腐れ剣客、異世界奇行

アゲインスト

文字の大きさ
上 下
59 / 72
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参

腐れ剣客と血と死臭と戦乱の槍使い

しおりを挟む
 街道に吹く風が巻き上がった土埃を掻き消し、その惨状を露にしていく。
 頭部が爆散した馬、転倒の衝撃げ壊れた荷馬車が地面に投げ出され、カラカラと音を鳴らす車輪が空しく回転している。
 幌は破れそれを支える骨組みも歪み、例え起こしたとしても使い物にはならないだろう。
 中にいるクレーリアの無事を願いながらも、状況は彼女の元に行くことを許してはくれない。


 少し離れたところには、御者の男。
 仰向けになって地面に大量の血を流し、白くなった肌には生気というものがなく、胸に深々と空いた穴は確実にその命が失われているのを嫌がおうでも理解させられる。

「どうした、さっさと構えないか」

 そして――こいつだ。
 突然どこからか現れて人一人、馬の分も合わせれば二つ分の命を奪ったというのに平然と、地面に膝を着く鴎垓へと凶器としか言いようがないその槍を構えて催促をするその男。

 鴎垓を頭半分ほど越えるだろう背丈、フードから覗く髪は深緑よりもより深く黒く、唯一露になっている顔は褐色で、鼻と目の間に横一線の傷が刻まれている。
 何よりもその眼――草木のそれを思わせる緑の瞳は決して穏やかなものではなく、自然に潜む獣と同じ脅威を感じさせる。


 ――やり手だ、それもかなりの。


「……一つ聞きたい」

「何だ、ここまできて何を聞きたい」

 動きの一つ逃してはならないと訴える本能に従い、警戒心を最大限に発揮しながら、ゆっくりと立ち上がりつつ目の前の男へと言葉を投げ掛ける鴎垓。
 男は早く戦いたいのかウズウズとしつつも、それに対して聞き入れるような様子。

「さっきの奴、何故殺した」

 使い物にならない右腕を捨て、左で剣を握る鴎垓。
 平坦な声は逆に、その胸の内にある激情の強さを思わせる。

「戦いの邪魔になるものを排除しただけのことだ
 そんな下らんものをわざわざ聞きたいとは、見込み違いか?」

 だが男からすればその質問は意味の薄いもの。
 どうということでもないかのように、命の軽さを口にする。

「……そうか」

 そうだろうとは思っていた。
 この手の奴に普通の道理が通じないことは。
 だがそれでも自分が聞いたのは、せめて明らかにしたかったからだろう。
 敵であったとしても人一人の命。
 それを容易く奪うこの男は――



「どうやらお前も――相当な業を背負っておるようだな」



 ――必ず倒さなくてはならない、敵であることを。

「おお、いいぞ……! その目、その殺気……!!
 お前はまさしく俺の求めていた強者だ……!!!」

 目の前の鴎垓の変容。
 感じる圧を心地よいものでもあるかのように喜色を露にする深緑の男。

「こんなところに来させられ退屈を味わっていたが、お前を知って考えが変わった!
 これぞ神の導き、感謝致します我が神よ!」

 そう吠え――そして男は槍を構え鴎垓へと突撃する。
 小手調べの一突き、鴎垓はその心臓を狙った一撃を大きく横に避ける。
 穂先にいくつもついた鍵爪上の突起。
 相手を傷つけつためだけにあるようなそれは槍の先だけでなく男の方にも向いており、引き戻すときにも注意をしなければならない。
 それから何発かの攻撃を余裕をもって避ける鴎垓。

「くはっ!」

 ことごとく攻撃を回避する無駄のない動きに見定めが済んだのか、途端に攻撃の速度をあげる男。
 加速した思考で狙いを見抜き、着弾点を先んじて割り出すことで対抗する鴎垓。
 しかし得物の差――間合いの違いはいかんともし難く、中々攻めに転じることができない。
 
「はははは、いいぞ! その調子だ!
 もっと俺を楽しませろ!!!」

「なるほど、血狂いか!」

 一人楽しそうな男に悪態を吐く鴎垓。
 だがこの男の強さはそれが許されるほどに高い位置にある。
 突きの次はこれだと言わんばかりに放つ凪ぎ払い。
 空間を削ぐような勢いのそれを体を後ろに大きく逸らすことで避ける。

「ははは、これも避けるか! いいぞ、そうこなくては面白くない!」

「ちいぃい……! やっぱりその手の長物相手はやりにくいのう……!」

 槍と剣というリーチの違い。
 それによる不利もあったがそもそものその槍の形状。
 見覚えのあるそれの特性が故に鴎垓は思うような動きができないでいた。

「ほう? 俺のこの槍のことを知ってるのか?」

「似たようなもんを見たことがあるだけじゃ」

「おお……! これは、これは何と……!」

 何気なく放った鴎垓の言葉がどこか琴線に触れたのか。
 突きと凪ぎ払いを織り混ぜた嵐のような攻撃の手を止め、腕を開いて天を仰ぐ男。
 歓喜によるものかその体が震えている。 

「嬉しいことは重なるものだ! であればこの槍の素晴らしさが分かるだろう! この鋭い牙が少しでもかすればたちまち皮を裂き、真芯に当たれば肉を引き千切る!
 滴る血は止まることはなく、相手を確実に死に至らしめる!」




「これこそが我が神、毒蛇神”ベノミナガシャ”より与えられし功徳――『毒蛇乱牙槍ナガシオン・ボルゲ』だ」



 恍惚とした様子で天に向け武器を掲げる男。
 その狂態に少々気圧され、攻め時を見失う鴎垓
 一頻りそうやって満足したのか、すんと元の調子に戻る男。

「そして俺の名はギース。
 どうか死して目覚める新天地でもこの名を覚えておくがいい」

 そして気分がいいのかそのままの勢いで名前すら明かす。
 こんな成りをしている癖に誇示したがりなのかと、見た目とのちぐはぐさに辟易しながらも、そういうことならばと姿勢を正す鴎垓。
 例え相手が鬼畜生だったとしてもそれはそれ。
 武人の名乗りには答えるが礼儀。

「そいつはどうも、ご丁寧に。
 名乗られたなら名乗り返すが道理というもの」

 改めて、剣を構える。
 正眼――もっとも基本の構えを取り、告げる。



「自流・腐れ剣客の鴎垓じゃ。
 そして生憎、死ぬ気などさらさらない。
 ここでお前を倒し、儂は拐われたあやつと共に帰るだけよ」

「いい啖呵だ! では存分に死合おうか!!!」



そして共に飛び出した二人――激戦を繰り広げるその影で一人、ゆっくりと動く者がいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

処理中です...