21 / 24
【蜜月旅行篇】
はにー・むーん◇04
しおりを挟む日が落ちたホテルの庭は、光のオブジェに彩られ昼とは違う様相を見せていた。
部屋にあった案内図によると、広大な敷地内のあちこちにテーマ別のイルミネーションが設置されているらしい。滞在中、夜のお散歩に見て回るのもいいかな。
滞在している部屋とレストランがある建物は距離があるので、腹ごなしだと思えば苦でもないしね。
しかし、今現在のあたしには煌めくイルミネーションよりも、心を占めていることがあった。
ぽんぽこに膨れたお腹を押さえながら、満足の吐息を漏らす。
「おいしかった……お肉……幸せ……」
「毎度ながらどこに入ったんだと思うくらい食ったな」
夕飯を取ったレストランでのステーキディナーを反芻し、うっとりするあたしにフミタカさんが茶々を入れる。
が、味蕾で感じた旨味がまだ残っていて幸せ継続中なので、スルーっと無視です。
おきなわ和牛もアグー豚もとろける柔らかさで、おっと、思い出すだけでヨダレが。
「贅沢は敵だって普段うるさいくせに、実はうちのエンゲル係数高くしてるのお前だろ」
「そんなこと……あるけどさ!」
図星直撃の鋭い指摘に開き直る。
でも言わせてもらえば、そのようにあたしの味覚を育てたのは、フミタカさんでもある。
出会って以降、奢り飯というと美味しいお店にばかり連れて行ってくれちゃって、こっちの舌が肥えるのも当然だと思うの。
ゆえに、いつも買い物のたび、あたしは「おいしそう……。でも、お高いんでしょ?」と、「ちょっと味は落ちるのよね……。だが安い!」の天秤に翻弄されているのだ。
はい、主に前者に傾きがちです。
おいしいは正義ッ。
「フミタカさんのお酒代削ろうかなー……」
家計簿を頭に浮かべボソリと呟くと、横から伸びてきた手に頬をつねられる。
「コラ。菓子をコンビニで無駄に買うのも禁止するぞ」
「殺生な! 金額全然違うよ!」
「財布もお前もダイエットになってちょうどいいなー?」
「脇肉つまむな! ちょびっと気にしていることをー!」
ちょびっとなのか? とか言わないでほしい。まだ大丈夫だから! 本格的に肉々しくなるほどではないから!
……なんの話だったっけ。
フミタカさんの腕にぶら下がるようにして、地面を跳ねた。
「まあ、旅行中は好きに呑んでいいよ。泡盛気に入ってたみたいだし、いろいろ試したいでしょ。だからさ、車の運転」
「うん、買って帰って家でじっくり味わいます」
「……そんなにあたしの運転は嫌ですか」
じっとり睨み上げたあたしの視線を受け流して、フミタカさんは「キレイダナー」とイルミネーションを白々しく誉める。
家では晩酌の一杯しか許してやらないぞ。肝臓病予防に気を使うあたしはよい奥さんだと思うの。メタボ阻止!
「泡盛、うちのお父さんにも買っていこうかな。昔ほど強くないから、量は少な目でおいしいの」
「それは俺が出すぞ。お義父さんの好みはこの間呑んだから大体わかる」
「フミタカさんが実家行くと、一緒にガンガン呑んじゃうんだもんなあ」
お酒一緒に楽しめる息子ができて嬉しいんだか知らないけど、やっぱり飲み過ぎは困ります。
フミタカさんも、『お酒に強い』イコール『肝臓強い』わけじゃないんだから、水のように呑むのはやめてください。
ぶつぶつと苦言を申し立てるとまたしても矛先をずらすように、「雲が薄くなってきたなー明日は晴れると良いなー」と、ちらほら星が雲間からのぞく夜空を見上げ、フミタカさんが呟いた。
おにょれ。
すぐに部屋に戻る気分でもなくて、明日の予定をあれこれ相談しながら歩く。
ホント、ここ最近気を抜けるのが就寝時間というありさまだったので、こんな風にのんびりできることが貴重に思える。
来年からは落ち着いた生活を送りたいものです。
――と、思った矢先。
「敦子さん敦子さん、ほらやっぱりあの人たちだよ」
こちらに向かって上げられたらしきにぎやかな声に、何事かと振り向く。
目を向けた先には、女らしい柔らかそうなワンピースを着た美人さんとその彼女の腕を子どものように引く男性の姿。
「――あ、レンタカーの」
昼間に行き会った二人だった。
「奇遇っすね! 同じホテルだったんだ!」
「……いきなり失礼でしょう。昼間は助かりました、改めてありがとうございます」
「いえ、困ったときはお互い様ですから」
「どの辺の部屋に泊まってるの? ここ広くて迷っちゃうよね」
大人二人が(いやあたしも大人だけど)礼儀正しくそつのない挨拶を交わす横で、気安いのだか馴れ馴れしいのだか、男のほうが陽気に話しかけてくる。
他意はまったくなさそうなので、こういうひとなのだろう。ようするに、空気読まない系?
