお願いしております! グランドン教授には、このティンチルにおいても多大なるご助力をいただいているとのことで、いや、それ以上に使魔魔術にこの人あり、ということでご存じの方も多いかと思います!」
「ハハ、あからさまなお世辞ですが悪い気はしませんな。まあ、ライアン君に使い魔を貸したのは、少しでもこの大会を盛り上げるためですな。そうでもしないとミア君があっという間に勝ってしまうのでね」
 グランドン教授は含みのある笑いを見せて、そう言うと会場から様々な歓声と怒声が上がっている。
 怒声のほとんどは、ライアンに教授であるグランドンの使い魔を貸し与えたことに対するものだ。
 グランドン教授は無言でその怒声を嘲わらっている。
「そこまであの泥人形に信頼を? ええっと、荷物持ち…… 荷物持ち君一号ですか? それを操るミア操者が優勝するとのことでその根拠とは、ずばり?」
 実況役の男はグランドン教授の発言に大きく驚きながらも、グランドン教授にその理由を聞いてくる。
「まあ、名前はなんですが、その荷物持ち君が超がつくほど特別製なのですよ」
 と、グランドン教授はやや言葉を濁してそう言った。
 さすがにこの大勢の前で、荷物持ち君の秘密をばらそうとは思わないらしい。
「ほほう、やはりグランドン教授がお創りになったのですか?」
 実況役の男は自分で言って、それに納得しつつもグランドン教授に確認してくるが、グランドン教授はそれを否定した。
「いえいえ、我は少し手伝っただけですよ。それでもとても光栄なことですな。色々訳あって詳細は言えませぬが、そこらの使い魔とは比べること自体失礼な存在ですな。なので、ライアン君には少しでも善戦できるようにと我の使い魔の一つを貸しただけですぞ。これは決してライアン君に対する贔屓ではないです。ここにいる観客の皆さん、今日は歴史的瞬間を眼にできることを光栄に思ってください」
 そう言ってグランドン教授は自分の言葉を再度噛み締め、納得しているように頷いて見せた。
「グランドン教授がそこまで言うということは相当なことなんですね。私にはただの泥人形に見えないのですが、荷物持ち君にはどんな秘密があるというのでしょうか?」
「そうですね。まあ、見た目はただの粘土型の泥人形です。まあ、特別なのは初戦を見てもらえばわかりますよ。こればっかりはいくら我が今ここでなにを言っても信じられないでしょう。とにかく見ればわかります。これだけは保証いたします」
「なるほど、実際にその目で見て確かめて欲しいと言うことですね。これは楽しみです! そんなグランドン教授一押しのミア操者と戦うのはカイル・ビアス操者です」
 そう言って実況役の男はカイルという男を指さす。
 魔力灯の光がカイル操者に集まり強調されたところで、実況役の男はカイル操者の解説をしていく。
「カイル操者と言えばここティンチルではおなじみの古参の操者ですね。ライアン操者に食らいつこうとする粘り強い諦めない戦い方が一定の支持者を持つ操者です。消して諦めない闘志を持つ熱い男、カイル・ビアス操者、使魔魔術の権威グランドン教授が一押しする飛び入りのミア選手とどういった戦いを見せてくれるのか、今から楽しみです。と、言っている間に、使い魔のほうの準備ができたようですね。ミア操者のほうは、荷物持ち君一号! 泥人形という一番低い位の使い魔ながらにグランドン教授一押しの使い魔です! どんな戦いを見せてくれるのか、期待が持てますね」
「はい、我も荷物持ち君に全勝で金貨三十枚ほど賭けさせていただきました」
 グランドン教授のその言葉に実況役の男だけでなく、会場全体がどよめきだす。
 グランドン教授が賭けたという金額に、実況役の男の表情は引きつった。
 ミアが優勝しただけで、四倍近い配当になる。それに勝利数まで賭けている。
 もしミアが全勝で優勝することになったら、今日の賭け金の具合から大体二十倍近い倍率になる。
