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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
腐れ剣客、片腕拘束デスマッチ
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互いに腕を拘束された鴎垓と敵の頭。
これをどうにかするためにはどちらかが動けないようにするか、もしくは仲良く協力しなければならない。
勿論協力などできやしないのだから戦って相手を無力化するしか拘束から逃れる手段はないのだが――
――何よりもこの縄の存在が、二人の戦いをより難しい代物としてしまっていた。
「はっ!」
街道を走る荷馬車の上で激しく動く二人。
幌の足場に慣れてきた鴎垓が体重を掛ければ沈む特性を利用し左腕で死角から剣を振るう。
「くっ……!」
それに合わせ敵の頭が縄に縛られた方の腕を体ごと大きく後ろに引く。
「ぬおっ!?」
すると縄で繋がった鴎垓の腕が連動し、体勢が大きく前へと傾く。
すかさず鴎垓の頭部目掛け剣を振るう敵の頭の攻撃を転がって避け、立ち上がると同時お返しとばかりに右腕を引くと今度は敵の頭の体が強制的に馬車の先頭――鴎垓のいる方向へと引き寄せられる。
たたらを踏む足を何とか落ち着かせ、不安定な足場でそれ以上は許さんとばかりに抵抗。
拮抗する両者の力。
「ぬぅ……!」
「くっ……!!」
ここまでの戦いはまさに一進一退。
たかが一本の縄――しかしそれが相手と繋がっているとなればその存在は大きな障害となって動きを縛る。
自分達が思っていた以上のやりにくさ。
互いが対人において並々ならぬ実力を持っているのも影響し、迂闊な行動が取れないでいる。
「く、ぅう……!」
「かぁ……っ!」
しかしこの勝負、どちらが不利かと言われれば――それは鴎垓の方であると言わざる得ない。
その理由は実に明白。
敵にあって鴎垓にないもの、そう――灯気が使えるか否かだ。
「ぐ、ぐぐ……!」
徐々に。
ゆっくりと敵の方へ引き寄せられていく鴎垓。
歴然とした膂力の差――卓越した技術を持とうともその身体能力は人の域を出ない鴎垓。
それに対し技量では劣るものの灯気による強化によって常人を遥かに越える力を発揮できる敵の頭。
腕が拘束されたことによって自由に動くことができなくなった現状、単純な力で勝る敵の頭の方が優位。
これまで鴎垓が避けたり受け流したりといった巧みば動きで敵の力から身を守ってきたのは単にそれを考慮してのこと。
石と紙が真っ向からぶつかった場合の結果など、想像する必要もないほどに明らかだ。
そしてそれを封じられた今。
巻き付いた縄が腕を強力に圧迫し、青黒く変色していっている。
骨にまで及ぶその痛みは尋常ではなく、全身を使った必死の抵抗も合わさって急激に鴎垓の体力を奪っていた。
幌の上に滴り落ちる汗。
限界が近い。
「この勝負、どうなるかと思ったが……」
そのことを敵の頭も悟ったのだろう。
縄から感じ相手の力がどんどんと弱まっていることにも気付き、仮面に隠れていない口元が弧を描く。
「僅差で俺の勝ちのようだな――!」
そしてとどめと言わんばかりに――全力を込めて腕を引く!
――勝った!
そう勝利を確信し引き寄せる腕には堪えきれず投げ出された相手の重さが……重さが――ない?
「何!?」
想定を越える抵抗のなさ、男一人を引き寄せたにしては軽い、あまりにも軽すぎる!
その現実と想像していたもののずれは大きく、全力を出していただけに敵の頭は体勢を維持することができない。
尻餅をつくように後ろへと倒れていく視界の中、まるでそうなるのが分かっていたかのように動く相手の姿。
自分がまんまと術中に嵌まったことを理解した敵の頭は幌の上に転倒し、その後素早く接近した鴎垓に抵抗する間もなく鋭い蹴りを顎先に入れられたことにより、その意識は闇の中へと沈んでいくのだった。
「ふぅ……間一髪じゃったな」
気絶した敵の頭を見下ろし、ふっと胸を撫で下ろした鴎垓は早速腕を締め付ける縄を緩めにかかる。
彼は敵の頭に全力で縄を引っ張られたその瞬間――鴎垓はタイミングを見計らい自分から前に飛び出したのだ。
力の差によって勝利を確信した敵がその優位性を知る以上、必ずそのようにしてくると考え、引き寄せるのと同時に動いたことで力の行き先は当然なくなり、逆に鴎垓の勢いを助けることに繋がったのだ。
対人における駆け引き、それもまた鴎垓の方が上手だったというところか。
幌の上で膝をつき、暫く縄と格闘していた鴎垓。
引っ張りあっていたことで更にきついなっていたが、幾らか時間を要したてようやくそれから解放される。
しかし散々痛め付けられたダメージはやはり大きく、右腕は暫く使い物にならないだろう。
できればこの男が目覚めたとき抵抗しないよう腕なり足なりを拘束したいところではあったが、この腕では中々難しい。
「まあええ、今はこれを止めるのが先じゃ」
無理はしないと敵の拘束をすっぱりと諦めた鴎垓。
絶え間なく襲いかかる激痛をぐっと堪え、立ち上がって馬車の先頭を目指し進む。
二人が戦っている間に荷馬車はかなりの距離を走っていたようで、周りの光景はいつの間にか先程までの荒れた街模様とは異なり、しっかりとした作りの建物がそこかしこに建つようになっている。
街の中心へと近づいていっているのだろうか、しかしそれにしては人通りが少ない。どうやら裏道のようなものを通っているらしい。
「隊長! さっきから音がしませんがどうなりましたか!
