学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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伝説は面接と共に始まっていた。

伝説は面接と共に始まっていた。2/3

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 ミアは約半年もの長い旅路を終え、なんとかこのシュトゥルムルン魔術学院という長く変な名前の魔術学院にたどり着くことができた。
 途中、手荷物を置引きにあった時は、神に言い渡された使命を遂行できないと嘆きもした。
 ただ財布などは服の中にしまってたので、被害を受けたのは主に着替えなどなのだが、それでも痛手は痛手だ。
 なけなしの路銀が尽きた際に、どうせ馬車に乗れないのなら直線距離で山の中を歩こう、自分は山の神の巫女なのだから、と山中を突っ切ってきたりもした。
 道中、想像以上に寒く凍え死ぬかと思いつつも、野草でなんとか腹を満たし、この魔術学院までたどり着くことができた。
 無事辿り着けたときは、いつもにもましてミアは自らが信仰する神に感謝していた。
 そんなこんなで山中を駆けずり回った結果、魔術学院の正門でなく裏門にたどり着いたミアは、何とか手続きを終え今に至る。
 けれど、たまりにたまった疲労は隠せていない。椅子に座りながらもフラフラして、気を抜くと目を閉じて気を失いそうになるのをミアは何とか堪えている。
 目的地に着けた、という安心感がミアの強靭な精神をも緩ませている。
 そうやって、うつらうつらと待っていると、二十代後半くらいの男性と二十代前半くらいの女性、受付で対応してくれた事務員 が、やって来た。
 ミアは慌てて椅子から立ち、頭を下げた。ただし被っている帽子は取らない。
「ああ、気にせずに。面接といっても礼儀などを見るものではないので。この面接で見るのはあなたに魔術の才能があるかどうか、それ一点です。まあ、そんなわけで座ってください」
 と、優しい声でそう言われたがミアは、それを言った男性とミネリアが席についてから、もう一度軽く頭を下げてから椅子に座った。
 ただやはりミアが室内だというのに、その被っている帽子を取ることはない。
 フーベルト教授は特に気にしないが、ミネリアは失礼とは思わないまでも、礼儀正しそうなのに帽子は取らないのね、と不思議には思った。
 また遠くからやってきたようなので、そもそも帽子を取らない文化でもあるのかもしれない、とも。
「僕は、いえ、私はフーベルト・フーネル。まだこの春からの新任ですが、一応は教授の立場にいる人間です。で、こちらが」
 フーベルト教授はそう言ってミネリアを自己紹介するように促した。
 それは、ミネリアがそうでもしなければ名乗り出したくないという雰囲気を出していたからだ。
 恐らくは、祟り神対策でなるべく関わりを持ちたくはないのだろうけれども、さすがに名乗らないのは神の巫女に対して失礼にあたる。
 逆にそれで、その神に目を付けられかねない行為だ。
 だから、フーベルト教授はやや強引にミネリアに自己紹介をさせた。
「事務員のミネリアです。今日は面接官の補佐役と書記で同行させて貰います。ミアさんの答えたことはすべて記録されるので、そのつもりで質問には答えてください」
 ミネリアはフーベルト教授の意図を読み取り、事務的ではあるが自己紹介と自分の役割を述べた。
 それでもミネリアは家名だけは名乗らなかった。
 このミアという娘が祟り神の巫女だった場合に備えて、その縁はできるだけ細い方が良いとまだ考えているからだ。
 ミアの身なりが汚く汚れているので軽んじている、等の理由からではない。あくまで祟り神の巫女だった時のための予防手段だ。
「ミアと申します。よろしくお願いします」
 ミアも自己紹介して二人を見る。男性は堂々としているが、女性は少し警戒したようにオドオドしていると感じていた。それはミアが履歴書を書いて提出した時からだが。
 だが、ミアはそんなことは気にしない。疲れた脳みそでミアは面接では何を聞かれるんだろう、と考えるが何も思い浮かばないので、そちらの心配で頭がいっぱいだからだ。
 そもそも面接などミアにとって今日、初めて受けるものだ。
