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4.騎士との出会い(2)

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 張りのある声が甘ったるいフェロモンで淀んだ空気を切り裂く。と同時に、目の前のアルファよりも格段に強力な威嚇フェロモンを感じた。背後から剣の切っ先を突きつけられたかのような緊張感に背筋が凍る。さっきまでオスカーを狙う野犬のようだった男は突如現れたアルファの一喝に萎縮して後退った。

「ちがうのです。これは……」
「貴殿はウォーカー子爵だな。この件は殿下に報告させてもらう」
「それだけはご勘弁ください、クラッセン侯爵。私はただ彼が発情していたので助けようと――」
「見苦しい。これ以上恥を晒すな、行け!」

 するとウォーカー子爵と呼ばれた男は弾かれたように立ち上がり、一目散に逃げ出した。

「お怪我はありませんか?」

 背後からこちらを覗き込んできたのは、近衛騎兵隊の紺色の正装を身にまとった大柄な男だった。

 オスカーは感謝の言葉を述べようとしたが、立て続けにアルファのフェロモンに晒されてもう限界だった。座ったまま後ろに倒れそうになり、それを軍人らしく鍛えられた腕ががっしりと支えた。先程の男に触られたときのように不快な気分になると思いオスカーは反射的に身構えた。それなのに彼の腕から伝わってきたのは――。

『綺麗だ』『いい匂いがする』『天使か?』という言葉だった。

――え? なんだって……?

 妙に具体的な声のようなものが聞こえてオスカーは戸惑った。そっと長椅子に横たえられる。彼は不必要に身体に触れることなく、素早い身のこなしでガゼボの日よけの外へ出た。

「無断で触れてしまい申し訳ありません。この件は殿下にご報告が必要でしょうか」

 彼はこちらの落ち度ともとられかねない状況に配慮し、この件を公にするかオスカーに判断を委ねてきた。

「いいえ、その必要はありません。些末なことで殿下を煩わせたくありませんので」
「承知しました。それでは私もこの件については胸の内に留めておくことにいたします」

 彼は碧色の目を細めた。優し気なその笑みに一瞬目を奪われていると侍従が走り寄ってきた。

「オスカー様! お待たせいたしました。おや、どうかなさいましたか?」
「お連れの方もいらしたようですので、私はこれにて失礼します」

 彼は多くを語らずに踵を合わせて軽く礼をした。去り際に目が合ったので会釈すると彼はさっと赤面した。先程の子爵のように欲望を剥き出しにすることはなかったが彼もオスカーのフェロモンに反応しかけていたのだろう。それでも鋼の意志で何事もないふりをしてくれた。その紳士的な態度にオスカーは好感を持った。

――だけど、彼に一瞬触れたときのあの声はなんだったのだろう? 幻聴だろうか。
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