 それは金貨六百枚の配当金となる。とんでもない額だ。実況役の男の顔が引きつるのも当たり前だ。
「え? 全勝ですか? 全勝に金貨三十枚ですか? そ、それほどの信頼があるということなのでしょうか!? え、えっと、おおよそですが、もしミア操者が全勝した場合…… 金貨六百枚ほどでしょうか…… ものすごい配当金です! そ、それはさておきですね」
 その金額の高さに実況役の男が若干引きつつも、カイル操者の使い魔の解説はやめない。
「たっ、対するカイル・ビアス操者の操る使い魔は、騎士隊でも正式採用されている鋼鉄の騎士、鉄騎です!! その名はグランスルス! 鋼鉄の騎士、鉄騎グランスルスです!! 騎士隊で実践投入されることにより、改良に改良されてきた歴戦の使い魔、鉄騎ですね。その中でも比較的新しい型の鉄騎で、盾槍型で耐久特化と言ってもよい使い魔ですね。カイル操者との相性も抜群です! その鋼鉄の体と精神に泥人形がどう挑むのか、私は大変興味深いと思うのですが!」
 グランドン教授は解説役の男を鼻で笑いつつ、一応は解説を入れる。
「通常では泥人形と鉄騎では勝負になりません。鉄騎は長い間実践投入され、改良に改良を重ねられた非常に良く練り込まれた使い魔です。まさに戦いのために作られ育ってきた戦闘用の使い魔といったところでしょうか。対する泥人形は、まあ、初心者が試しに作ってみる、と言った使い魔ですな。本来であれば、泥人形では鉄騎の相手にならないというのは当たり前の話です。ですが、今回は相手が悪すぎました。次の試合もあるでしょうし壊されないことを祈りましょう」
 グランドン教授のその言葉に、実況役の男が信じられない、と言った表情を浮かべる。
 当たり前だ。泥で体を構成している泥人形が、鉄の塊である鉄騎をどう破壊できるというのか。それこそ、実際目にしなければ想像がつくものではない。
「え? それは鉄騎が壊されるということですか?」
 実況役の男はグランドン教授の言葉が信じられないとばかりに確認してくる。
 それに対しグランドン教授はにやけ顔でゆっくりと頷いて見せた。
「はい、まあ、信じられないと思いますよ。ですから、まずはその目で見て確かめてください。もう一度言います。今日優勝するのはミア君です。ミア君に賭けた方は大変な幸運をつかみましたな」
「は、はい、では、実際に見て、それを我々も判断するといたしましょう! 試合開始の合図を!!」
 実況役の男のその言葉で、カァーーーン!! と甲高い金属製の鐘が鳴らされる。
 
 まさしく勝負にならない。
 使い魔の位的に、泥人形は最下位。その力も動く速度も何もかもが、鋼鉄の使い魔、鉄騎にかなうはずがない。
 唯一敵うものがあるとすれば、泥人形のほうが待機時には低燃費なところくらいのものだ。
 ただそれは通常の使い魔であればの話だ。
 荷物持ち君は通常の使い魔ではない。上位種そのものなのだ。
 それこそ存在の成り立ちからして存在その物が違う。
 そのことを理解できている者はこの場には少ない。
 鉄騎グランスルスが突きだした鋼鉄の重く鋭い突撃槍を荷物持ち君は何の気なしに掴んで止めた。
 その槍には螺旋状に鈍く重々しい刃が付けられている。まるで槍が回転しそうな、その突撃槍を荷物持ち君は軽く交わし、その槍を片手だけで掴んで止めたのだ。
 何度も言うようだが、通常の使い魔は決められた動きを命令通りに動くことしかできない。
 それでも多種多様に動いて見えているのは、それらの基本的な動きを組みわせているからだ。
 それだけに、相手が突きだしてきた槍を掴んで止めるなどということは、基本的にはできない。
 もっとも何戦も戦ってきたような相手の攻撃であれば、ある程度予測してそう言ったことも仕込んでおくことは可能なのだろう。
 だが初めて戦うような相手の行動に反応し対応する、荷物持ち君がやったように相手の攻撃を掴んで止めるといったような行動など、現在の使魔魔術では不可能な話だ。