 どういったものなのかも、ミアにはよく理解できていない。
 けど、ミアはこの面接で落ちるわけにはいかないのだ。
「えー、そうですね、まずは…… 家名とかはないのですか? 最近は割と勝手に名乗っている方も多いですよね?」
 と、フーベルト教授は愛想笑いを浮かべそう聞いてみた。
 本当はロロカカ神のことをすぐにでも聞きたいのだが、仮にロロカカ神が祟り神であった場合、神格の高い知恵の神の信徒である自分はともかく、精霊信仰のミネリアはもろにその祟りを受けてしまう可能性がある。
 なので、まずは当たり障りないことを聞き様子を見てから、というところだ。
 まだ確定しているわけではないが、相手が祟り神の巫女である可能性があるだけでも、用心に越したことはない。
 人間など神の祟りの前では儚い存在でしかないのだから。
「あるのかもしれないですが、私は知りません。私の母親は旅人だったらしく生まれたばかりの私だけを連れてリッケルト村に来たと聞きました」
 フーベルト教授の質問に、ミアはそう答えた。いや、まだ答えを言っていない。
 喉でも乾いているのか、ミアはそこで一旦声を詰まらせる。
 なので、フーベルト教授が、相槌の代わり言葉を挟む。
「女性で旅人? それも生まれたばかりの赤ん坊を連れてですか、それは珍しいですね」
 生まれたばかりの赤子を連れた女性だけの旅人ともなると、何か訳ありなのでは、とフーベルト教授もミネリアもどうしても考えてしまう。
 ただそれらは魔術学院の入学の是非には関係がない。
 是非に関係があるのは主に、このミアという少女に魔術の才能があるかないかだ。
 後は、仮に本当に祟り神の巫女だった場合も多少話が変わってくる。
「はい。で、母は村に来てすぐ流行り病で死んだらしく、誰も家名も何も知らないのです」
 ミアは事もなさげにそれを告げた。
 特に言いよどんでいた様子はない。ただ淡々と伝えて来た。先ほど言葉がつまっていたのも本当に喉が渇いていただけなのだろう。
 ただ、これで履歴書の年齢の欄も空欄だった理由も納得できる。
「あぁ、すいません」
 まずいことを聞いたかと、フーベルト教授は謝るが、ミアは特に気にした様子はない。
「いえ、思い出も何もないので、あまり感傷的にもなれないんですよね」
 と、ミアは笑顔、とはいえ、作り笑顔なのだろうが、で、そう言った。
 ただフーベルト教授には旅人が残した子に巫女をやっていることに少し違和感を感じる。
 そのあたりも聞いてはみたいが、今はまだ様子を見て居たい。
「では、このリッケルト村というのはどこにありますか? この辺りでは聞いたことはないのですが」
 その問いにミアは少し考える、というよりは、その長い旅路を思い出しているのだろうか、そんな表情を見せてから答えた。
「ここからだと、ずっと東の地で、チェレリコ山ってわかりますか? たしか、えっと…… バルティノアス山脈? というところの中の一つの山と聞きました」
 チェレリコ山がバルティノアス山脈にあると言うことは、ミアがリッケルト村を出て、行商人から初めて聞いたことだ。
 それまでは村から、巫女の仕事で山に入る以外は、出たことがなくミアは余り世間の常識について何も知らないでいる。
 ミアにとってはそれまでリッケルト村が世界のすべてだったのだから、知らなくても当たり前なのかもしれない。
「確かに、バルティノアス山脈の中にチェレリコ山は確かにありますね。ただかなり遠いですね」
 フーベルト教授はそのことに驚く。
 本当に東の果ての辺境の地だ。そのあたりは領主もいないほどの田舎で、乗合馬車が通っているかも、フーベルト教授にはわからない。
 未開の地、と考えている人間の方が多いかもしれないほどだ。
「とても遠かったです。ここまで半年くらい? かかった気がします」
 ミア自身にも正確にどれくらいかかったのかわからなかったが、それぐらいの時間はかかっているはずだ。
 路銀を節約したり、そもそもの路銀が尽きてしまっていたので乗合馬車にも乗れず歩きが多かったことも原因の一つだ。
「半年? そ、そんなにかかったのですね。途中に他の魔術学院はあったはずですが、そちらの方にはいかなかったのですか?」
