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【蜜月旅行篇】
はにー・むーん◇03
しおりを挟む昼食の後は周辺の観光スポットを申し訳程度に巡り、夕方になって道が混む前に、沖縄自動車道から北部方面へ向かった。
予約しているのは、東海岸沿いのリゾートホテル。
わかりやすい観光地からは少し距離があり、あるものといえば自然と海という、まさにリゾート重視のところだ。
お出掛けしなくてもホテルで過ごしていても満足できるらしく、一日ゴロゴロしてるのもいいかもしれない。フミタカさんに宿泊場所は一任したから、詳しくは知らないんだけど。
だって、あたしが決めると貧乏性が邪魔をして、新婚旅行にあるまじき超格安ホテルとかビジネスホテルに走りそうだったんだよ……
あえてホテルの下調べはしませんでした。
楽しみを残しておくためと、フミタカさん基準の『ちょっと贅沢な部屋』が、どれだけ恐ろしいものかわかっていたので。
ああっ、なんか嫌な動悸がしてきた! 情報入れたらついキャンセルしてしまいそうで知らんぷりしてきたけど、やっぱりココロの平穏のためには知っておくべきだったかもしれない!
ワクワクとヒヤヒヤを行ったり来たりしながら、窓の外に意識を向けると、わずかに天気が回復してきたようで、雲間に青が見えるのが嬉しい。これは夕陽に期待できるかもしれない。
ウキウキのほうに天秤が傾いたあたしは、弾んだ気持ちのまま運転席のフミタカさんを振り向いた。
「フミタカさん、運転疲れたらあたし変わるからね!」
ツアーでもないし、観光予定をきっちり決めているわけでもない。
移動はガイドブックとナビを活用してのドライブが主になるから、運転手の疲労は半端ないと思うんだ。せっかくの景色だって堪能できないし。
だから、そう申し出たというのに。
「遠慮します」
考えもせずに即答ですよ! ていうかなんで丁寧語!
「でも旅行中ずっと運転してると疲れちゃうでしょ?」
「うん。遠慮します」
フミタカさんは前を向いたまま、にっこり笑顔でリピート。
当然あたしはムキになるわけで。
「あたしだって運転しないと忘れちゃうんだからね! いざ必要になったとき乗れなくなっちゃってたらどうするの!」
「誰かに運転させたらいいと思います。来生で運転手も雇ってるんだから」
きぃー、この坊っちゃん育ちめ!
万事この調子で、あたしはフミタカさんと結婚したあと、ろくに車を運転させてもらっていない。
なんでも、運転席でハンドルを握るあたしの姿は、見ている者に不安を与えるのだとか。
こう、子どもがオモチャの車で公道を走っている的な……、って失礼な! 暴走も爆走もしない優良運転手なのに!
一時はあたし用の軽自動車を買おうかとまで言っていたくせに、前言撤回するとはフミタカさんのヘタレめ。
せっかく取った運転免許が身分証の役目しか果たしてないよ!
子どもの送り迎えとか必要になったときにどうするのだ!
『誰かに運転させたらいい』ですか、そうですか。いつまでもあると思うな、立場と金!
「まあまあ。ホテルに着いたら、カートの運転はさせてやるから」
ヒートアップして不服を述べるあたしとは反対に、フミタカさんが聞き分けのない子どもを宥めるような、穏やかな声音で提案してくる。ムカツク。
ちなみに宿泊先のホテルは広大な敷地に宿泊施設やレストラン、レジャー施設が点在しているため、カートやバスを利用して移動する仕様なのだそうだ。
わーい、カートであちこち行っちゃうぞー。
なんて言うと思いますか!
