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中等部4年編
23 sideキャサリン
しおりを挟むキャサリンがルーカスの側近になる少し前。スージン侯爵が家族を執務室へ招集した。
「陛下からの書簡が届いた。キャシー、君を皇子の側近にしたいらしい」
「父上、本当に皇女ではなく、皇子、なのですか?」
侯爵の言葉に夫人とキャサリンが驚く中、兄が冷静にそう尋ねた。
「そうだ。つまり、噂の第3皇子殿下の側近だ」
「っ! 私は反対です。第3皇子殿下の噂はどれも悪い物ばかり。ただの噂であっても、火のないところに煙は立ちません」
兄はキャサリンを酷く心配し、強く反対を申し立てた。
「お父様、他の候補者は誰ですか?」
「ムハンマド公爵家のノア様と、マカイラ侯爵家のケイ君だ」
不仲と言われている第3皇子殿下に付ける側近が、エイルとノア様……。
「……お受け致します」
「キャシー!」
「エイルとは面識が有りますし、もう1人はムハンマド家の方ですから、特に心配はいらないでしょう」
キャサリンがそう言うと、侯爵は反対している兄の方へと視線をやった。
「それは、そうだが、護衛対象が問題だろう。誰も姿を見たことがないのに、流れる噂は酷いものばかりだ」
「貴族とは噂好きなものです。お兄様、私の心配をするあまり、思考が曇っておりますよ」
「そうね。陛下がお付けなさった側近がケイ君とノア様、そしてキャシーだと聞いた時から、母は心配はしてないわ」
「っ! ……申し訳ございません」
兄は夫人の言葉により気付いたようで、すぐ様冷静になり侯爵に向けて謝罪をした。
「キャシーが了承するなら、私は反対しない。しっかりと役目を果たせ」
「承知致しました」
誰が不仲の人間の側近を次期宰相にするのよ。それに中立派と言っても私とエイルは侯爵家の人間よ。
……皇族の方は何を考えてるのかしら。厄介事に巻き込まれなければいいけれど。
ルーカス殿下の側近になったのは、正直惰性だったわ。皇帝陛下からの書簡よ。断らない方が身のためだわ。
何度かお茶会をする内に、少しずつ情が出てきた。けれどそれが完全な忠誠に変わったのは、きっとルーカス殿下が暴漢に襲われた頃から。
初めの頃は、ただ可愛らしい方だと思った。人の心を開くのが上手な方だと。
前世の話を聞いて、酷く同情した。なんて酷い親なんだと、憤怒した。17歳でなくなったと聞いて、早すぎる死だとも思った。
けれど、それだけだった。私の家族は仲が良い。虐待の様子を鮮明に想像出来ない程の恵まれた環境だった。
それに、ルーカス殿下は意外と平気そうに見えた。私たちの方を気遣える程に。そして精神的にはあちらが上なのだと思うと、余計に他人事にしか思えなくなってしまった。
けどそれは、全て私の、勝手な勘違い。ルーカス殿下が暴漢に襲われたと聞いて鳥肌が立った。そしてメーリンの前世に対する予想が的中していた事を知ると、言い表せない程の恐怖が襲った。
そしてリハビリに付き合う為にルーカス殿下と対面した時、ルーカス殿下は酷く脅え、全身が震えていた。にも関わらず、あの方は私達に気遣いばかりする。
ああ、何もかも違った。化け物だと罵られても平気。暴行されても平気。魔法も剣術もできて、頭も良いから、この方ならば大丈夫なのだと。全てが間違いだった。
ただ姿形が違うからと会ったこともない人に嫌われ、噂だけを信じて、罵っても良い対象だと思われ傷付けられる。心も体も傷だらけのズタボロなのに、平気なわけないでしょう?
