学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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伝説は面接と共に始まっていた。

伝説は面接と共に始まっていた。3/3

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 フーベルト教授は考える。
 ミアの流行り病で死んだ母親、疫病のような祟り、巫女のミアに執着するようなことをしておいて、遠くの魔術学院を名指しで指名する神、ミアにのみ与えられた神器の帽子。
 それらすべてに何らかの関連性があるように思える。
 これはあくまでフーベルト教授の考えではある。
 ミアの母親の死因は流行り病とされている、ただし、これはミアが聞かされたことで真実と異なる場合もある。
 しかも、流行り病に母親が掛かっているのにもかかわらず、その生まれたばかりの赤子を村で引き取るようなことがあるのか、という疑問も生まれて来る。
 それもミミノの木が育つような痩せた土地でだ。
 仮に、ミアの母親が流行り病にはかかりはしていたが、それが原因で死んだのではなく生贄として捧げられたと仮定する。
 恐らくはだが流行り病がリッケルト村でも流行っており、ロロカカ神に助けを求めたその代償だったのかもしれない。
 その際のミアの母親の意志はわからない。もしかしたらミアも流行り病にかかっていて、それを助けるために自ら望んで、と言うこともあり得る。
 それなら貧しい村でよそ者のミアを育てていたことも納得がいく。
 ロロカカ神はそれを受けいれ、生贄を受け取り村を流行り病から救った。それによりミアの母親は生贄となりロロカカ神となんだかの縁ができた。
 地上に降りてきている化身、特に祟り神の中には思考が混濁しているような神も存在する。特定の縁ができればそれに引っ張られる可能性も十分にある。
 なので、その縁からロロカカ神は、母親の代わりにミアを溺愛している、のでないかと。
 そんなことをフーベルト教授は仮定してみる。
 それが随分としっくりくる気もする。ただこれはあくまでフーベルト教授が少ない情報から導き出した一つの推測でしかない。
 けれど、今はそんな推測に思考を回しているときでもない。
 今はお金がないと入学できないと知り絶望に打ちひしがれているミアをどうにかしないといけない。
 ミネリアの精神状態も限界が近いのだから。
「実はですね、新しい神器を登録すると補助金がでるのですが、その帽子、登録してみませんか? しばらくお借りすることになるとは思いますが、入学金と当面の生活費くらいにはなると思います」
 フーベルト教授のその言葉で、固まっていたミアが再び動き出す。
「はっ、はい!! それでこの学院に入学できるのであれば!! あっ、ただ三日で私の元に戻ってきてしまうのですが」
「その際は、事務に言っておきますので、事務所にまた提出しに来てくれれば大丈夫ですよ」
 その言葉に、無表情のミネリアがフーベルト教授の方を向いた。
 フーベルト教授はそれを見ないようにして流す。
「わかりました!」
 と、ミアは元気に返事をする。神の命を遂行することができてうれしいと言った感じか。
「あー、多分その際、他の人が帽子を被るようなこともあるかとは思いますが……」
 恐らくは騎士隊の訓練生の誰かが犠牲になる。今後のことも考えて事前に祟りの強さと内容だけは確認しておかねばならない。
 もちろん、人が死なない、というミアの発言の元ではあるが。
「え? 結構酷い症状ですよ、私からはあんまりお勧めできませんけども」
 と、ミアも若干引きつつそんなことを言ってくる。
 想像以上に惨状なのかもしれない。自力では動けない高熱が出る上に、嘔吐と下痢を繰り返すなど、あまり考えたくない症状だ。
「人が死なないのであれば、ですが。それと、一応は、神の言いつけとはいえ、実技を見なくてはなりません、これは決まりなのでお願いします」
「はい、それで死んだ人はいないです。あと、実技? の方もわかりました」
 と、言いつつも、ミアは実技が何かよくわかっていない様子ではある。
 少しきょとんとした表情を見せた。
「ミアさんは巫女と言うことで、何か儀式や魔術を行ってはいませんでしたか?」
 フーベルト教授がそう聞くと、ミアはすぐに答える。
「よく狩りについて行って、その場でロロカカ様に捧げるといった儀式をしていました。あとは季節ごとの行事などですね」