 フーベルト教授は流石に半年はかかりすぎでは、と思いつつもミアの汚れた服などを見るとそれもまんざら嘘ではなさそうだと言うことがわかる。
 それはともかく、ミアの故郷、リッケルト村とこのシュトゥルムルン魔術学院の間には別の魔術学院もいくつかあるはずだ。
 なぜその魔術学院にはいかなかったのか不思議に思う。
 そもそも魔術学院は、万人に解放される公的施設だ。大概の領地には複数見受けられる。
 それは魔術の失敗による魔力の暴走、魔力災害を防ぐための処置で、身分に関係なく通い学ぶことができる施設になっているからだ。
 ただ貴族などはわざわざ通うことはせずに専属の講師を雇うものだが。
 そのような施設なので、首都のような大きな町の少し離れた位置に大体魔術学院と名の付く施設はあるものだ。
「いえ、このシュトゥルムルン魔術学院で学べと、ロロカカ様に言われましたので」
 ミアのその言葉でフーベルト教授の思考がすべて吹き飛ぶ。
 通常ではありえなことをミアが言ったからだ。
「え? ちょっと待ってください。ええっと、まず確認させてください」
「はい、もちろんです」
 と、ミアは答え、フーベルト教授の質問に全力で答えるような、気合の入れ方を見せる。
「その、ロロカカ様、は神格、つまりは神様でいいのですよね?」
 ミアの答えた答えは、まずはロロカカなる存在が神性であるかどうかの確認をしないといけなくなるようなものだ。
「はい、ロロカカ様は大変お優しい山の神様です!」
 ミアは誇らしげにそう言ったが、フーベルト教授は訝しんだ。
 ミアをではなくロロカカなる存在をだ。
「その神が、名指しで、このシュトゥルムルン魔術学院を?」
「はい、夢見ではありましたが、確かにそうおっしゃられていました。調べるのにとても苦労したんですよ」
 巫女などに何かを伝えるとき、たしかに夢見や神託で伝えてくる神は多い。そこに不審な点はない。
「そ、そうですか。というのならば、ミアさんの入学はもう決まったようなものですね。神の命に人がそむくことはできませんので」
 そう言いつつも、フーベルト教授はそれが本当に神であるのならば、と心の中で付け加える。
 冷や汗をかきつつ、フーベルト教授は様々な思考を巡らせる。
「ああ、よかった…… ここまで来てダメだったらと……」
 そう言ってミアは心底安心した表情を見せた。
 逆にフーベルト教授の方が内心焦りだしている。
 まず第一に、神が人間の施設を名指しで指定するなど、基本的にはないことだからだ。
 神々は、人間を愛してはいるが、それは種としてのことで、人間個人ともなると話は違ってくる。ましてや人間の使っている施設の名前を覚えているなどないことだ。
 神々にとって人間は家畜でしかない。
 放牧されている家畜のお気に入りの場所を家畜が何と呼んでるかなど、その飼い主が知る由もないように、神が人間の使っている施設などを認識しているわけはないのだ。
 ここでフーベルト教授に、そのロロカカ神が本当に神格なのかどうか、という疑問が強まる。
 神を騙る者は確かにいる。
 神の御使い、その中でも悪魔と呼ばれる者達なら、神を騙ることもある。
 それ以外では外道種と呼ばれる種もあげられる。
 邪神や悪神、祟り神すらも法の神カストゥロールが記した法の書にその名が記されいて必要悪として世界に存在している。
 だが、法の書に名の乗っていない、外法の者である外道種は絶対的な敵対者としてこの世界に存在している。
 それら存在も神を騙ることがある。
 それ以外だと、一応、人間も思い上がりからか、神を騙る者も存在する。
 ただ神々は、神でない者が神を騙ることを嫌い許さない。
 大概の場合は即座に見つけ出され、神々の手により処分されるのが落ちだ。
 ロロカカなる存在が神かどうか。
 それを確かめるのに確実なのは、拝借呪文を使いその御力を借りれるかどうか、神与文字を授かっているか、他の神の証言を得られるか、などだ。
 その辺りが確かめやすく確実でもある。
 一番確実なのは他の神からの証言だろうか。
 また神からその御力を借りるための拝借呪文なら、実技を見る際に確かめることができるし、場合によっては神与文字の存在も確かめられるかもしれない。
 拝借呪文から時間はかかるが、その神を特定することは可能なので、それにより確かめることはできる。