 それを荷物持ち君は易々とやって見せた。
 さらに言うと、泥人形と鉄騎では出せる出力がまるで違う。粘土の体を持つ荷物持ち君と、鋼鉄の体を持つグランスルスでは、構造的に出せる力がまるで違う、はずなのだ。
 なので、鉄騎が突き出した槍を泥人形が掴んで止めるなど、本来は出力的にもあり得ないことだ。
 二重の意味で荷物持ち君はあり得ないことをやって見せた。
 そのせいか、凄い歓声が会場から上がってきている。
「おおっと、なんとなんとなんとなんとぉぉぉぉぉ!! 荷物持ち君、失礼、荷物持ち君一号! 鉄騎グランスルスの突き出した一撃を片手で易々と掴んで止めた!! これは、どういったことでしょうか、長年使い魔格闘を間近で見て来た私も初めて見る光景です! グランドン教授、これはいったいどういうことなんでしょうか、ご説明できまでしょうか!?」
 グランドン教授も荷物持ち君に向けられた歓声に満足している。
「ふむ。荷物持ち君なら造作もないことですぞ。ほら、操者のミア君を見てください。使い魔を操るどころか、命令すら出していません」
 操者のはずのミアは、舞台の上の台で立ち呆けており試合の様子すら見ていない。
 使い魔に詳しい者が見れば、まず最初に八百長を疑うほどのことだ。
 実際、事前にグランドン教授があの泥人形は特別製と言ってなければ、暴動になっていたかもしれない話だ。
「え? 私にはミア操者は…… あのー、ぼーと頬けている様に見えるのですが?」
「はい、なれない場で緊張して、心ここにあらず、と言ったところですな。何を隠そう荷物持ち君は、操者の命令を待たずして自由自在に動くことができる、恐らくは、ですが、世界で唯一の使い魔なのです!」
 グランドン教授の言葉に実況役の男が本気で驚いて、一瞬言葉を失った。
 使魔魔術に少しでも精通している物ならば、そんな存在はいるわけがない、それが常識だと、思えることだ。
 だが、解説役のグランドン教授は、この領地、いや、南側全体でも有数の使魔魔術師だ。その彼がそう説明しているのだから、でたらめと言うこともないのだろう。
「え? ええ!!!! そ、そんな使い魔が存在するんですか? た、確かにそれであれば、グランドン教授の自信も頷けるというものですが…… とはいえ、鉄騎と泥人形ではそもそもの出力が違いますよね? 鉄騎の一撃を掴んで止めるだなんてことは泥人形にはそもそも不可能なはずでは?」
「はい、その通りです。ただし通常では、です。言ったでしょう? 相手が悪いと。皆さんの目の前の泥人形は、区分上泥人形ではあるのですが、そもそもが違うのですよ。まさしく別格です。我が知る中で最強、最高の泥人形であり、泥人形だけでなく最強の使い魔は、と問われれば、我は間違いなく、荷物持ち君の名を上げますな」
 グランドン教授の言葉にも力が入り、教授自身が興奮しているのが伝わってくる。
 グランドン教授とて荷物持ち君が戦う姿を見るのは初めてのことなのだ。
「さささ、最強の使い魔ですか!? 王都の守護騎オーゼンブルグを差し置いて最強とおっしゃるのですか?」
「ええ、あくまで我は、ですがね。もちろん我もオーゼンブルグは実際に見たこともありますよ。ですが、今は荷物持ち君の方が上と思っています」
 守護騎オーゼンブルグ。有名な世界最強と名高い使い魔である。それをさし終えて、使魔魔術の有名な教授が、目の前の泥人形のほうが強いというのだ。
 それだけに、実況と解説以外では会場は静まり返る。
 ミア以外の視線が土俵場の荷物持ち君に注がれる。
 ミアの対戦者であるカイルも驚いて、荷物持ち君とミアを交互に見る。
 どう見てもミアが操って命令を出しているようには見えない。
 ミアはだたぼけっと虚ろな目で既に日が落ちた夜空を見ているだけだ。