この方を守らないと。この方がどれ程強い方なのか、賢い方なのか、民を思う方なのか。早く知らしめなければ、この方が潰れてしまう。
絶対に、ルーカス殿下には幸せになって貰わなくちゃいけないの。
◇ ◇ ◇
「……卒業したあの子達を知ってるってことはそうなんでしょ。黙っておいてあげるから少し落ち着いたら?」
物凄く目を泳がせているコロンに、キャサリンがそう言うと、彼は少し驚いたように尋ねた。
「……僕が気持ち悪くはないんですか? 男の癖に恋物語にはしゃいで……」
「別に? ルーカス殿下とリヴを応援してるのは私も同じよ。寧ろ邪魔して来ないから嬉しいぐらいだわ」
キャサリンが全く気にした様子もなく返答すると、コロンは分かりやすくほっと息を吐いた。
誰かに拒絶でもされたのかしら? ラブロマンスが好きな男性なんていくらでもいるでしょうに。
「……さっきルーカス殿下の事を完璧だって言っていたけど、弓が苦手だって知って幻滅でもしたの? 黙り込んでたけど」
「えっ!? いいえ、その逆です! 何だか皇子様が近しく思えて……。も、もちろん、遠い存在なのは変わりませんが! ほんの少しだけ!」
コロンが酷く慌てて否定すると、キャサリンは彼を品定めするようにじっと見つめる。
「……そう。私は、ルーカス殿下が、ナサニエルの皇族だから、何でも巧みにこなす鬼才だから、他とは違う姿を持つ化け物だから」
「っ……!?」
「不可能なことは無いと、出来て当たり前だと勝手に期待して、そう出なかった場合に、勝手に幻滅する。そんな人達が心底嫌いなのよ」
キャサリンは酷く腹立たしい様子で話す。その様子にコロンはほんの少し怯える。
反対派を撲滅し、ルーカス殿下に対する期待値が最高潮に達した今、そして殿下がイヴェール様の生まれ変わりであると知られた際、必ずそんな無礼な人間が多く現れる。
「……だから、あなたがそうでなくて安心したわ」
キャサリンは先程までの怒りを静かに鎮静させる。そして本当に安心した様にそう言うと、コロンは驚き目を見開いた。
「……やっぱり、僕の御二方を応援する気持ちと、スージン様の応援する気持ちは、別物、だと思います」
するとコロンは、言い出しずらそうにしながらも、キャサリンに向けてそう発言した。
「僕のは、御二方が恋人として対等であって欲しい、というものです。でも、スージン様のは……」
コロンはこれ以上は言えないと言うように口を噤む。
「そうね。私のはルーカス殿下おひとりに対する、崇拝よ」
「崇拝……」
「でもこれは、私だけじゃなくリヴもエイルも同じだから」
キャサリンは確信した様子で言い切った。
「私はリヴにルーカス殿下と対等であって欲しいなんて、ただの1度も思ったことは無いわ。むしろ、ルーカス殿下を守る盾になれと思ってる」
キャサリンは真剣な表情で、楽しげに友人達と話すルーカスの傍に、静かに佇むリヴァイへ視線を送る。
「でもね、だからこそリヴァイにはルーカス殿下の恋人であって欲しいの」
「……何故ですか?」
「恋人なら、何処へでも共にいられるでしょう? それに……」
コロンの問い掛けにキャサリンは真剣に答えた。しかし次の瞬間、とても嬉しそうに微笑んで言った。
「リヴァイ・ノア・ムハンマドは、ルーカス殿下が唯一無二の最も渇望する人間だからよ」
そのキャサリンの酷く嬉しそうな言葉に、コロンは驚き呆然とする。
「だからって、リヴの恋路を応援していないわけじゃないのよ。リヴは私の友達だから、応援するのは当たり前でしょ?」
そう言ってまたもや楽しそうに笑うキャサリンに、コロンは腑に落ちたように言う。
「やっぱり、僕とスージン様の応援する気持ちは別物だけど、同じでもある様ような気がします!」
「ふふ、そうね。……今の会話はルーカス殿下には秘密よ? 恥ずかしいから」
「分かりました!」
「あ、でも、リヴには伝えても良いわ。最近ルーカス殿下とずっと一緒に居てずるいもの。後、エイルはもう知っているわね」
キャサリンがおちゃめにそう言うと、コロンは笑って言う。
「今の僕にはノア様に伝えに行く勇気はありません!」
「じゃあ勇気が出来たら伝えてちょうだい。そろそろルーカス殿下の元に戻るわ」
「はい! 皇子様に最後まで応援していますとお伝えください!!」
「ええ。……そうだわ。ルーカス殿下に変なこと吹き込んだらタダじゃ置かないわよ?」
「っ、も、もちろんです……。本人に知られたら、名が、廃るので……」
キャサリンが最後に冷たく忠告をすると、コロンは少し怯えながらそう宣言した。
やっぱりアリッサ達と同じ匂いね。
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