 その言葉に少しフーベルト教授は驚く、ミアは線の細い少女だ。
 狩りに同行するのをあまり想像できない。
 実際のミアは細身ながらに、幼き頃より狩りに同行し、険しい山を歩き回っている。見た目に反して恐ろしいほど体力と精神力を持っている。
「捧げる…… 奉納の儀式ですか?」
 獲物を捧げる、という言葉にフーベル教授が反応する。
 恐らくはだが、貧相な土地で狩りの成果を捧げなければならないほどのなのかと。
「ええっと、すいません。奉納の儀式かどうかも分からないですが、陣を書いて、ロロカカ様の御力を借りて、陣を起動して、それで捧げます」
 ミアのその説明フーベルト教授は一安心する。
 魔術の一通りの基礎はすでにできてそうだし、御力を借りる、つまり拝借呪文も使えるということだ。
 巫女に選ばれるくらいだし、やはりミアには魔術師としての才能があるのだろう。
「なるほど。陣は神与文字で描きますか?」
 フーベルト教授のその問いにもミアは元気に答える。
「はい! 私は先代の巫女から習いましたが、大昔にロロカカ様より教わったと言われています!」
 神与文字を与えるということは人に対してかなり有効的な神である証拠でもある。
 また本当にそうであるならば、神である証拠でもある。
 神与文字は神々の文字で様々な力を宿す文字であり、通常の文字とは明らかに違うので一目見ればわかる。
 ただその文字がどの神から与えられた物か、となるとそれの特定は逆に難題となる。
「そうですか、神与文字を人間に与えるということは友好的な神ですね」
「ロロカカ様はお優しいですからね」
 とミアはにこやかに返事をする。
「あと、御力を借りると言うことは、拝借呪文も?」
「はい! それは私でも知っています!」
 こうなってくると他の存在が神を騙っている可能性はかなり低くなる。
 となるとロロカカ神は神であり、恐らくは未知の祟り神だ。しかも、祟りの内容は疫病かもしれない。
 それを考えるとフーベルト教授も気が重いが、未知の神であることは確かだ。特にフーベルト教授個人としては新しい研究対象に学者魂が燃え上がる物もある。
「なるほど、ここで実際にやってもらっても構いませんか?」
「それは良いんですが捧げる物が……」
 と、ミアは残念そうな表情を浮かべる。
「鶏でも構いませんか? 生贄用というわけではないのですが、学院内で育てている鶏がいますので」
 ミアが狩りと言っていたので、とりあえず手ごろなところの鶏をフーベルト教授はすすめてみる。
「もちろんです!」
 ミアは嬉しそうに返事を返した。
 鶏を捧げられるのが嬉しいと、いった感じだ。
 ミアの外見を見る限り、捧げ物も捧げられないような旅をしていたのかもしれない。
「ではミネリアさん、とりあえず神器登録の書類と鶏の準備…… いえ、もう入学の手続きや入寮の手続きも全部お願いします」
 これでミネリアはここを離れる大義名分を得たことになる。
「は、はい! わかりました」
 ミネリアもフーベルト教授の意図を理解して、喜んで返事をした。自分でも限界が近いことがわかっている。
「調書は僕が引き継いでおきますので」
 そう言って、フーベルト教授は書きかけの調書と羽筆を受け取る。
 内容を見るとその仕事だけはしっかりとしてくれているようだが、ところどころに墨がだまになっている。
 調書としては問題ないので、それに対してフーベルト教授は特に言及もしない。
「ありがとうございます。で、では準備してきます」
 そう言ってミネリアは席から立ち、足早に去っていった。
 ミネリアが退出するとき、扉の前に数人の事務員の姿をフーベルト教授は確認する。
 恐らく心配になり、様子を見に来てくれているのだろう。
 これなら多少踏み込んだことを聞いて、何か起きてもすぐに助けを呼んでくれるだろう、と、フーベルト教授は判断する。
 今、ここにいるのは未知の神の巫女と、神族の研究家の教授だ。
 未知の神ともなれば、フーベルト教授からしても聞きたいことは山ほどある。
「では、ミアさん、準備ができるまで、あっ、これは面接とは関係なく無理に答えなくてもいいのですが、その、ロロカカ神のことについて教えてもらうことは可能ですか? 私も聞いたことがない神でして」
「え? そうなのですか? やっぱりロロカカ様を知らないんですか?」
 ミアは信じられない、と思いつつも、事前の質問でも、なんとなくそんな気がしていた、という表情を浮かべている。
「ええ、申し訳ありません」
「まあ、ここからは遠い場所ですからね、仕方ないですね」