 また神を騙る者にとって、その巫女に魔術学院をすすめる利点もないのも事実だ。
 それらを考えると、フーベルト教授は一旦はその疑念を保留し、それ以外の可能性、ロロカカなる存在が神ではあるが祟り神であった時の対応を考える。
 今の段階ではそちらの方がその可能性がかなり高い。
 本来なら、このシュトゥルムルン魔術学院では祟り神の巫女などは受け入れられない。
 それはこのシュトゥルムルン魔術学院が中立の魔術学院で、常駐する神がいないからだ。
 そのため、祟りが起きた場合、シュトゥルムルン魔術学院では対処できない場合が多い、それが受け入れられない理由だ。
 祟り神の巫女を受け入れる魔術学院は、本来はその学院に神が常駐するようなもっと大きな魔術学院などだ。
 だが、ミアはロロカカ神に名指しで指名され、このシュトゥルムルン魔術学院に半年もかけやってきたのだ。
 神の命であればシュトゥルムルン魔術学院で無理にでも受け入れなければならない。
 学院側の人間であるフーベルト教授からすると頭の痛くなる話だ。
 ただ神族の熱心な研究家であるフーベルト教授個人としては、未知の神の巫女が身近にいることは嬉しいことだ。
 フーベルト教授は再びミアを見る。やはり一番気になるのは被っている帽子だ。
 ミアの被っている帽子、あれはおそらく神が授けた神器のようにフーベルト教授には思える。
 ただの魔術具にしてはその存在感が異常だし、なんなら帽子の模様のはずの目から、なんかしらの視線すらフーベルト教授には感じる。
 ミアの被っている帽子が、神から授けられた物、神器であるのならば、確実ではないがロロカカ神が神という証拠の一つとすることもできるし、その神の特性を知ることができるかもしれない。
 様子を見る時間は終わった、とフーベルト教授は判断し少しばかり踏み込んだ話をする。
「ミアさんが被っているその帽子、もしかしてなのですが神器ではありませんか?」
 それにこの帽子が神器であるのならば、恐らくはミアにとってこの魔術学院に入学するのに必要となってくると、フーベルト教授はミアの外見を見てなんとなくではあるが確信しているものがある。
「すいません、神器とはなんですか?」
 ミアは神器という言葉がわからなかったのか、少し首をかしげて聞き返してきた。
「そうですね、神が人間に送る、何らかの御力の籠った物、もしくははるか遠い未来の知識を作って作られた、やはり神から送られた物の総称ですね。まあ、単純に神から送られた物、それ全般を指す場合もありますけどね」
「なら、この帽子は神器です! 私がロロカカ様の巫女に選ばれるときにロロカカ様から頂きました!」
 ミアは嬉しそうにそう答えた。
「ん? 巫女に選ばれた時…… その時にその帽子をですか?」
 フーベルト教授はその答えに納得する。
 旅人の残した娘が、神の巫女をするなど余り聞かない話だ。大概は代々巫女の家系の者か、神が選ぶ場合でも自分と縁のあるものを選ぶ。
 普通は旅人の娘など外部の者が選ばれるものではない。生贄であるのならば、また話は別だが。
 ただミアが巫女としての高い資質を持っているのならば話も変わってくるかもしれない。
 もしくは、ミアにそのロロカカ神と何らかの縁ができていた、それも考慮に入れないといけない。
「はい! 巫女の前任者と私の夢にロロカカ様が現れて、私を巫女に選んでくださって、その上で帽子もくださいました!」
 ミアは本当にうれしそうに、目を輝かせてそう答えた。
「その巫女の前任者にも、その帽子は与えられたのですか?」
 フーベルト教授がそう聞くと、
「いえ、私だけだみたいです。村長もこんなことは初めてだと言ってました」
 と、ミアは少し得意になって話した。
 よほど神より帽子を頂けたことが嬉しかったのであろう。
 ミアは愛おしそうに帽子の縁を撫でている。
 それを聞いたフーベルト教授はこの少女は神に好かれているのでは、と感じた。
「そ、そうですか」
 稀に人、個人に執着する神もいるが、その場合その人間は既に生きていないことの方が多い。
 神にとって人は作物であり家畜なのだ。
 喰われるにしろ迎えられるにしろ、どちらにしても人としては生きてはいない。
 だが、ミアは今も生きているし、魔術学院で学べ、などと、しかも名指しで学院を指定されるなど、訳の分からないほど、言ってしまえば過保護なほど神に気に入られている。