あいつは倒せたんですか!」
御者をしていた男が上の異変に気付き、声を張り上げ確認をしてくる。
隊長――と呼んでいるのはあの猿面の男のことだろう。
そしてその”隊長”という呼称から察するに、こいつらは何かの組織に属した連中だということが分かった。
やはりそうか……と、やけに統率のとれた動きから薄々そうではないかと考えていた鴎垓。
丁度いい、こいつにクレーリアを拐うように指示した黒幕の正体を喋ってもらうとしようと御者台に座る男の後ろにすたりと飛び降りる。
「よう、お望みの奴でなくて悪いな」
「な、」
「静かにせい、余計なことをすればぶすりといくぞ」
後ろから聞こえる声が自分たちの隊長のものではないことに驚き後ろを振り向こうとした御者の男だったが、鴎垓の脅しと共に背中に感じる切っ先の感覚に喉を鳴らして黙り込む。
「ひとまずはこの馬車の行き先を変えてもらおうか、お前から諸々聞き出すのはその後じゃ」
「お、俺が簡単に口を割るとでも……」
「生憎儂の仲間にはそういうのが得意な奴がおってな。喋りたくなくてもお前の知ることは自然と儂らの知ることとなる」
鴎垓の含みのある脅しに冷や汗が吹き出す御者の男。
所詮実力不足で御者役に選ばれた自分が隊長を倒した奴を相手に敵うわけがない。
抵抗も無駄、恐ろしい想像が脳内で膨らむ。
「ご、拷問でもしようってか……?」
「それはお前の心得次第よ。
さあ、ここで痛い目に合いたくなかったら儂の指示に従ってもらおうか」
「……は、はは。
もしかしたらそっちのほうがよかったかもな」
しかしそれは、鴎垓の脅しを恐れているからではない。
そんなものよりももっと恐ろしいものの存在が、この状況を傍観しているわけがないのを知っているからだ。
「所詮俺たちは捨て駒だ。任務に失敗すれば用済み、敵に情報渡すくらいなら上は俺たちの命なんてゴミのように処理する」
「お前何を」
その何かを諦めたかのような御者の声に鴎垓が一体何のことだと問おうとし、
「――俺はここで終わりってことさ」
「――その通りだ、役立たずめ」
――唐突に、馬の頭が爆発し、御者の男の胸に何かが生えた。
「な……」
「弱者はやはり役に立たん。こんな簡単なことも出来んとは、失望すら覚える」
男の胸から生えたと思った深緑の棒状のそれが、生えたのではなく突き刺さったのだと鴎垓が理解するのに数瞬の時間を要した。
頭部を破裂させた馬が崩れ落ち、車輪が死体に乗り上げ大きく傾き浮く。
支えを失った体が荷馬車から離れる。
転倒する荷馬車から投げ出されるまま地面に叩きつけられ、どうにか転がって衝撃を減らした鴎垓。
土埃が舞う地面からゆっくりと、その惨状へと顔を向ける。
「……」
「だがお陰で面白そうな男に会うことができた。
お前のその生に価値があったとするならばその一点だけは認めてやろう」
横倒しになった荷馬車。
自身と同じく、地面に投げ出された御者の死体。
それに近寄る人影。
突き刺さった棒に手を掛け、無造作に引き抜く。
ブチブチと音を鳴らしながら現れた穂先は刺々しいというのが生易しいような、突起物満載の凶器。
風が吹く。
周囲に溢れる血の臭いを巻き上げ、土煙が消えていく。
「――さあ、次は俺と殺り合おうではないか、剣士よ」
そして露になった人影――それは黒いフードを目深に被り、全身から死臭を漂わせた、緑の瞳の男であった。
これをどうにかするためにはどちらかが動けないようにするか、もしくは仲良く協力しなければならない。
勿論協力などできやしないのだから戦って相手を無力化するしか拘束から逃れる手段はないのだが――
――何よりもこの縄の存在が、二人の戦いをより難しい代物としてしまっていた。
「はっ!」
街道を走る荷馬車の上で激しく動く二人。
幌の足場に慣れてきた鴎垓が体重を掛ければ沈む特性を利用し左腕で死角から剣を振るう。
「くっ……!」
それに合わせ敵の頭が縄に縛られた方の腕を体ごと大きく後ろに引く。
「ぬおっ!?」
すると縄で繋がった鴎垓の腕が連動し、体勢が大きく前へと傾く。
すかさず鴎垓の頭部目掛け剣を振るう敵の頭の攻撃を転がって避け、立ち上がると同時お返しとばかりに右腕を引くと今度は敵の頭の体が強制的に馬車の先頭――鴎垓のいる方向へと引き寄せられる。