 確かにグランドン教授が述べた様に土俵場の上の使い魔は自らの判断で動いているようにすら思える。
 カイルにとって、いや、使魔魔術師にとってにわかに信じれないことだが、そうであるのであればあのグランドン教授があそこまでこの泥人形に入れ込むのも分かる話だ。
 カイルはそこで、グランドンほどの者が特別製と言っていた意味をやっと理解する。
 目の前の泥人形は本当に特別であり、通常の使い魔とは根本的に何かが違う存在なのだろうと。
 恐らく自分では勝てないとも長年の操者としての勘が告げてくる。
 だが、カイルは不屈の操者だ。
 何もせずに諦められる性分でもない。
 それに相手は特別とは言え泥人形だ。
 泥人形は魔力で粘土を直接動かす。そのため動かない間の待機時間の燃費はよくとも稼働時間、それも高出力での稼働ともなると一気に動力源での魔力を消費する。
 それに対し鉄騎は燃費をよくするため、一部の動作を内部に仕込んだ機甲ともいえるカラクリにより動作する事もできる。
 それにより魔力を消費を抑えつつも圧倒的高出力を出すことも可能となる。
 まさに長年実践投入され続け、進化してきた結果の構造ともいえる。
 カイルは鉄騎グランスルスに命令を飛ばし、その内部のカラクリを起動させる。
 槍を高速で回転させ更に高出力で押し出し突き刺す、はずだった。
 が、まず槍が回転しないし、掴まれた槍はこれ以上突き出しもされない。
 単純に掴んでいる泥人形の力が、鉄騎に仕込まれたカラクリの動力を上回っているということだ。
 通常であれば、岩すら簡単に砕くほどの高出力のはずのカラクリが泥人形、しかも片手に力負けしている。
 信じられないことだ。
 グランスルスの内部から異音が発せられる。内部のカラクリが力負けし悲鳴を上げているのだ。
 それがより一層カイルに絶望を与える。カラクリが動かなかったわけではなく、力負けしているという事実がその異音そのものなのだから。
 カイルは慌ててカラクリをすぐに止め、槍を引き抜こうとするがそれもできない。掴まれた槍はびくともしない。
 荷物持ち君は舐めているのか、様子を見ているだけなのか、それともやはり本当はミアという操者の命令待ちなのか、槍を掴むだけに何もしてこない。
 埒が明かないので今度は分厚い鉄板と見間違うような盾で荷物持ち君を殴りつけるように命令を飛ばす。
 その一撃は重量だけで粘土の体は受け止められるはずはないのだが、その一撃も荷物持ち君に簡単に受け止められる。
 荷物持ち君はそのまま、鉄騎グランスルスを持ち上げる。
 カイルはその様子とミアを交互に見ていたが、ミアが命令を出す様子は確かになかった。
 それはともかく泥人形が鉄騎を持ち上げるなど泥人形の構造では通常できない行為だ。
 粘土ではあるが泥の体で、鋼鉄の全身鎧より数倍重い鉄騎を持ち上げるなどできるはずもない。
 粘土とその支えの間に、古老樹の根がはっているからこそできる芸当だ。
 それを見たミアが初めて慌てて行動する。
「あっ、ああ!! あ、あんまり壊さないように! に、荷物持ち君!」
 その言葉を聞いた荷物持ち君は、鉄騎グランスルスを場外へと軽く投げ捨てた。
 投げられた鉄騎グランスルスは空中で抵抗することなどできずにそのまま場外へ大きな音を立てて落ちていった。
 確かにそれだけで鉄騎であるグランスルスが壊れることはないだろう。本来とても頑丈な使い魔だ。
 しばらく会場が信じられないものを見たかのように静まり返る。
 実況の男すら言葉を忘れて茫然とその様子を見ていた。
 ライアンですら何も信じられないような表情を浮かべている。
 グランドン教授が満足そうにうなずき、拍手をし始めることで会場の時間が動き始める。
 ものすごい歓声と試合終了を告げる鐘の音が鳴り響いた。


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