 そんなこと本当にあるのだろうか、フーベルト教授は少し深く考えだす。少なくとも彼が知っている事例ではあまり聞かない話だ。ただ、ない訳ではないのだから判断が難しい。
 それにロロカカ神が祟り神だったとすると余計厄介な話となる。
 祟り神にそこまで執着された巫女など、受け入れる学院からしたら頭痛の種でしかない。
 それはわかっていていても、神に言われている以上は受け入れるしかないし、表面上は面接を続けるしかない。
 もちろん、ミアが嘘をついているという可能性もあるが、フーベルト教授には少なくともミアという少女が嘘をつているようには思えない。
「神から与えられたと言うことはその帽子には何か特別な力を持っていたりしますか?」
「はい! もしなくしても三日で私の所へ戻って来てくれます!」
 ミアは誇らしそうにして、頭を少し下げ帽子を見せて来た。
 他の服と違い、やはり少しも汚れてはいない。間近でよく見るとその帽子からは何らかの魔力すら帯びているように感じる。
 神器というのも間違いはなさそうだ。
「おお、それは素晴らしい。帰還の奇跡? いや、所有者が決められている? どちらにせよ素晴らしい御力ですね」
 と、笑顔でフーベルト教授がそう答えた後、ミアが一言付け加える。
「あと、私以外が被ると寝込みます」
「は?」
 フーベルト教授とミネリアがその言葉にあっけに取られる。
 更にミアが詳しく説明しだす。
「七日間、動けないほどの高熱を出して、嘔吐と下痢を繰り返して、体中に緑色をしたミミノの実ほどの大きさの黄緑色の腫物がたくさんできますね」
 ミアのした説明で、。フーベルト教授とミネリアは絶句する。
 ただ神が与えた神器は扱える人間を選ぶ傾向もある物も多い。本来の使用者以外が使おうとすると何らかの罰が与えられる、と言う話は珍しくもない。
 なので、それを与えた神が祟り神だから、と言うことにはならない。
 ならないのだが、現状では祟り神としか思えない神からの贈り物でそのような、疫病のような祟りの効果を持っていると、どうしても考えてしまうこともある。
 ついでにだがミミノの実とは、柑橘系の小さな実を着ける果実で、貧者の果実などと言われていて痩せた土地でしか育たない品種だったりする。
 その果実が例えで出てくるということは、ミアの故郷はとても痩せた土地であると言っているようなものだ。
 痩せた土地の名も伝わってないような山の神、これもあまり考えたいものではない。
「えっと、そうなると帽子が使用者を選んでいる、という事でしょうか? ああ、だから帽子が戻ってくるんですね、やはり所有者が決められているということですね」
 フーベルト教授は少し冷や汗を垂らしながら、とりあえずそう言ってお茶を濁した。
 そうなってくると、この帽子はやはり巫女ではなくミア個人に授けられた物に思えてくる。
 やはりミアは神にかなり気に入られた巫女ということだけは間違いない。
「そうなのでしょうか? 私はこの帽子に選ばれたと言うことですか? それなら嬉しいです! あっ、ただそれで死人が出たことはないですよ! 八日目にはすっかり以前より元気になるくらいです」
 と、ミアがそう付け加えたのは、ミネリアが深刻そうに真っ青な顔をしているからだ。
 彼女の顔を見てミアはその祟りで死人が出たことがないことを伝えた。
 だが、当初からミアを祟り神の巫女と決めつけているミネリアは、
「そ、それは、え、疫病の祟りなのでは……?」
 つい、そんなことを口走ってしまう。
「ミネリアさん、憶測でものを言ってはいけませんよ。ここは謝っておきましょうか」
 それに対して、フーベルト教授はミネリアに謝罪を要求する。
 これも祟り神対策の一端で、多少の失礼なら心から謝れば許してくれる神は、たとえそれが祟り神であっても多いからだ。
 神々が人を愛しているのだけは間違いない。そういう風に、法の神が世界の法を決めてくれたからだ。
「す、すいません……」
 と、ミネリアも素直に、そして心から謝り祈る。
「いえ、大丈夫ですよ。ロロカカ様はお優しい神様なので」
 それに対して、ロロカカ神の巫女であるミアは大して気にしているようには思えない。
 これならば特に問題ないようにもフーベルト教授には思える。
