ヒロインかもしれない。

深月織

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【結婚式篇】

プログラムⅠ◆招待客入場/同期組

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 来生・木内家結婚披露宴と書かれた目立つ案内板を通りすぎると、華やかに飾り立てられた会場に行き着いた。
 花で飾られたウェルカムボード。見覚えのある手書きの文字は、新婦が書いたものだろう。整っているのにどこか元気な雰囲気で跳ねていて、彼女そのままの人柄が表れている。目にしただけで笑顔が浮かぶ。
 ドラジェのタワーの隣には、手のひらサイズの新郎新婦のヌイグルミ。特徴をよくとらえていることから、両方の知り合いが作ったことがうかがえる。笑顔の新婦が新郎の背中に飛びついているかの様に置かれているなど、そのままだ。
 ヌイグルミの周りはたくさんのフォトフレームで囲まれていて、新郎新婦の家族写真、両家族がレストランらしきところで談笑している場面や、幼いころの二人、そして午前中に行われた挙式の写真が貼られていた。
 いつもの涼しい顔はどこへやら、にやけた表情を隠しもしていない花婿と並んで、引き振り袖に洋髪、そしてマリアベールというお人形さんのような花嫁が、満面の笑みをこちらに向けていた。
 式には出ることができなかった者にも嬉しい一枚になっている。
 写真の中の二人の笑顔につられたのか、会場入りを待ちながら顔見知りと挨拶を交わしている人々も皆笑顔だ。
 そんな光景を眺めながら、また新しい招待客の一人が、受付に立つ女性に向かって一礼した。
「本日は、おめでとうございます」
「お忙しい中、ありがとうございます」
 お互いに会釈したあと顔を見合わせ、彼女たちは思わず吹き出す。
 他人行儀な改まった態度など、似合う間柄でもないのだ。
 新婦側の受付を担当していた田上和音は、友人の差し出した御祝儀を受け取りながら、首を傾げた。
「遅れてくるかと思ってたわ、千葉ちゃん」
「いやいや。待ちに待った今日だもの、見逃してたまるかって!」
 記帳用の筆ペンをくるりと回し答えた千葉まり奈は、ニヤリとあくどい笑みを浮かべた。
「間に合うように、二次会の最終チェックは相方に丸投げしてきたのさ」
 披露宴後の二次会の幹事を同僚と引き受けていた彼女だが、もう一人に仕事を押し付けて来たことを堂々と言ってのけ、友人たちから冷たい眼差しを向けられても気にしない。
 世話焼きが災いして、傍若無人な千葉に振り回されている相方の彼に同情しつつ、和音はため息をついた。
「彼も南条くんの直属の部下だったから、こっちも出席するんでしょ。置いてきぼり、かわいそうに」
「女の準備の方が時間かかるものー」
 まったく悪びれず、ドレスアップした姿を見せつけるようにシナを作ると、千葉は賑わう会場をグルリと見渡して、頷いた。
「しかし、ホントにようやくここまで来たかー、って感じよねぇ」
「感慨深いよねぇ……」
 本日の主役である二人の七年間をつぶさに見ていた彼らは、嬉しい気持ちが勝るものの、これまでのアレコレを思い出し、なんとも言えない笑みを口々に浮かべた。
 受付を担当するのは、新郎新婦の同期仲間で、招待客の半数以上を占める仕事関係者とも顔見知りなため、戸惑うこともない。
 中にはギョッとするような大物に分類される方も来賓されているため、仕事の一貫でもあるような気がする。
 招待客からのご祝儀を受け取り、記帳をお願いし、案内し、と忙しいが、参加メンバーは異様な達成感に包まれていた。
 本当の、本当に、『ようやくここまで来た……!』なのだ。
「受付は田上夫婦と、三浦コンビ。披露宴司会はみどりちゃんか」
「で、千葉が二次会幹事だろ。神代も裏方で何かやっているらしいし、同期組フル出動だな」
 二人の結婚が決まったあと、同期メンバーたちは、全面的な協力を進んで申し出た。
 出会った当初から惹かれ合っていたことは周りにもバレバレだったというのに、どういうわけかお互いに好意を明後日な方向へ勘違いし、すれ違いまくっていた二人の挙式、結婚披露宴。
