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56.ちびっ子探偵ミカルは見た(2)

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その後ミカルはマリアーノが城内のあちこちで色々な獣人と話しているのを見た。そしてその中の獣人が善人だけではないのを幼いながらに感じ取っていた。

トゥルナリ祭の夜、街に出てお菓子を集めて来たミカルがヨエルと共に城に戻ってきたときのことだ。
酔っ払った獣人がエントランスホールに掲げてあった国旗にぶつかりそれを倒した。酔っぱらいは自分が何をしたかもわからずにフラフラとどこかへ去っていった。それだけならば仕方がないことだが、その後現れたイタチ獣人が何食わぬ顔でその国旗を足で踏みつけて行った。どうやら柱の影になっていてミカルたちには気がつかなかったようだ。

(このおじさん、なんてことするの――?)

国旗を足蹴にするなど、幼いミカルにもいけないことだと理解できる。ヨエルもそれを見て眉をひそめ、黙って国旗を元に戻した。

ミカルはその後そのイタチ獣人を城内で何度か見かけた。しかも毎回マリアーノと一緒にいるのだ。

(マリアーノとあのイタチ獣人――わるいひと)

マリアーノたちのことは気がかりだったが、ミカルはまだ言葉を話すのが怖くて誰にも言い出せなかった。




しかしその翌朝、サーシャ付きの侍女アンがミカルのことを起こしに来た。いつもならヨエルがカーテンを開けに来るのに、なぜか焦った様子のアンが言う。

「ミカル様、早い時間に申し訳ありません。ヨエルが見当たらないのでアンが参りました」
「……?」

(なんなの?)

昨夜はお菓子集めに出掛けていたしお祭りだったから普段より夜更かししていて眠かった。
ミカルが目をこすりながら体を起こす。

「サーシャ様が、クレムス王国へお帰りになられることになりました。もう馬車に乗り込まれるところです。さあ、お急ぎになってくださいまし!」
「……?」

ミカルは首を傾げた。

(え、どういうこと?)

「ミカル様。サーシャ様はイデオン様とお別れすることになりました。――つまりもうここへはお戻りにならないのです!」

あまりの発言にミカルは眠気も吹き飛んでベッドから駆け出した。玄関に向かって走りながら頭が疑問でいっぱいになる。

(どうして……? サーシャはお兄さまのことが大好きなのにどうして? お母様のドレスはやっぱりダメだった?)

廊下を走っている途中でマリアーノの姿が目に入ってミカルは足を止めた。サーシャが帰国するというのに、サーシャの友人として滞在しているマリアーノが室内着のまま渡り廊下を歩いているなんておかしい。

(――何してるの?)

嫌な予感がし、マリアーノが立ち去った後で渡り廊下を覗いてみた。すると茂みの上にサーシャのいつも羽織っているマントや愛読書など小物一式が投げ捨てられていた。

(ひどい……!)

ミカルは自分が寝間着のまま部屋を飛び出したのに気づいて体を震わせた。咄嗟にマントを拾ってくるまり、また玄関へと駆け出す。



馬車のドアが閉まる寸前、ミカルは間に合って中に飛び乗った。
サーシャに抱きついて、意を決して声を出す。

「サーシャ、いかないで」

久しぶりに言葉を発して必死に引きとめようとしたけど、ダメだった。兄がマリアーノと結婚すると聞いてミカルはとても驚いた。そこでマリアーノと悪いイタチ獣人のことを教えたら、サーシャはこのことを兄に伝えるようにと言った。

(そっか。もしマリアーノがわるいひとってわかったら、お兄さまはマリアーノと結婚するのをやめるかも)

遠ざかる馬車を見つめてミカルは口を引き結んだ。

(まっててサーシャ。僕がきっとまたサーシャをお兄さまのお嫁さんにしてあげる!)





それからしばらくはマリアーノが兄の近くをずっとうろうろしていて話しかける機会がなかった。
そしてある日自室で眠っていると、夜中に誰かがミカルの肩を揺すった。

(誰――!?)

ハッとして身を固くしたミカルだが、目を凝らすとそこにいたのはヨエルだった。

(ヨエル……ずっと王宮に帰って来なかったけど、どこにいたの?)

「ミカル様、お休みのところ申し訳ございません。ヨエルです」

ミカルは体を起こした。「どこにいたの?」という気持ちを込めて彼の袖をひっぱる。あれから、コンサバトリーに出入りしていた獣人は皆来なくなってしまった。ミカル付きの侍従も変わったし、アンとスーもサーシャの代わりにマリアーノ付きの侍女になってしまったのでミカルは寂しい思いをしていた。

「祭りの晩に出掛けて明け方戻ってきたのですが、どうも衛兵の顔ぶれが変わっていて妙な気がしたので身を隠していました」

(――そうだったんだ……)

「イデオン様に内密の話があり、伝言を頼みたいのです。この中に手紙が入っているのでこっそりお渡しいただけないでしょうか?」

ヨエルが手渡してきたのは細い革紐に大人の親指くらいの鹿の角が付いたペンダントだった。角の中は空洞になっていて、小さく丸めた手紙が入っている。

「デーア大公国からの知らせです。私はまだ身を隠していた方がよさそうですので――また連絡があるときは、コンサバトリーにでも顔を出します」

ミカルはこくんと頷いた。あそこにはマリアーノも近寄らないから好都合だ。

「先日市場でヘラジカ獣人の作業員二人組とばったり会いましてね。城での仕事を失って出稼ぎに行くと話しておりました。そこでサーシャ様がクレムスへ帰られたことも聞きました」

ミカルは眉根を寄せて頷いた。

「イデオン様にもお考えあってのことだと思います。ヨエルも力を尽くしますゆえ、ミカル様も気をしっかりお持ちになってくださいませ」

ミカルは渡された鹿の角のペンダントをぎゅっと握りしめて力強く頷いた。
ヨエルは来たときと同じように音もなく去っていった。

(マリアーノに見つからないように、これをお兄さまへわたさなきゃ……)
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