 巫女というものは結局は、神の意志を伝える者だ。その巫女が気にしていないのであれば、その神も気にしていない。神が選んだ巫女とはそういう者がえてして選ばれるのだから。
「ええっと、物はついでなのですが、他にそう言ったことは起こりうるものなのですか?」
 フーベルト教授は、なんとなくだが、なんの理由もないのだが、ミアからも少し狂人めいた何かの片鱗を感じつつも質問を続ける。
「祟りがですか?」
 と、ミア本人が何の気なしに、祟りと言った。
 一瞬、何か裏でもあるのかと、フーベルト教授はギョッとしたが、ミアは先ほどと変わった様子もない。
「え? ええ……」
 とフーベルト教授も曖昧な返事を返す。
「いえ、そんなことは…… あっ、一度だけありました! 帽子件以外では、その一度だけですね」
 と、ミアはなんか思い出したかのようにそんなこと言った。
「一度? それはどんなときですか?」
 一度だけという事なら、何か神を怒らすようなことをして、それを祟りと捉えられたこともあるのでは、とフーベルト教授は思ったが、次のミアの言葉で流石に一瞬ではあるが固まった。
「奉納祭をしていた時に、ロロカカ様が山から降りてきてくれたんですが、その時ロロカカ様の尻尾を見た村の人たちが、同じような症状で一週間ほど寝込んでましたね。私も見ましたが、巫女だからか私は寝込むことはなかったですが。もちろん死者はでませんよ? ロロカカ様はお優しい神様ですので」
 姿を見ただけで祟りを受ける。それはもう祟り神だ。
 ただ一週間ほど寝込みはするが命を奪わないというのであれば、そこまで強い祟りではないのかもしれない。
 それでもフーベルト教授が隣に座っているミネリアを見ると、顔を青くして震えて固まっている。
「尻尾…… 見ただけでですか……」
「はい、ロロカカ様は普段は禁域と呼ばれる場所おられますが、たまに山を降りて来られることもありますので」
 ミアはにこやかな笑顔でそういった。
 恐らくではあるが神の化身、それが山に住んでいるのだろう、とフーベルト教授は推測する。
 神本体の場合も考えられるが、その場合、神の座と呼ばれる本来神がいる場所に神がいないということになる。
 その場合は、ロロカカ神が神としての証明がかなりむずかしくなる。
 また地上に本体が降りてきている祟り神など厄災とそう変わらない存在でもある。
 ただ麓に村が存続しているところを見ると、祟り神本体ではなさそうではある。なので、恐らく尻尾を持つその存在は神の化身だ。
「禁域ですか……」
「はい、私もその場所は入ったことないです。村の言い伝えでは入るともう戻ってこれないと言われてます。実際に入った人はいないので本当かどうかもわからないですが」
 ミアはニコニコしながら話してくれるが、神、もしくはその化身が禁域を持つということそれなりに意味がある話だ。
「ああ、はい……」
 禁域の話はともかく、見ただけで祟られるということは、祟り神ということでほぼ間違いはない。
 しかも、この学院でその巫女を受け入れなければならない。
 で、あるとすれば、フーベルト教授がやることは、その祟りがどれほどの強さの祟りなのか、何をすると祟られるのか、それを詳しく調べることだ。
 今、分かっているのはその神の姿を見ると祟られる、ミアの帽子を他人が被ると祟られる、くらいだ。
 禁域の話は確証がなさすぎるし、この学院とも地理的に関係がないので、今は取り上げる必要もない。
 それならば、この学院でミアが学ぶ限りは、それほど危険があるようには思えない。帽子にだけ気を付ければいい。
 他に何か祟られるようなことがあるか、今のうちに確認しておいたほうが、被害は少なく予防策も立てられる。
 フーベルト教授はどうやって、それを安全に確認できる方法はないかと思案する。
「ええっと、そうですね…… 尻尾、そう尻尾ですね、尻尾だと分かると言うことは、ロロカカ神の全体像などはわかっているのですか?」
 思案しながら話していた結果、未知の神、その姿の方か気になり、そんなことをフーベルト教授は口にしてしまった。
 フーベルト教授は神族の研究者だ。どうしても学者の血も騒いでしまう。
「はい! ちゃんと言い伝えられています!」
 ミアは感じている疲労が吹き飛ぶように、ロロカカ神のことを話せるとばかりに喜んでいる。