 ミアも自分がどれだけ苦労してここまで来たか、それを思い出して納得した。
「そんなわけで教えてはくれませんか?」
 フーベルト教授がもう一度そう言うと、ミアはとてもいい笑顔で返事を返した。
「はい、ロロカカ様はチェレリコ山を中心とする山々の女神様で大変お優しい神様です!」
 その一文でミアの説明は終わった。
 しばらく待ってみても続く言葉はミアから出てこない。
「その他の事は?」
 フーベルト教授は、素でそう返してしまった。
 ただその一言で終わると、フーベルト教授も思っていなかった。
「謎多き女神様です、実は私もそれほど詳しくは聞かされてないんです。あー、でも狩りで捧げ物をするときはとっても助かるんですよ!」
「捧げ物をすると助かるとは?」
 その巫女ですら謎多きと言われる神。
 普通に考えれば、祟り神だから、語るのもたばかれる、というやつではある。
 ただミアの話を聞く限りは、それほど恐ろしい神には思えない。少なくともミアの言葉を信じるならば、だが。
「ロロカカ様は血と心臓しかもっていかれないので、完全に血抜きされた獲物だけが残るんですよ」
「血と心臓ですか、しかし血抜きされた状態とは…… それは結果的になってるだけなのか」
 血はともかく、心臓を受け取る神は意外と多い。
 ただ血の方も流れ出る血を受け取る神は居ても、血抜きになるほどがっつり血を吸っていく神はあまり聞かない。
 もしくは逆に木乃伊になるくらい吸い尽くす神は居たりがするが、フーベルト教授が知っている限りそれは悪神の類だ。
「どうなんでしょうか、ロロカカ様に捧げた獲物は縁起物とされて村でも喜ばれていましたね」
「縁起物…… なるほど」
 縁起物として受けいられているということは、少なくともリッケルト村では祟り神として見られてはいない、と言うことだ。
 ますます訳が分からない。先ほどフーベルト教授がした考察もこうなってくると当てにならない。
「もう少し詳しく聞かせてもらってもいいですか? 神族の研究者として興味が湧いてきました」
「もちろんです! 何でも聞いてください!」

 その後、少しミアと話してフーベルト教授はわかったことがある。
 ミアは狂信的にロロカカ神を崇拝している、と。
 その為か、かなり偏見に満ちた回答しか返ってこない。
 ただ本人は嘘をついているつもりもなく、心からそう思っている、と言うことも分かる。
 ミアの口から正確な情報を得るのは難しいかもしれない、とフーベルト教授が頭を悩ましていると、たくさんの書類と籠に入れられた鶏を持って、ミネリアが帰ってくる。
 フーベルト教授はもう少し遅くても良かったのに、と思いつつも、シュトゥルムルン魔術学院に入学するならばいつでも話は聞けるだろうと、今はミアから話を聞くことを断念する。
 籠に入れられた鶏を見て、ミアは若干涎を垂らしながら、
「良く太った大きい鶏ですね! こんな立派な物をいただいてもよろしいんですか?」
 と、聞いてきた。
 フーベルト教授の目からは普通の鶏に見えるが、ミアの故郷ではこれでも太っている鶏なのかもしれない。
「ええ、神に捧げて、奉納の儀式を見せてください」
「では、あっ、ここに陣を書いてもいいですか?」
「ここ? 教室の床ですか?」
 フーベルト教授は床を見る。なんてことはない普通の床だ。
 何か問題が起きても最悪この空き教室を封鎖してしまえばいいか? とフーベルト教授は少し迷う。
「はい、終わったら消してしまっても構いませんので」
 ミアがそんなことを言って来た。
 その言葉にフーベルト教授は若干ではあるが、ミアに魔術学院で学べ、といった神の気持ちを少しだけ理解できた。
「ああ、そうですね、そういうことなら、なるほど。あ、ミネリアさんは念のため、書類を持って廊下で待機してください」
「は、はい」
 ミネリアが鶏の籠だけを置いて、やはり足早に教室の外へと走っていく。
 ミアはしゃがみ込むと服の中から小さな石の欠片を取り出す。
 フーベルト教授にはそれが蝋石であることがわかる。
 白く半透明でとても柔らかい鉱石で、今は羽根筆が主流になりつつはあるが、これが主要の筆記用具として使われている地域もまだ多い。
 ミアはその蝋石を使って、陣、要は魔法陣を書き始める。
 履歴書の字と違いとても綺麗で、すらすらと難しい神与文字を書き綴っていく。
 ミアの書く神与文字は象形文字のような記号のようなものが多い。
 神与文字はそもそも神が人に与えた文字の総称で決まった特定の文字を指しているというわけではない。
 言ってしまえば、各神ごとにその文字は違う。
