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55.ちびっ子探偵ミカルは見た(1)

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両親が亡くなったということは4歳のミカルにもおぼろげながら理解できていた。つまり、二度と会えないということのようだ。
どこへ行ったのかはよくわからなかった。ただもう一度母に抱きしめてもらいたい――。そんなミカルを兄や親族が抱きしめようとしたが、母以外に触られるのにはどうしても抵抗があった。

ある日コンサバトリーをわけもなくうろついていると、誰かが庭の方からやってくる気配がした。
ミカルが物陰に隠れて覗き見ていると、それは獣人よりひと回り小柄な人間だった。ミカルにはそれが兄の結婚相手だとすぐにわかった。

(雪の妖精みたい……)

甘い匂いと雰囲気がどことなく母と似ていた。結婚式のときに一度遠くから見たことがあったけれど、近くで見てみると兄がどうして結婚したのかわかったような気がした。

警戒心から最初は逃げ出したけれど、その後その「サーシャ」という人がミカルの前にまた現れた。そしてコンサバトリーを直すと言った。
他の誰が修理しようと言ってもこれまでミカルはずっと断ってきた。だけどサーシャは奇妙な話し方でゆっくり説明してくれた。「ミカルくんも一緒に直すのを手伝って」と言われて、ミカルは頷いた。
サーシャと手を繋ぐのは不思議と嫌じゃなかった。

(手、あったかい……)

その後改修作業のため危ないからとサーシャがミカルを抱っこしてくれた。それも嫌ではなく、サーシャに抱かれていると温かくてお花のようないい匂いがして、ミカルはとても穏やかな気分になれた。

(サーシャはいいひと――お兄さまのお嫁さん……ヨエルのおともだち――)

ギュッと首に抱きつくと、サーシャは背中を撫でてくれる。その手の感触をミカルはずっと待ち望んでいたような気がした。



荒れ果てていたコンサバトリーはその後、力自慢の獣人たちが代わる代わる集まって来て綺麗に直してくれた。
ミカルも花の球根を植えたり、枯れ草を外へ捨てたりと作業を手伝った。

獣人がたくさんいるときは、まだ少し気後れしてしまって物陰から見ることしかできなかった。サーシャはどんな獣人にも優しい。けんかっ早くて気性の荒いヒグマ獣人やジャコウウシ獣人もサーシャがいる前では行儀よくお茶を飲んでいた。
ミカルはサーシャが人気ものになってしまうとちょっと寂しい気がした。

だけどそんなときはサーシャが気づいてミカルを抱っこし、皆が帰った後で甘くて美味しいココアやホットミルクを入れてくれる。
サーシャはおしゃべりが好きで、ミカルを膝の上に乗せていつも侍女のアンやスーと楽しそうに話している。
ミカルは話の内容はよくわからないけれど、鈴を転がすように笑うサーシャの声を聞いているのが好きだった。そして何よりも、サーシャの膝の上にはどんな獣人も――たとえ兄であっても座れない。ここがミカルだけの特等席なのだと思うといい気分だった。



そんなサーシャには人間の友人がいた。故郷のクレムス王国からやって来たマリアーノという青年で、サーシャと同じ髪型に似たような体型をしている。ただし変な色の唇だし、目つきがきつくて恐ろしい。しかも、ミカルが大嫌いな風邪薬みたいな匂いがするのだった。
ミカルはマリアーノがどうも好きになれず、遠くからその匂いに気づくと反射的に隠れてしまっていた。

そんなマリアーノがある日、サーシャ宛てに届いた紅茶の包みを侍女から受け取るのを見た。「サーシャに渡しておく」と話している。
ミカルはそれを少し離れた位置から眺めていたが、侍女が去るとマリアーノは茶葉の包みを庭木の根本にポイッと投げ捨てた。

(え! どうして……?)

そのお茶は王都のベーカリーカフェから毎週取り寄せている大切な物だ。それがマリアーノにもわかっているはずなのにそんなことをするなんてミカルはとても驚いた。

(マリアーノ、わるいひと……?)

しかも、去り際にマリアーノが笑った瞬間彼の口の中から紫色の長い舌が見えた。

(え、マリアーノ……おばけ……?)

マリアーノが去った後でお茶の包みを拾う。ミカルは急に怖くなり、サーシャの元へと走った。

「あれ、ミカルくん郵便屋さんごっこかい~? ありがとうね」

サーシャは笑顔で茶葉を受け取ってくれた。ミカルはマリアーノのことを言いたかったけど、喉まで出かけた言葉は出てこない。口をぱくぱくしているとサーシャが首を傾げる。

「ん? どうかしたの? あ、このお茶飲みたいのかな。ミルクティーにしたらミカルくんでも飲めるべか?」

サーシャは包みを持ち、ミカルの手を引いてコンサバトリーへとのんびり歩き出してしまった。

(言えなかった……でも、みまちがいだったかもしれないし……)
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