上 下
4 / 18

4.騎士との出会い(2)

しおりを挟む
 張りのある声が甘ったるいフェロモンで淀んだ空気を切り裂く。と同時に、目の前のアルファよりも格段に強力な威嚇フェロモンを感じた。背後から剣の切っ先を突きつけられたかのような緊張感に背筋が凍る。さっきまでオスカーを狙う野犬のようだった男は突如現れたアルファの一喝に萎縮して後退った。

「ちがうのです。これは……」
「貴殿はウォーカー子爵だな。この件は殿下に報告させてもらう」
「それだけはご勘弁ください、クラッセン侯爵。私はただ彼が発情していたので助けようと――」
「見苦しい。これ以上恥を晒すな、行け!」

 するとウォーカー子爵と呼ばれた男は弾かれたように立ち上がり、一目散に逃げ出した。

「お怪我はありませんか?」

 背後からこちらを覗き込んできたのは、近衛騎兵隊の紺色の正装を身にまとった大柄な男だった。

 オスカーは感謝の言葉を述べようとしたが、立て続けにアルファのフェロモンに晒されてもう限界だった。座ったまま後ろに倒れそうになり、それを軍人らしく鍛えられた腕ががっしりと支えた。先程の男に触られたときのように不快な気分になると思いオスカーは反射的に身構えた。それなのに彼の腕から伝わってきたのは――。

『綺麗だ』『いい匂いがする』『天使か?』という言葉だった。

――え? なんだって……?

 妙に具体的な声のようなものが聞こえてオスカーは戸惑った。そっと長椅子に横たえられる。彼は不必要に身体に触れることなく、素早い身のこなしでガゼボの日よけの外へ出た。

「無断で触れてしまい申し訳ありません。この件は殿下にご報告が必要でしょうか」

 彼はこちらの落ち度ともとられかねない状況に配慮し、この件を公にするかオスカーに判断を委ねてきた。

「いいえ、その必要はありません。些末なことで殿下を煩わせたくありませんので」
「承知しました。それでは私もこの件については胸の内に留めておくことにいたします」

 彼は碧色の目を細めた。優し気なその笑みに一瞬目を奪われていると侍従が走り寄ってきた。

「オスカー様! お待たせいたしました。おや、どうかなさいましたか?」
「お連れの方もいらしたようですので、私はこれにて失礼します」

 彼は多くを語らずに踵を合わせて軽く礼をした。去り際に目が合ったので会釈すると彼はさっと赤面した。先程の子爵のように欲望を剥き出しにすることはなかったが彼もオスカーのフェロモンに反応しかけていたのだろう。それでも鋼の意志で何事もないふりをしてくれた。その紳士的な態度にオスカーは好感を持った。

――だけど、彼に一瞬触れたときのあの声はなんだったのだろう? 幻聴だろうか。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

出世したいので愛は要りません

ふじの
BL
オメガのガブリエルはオメガらしい人生を歩む事が不満だった。出世を目論みオメガ初の官僚としてバリバリと働いていたは良いものの、些細な事で体調を崩す様になってしまう。それがきっかけで五年程前に利害の一致から愛の無い結婚をしたアルファである夫、フェリックスとの関係性が徐々に変わっていくのだった。

【本編完結済】蓼食う旦那様は奥様がお好き

ましまろ
BL
今年で二十八歳、いまだに結婚相手の見つからない真を心配して、両親がお見合い相手を見繕ってくれた。 お相手は年下でエリートのイケメンアルファだという。冴えない自分が気に入ってもらえるだろうかと不安に思いながらも対面した相手は、真の顔を見るなりあからさまに失望した。 さらには旦那にはマコトという本命の相手がいるらしく── 旦那に嫌われていると思っている年上平凡オメガが幸せになるために頑張るお話です。 年下美形アルファ×年上平凡オメガ 【2023.4.9】本編完結済です。今後は小話などを細々と更新予定です。

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

巣作りΩと優しいα

伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。 そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

愛しいアルファが擬態をやめたら。

フジミサヤ
BL
「樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」 「その言い方ヤメロ」  黒川樹の幼馴染みである九條蓮は、『運命の番』に憧れるハイスペック完璧人間のアルファである。蓮の元恋人が原因の事故で、樹は蓮に項を噛まれてしまう。樹は「番になっていないので責任をとる必要はない」と告げるが蓮は納得しない。しかし、樹は蓮に伝えていない秘密を抱えていた。 ◇同級生の幼馴染みがお互いの本性曝すまでの話です。小学生→中学生→高校生→大学生までサクサク進みます。ハッピーエンド。 ◇オメガバースの設定を一応借りてますが、あまりそれっぽい描写はありません。ムーンライトノベルズにも投稿しています。

処理中です...