 それをすべて理解している人間などは存在しないが、ある程度の傾向程度は見て取ることはできる。
 象形文字のような、絵と記号のような文字はその神が、かなり古い時代から存在している証拠でもある。
 フーベルト教授が見て理解できる範囲だが、神与文字だけで判断するのであれば、ロロカカ神は祟り神の類ではなく、由緒ある正しき古き神に思える。
 狩った獲物を捧げる所からも、自分の領域で狩りも許可しているという事なのだろう、そうであるのならば祟り神である可能性は低いのでは、とさえ思えてきてしまう。
 ミアは手馴れた手つきで神与文字を書き綴り、それは文字で円を作るように書かれていく。
 フーベルト教授の目から見ても、その神与文字自体は読めなくともその陣はとても綺麗で全体的に見ても均整の取れた物に見える。
 まるでそれが一つの記号であるかのような美しさまである。
 とても素晴らしい技術だとフーベルト教授は評価する。
 ただ先ほどのミアの証言からやはりミアの魔術は独学で危なっかしい物でもあることはフーベルト教授には理解できている。
 例えば、描いた魔法陣を使用後には、事故や暴発を防ぐために陣を崩して無効化するのが基本だ。
 それに対して、ミアは、消してしまっても構いませんので、と言っている。
 確かに、魔術の基礎も知らないのかもしれないが、それだけで神が遠い地にある魔術学院に通わせるのはやはりどこかおかしい事ではある。
 ミアは陣を書き終えると、鶏を慣れた手つきでその首を絞めた。
 そこに一切の躊躇はなく手慣れた様子だった。
 そして、絞めた鶏を魔法陣の中央に横たわらせた。
 ミアは一息ついた後、陣の前に跪き祈るように手を組んだ。
「フゥベフゥベロアロロアニーア、フゥベフゥベロアロロアニーア……」
 と、ミアはよくわからない呪文を唱え始めた。
 フーベルト教授はそれが神の御力を借りるための拝借呪文であることがわかる。
 土曜種である人には、本来、奇跡をおこなうだけの力はない。
 人が奇跡とも言うべき力を使うには、上位種、特に神族からその力を借りなければならない。
 そのための呪文が、拝借呪文と呼ばれているものだ。
 基本的に拝借呪文は、意味のない単語の羅列になるとされている。
 目当ての上位存在を特定し繋がり、その御力を借りるためだけの呪文とされている。
 一説には神の位とその所在、つまりは神の座の座標を繰り返しているという説もあるが、それが正しいと証明されたこともない。
 だが基本的には、手紙の宛名のような物なことは確かで、お目当てのその神を特定し、繋がるための呪文とされている。
 そうやって人は上位種の力を貸し与えられて始めて、奇跡を、魔術を発動させることができる。
 つまり魔術の才能とは、上位存在よりその力の一端を借り身にまとわせ、制御する才能のことに他ならない。
 フーベルト教授の目には既にミアの技術は、既に一端の魔術師とそう変わらないものに思えるほどのものだ。
 魔術師としての才能、実技のほうは共に十分に申し分ない。
 ただその知識に関してはまだまだなのかもしれない。
 ミアが、拝借呪文を唱え終わりその身にその魔力を宿す。
 フーベルト教授は寒気にも似たゾクッとした感覚を感じずにはいられない。
 何とも言えないおどろおどろしい気配のする魔力をミアはその身に宿している。
 その魔力を上手に操り、陣に流し込み、神与文字に沿って回転させていく。
 陣に力を意味が宿りその力を発揮する。
「ロロカカ様、ロロカカ様、久しぶりの捧げ物です。どうかお受け取りください」
 ミアがそう祈るように呟くと、先ほどとは比べ物にならないほどの、不吉で不穏な気配が魔法陣から強烈に漂って来た。
 その気配でフーベルト教授は動けなくなる。
 まるで深淵からなにかが這い出てくるような、混沌その物のような、そんな気配がフーベルト教授の体にまとわりつき、その視線を釘付けにする。
 そう、視線は釘付けだったはずだ。瞬きすらしていない。なのにその瞬間を見ることができなかった。
 魔法陣の中央から、半透明の白い手が出ていた。それが出て来る瞬間を見ることができなかった。
 気づいたら白い半透明の手が生えてたのだ。
 フーベルト教授にはそれが、禍々しい、とても禍々しい何かに思えてならなかった。
 まだ若いとはいえ、数々の、それなりの数の神をその目で直に見てきたフーベルト教授であるが、その中でも頭一つ抜けて神々しくも禍々しい、そんな相容れなく理解しがたい雰囲気を漂わせていた。
 フーベルト教授がその気配に狼狽えていると、手が動いた。