たたらを踏む足を何とか落ち着かせ、不安定な足場でそれ以上は許さんとばかりに抵抗。
拮抗する両者の力。
「ぬぅ……!」
「くっ……!!」
ここまでの戦いはまさに一進一退。
たかが一本の縄――しかしそれが相手と繋がっているとなればその存在は大きな障害となって動きを縛る。
自分達が思っていた以上のやりにくさ。
互いが対人において並々ならぬ実力を持っているのも影響し、迂闊な行動が取れないでいる。
「く、ぅう……!」
「かぁ……っ!」
しかしこの勝負、どちらが不利かと言われれば――それは鴎垓の方であると言わざる得ない。
その理由は実に明白。
敵にあって鴎垓にないもの、そう――灯気が使えるか否かだ。
「ぐ、ぐぐ……!」
徐々に。
ゆっくりと敵の方へ引き寄せられていく鴎垓。
歴然とした膂力の差――卓越した技術を持とうともその身体能力は人の域を出ない鴎垓。
それに対し技量では劣るものの灯気による強化によって常人を遥かに越える力を発揮できる敵の頭。
腕が拘束されたことによって自由に動くことができなくなった現状、単純な力で勝る敵の頭の方が優位。
これまで鴎垓が避けたり受け流したりといった巧みば動きで敵の力から身を守ってきたのは単にそれを考慮してのこと。
石と紙が真っ向からぶつかった場合の結果など、想像する必要もないほどに明らかだ。
そしてそれを封じられた今。
巻き付いた縄が腕を強力に圧迫し、青黒く変色していっている。
骨にまで及ぶその痛みは尋常ではなく、全身を使った必死の抵抗も合わさって急激に鴎垓の体力を奪っていた。
幌の上に滴り落ちる汗。
限界が近い。
「この勝負、どうなるかと思ったが……」
そのことを敵の頭も悟ったのだろう。
縄から感じ相手の力がどんどんと弱まっていることにも気付き、仮面に隠れていない口元が弧を描く。
「僅差で俺の勝ちのようだな――!」
そしてとどめと言わんばかりに――全力を込めて腕を引く!
――勝った!
そう勝利を確信し引き寄せる腕には堪えきれず投げ出された相手の重さが……重さが――ない?
「何!?」
想定を越える抵抗のなさ、男一人を引き寄せたにしては軽い、あまりにも軽すぎる!
その現実と想像していたもののずれは大きく、全力を出していただけに敵の頭は体勢を維持することができない。
尻餅をつくように後ろへと倒れていく視界の中、まるでそうなるのが分かっていたかのように動く相手の姿。
自分がまんまと術中に嵌まったことを理解した敵の頭は幌の上に転倒し、その後素早く接近した鴎垓に抵抗する間もなく鋭い蹴りを顎先に入れられたことにより、その意識は闇の中へと沈んでいくのだった。
「ふぅ……間一髪じゃったな」
気絶した敵の頭を見下ろし、ふっと胸を撫で下ろした鴎垓は早速腕を締め付ける縄を緩めにかかる。
彼は敵の頭に全力で縄を引っ張られたその瞬間――鴎垓はタイミングを見計らい自分から前に飛び出したのだ。
力の差によって勝利を確信した敵がその優位性を知る以上、必ずそのようにしてくると考え、引き寄せるのと同時に動いたことで力の行き先は当然なくなり、逆に鴎垓の勢いを助けることに繋がったのだ。
対人における駆け引き、それもまた鴎垓の方が上手だったというところか。
幌の上で膝をつき、暫く縄と格闘していた鴎垓。
引っ張りあっていたことで更にきついなっていたが、幾らか時間を要したてようやくそれから解放される。
しかし散々痛め付けられたダメージはやはり大きく、右腕は暫く使い物にならないだろう。
できればこの男が目覚めたとき抵抗しないよう腕なり足なりを拘束したいところではあったが、この腕では中々難しい。
「まあええ、今はこれを止めるのが先じゃ」
無理はしないと敵の拘束をすっぱりと諦めた鴎垓。
絶え間なく襲いかかる激痛をぐっと堪え、立ち上がって馬車の先頭を目指し進む。
二人が戦っている間に荷馬車はかなりの距離を走っていたようで、周りの光景はいつの間にか先程までの荒れた街模様とは異なり、しっかりとした作りの建物がそこかしこに建つようになっている。
街の中心へと近づいていっているのだろうか、しかしそれにしては人通りが少ない。どうやら裏道のようなものを通っているらしい。
「隊長! さっきから音がしませんがどうなりましたか!