「昼間は話途中になっちゃったけど。やっぱり彼氏さんだよねぇ。ラブラブで手、繋いでたし」
いつから見ていたのだ、とツッコミたい気分を抑えて、今度こそあたしも訂正する。
「彼氏さんというか、旦那さんですよ」
中途半端になっていた返事ができて、スッキリだ。
「えっ? ……マジで!?」
……そんな真剣に驚かなくてもいいでしょうが。
史鷹さんとあたしを見比べて、野郎は目を瞬く。彼女さんも明らかになった事実に「あらまあ」と驚いているようだが、どちらかというと好意的に目元を和ませながらだったのでカチンとはこない。彼氏とは違ってな!
「実は新婚旅行で。結婚したのは秋なのですが、延び延びになっていてやっと来ることができたんですよ」
一見愛想よく、内実牽制してフミタカさんが説明する。さりげなく手をあたしの腰に回したのは親密さを見せつけるためか。ていうか、あちらもカップルさんだからね? 威嚇する必要ないからね?
フミタカさんの言葉を意訳すると、【他人様に構われたくないいちゃいちゃ旅行なんだよ、やっと休みがとれて来てるんだから邪魔すんな】ってところ?
そうして、「それはいいですね。ゆっくりなさってください」と、気働きする彼女さんはニコリと微笑んで、それとなく去ろうとしたのに。
空気読まない野郎は本当に空気を読まなかった。
なぜか愉快げに叫ぶ。
「うわー、マジで結婚してるんスか! 結構年齢差ありそうですよね、奥さん学生じゃないッスか!」
「社会人! 御年二十五才だっつうの!」
脊髄反射で言い返すと、「えぇっ、同い年!」とまた驚かれた。こっちが「ええっ」だよ!
ええいこんにゃろう、つられて低レベルの反応をしてしまった。
「勇次くん! 失礼でしょう、さっきから、もう! ごめんなさい、旅行先ではしゃいでいるみたいで。お邪魔して申し訳ありませんでした」
「あいたた、敦子さん耳ちぎれるちぎれるっ」
野郎の耳をきつく引っぱりつつ、彼女さんは頭を下げてこちらとは逆の道へ足を向けた。
あれじゃ彼女さんも大変だな……がんばって彼氏を躾け直してください……。
野郎の情けない悲鳴が聞こえる方角へ南無と手を合わせていると、フミタカさんがため息を吐き出す。
不機嫌かつ苛立たしげなそれに、あたしは宥めるように彼の腕を叩いた。
いやいや、まあまあ。あたしも野郎のノリに疲れたけど、あの空気を読まないはしゃぎっぷりにデジャブを覚えたというかなんというか。
微妙に同類項な臭いがしたので、あまり他人のことは非難できない立場です。
ガクリと肩を落としたフミタカさんが呟く。
「常にどこかで変なのに絡まれるのは俺たちのデフォルトなのか……」
どうしようもない愚痴に同意の頷きを返しながら、あたしはちょっと虚ろな笑いを浮かべた。
「神代さんがいたら『ダブルトラブルメーカーが』とか言って、鼻で笑いそうだね」
「やめろ。目に見える」
「あたしたちなんにもしてないのにー」
「なんにもしてないのになー」
二人してふざけるようにぼやいて、繋いだ手を振りながら、光に彩られた道を歩く。
いつでもどこでも変わらないあたしたちの旅行一日目は、こうして終了した。
0
お気に入りに追加
796
あなたにおすすめの小説

甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
最後の男
深冬 芽以
恋愛
バツイチで二児の母、アラフォーでパートタイマー。
恋の仕方なんて、とうに忘れた……はずだった。
元夫との結婚生活がトラウマで、男なんてこりごりだと思っていた彩《あや》は、二歳年下の上司・智也《ともや》からある提案をされる。
「別れた夫が最後の男でいいのか__?」
智也の一言に気持ちが揺れ、提案を受け入れてしまう。
智也との関係を楽しみ始めた頃、彩は五歳年下の上司・隼《はやと》から告白される。
智也とは違い、子供っぽさを隠さずに甘えてくる隼に、彩は母性本能をくすぐられる。
子供がいれば幸せだと思っていた。
子供の幸せが自分の幸せだと思っていた。
けれど、二人の年下上司に愛されて、自分が『女』であることを思いだしてしまった。
愛されたい。愛したい。もう一度……。
バツイチで、母親で、四十歳間近の私でも、もう一度『恋』してもいいですか__?
Perverse
伊吹美香
恋愛
『高嶺の花』なんて立派なものじゃない
ただ一人の女として愛してほしいだけなの…
あなたはゆっくりと私の心に浸食してくる
触れ合う身体は熱いのに
あなたの心がわからない…
あなたは私に何を求めてるの?
私の気持ちはあなたに届いているの?
周りからは高嶺の花と呼ばれ本当の自分を出し切れずに悩んでいる女
三崎結菜
×
口も態度も悪いが営業成績No.1で結菜を振り回す冷たい同期男
柴垣義人
大人オフィスラブ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる