ヒロインかもしれない。

深月織

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【結婚式篇】

プログラムⅡ◆新郎新婦入場/秘書室一同

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『まもなく新郎新婦が入場いたします。お二人が入場されましたら、盛大な拍手でお迎え下さいますようお願い申し上げます』
 素人とは思えない滑らかなスピーチで司会を務めるのは、企画室次期課長と目されている女性だ。直接、会話したことはないが、新郎新婦の同期の中で、新婦と一番仲が良いらしい。
 司会を引き受けるくらいだ、信頼も厚いのだろう。
 よく社内で親しげに話しているところを見た。
 新婦とは正反対の中身も外見も隙のない才女なのに、気が合うのを不思議だと思っていた。
 ――地味で普通、あと、小さい。それが本日の主役である彼女を見て、誰もが抱く印象だ。
 特に、目立つ子じゃない――
 総務部秘書室の下位部署である受付にいたため、顔は知っていたし、何かと噂のある人物の側にいたから、おおまかな人物像も聞いていた。
 好意的じゃない者から聞く新婦の人となりは、一貫して「ずるがしこい要領のいい子」。何とも思っていない者は、「子どもっぽい外見に反して、意外と有能」。好意的な者は、「可愛くて面白い、いい子」――と。
 良くも悪くも評価が分かれるのは、基本的に周りを気にして自分を作ったりしないからだろう。
 あの子を腹立たしく思う者は、自尊心ばかり高くて、自分自身というものがない人間に多い。
 ――私も含めて、と、彼女は自嘲気味に唇を曲げた。
「ほんっとに豪勢ですねー。うらやましいわ、鈴鹿ちゃん」
 大人数が窮屈にならずに席に着けるようセッティングされた席次、白と緑を基調に生花がふんだんに飾られ、装飾やテーブルに上品な金色がセンス良く配されていた会場を見回して、隣の部下が感嘆をもらした。
 同意の頷きを返しながら、でも、と付け足した。
「……その分重責もあるでしょうけれどね」
 プログラムによると二回ほどお色直しもするらしい。
 洒落っ気というものを成長途中のどこかで置いてきたあの子が着飾るなんて、大丈夫なのかしらと余計なお世話ながらも心配になってしまう。
 玉の輿という女の夢だったり、夫となる者がいい男というだけで受け入れるには、社長夫人というのは少し荷が勝ちすぎる立場だ。やっかいな彼の相手も。
 あの子は何もせず奥さんだけをしていればいいと思う性格でもないから、自ら苦労に突っ込んでいきそうだし――
 そうして面倒に巻き込まれるのだ、みんなして。
 諦め混じりの吐息をこぼし、何とはなしに席辞表を見ていると、凝視する部下たちに気づいて眉を上げた。
「なあに?」
「いえ、主任は彼女のこと嫌っているんだと思ってたんですけど、そうでもないのかなって」
 今の発言を耳にして、どうしたらそんな感想が抱けるのか疑問だったが、彼女は頷いた。
「……そうね、嫌いじゃないわ。なんていうのかしら……悪い子じゃないのはわかってるんだけど、なんとなく、こう、癇に障るというか……つい口を出してしまうというか」
 晴れの日にふさわしくないため息をついた彼女に、部下は思わず吹き出した。
「わかります、それっ! よくも悪くも弄られ体質ですよねー」
「あのギャップが余計に突っ込みたくなるというか」
 本人は落ち着いているつもりらしいが、こちらから見ればまったく落ち着いてない。
 つつくと反応が顕著におかしいので、つい構ってしまう周りの人々の気持ちがわからないでもない。
 いっそのこと、彼女もあちら側に立てれば楽だったのかもしれないが、今さら無理だった。
『次期社長と秘書室長のお気に入り』という鳴り物入りで秘書室に配属になったあの子は、とにかく彼女の勘に障った。
 本人が、「どうしてわたしここにいるんだろう?」というトボけた顔をしていたのが、なおさら。
 ――私がこの場所に居るために、どれだけ努力したか知らないで、運とコネだけで上に来て。
 好きでここにいるわけじゃないんですよ、という態度が透けて見えるのが、気に入らなかった。
 小姑めいた小言を言ってしまうのも、仕方ないと思う。
 もちろん、そんなことは彼女の八つ当たりで、手前勝手な理屈だともわかっている。
 こちらの事情などあの子が知るわけもないし、戸惑いながらも仕事に関して手を抜いている様子もない。仕事をきちんとする限り、文句をつける権利もない。
 それでも、何かと理由を持ち出してきつく当たっていたのは――ただ、素のままで、好かれているあの子に対する嫉妬なのだ、結局のところ。
 あの子のように、感情を表していればよかった、なんて、今だから思えること。
『新郎新婦の入場です。皆様、盛大な拍手を!』
 照明が落ちて、扉にスポットライトが集中する。
 なぜか腕を組まずに手をつないで入場した二人は、輝くような笑顔を浮かべていた。
 フロックコートを難なく着こなしている新郎が見惚れるほどなのは当然のことながら、ウェディングドレス姿の新婦も負けないくらい綺麗だった。いつもの身なりにかまわない様子が嘘のよう。
 耳に煩いくらいの拍手の音に、クスクスと笑いが含まれる。それは二人の笑顔に引き出された暖かい気持ちを含んだもので、こちらにも伝わってきていた。
 ――なんだかんだとあの子に対して他の者が陰口を叩いても、邪魔をしても、選ぶのは彼なのだ。
 作った冷たい笑いや堅い冷めた顔しか見せない男が、あの子の前では頬を緩めて安らいでいる。
 一目瞭然にわかる答えが、欲に眩んだ者たちには見えなかったのだろうか。
 自分も、あの人の気を引くためにいろいろと馬鹿なことをしたけれど、実際に彼がこちらを向いていたら、きっと逃げていただろう。
 それくらい、彼が重いものを背負っていることは、きちんと見ていればわかる。
 ヘラヘラ笑って、その彼の隣におさまっているあの子の神経は、相当に図太い。
 だからこそ、彼はあの子でなければ駄目だったのだ。
 入場する二人を目にした瞬間、秘書室の皆の拍手に熱が入ったのは、日頃のあの子をよく知っているからかもしれない。
 うんうんと頷き、満足を示した部下たちが、微妙にずれた意味を感じる歓声を上げた。
「鈴鹿ちゃん化けたっ! 可愛いっ」
「コツコツと積み重ねてきたお小言が報われた……!」
「ちゃんと花嫁さんしてますね!」
「しかし、ヒールを履いてもあの身長差はごまかせなかったかー」
 口々に囀るのは、比較的新婦と友好関係にある者たちだ。突然秘書室にやってきて、彼女たちの目には特別扱いとしか思えない態度を上にとられているあの子に、キツイことを言いつつも、親しんできた。
 身形にケチをつけたり、言葉遣いに難を言ったり、ファッションや振る舞いに口出ししてきたことすべて、結局はあの子の実になっている。受け取る方の心構え一つでひっくり返るそれらは、うまく作用した。
 あの子が配属される以前、同じように扱われて辞めた子がいることを思えば、やっぱり図太いと言えるだろう。
 ――そうでなくては、いずれ社の頂点に立つ者の伴侶など務まらない。
「長船主任は挙式も出席されたんですよね。ウェルカムボードにあった和装、直接ご覧になったんでしょう? どうでした?」
「着物も良かったわよ。洋髪にマリアベールが意外と似合っていて……そういえば、着物の方が童顔が目立ったわね」
 皆に愛想を振り撒きながら雛壇へ向かう新郎新婦を眺め、彼女は朝の式の様子を思い出した。
 高らかにこれからの幸せを宣誓する、あの言葉は、二人によく合っていた。
 素直に、いいお式だったと言える。
 それもこれも、自分に余裕ができたからだとわかるのが、悔しいところ。
 またため息をつきそうになり、慌てて飲み込むと彼女は表情を引き締めて笑みを作った。辛気臭い顔は、今日のこの場にふさわしくない。
 一時、新郎である彼を追いかけていた、と思われる行動を取っていた自分が物憂げな顔をしているとどんな誤解をされるか。騒動の種を撒くわけにはいかない。
 新郎側の席に座る、涼しい顔をして二人に祝福の拍手を送っている自分たち直属の上司を、こっそり睨む。
 あの人や彼のように複雑な人生を背負っている相手には、こちらも図々しいくらい面の皮を厚くして立ち向かった方がいいのだと、あの子に教えられたとは――やっぱり癪だから言いたくないけれど。
 お互いに目を交わし、気持ちを通じ合わせて微笑む彼とあの子を、羨ましいと思う自分を認めることにした。
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