 その様子からもミアはロロカカ神を心から敬愛し、信仰しているのだということが窺い知れる。
「言い伝えられて…… それを聞いても平気ですか? そのー……」
 フーベルト教授は一応それで祟られるかどうかだけは確認しておく。
「はい、大丈夫ですよ! ロロカカ様の祟りは、悪いことすると祟られるよって感じに、子供たちに言い聞かせたりするときにも使われるようなことなので」
 と、ミアが明るく言い放った。
 それを考えると、フーベルト教授が考えるより祟りの強さは強くはないのかもしれないし、ミネリアが失言したときもミアが気にしていなかったことも納得できる。
「ああ、そう言った類の物なのですね、割と、その平然と、言われるような?」
「はい! 実際に祟りがあるのはこの帽子とお姿を直接みたときだけですね、それ以外では聞いたことありませんよ」
 と、ミアはそう言って笑い飛ばした。
 その様子を見てミネリアも少しだけ落ち着いたような表情を見せた。
 とはいえ、その姿を見ただけで祟られるなど、祟り神以外の何者でもない。
 フーベルト教授は逆に嫌な予感がする。ミアの話を聞く限り、ロロカカ神はさほど人間に興味がないように思える。
 実際そうなのかもしれない。祟り神ではあるが、人間に興味がないので祟られることもない。
 けれど、ミアという存在だけは例外で、ミアにだけは執着しているように思える。
 そんな神が、その巫女を遠く離れた地にあるこの魔術学院に通わせるように言うとは、何かあるとしかフーベルト教授には思えない。
 ただ、今はその姿を聞こうと、フーベルト教授は思う。未知の神の、恐らくは化身の姿はどうしても気になるし、その姿から、何かわかることもあるかもしれない。
「な、なるほど、では、お姿のお話を聞かせてください」
 フーベルト教授がそう言うと、ミアは軽く咳払いをして喉を整え謳うように話し始めた。
「雄々しき獅子の顔を持ち」
 その言葉にフーベルト教授は女神では? と思いはしたが口には出さない。
 ミアの次の言葉を待つ。
「燃え盛る炎の鬣を持ち」
 その言葉で、女神であるということを疑い始めるが、多種多様に神は存在する。
 そんな女神がいてもおかしくはないのも事実し、なにかが燃える鬣のように見えているだけなのかもしれない。
「胴は大蛇であり」
 この辺りでまっとうな神であることをフーベルト教授はあきらめた。
「四対の節のある足を持ち」
 節のある足、すなわち虫の脚である。ヘビの胴にそんなものが付いていることが、フーベルト教授は不思議に思ったが、そもそも虫、虫種とはかなり後のになってこの世界にやってきた種族だ。
 それだけにその姿をしている神は少ない。またその姿をとっている神は大体まともな神でもない。
 しかも四対とやけに中途半端な数だ。
「背中から無数の手を生やしている、お優しくも美しい女神様です」
 最後にそれを聞いて、フーベルト教授とミネリアは何とも言えない表情をして、やっぱり祟り神か何かか、という結論を出した。
 実に異形ともいえる容姿だ。
 神々は様々な姿を取る化身にしても、異形すぎる姿だ。
 そこでミネリアが完全に固まってしまっていることにフーベルト教授も気が付いた。
 自分はともかく、ミネリアはそろそろ限界なのかもしれない。
 ミネリアはミアを初めから、祟り神の巫女と決めつけていたので、その緊張が、今の異形の姿を聞いて限界を迎えたのだろう。
 そろそろ、一旦区切りをつけて、ミネリアだけでも一旦、席を外させたほうがいいかもしれない。
 フーベルト教授はその為の理由作りの話をする。
「あ、ありがとうございます。なんというか、余り他では聞かないお姿をしているのですね」
「そうですか? 私は他の神々の御姿など知らないでの」
「その辺はこの学院で学んでいけばよいと思いますよ。あー、あと、少し話は変わるんですが、ミアさん」
「はい」
「そのー…… ですね、実は魔術学院というのは入学に少しばかりではあるのですがお金が…… かかるのですが、持って……」
 そこで、今度はミアが驚愕の顔をして固まっている。
 返事を聞くまでもなく、ミアはお金など持っていない。
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