「それ、ぜんっぜん嬉しくないし!」
カートを運転しているあたしのほうが、もっとお子様みたいではないか。
海沿いに建てられたホテルは、コンドミニアム型、そしてヴィラ風、コテージといろいろなスタイルの部屋があるそうだ。
敷地まるごとホテルの施設が点在していて、せっかちな人だと「いろいろ遠い!」って不満が出るかもと敷地のマップを見てそう思った。
あたしたちが宿泊するのは、コンドミニアム型のスイートルーム。ホテル内では海側から少し離れている場所にあるけれど、高層階だから景観がいいんだって。
フミタカさん曰く、海沿いのコテージも候補に入れていたらしい。そっちは後半の宿泊地と似ているから、利便性の良いこちらにしたということ。駐車場にも割合近いし、各種お店やレストランにも近いから。
ホテルに着いたのは夕刻、予定より遅くなったけれど、薄い雲の向こうのオレンジ色に染まった夕日がつま先を海につけたところが見られた。
ホテルの周辺は本当に自然がいっぱいというか、自然しかない感じ。
濃い緑と海、広大なパノラマ。うん、なんか、いっぱいの椰子の木と合わせてリゾートに来たぞーってわくわくする。
部屋に着いたとたん検分に走りたくなるのをぐっと我慢して、すました顔でベルマンのお兄さんの説明と案内を受ける。
説明なんてほとんど右から左だったけどね! 新妻がお子様のような態度は取れないもんね! ……と、考えてる時点でダメダメだという自覚はあります、ハイ。
フミタカさんのことだから、こっちがおののくほどゴージャスな部屋を取ったんじゃないかと思っていたんだけど、意外にもそうではなかった。
まあ確かにスイートはスイートなんだけど、あたしが予約していたとしても、「新婚旅行だし、いっか!」と奮発して考えられるレベル。学習したのかな、フミタカさん。
お財布の中身を考えて、胃が痛くなったりすることはなさそう。
地位のある彼と結婚したからには、ある程度贅沢にも慣れなきゃいけないのはわかってるんだけどね。今まで培ってきた貧乏性は、なかなか修正できないんだってば。
まあ、おいおい……おいおいがんばるということで、しばらくはフミタカさんにも譲歩していただこう。
今まで利用したことがある宿泊施設といえば、最高がフミタカさんとの思い出の場所であるレイリオールのスイート、家族旅行で行った旅館、あとは友人と遊びにいったときの格安ビジネスホテルくらい。
スイートは素敵に特別感があったけど、楽しむというより状況についていくのが精一杯で、家族や友人と泊まったところはもとから『屋根とベッドがあれば上等!』という比べるのも極端な心持ちだったので、部屋を見ただけでこんなにお気楽にウキウキすることはなかった気がする。
部屋はフローリング。同じ色目の木の調度品が、統一感と温かみを演出していた。
天井は高く、開放感がある。大きなファンがついているのがいかにもリゾートという雰囲気。
なんとベッドは天蓋つきですよ!
ウェルカムフルーツと、あちこちに飾られている南国の花や緑が、こちらの気分を盛り上げてくれた。
窓の外はオーシャンビュー。ベランダはとても広くて、ジェットバスがある。
このジェットバス、冬だけど利用できるのかな? 天気がよかったら最高の眺めなんだろうなぁ。どうして曇りの多いこの時期に来ちゃったんだ、と再び考えてしまった。
ドアや戸棚の扉を開けては「おおー!」とはしゃぐあたしに、幼児かと言わんばかりの視線を投げて、フミタカさんは旅装を解いた。
あちこち見て回って満足したあたしは、最終的にデイベッドにダイブして寝っ転がった。
いいなーこれ! だらだらスペース最高! 一日ここでゴロゴロしていたって、あたしはまったく困らないよ!
フミタカさんが髪を崩し、きっちりと留めていたシャツの釦を外すのを、にまにましながら眺める。痴女じゃないです。
なんというかこう、外向け仕様から内向け仕様に代わるところ、それが見られるって身内の醍醐味だよねえ。
怪しいあたしの視線に気づいたのか、フミタカさんが眉を寄せた。
「なんだ?」
「んー。あのねぇ、フミタカさんの手がカッコいいなって、眺めてた」
骨ばった手の形とか、その手がネクタイを解くところとか、“大人の男”って感じでついときめいてしまう。こういうのもフェチって言うんだろうか。
「手だけか?」
ニヤ、と無駄な色気を駄々漏れにして唇を曲げた旦那に、あたしは歯を剝き出す。これだから自分がイイ男だって自覚のある奴は!
「カッコイイデスネーって一般論だよ」
自分がチビでガキっぽいせいか、男女問わず背の高いひととかオトナっぽい雰囲気のひとを見ると、無条件で憧れちゃうんだよねえ。
背丈は家系で仕方ないけれど、せめて大人っぽさ――年相応はクリアしたいんだけどなー。無理か。
この図体デカイ優秀な外見を持つ男の血が、木内家のちび遺伝子にどう作用するであろうか。
弟妹はそれぞれ、
『今さら背の高い遺伝子引き込んでも俺には関係ないから甥っ子姪っ子はちっちゃくてもいい、ムカツク義兄に似ていなければ』
『茜、おにいさん似の美少年を連れ歩きたーい!』
などと勝手なことを言ってくれたが。
フミタカさん似の子どもとか。育てるの大変そうだけど面白そうだけども。
芽もない我が子を想像して変な笑いを浮かべると、あたしはフミタカさんに訊ねる。
「フミタカさんは学生の頃もうそんなだったの?」
「そんなってどんなだ……」
あたしの言葉足らずな疑問にさらなる言葉の追加を求められ、考えながらそのまま口にしてみた。
えーと、よく言えば落ち着いてる。ぶっちゃければ老けてる。顔の問題じゃなくて、雰囲気とか発言とかね。
三十歳越えてようやく年相応になった感じだよね。会った当時から変わったのって、髪型とかだけだもんね!