あいつは倒せたんですか!」
御者をしていた男が上の異変に気付き、声を張り上げ確認をしてくる。
隊長――と呼んでいるのはあの猿面の男のことだろう。
そしてその”隊長”という呼称から察するに、こいつらは何かの組織に属した連中だということが分かった。
やはりそうか……と、やけに統率のとれた動きから薄々そうではないかと考えていた鴎垓。
丁度いい、こいつにクレーリアを拐うように指示した黒幕の正体を喋ってもらうとしようと御者台に座る男の後ろにすたりと飛び降りる。
「よう、お望みの奴でなくて悪いな」
「な、」
「静かにせい、余計なことをすればぶすりといくぞ」
後ろから聞こえる声が自分たちの隊長のものではないことに驚き後ろを振り向こうとした御者の男だったが、鴎垓の脅しと共に背中に感じる切っ先の感覚に喉を鳴らして黙り込む。
「ひとまずはこの馬車の行き先を変えてもらおうか、お前から諸々聞き出すのはその後じゃ」
「お、俺が簡単に口を割るとでも……」
「生憎儂の仲間にはそういうのが得意な奴がおってな。喋りたくなくてもお前の知ることは自然と儂らの知ることとなる」
鴎垓の含みのある脅しに冷や汗が吹き出す御者の男。
所詮実力不足で御者役に選ばれた自分が隊長を倒した奴を相手に敵うわけがない。
抵抗も無駄、恐ろしい想像が脳内で膨らむ。
「ご、拷問でもしようってか……?」
「それはお前の心得次第よ。
さあ、ここで痛い目に合いたくなかったら儂の指示に従ってもらおうか」
「……は、はは。
もしかしたらそっちのほうがよかったかもな」
しかしそれは、鴎垓の脅しを恐れているからではない。
そんなものよりももっと恐ろしいものの存在が、この状況を傍観しているわけがないのを知っているからだ。
「所詮俺たちは捨て駒だ。任務に失敗すれば用済み、敵に情報渡すくらいなら上は俺たちの命なんてゴミのように処理する」
「お前何を」
その何かを諦めたかのような御者の声に鴎垓が一体何のことだと問おうとし、
「――俺はここで終わりってことさ」
「――その通りだ、役立たずめ」
――唐突に、馬の頭が爆発し、御者の男の胸に何かが生えた。
「な……」
「弱者はやはり役に立たん。こんな簡単なことも出来んとは、失望すら覚える」
男の胸から生えたと思った深緑の棒状のそれが、生えたのではなく突き刺さったのだと鴎垓が理解するのに数瞬の時間を要した。
頭部を破裂させた馬が崩れ落ち、車輪が死体に乗り上げ大きく傾き浮く。
支えを失った体が荷馬車から離れる。
転倒する荷馬車から投げ出されるまま地面に叩きつけられ、どうにか転がって衝撃を減らした鴎垓。
土埃が舞う地面からゆっくりと、その惨状へと顔を向ける。
「……」
「だがお陰で面白そうな男に会うことができた。
お前のその生に価値があったとするならばその一点だけは認めてやろう」
横倒しになった荷馬車。
自身と同じく、地面に投げ出された御者の死体。
それに近寄る人影。
突き刺さった棒に手を掛け、無造作に引き抜く。
ブチブチと音を鳴らしながら現れた穂先は刺々しいというのが生易しいような、突起物満載の凶器。
風が吹く。
周囲に溢れる血の臭いを巻き上げ、土煙が消えていく。
「――さあ、次は俺と殺り合おうではないか、剣士よ」
そして露になった人影――それは黒いフードを目深に被り、全身から死臭を漂わせた、緑の瞳の男であった。
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