 否、動いているのを見た訳ではない。形が瞬時に変わったというべきか。陣からまっすぐ生えていた半透明の白い手は、いつの間にかに鶏に突き刺さるようになっていて、手の大半を鶏に突っ込んでいる。
 そして、また少しして白い透明な手は陣からまっすぐ生えるように形を変えた。やはりその手が動く過程を見ることはできない。
 動いた後の静止した後の姿しか確認できない。何とも不思議で気味の悪い動き方をする。
 手が半透明でなければわからなかったが、その手には赤黒い何かを握っていた。
「あれは、心臓か」
 フーベルト教授が自然とそうつぶやくと、半透明の手は消えた。手に握っていた心臓ごと跡形もなく消えていた。
 そして身震いをした。フーベルト教授が自分がこの短い間に、汗を大量にかいていたことにここで初めて気が付いた。
 やはり祟り神の類なのか、とフーベルト教授は考えるが結論は出ない。
 ただわかることは、上位種であり間違いなく神族。しかもかなり力を持った存在。その上でもし分類するならば邪神、悪神、祟り神の類だということだ。
 実際にその気配を、魔力を、御力を肌で感じてフーベルト教授はそう実感した。
 鶏を見ると特にあの手が突っ込まれた部分からは血すら出ていない。それどころか外傷もない。
 どちらかというと、ミアが絞めたときに鶏の口から出た血くらいだろうか。
 それに、今、ミアが行った儀式は、奉納の儀式ではなく、招来の儀式という、神を呼び寄せるためのかなり高度な儀式だ。
 普通生贄を捧げるだけで神自体を呼び出す必要はないし、そもそも神が態々受け取りに来ることもない。
「今のが奉納、いえ、捧げ物の儀式ですか?」
 一息ついて、フーベルト教授は頬を流れる汗をぬぐいながら言葉を発した。
「はい、ロロカカ様は獲物の心臓と血を持っていかれました」
 ミアは鶏の様子を特に確認することなく答えた。
「残りは?」
 フーベルト教授は陣に近寄り鶏の様子を確認する。
 ミアが絞めるときに捻った首以外、やはり外傷はない。鶏自体が見た目よりもかなり軽くなっている。血を抜かれたせいだろうか。
 あの不気味な手には物体をすり抜け心臓と血だけを奪う力でもあるのか、とフーベルト教授が考えていると、
「晩御飯にでも」
 と、言ってミアは嬉しそうに微笑んだ。
 ミアの眼には、その鶏が既に今晩のご馳走に見えているかのようだ。
「できれば、研究材料として、その鶏は貰いたいのですが構いませんか?」
 フーベルト教授が遠慮しがちにそう言うと、ミアは非常に悲しそうな表情を見せた。
「はい、構いません…… そうですよね、この鶏はフーベルトさんのものですものね」
 久しぶりのご馳走を取り上げられた子供のように思えてしまう。
 縁起物とも言っていたので、久しぶりのご馳走と言うのは、間違っていないのだろうが。
「い、いや、そのー、もしよろしければ、学食の無料券を幾つか渡しますので、そこで好きなものを食べてください。代わりにあの鶏はちょっと調べさせていただけませんか?」
「え? 良いんですか? もちろん構いません!! 学食ってあれですよね、入口の近くにあった食堂のことですよね?」
 と、これまでにないほどの輝くような笑顔をミアはフーベルト教授に向けた。
 フーベルト教授は、入口と言う言葉に疑問を浮かべるが、確かに学食の近くには裏門があることを思い出す。
 裏門から行けるのは学院が所有している裏山くらいのものなのだが、まあ、それはミアの汚れた恰好を見ればなんとなく納得のできるものでもあった。
「は、はい。あっ、いえ、もしこの鶏を儀式上ミアさん自身が食べないといけないとかでなければですか」
「いえ、特にそう言ったことはありませんので」
 と、言いつつもミアは立派な鶏と言ったその供物を、少し残念そうには見つめていた。
「あっ、そうなんですね」
 と、少し気が抜けた様にフーベルト教授がそう漏らして、ミアの面接は無事終わることとなった。

 後日、魔術学院総出でロロカカ神の詳細を知るために、各種方面へと通達を行いロロカカ神を調べていると、とある高名な博識の神の神官よりお告げがあったと返信があり、ロロカカなる神は法の書にその名を記されてはいるが、大変危険な神の故注意されたし、との事だった。
 その返信を元に、ミア本人が希望していた巫女科から、魔女科への入学が密かに決定されたこともは教授たちの中でもあまり知られていない。


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