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3.騎士との出会い(1)

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 長年皇太子の妃候補だったのが嘘のように縁談はトントン拍子で進み、オスカーはクラッセン侯爵邸に嫁いできた。

 夫のヘルムート・クラッセン侯爵は二十六歳の帝国陸軍近衛騎兵隊長で、六尺豊かな大男だった。鎧を付けていなくても並みの剣なら跳ね返すのではないかと思われるほど屈強な体つきをしている。
 それでいて、波打つ栗色の髪に縁取られたその容貌は意外なほど繊細で美しかった。
 碧色の瞳が優しげに細められるのをオスカーは以前一度だけ見たことがある。



 彼と初めて会ったのは三年前の皇太子の誕生日パーティーでのことだった。めったに若者の集まりに参加させてもらえないオスカーだが、皇太子の誕生日とあれば参加しないわけにもいかない。オスカーが十六歳の年、皇太子の誕生日が運悪くオメガの発情周期に被ってしまった。 

 オメガには三ヶ月に一度発情期が訪れ、アルファを誘惑するフェロモンを放出してしまう。そのフェロモンを抑制する薬を飲んでなんとかその日はパーティーに顔を出し、皇太子にプレゼントを渡すことができた。本来なら最後まで会場に残るべきだが、オスカーは母の指示で皇太子に挨拶だけしてその場を辞するつもりだった。

 パーティー会場を離れた途端に動機とめまいがし、侍従に支えられながら庭へ出た。

「オスカー様、大丈夫ですか?」
「少しめまいがしただけだ」
「それはいけません。あそこで休んでから帰りましょう」

 庭のガゼボは薄紅色のつる薔薇に覆われ、日陰に入ると涼風が頬を撫でた。漂ってくる匂いが花の香りなのか、自分のフェロモンなのかもうよくわからない。

――早く帰りたい……。

 そう思うのに体がうまく動かなかった。侍従がオスカーの額に手を当小さく叫ぶ。

「ひどい熱です、オスカー様! 手持ちの薬ではどうにもなりません。フランツ様のところへ行って抑制剤をもらってきますから横になっていてください!」

 フランツ・エストマンはオスカーの母方の従兄弟で宮廷医師としてこの宮殿に仕えている。すぐに馬車に乗って帰りたかったのに、せっかちな侍従は主人の話を聞かずに走り去ってしまった。

「まったく、慌て者め……」

 オスカーは諦めて横たわり目を閉じた。鳥のさえずりが聞こえる庭は競うように咲く花々に彩られ、人混みの中にいたときよりは幾分鼓動も静まったようだ。

 深く息を吸い込むと先程とは違う甘い香りが鼻をかすめた。なんの花の匂いだろうかと視線を巡らせたとき、人影が近づいてくるのが見えた。一瞬侍従かと思ったが、彼ならばもっと背が低い。

――この香り……まさかアルファ?

 侍従もおらず今はオメガである自分一人だ。体調が悪いことを悟られぬよう無理をして体を起こす。不躾にもガゼボの日陰にまで侵入してきたその人物は、金髪の見知らぬ男だった。彼が近寄るほどにアルファの昂ったフェロモンが漂ってきて息が詰まる。その男はオスカーの目の前で片膝をついた。

「芳しいフェロモンに誘われて来てみれば……あなたはオスカー・ブラント様ですね? 助けが必要でしょう」

 彼が白い歯を見せた。本物の紳士であれば、発情したオメガのフェロモンには気づかぬふりをして距離をとるのが礼儀だ。彼の言葉に羞恥と怒りを覚えて全身が熱くなったが、感情を抑えて言う。

「不快にさせて申し訳ありません。侍従が薬を持って戻るところですのでどうかお察しください」

 この場を去ってほしくてそう告げたのに、彼は更に近寄ってくる。

「遠慮なさらず。あなたを楽にしてさしあげますよ。もちろん誰にも言いません」

 男は無断でオスカーの手を握った。その湿った感触とフェロモンからこの男のあからさまな欲望を感じてぞっとする。

――この男、正気か? 僕が皇太子の婚約者候補と知っていて触れてくるとは。

 アルファのフェロモンにあてられ、呼吸が浅くなる。オスカーはこの不快な状況に耐えきれず叫びそうになった。そのとき、背後の垣根がガサガサと音を立てて揺れた。

「無礼者、恥を知れ!」
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