会話をしながら、備えてあったクッションを抱きかかえ、デイベッドの上をゴロンゴロンと転がる落ち着きのないあたしに、彼はいつも通りの目を向けて首を傾げた。
「背は高校で伸びきったな。眼鏡はまだかけてなかった」
「来生のお義母様のフミくんコレクションは、ほとんど中学生までだったんだよねー。『写真嫌いだから、撮るのいつも苦労したのよ』っておっしゃっていたけどさ。筋金入りだねえ」
見せてもらったアルバムには、乳児のころから少年のころまでのフミタカさんがいた。
それこそ子どもの成長を喜ぶ親馬鹿並みにマメに撮られていた写真は、だけど、フミタカさんが高校に上がる辺りで見るからに数を減らしていて。
そりゃ、ちまっこいフミタカさんが、子どもらしくないうすら寒い笑みを浮かべている南条バージョンのものだってあったけれど。カメラを向けているのが伯父様や伯母様だからか、来生家で過ごしている姿はそれなりにリラックスしている様子だったのに。
――たぶん、高校の入学式のものだろう、パリッとした学生服に身を包んだフミタカさんは、もうあたしの知る皮肉げな笑みを浮かべる青年になっていたんだ。
「フミタカさんの若造時代を、ぜひとも知りたいというのよ」
これはイロモノ戦隊もとい、古参のご友人ズにお尋ねしたほうが早いかしらー?
「いまだってジジイどもに十分若造扱いされているんだがなー」
フミタカさんはベッドに片膝を乗り上げて、こちらに屈みこむと、頬をつまみながら悪戯めいたキスを仕掛けてくる。
うん、あの、まだ夕方ですよー。夕飯をすませないうちから濃厚な愛情を示そうとなさるのはもうちょっと後にしませんかー。
油断すると服と肌の間に忍び込んでくる手をぺしぺし叩いて、バカップルな攻防を繰り返す。軽く拗ねるような舌打ちをして、フミタカさんはあたしの身体に腕を回して寝っ転がった。
そうそう、ぴったりくっついているだけでも満足だし。
「なんで唐突に昔語りが聞きたいんだ?」
「なんとなくー。学生時代のこと、ちゃんと聞いたことがなかったかなって」
フミタカさんの昔の昔を知るひとたちと、面識を得たからかもしれない。
会社であたしたちが出会う前。
もちろん来生のご両親だって昔のフミタカさんを知っているんだけど、アレですよ、逆に南条家のことも切って話せないから気が引ける。
家族に見せる顔と、友人に見せる顔が違うということもある。
フミタカさんが、今のフミタカさんになった思い出の中。
高校生、大学生の間だけ、霧がかっている。
たぶん、一番重要なのはそこ。
いろいろあって、決定的に、フミタカさんという人間を形成した、何かがあった、時間。
考え込んだフミタカさんの上に寝そべって、上体を浮かせたあたしは彼の顔を覗き込む。
眉間にシワ。怒っているんじゃないってわかってる。
「いっぺんに全部吐けなんて言わないからさ。ちょっとずつ、聞かせて?」
まだ友人、婚約者という関係だったときは、フミタカさんが言いたくないことなら聞かないでおこうと思ってた。
だけど、夫婦になった今は聞かなければいけないこともあるんじゃないかって、思うようになったの。
フミタカさんがずっと一人で、心の中に閉じ込めてきたこと、少しずつ、分けてくれたらうれしい。
お返しにあたしのいろいろも教えちゃうよ! と言えないくらい、こっちのことは知られちゃってるんだけどね。隠し事も何もない単純な人生でございますですよ。
『あたし』がいまの『あたし』になった経緯はつぶさに見られているしさー。
……。
「年上ずっるい!」
「だからいきなりなんなんだ」
しんみりムードで甘えていたあたしが突然キイッと憤慨して暴れ出したのも、慣れたふうにあしらうオトナの彼に、やっぱりちょっと不公平を感じてしまうのだった。
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