ヒロインかもしれない。

深月織

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【蜜月旅行篇】

はにー・むーん◇02

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「フミタカさん、ラジオ付けていーい?」
「ああ」
 ボタンを弄って、沖縄民謡っぽい音楽が流れるチャンネルで手を止めた。
 うんうん、いかにもっぽい。あたしは気分から入る人間です。
 車が走り出してしばらくは、運転するフミタカさんの邪魔にならないように、黙って窓の外を眺めていた。慣れない車に慣れない道だもの。調子が掴めるまで安全運転でお願いします。
 あたしたちが泊まる予定のホテルは沖縄北部にあるから、県道から331号線に入って南回りに観光スポットに寄りつつ、高速に乗って一気に行くつもり。
 日数に余裕のある旅程だから、ガツガツしないで気ままに観光しよう、というのが二人の共通した考えだ。
 建物が低く、遮るものがない視界は広々とした解放感と、少しの不安を覚える。
 沖縄は、たくさんの違う文化が混じりあった独自の色を持っている。
 本州と地続きじゃないために、古来の文化が淘汰されずに残り、かつ海の外から入ってくる物に染まることなく溶かして琉球文化を造り上げているという印象だ。
 国内だというのに、強く異国を感じるのは、ベースが日本だからこそ差異が目立つからだろうか。
 建物の隙間に見える熱帯特有の木々の多さとか。
 風土に合わせた建築物や、カラフルな色使いの看板広告とか。
 いつもと違う場所にいる思いが強い。
 ぼーっと流れる景色を眺めていると、「妙に大人しいな」と隣から失礼な呟きが溢される。
「うーん? なんかね、感傷的な気分」
 何がどうという理由もないのに、物悲しい思いがするのだ。
 青を隠した灰色の空を見上げる。
 沖縄といったら真っ青な空と海だというのに重苦しい。せっかくの旅行初日なのに、つまんない。
 この時期の旅行を決めたのはこちらだというのに、天候に文句をつける勝手さよ。
「お天気が悪いからかなぁー」
「腹減ってるからじゃないのか」
 情緒のない答えが返されて、あたしはハタと膝を打った。
「そうだったフミタカさん! お腹すいたっ」
「だろうと思って、向かってる」
 目の前のことに気をとられていたあたしと違って、フミタカさんはちゃんと考えていたらしい。いつの間にやらカーナビをセットしていて、目的地に車を向かわせていた。
 センチメンタルな気分を食い気が吹っ飛ばす。
 道順を確認しているのか、標識や手元のナビに目を向けている旦那さんとは反対に、あたしはご飯のことで頭が一杯になる。
「ねえねえフミタカさん、お昼は沖縄そば食べようよ、沖縄そば!」
「お前、来る前からずっとそれだな。行きたい店の目星つけてあるのか?」
「ううん、ガイドブックに載ってるところもいいけど、目についたお店で適当にっていうのも捨てがたいなって」
 食べたいものがたくさんあるんだよね、えへへへ。南国フルーツのシーズンは外しちゃってるけど、それでも食べられるものはあるだろうしね。
