「君と番になるつもりはない」と言われたのに記憶喪失の夫から愛情フェロモンが溢れてきます

grotta

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2.新たな婚約者

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 オスカー・ブラントは艶のあるブルネットヘアにブルーグレーの瞳、小さく尖った鼻と薄い唇が寸分の狂いなく配置された美しい容貌をしている。そして皇太子が伴侶として選んだ男爵子息のベンヤミンは――。

「あのようにフェロモンを撒き散らすオメガなんて見苦しいわ! 皇太子も一体何をお考えになっているのかしら」

 そう。ベンヤミンは平民から成り上がった男爵家に育ち、フェロモンを抑制することを知らないオメガだった。
 しかしそれだけに皇太子と並んでいる時の彼からは喜びと高揚感が存分に伝わってきた。そばかすだらけの赤毛のオメガを見て貴族たちは『はしたない』と嘲笑したが、結局のところ皇太子は彼を選んだ。

「お母様、彼の純粋さが皇太子の心を動かしたのでしょう」
「あんなオメガと結婚するなんて皇室の恥晒しよ! そうだわ、オスカー。あなたの良さをわからない皇太子などこちらからお断りよ。向こうから正式に断りを入れられる前に、あなたは別の相手と婚約すればいいのだわ」

 生まれてこのかた、皇室に嫁ぐことしか考えてこなかった身だ。変な虫がついてはいけないからと、若者の集まる場にはほとんど出してもらえなかった。つまり、オスカーには歳の近い知り合いが全くと言っていいほどいない。婚約相手を探そうにも、そんな当てはなかった。

「ですがお母様、そう都合よく相手は見つからないのでは」
「そんなことないわ。あなたはこの地方で知らぬものの無いほど美しいオメガですもの、引く手数多に決まっているじゃない」



 母のそんな言葉とは裏腹に、父や叔父の伝手を辿ってもすぐには目ぼしい相手が見つからなかった。書簡を見比べながら母が嘆息する。

「ここの伯爵子息は態度ばかり大きいくせに御前試合で初戦敗退するくらい剣術が苦手なのよね。却下。それにこっちの子爵はあまりにも家柄が格下過ぎるし、そもそも三男じゃない! 馬鹿にしているのかしら。却下よ。それからここの男爵は――文武両道で成績はアルファ並み? なによベータじゃないの。論外だわ! ああ、皇太子に匹敵するような相手じゃないと意味がないのに」

 母は天を仰いだ。

「お母様。あまり高望みするのはよしましょう。僕がつまらない人間だったから殿下に選ばれなかったのです。こちらからあれこれ注文をつけられる立場では――」
「何を言うの! あなたが『選ばれなかったオメガ』と言われないためにわたくしがこうして手を尽くしているというのに。本人がそんなことを口にしてどうするの!」

 母が文机を叩いた拍子に、書状がいくつか床に落ちた。オスカーはそれを拾って手渡し「申し訳ありません、お母様」と謝罪する。

 殿下との結婚が白紙になり個人的には胸を撫で下ろしていた。しかし、母親の立場としてはそう簡単に割り切ることもできないのだろう。皇室に息子を嫁がせることこそが母にとっては生き甲斐だったのだ。その期待を裏切ってしまったことには罪悪感を覚える。

「僕が不甲斐ないばっかりに……」
「ああ、オスカー。一番つらいのはあなたよね。お母様が悪かったわ」

 母に抱きしめられる。いつのまにか自分よりも一回り小さくなった母。これまでずっと母に従って生きてきて、何も自分で決めてこなかった。

――男として情けないことだ。孝行どころか親不孝で母を悲しませている。

 オスカーが差し出した書簡を母が受け取り差出人を見た。

「あら? この方は……」

 母が声を上げた。

「まあ、オスカー。この方よ」
「どなたです?」
「ヘルムート・クラッセン侯爵――帝国陸軍の近衛騎兵隊長でアルファ。決まりだわ!」
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