 散々回り道していた二人を祝福したいという思いからと、ここまで来て破談にしてなるものかという全員一致の意見だ。
 ある意味、親族以上に二人に近い位置にいたため、この日を無事迎えることができた同期組の面々は、巻き込まれあるいは生暖かく見つめてきた新郎新婦のこれまでの軌跡を思い返して、ただひたすらに願っていた。
 ――こんな土壇場で、トラブルなど起こらないでくれよ、と。
「すうちゃん、南条くんの実家に拉致監禁されかけたっちゅうじゃないの。そっちはもう大丈夫なの?」
 先日の事件を耳にしていた千葉は、受付業務の邪魔にならないように脇へ寄り、表面上は笑顔を保ちながら、ひそひそと友人たちに訊ねる。
 マメに飲み会をしていた以前とは違い、最近はそれぞれがある程度の責任ある立場にいるため忙しく、なかなか情報交換ができなかったのだ。
 千葉の言葉に、和音の夫である田上が笑みをひきつらせた。
「あー、まぁ……すうちゃんはケロッとしてたから、大丈夫なんだろうけど……南条がなぁ……」
「私たちもいい加減、彼の呼び方改めないと、八つ当たりされそうよね」
「会社では役で誤魔化せるけど、プライベートの場に出ると南条って言っちゃうよな」
 うんうんと頷くのは、結婚してはいないが同姓カップルの三浦二人だ。
 隠していても長い付き合いだ。新郎が実家と確執があることは、細かいことはわからないながらも、みんな察していた。
 伯母夫婦の籍に入り、今は来生と名を変えた彼が、実家と絶縁に近い形を取っていることは最近になって知ったのだが。
 同期仲間の間では、どちらかというと政治家の息子というよりも、自分たちの勤めている会社の跡取りという面が強かったので。
 彼の実家の家業ゆえに、いろいろあったのだろう。来生になってから、彼が何度も名前の訂正を求めている様子を目にしていた。
「例えるなら夏によく出る黒いアレ」のように、彼は実家のことを思っているのだと言っていたのは、当の新婦だった。
 叩き潰したいのか駆除したいのか絶滅したいのかはわからないが、とりあえず嫌っていることだけはとてもよくわかった。
 なのに、溺愛している嫁がその実家に連れ去られたなど、想像するだけでも恐ろしい。
 拐われてケロッとしている嫁も恐ろしいが。
「なんつうか、こう、揉め事に愛されちゃってるよね、あの二人」
「やめて。今日は朝倉様もいらしてるのよ……例のお嬢様付きで」
 千葉のヘラヘラ笑いが固まった。
 数ヵ月前、社内で繰り広げられたぷちストーカーお嬢様襲来の騒ぎは、まだ記憶に新しい。
「え、突撃お嬢? なんで? 朝倉様はわかるけど、何故にお嬢」
「式にも出てたよ。感激しまくって鈴ちゃんに抱きついてた」
「何故すうちゃん……」
 たしかお嬢様は新郎に傍惚おかぼれしていたはずではないのか。
「なんか仲良くなったらしい。南条がぼやいてた」
「木内って、癖のある相手に好かれるよな……」
 筆頭が新郎その人だが、誰もそれは口にしなかった。
 ていうかさ、と綺麗にセットした髪を掻きながら、千葉がぼやく。
「あの二人がそれぞれトラブルに好かれてるから、倍々になって余計に揉め事が大きくなるんではないかと……」
 無言になる一同だった。
 微妙な沈黙に満ちた受付へ、コツリとヒールを鳴らして数人の女性がやって来る。
「ごきげんよう。本日は誠におめでとうございます」
「はい! ありがとうございます、……」
 思わず漏らしそうになった驚きを飲み込んで、受付側の彼らは貼り付けた笑顔を固まらせ、分厚い祝儀袋を受け取りつつ、サラサラと書かれていく名前を恐々と見つめた。
 タイプ様々ながらも美しい女性ばかりのその一行は、先ほど千葉がしていたように、ウェルカムボード周辺の飾りを微笑ましげに眺めて、笑いさざめきながら披露宴会場に入っていく。
 美女たちの背中を茫然自失に見送っていた和音がポツリと呟く。
「……ねえ、あれって」
「南条の」
「昔の」
「彼女たち……」
 文字まで麗しく整った記名を半目で見下ろし、千葉がトドメの一言を放った。
「平穏無事、無理でしょー」

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