「おーい、食い倒れに来たんじゃないぞ、新婚旅行、新婚旅行」
 呆れたような旦那さんの注意もなんのその。
「旅行の醍醐味は美味しい食べ物だよね!」
「聞いてねぇし……」
 聞いてますってば、ちゃんと。食い気に負けてるだけで。
 そうそう、自然以外にも沖縄は楽しむべきところがあるよね!
 南国フルーツ! テビチ! ラフテー! チャンプルー!
 うきうき気分でもう一度ガイドブックをめくる。
「本場の沖縄料理ってはじめてなんだ。居酒屋メニューで、それっぽいのは食べたことあるけど」
「ガッつかなくても時間はたっぷりあるからな? あくまでも新婚旅行だってことを忘れないでくれよ、奥さん」
「忘れてない忘れてないヨー」
 口ばっかり良い返事をして、地図と道路標識を見比べる。
 海沿いにあるアウトレットモールは通りすぎたようだ。時間があったら最終日にでも寄ってもらおうっと。
 ガイドブックを開いたり閉じたりキョロキョロと外を見たりと、自分でも忙しないなと思う行動を繰り返して、運転するフミタカさんに顔を向ける。
「なんか変な感じ。仕事してなくて、これといった予定もなくフミタカさんとお出かけしてるって」
「式を挙げてからこっち、マトモに二人一緒の休みがなかったからな」
 うん、忙しかったんだ、ホントに。
 式を挙げる前から同居してるんだし、いちゃいちゃする時間はたっぷりあったと思うでしょ?
 ところがどっこい。
 実際には、一緒にいる時間は朝と夜ご飯食べるときと寝るときだけという状況で、アレだ、その、夫婦の営みもちょっとスキンシップするくらいで、新婚らしくべったりということもなかったの。
 というか、二人ともそんな余裕はなかった。
 フミタカさんは副社長としての足場固めに、社長からの権利の引き継ぎ、人事異動による社内の整理整頓でしょ。あたしはあたしで社長付き秘書になったのはまあいいとして、あちこちにご挨拶回り、資格取得の勉強に試験、その他雑務に主婦業と。家に帰ったらバタンキューでした。
 ギリギリ昨日まで働いてたんだよ。二人して時差ボケならぬ仕事ボケしてる。
「あー、今さらだけど、なんか家に忘れ物してきてる気がする」
「俺は仕事のことは忘れるぞ。携帯も置いていきたいところだった」
 家族はね、ゆっくりしてきなさいと送り出してくれた手前、連絡はあんまりしてこないだろう。『無事着いたよー』の連絡は入れたけど。
 仕事納めしたというのに、仕事が追いかけてくるのは勘弁してほしい。
「まあ、何かあっても槙村さんがなんとか……たぶんなんとかしてくれるだろう」
 自分でも信用できないといった声音でフミタカさんが言う。あたしは乾いた笑い声を上げた。
 たぶんとか不吉ー。
 ……いやいやいや! 新婚旅行なんだから! ハネムーンですから、日常のことは忘れて二人きりを楽しまないと!
 ぶるぶる頭を振って、あたしは拳を握る。
「もう、あれこれはあっちに置いといて! 旅行中はめいっぱいいちゃいちゃするよ、フミタカさんっ」
「おお、やる気だな」
 妙な気合いをいれたあたしに、フミタカさんは「期待しとこう」とニヤリ笑い。
 そうやって茶化したりして。言っとくけど、いちゃいちゃには旦那さんの協力も必要なんだからね。

 フミタカさんが連れて行ってくれたのは、古民家を飲食店として再活用しているところだった。
 赤瓦の屋根がいかにも沖縄っぽい。
 赤というより朱色、あるいはオレンジに見える屋根には、ちょこんと魔よけのシーサーが乗っていて、お迎えしているようなその姿に、あたしは「おおー」と子どものように歓声を上げた。
 なんというか、とっても雰囲気があります!
 家の周りをぐるりと低い石垣が取り囲み、門にあたるところにヒンプンというこれまた魔除け、あるいは目隠しだったり防御壁だったりする一枚の壁が立つ。
 そこにカフェの看板がなければ、普通におうちだと思って見落としちゃうかも――というか、ナビ通りに道を進んでいたフミタカさんも、うっかり素通りしかけていたほどだ。
 四方から流れている屋根を持つ建物は、寄棟造りっていうんだっけ。
 台風の多い土地に合わせて、屋根を大きく取り家屋部分を低くした特徴のある建築。
 磨り減った柱や少し歪んだガラス窓に、過ぎ去った時間を思った。
 歴史の重みを感じさせながらも、どこか開けた感覚を覚えるのは、建物が平屋のせいか、圧迫感なく空が大きく見えるからかな。それとも、冬でも青々とした緑が庭を席巻しているから?
 一般的な玄関はなく、縁側から入る形で入店すると、それなりに混んだ店内の一角に案内された。
 向かい側に腰を下ろしたフミタカさんが、周囲を見回して息を吐く。
「やっぱり観光客が多いな」
「だねぇ。フミタカさんはどこでこのお店知ったの」
「来たことがあるやつに訊いた」
「おお、お墨付きですかー」
「『お嫁ちゃんは雰囲気コミコミで、ぜってー気に入るぞ』って」
「……そういうこと言うのは嵯峨さんだな……」
 ちっこいは正義! が口癖の、フミタカさんの悪友の顔を思い出す。
 まあいい、嵯峨さんのおすすめというなら、期待値があがろうというもの。
 メニューを見ながらもチラチラとあたりに視線をめぐらす。とことん落ち着きのないあたしに、フミタカさんが呆れたまなざしを向けてくる。
 だってさあ、古民家、めずらしいんだもの。
 あたしの実家は築三十年に満たない近代住宅だし、来生邸はメルヘンな洋館だし、南条実家は古いことは古かったけれど、手入れの行き届いた武家屋敷でよそよそしかったし。
 ここは、懐かしいおばあちゃんちって感じ。
 実際の祖父母の家は公団住宅だったから、そんなふうに思うのっておかしい気もするけれど。
 なんとなく、ホッと肩の力が抜ける。
 見せ方なんて考えていない、そのまま料理を撮っただけと思わしき写真と、手書きのメニュー表にますます和みつつ、念願の沖縄そばとお総菜の小鉢、デザートのセットをオーダーする。
 フミタカさんはジューシーっていう炊き込みご飯とミニサイズのそばに、これまた小鉢がいくつか。
 小鉢の中身は日替わりで変わるらしい。事前に調べたお料理は出てくるかな、とわくわくしつつ、料理が来るまでの間に、ガイドブックを開く。
 予定ではこのあと、南部の観光地をぐるりと回って、沖縄自動車道から一気にホテルのある名護市へ行くつもり。
 フミタカさんの指が空港から来た道、このあとの道程を辿りながら確認していく。
「お前、ガラス村に行きたいんだったか」
「うん! 琉球ガラスのコップとか買いたい、お土産にするの」
 行きたいところたくさんすぎて、困っちゃう。
 ガイドブックに貼った附箋の束を見て、フミタカさんが遠い目になった。
「引っ張り回さんでくれよ……」
 もう、くたびれたオッサンみたいなこと言う。
「フミタカさんは、やちむん? だっけ、お酒呑む器が欲しいって言ってたよね」
「それは最終日でもいいからな」
「えー、どうせなら読谷(よみたん)ってとこ行ってみようよ。ここもガラス物あるみたいだから、まとめて購入してもいいよね」
 フミタカさんに件の場所のページを見せようとすると、額を小突かれた。
「おい奥さん、のんびりするのはどうなったんだ?」
 忘れてないけど! だってせっかくの遠出だし! 本当に、私的なお出かけって久々だし! いろいろ行ってみたくなるのはしょうがないじゃん!
 没収、と言われてガイドブックを取り上げられる。
「まだ一日目だろう、落ち着け」
「テンションあがっちゃうよねぇ」
 ふへへ、と妙な笑いがこぼれたところで、いい匂いが漂ってくる。
 キター! まずは沖縄そば攻略だー!
「念願の! わあ、お肉たくさんっ」
 お肉が惜しげもなく乗っかったそばに歓喜して、手を合わせた。
 うどんとも中華麺とも違う、噛みごたえのある麺に、鰹だしのきいたあっさり目のスープ。とろとろに煮込まれた甘辛い三枚肉がたまらなく美味しい。
 島とうがらしを泡盛につけた調味料を振りかけて、いただくのがポイント、らしい。風味がまた違って、面白かった。
「ぎゃっ、フミタカさん入れすぎっ」
「いやいやなかなか」
 だしの匂いが泡盛風味に負けて消えちゃってるじゃないのー! てゆうか辛ッ! 辛いよ!
「基本的に家庭料理って感じだな。家でもできそうか……」
「帰ったら作ってみよっか。というかフミタカさん、分析しながら食べるのやめようよ」
 具材の一つ一つを確かめ、使われている調味料まで見当をつけて考えこむフミタカさんを睨む。これだから料理上手の男は。
 お互いの料理を交換しああだこうだと言っていたら、食事を運んできた店員さんにどこから来たのか訊ねられる。しまった観光客丸出しだったか!
 苦笑いしながらそれに答えて、「新婚旅行なんですよー」と余計なことまで言ってしまったのは、やっぱり浮かれていたんだと思う……
 我に返ったらちょっと恥ずかしかったです。
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