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【結婚式篇】
プログラムⅢ◆祝辞・ウェディングケーキ入刀
しおりを挟む扉の向こう側から、入場用のBGMとみどりちゃんのマイクを通した声、そして招待客が打ち鳴らす拍手の音が聞こえてくる。
と、同時にカーッとあたしの頭に血が上った。この土壇場になって緊張が頂点に!
ぎゅうっとフミタカさんと繋いでいた手を握りつぶさんばかりに力を入れる。
「ううう、武者震いだねえフミタカさんっ」
「いてえよ。討ち入り状態になるのはやめろ。笑顔、笑顔」
「そうゆうフミタカさんは緩み過ぎていると思うんだよ」
こちらのやり取りを苦笑しながら聞いていた係員さんが、「よろしいですか?」と合図して、あたしたちは馬鹿をやめて扉に向き直った。
この中にいるのは、あたしたちを祝いに来てくれた人たちだ。
ま、そりゃ義理や仕事の一環としてっていう人もいるだろうけど、「おめでとう」って思ってくださる気持ちに代わりはない。
めいいっぱいのありがとうと幸せをご披露しなければと、気合も入るってなものよ。
披露宴の準備に関しては、友人たちもだけど妹の茜が大いに役立ってくれました。
ウェルカムボード、その他モロモロの細かい演出、いつの間にか人形まで作っていて、その出来映えにはあたしも感心したものだ。
ロマンチックが大好きな茜が張り切ってくれたから、無事に今日を迎えることができたような気がする。
何しろ、音楽なんて適当に流行りを聴いたりするだけで特にこだわりもなく、更にはなんにも考えてなかったため、「用意してくださいね」と言われてもさっぱりわからなかったのだ。
時間もないし、ネットやショップでオススメのウェディングテーマ曲でも入手して、適当にピックアップしようと思ったら、「そんなことはこの茜が許しません!」と仁王立ちした我が妹が、何故かフミタカさんと連絡を取り合い、吟味に吟味を重ねた音楽を揃えてくださいました。
姉の威厳が……。
その茜セレクト入場曲に迎え入れられて、扉を潜る。
スポットライトを浴びて、フラッシュなんて焚かれちゃって、いつものあたしなら逃げちゃうシチュエーションも、笑顔で迎え撃つ。
「だからなんで披露宴に対して戦闘的になっているんだ」ってフミタカさんが呟くのを耳にしながら、ニッコニコで雛壇まで進んだ。
途中、新郎が何故か新婦席の一角を見て身体を強張らせていたけど、知らない知らない。
いつも素敵なお姉様たちに小さく手を振って、同僚たちの半笑いにやり遂げたぜ! なスマイルを送って、みどりちゃんの司会進行に合わせて席につく。
当初お姫様ドレスに腰が引けていたあたしですが、一旦決まっちゃうと開き直って現金にもウキウキしていたところ、どっこい、その後着飾るだけでない試練が待っていたのだ。
普段着なれない、ふんわりドレスの立ち居振舞いとか、今みたいにドレスをあちこちに引っ掛けずカッコよく座るコツとか。一番苦労したのは、身長差を縮めるためのヒールで歩くことだけど。
とにかく言われたのは「走るな・跳ねるな・拳を振り回すな」。
いつまで経っても落ち着きなくパタパタしているあたしには、おしとやかにすることは一種の苦行なのですが、さすがにTPOくらい弁えてますってば。
しかし、自分としては美しく腰かけたつもりでも、何か気になるところがあったのか係員さんがサッとドレスの裾を美しく直してくださっていた。
入場の時よりは写真のフラッシュも少ないけれど、高砂に座る様子を撮っている人もいるので油断はできない。
『ただ今より、来生・木内ご両家の結婚披露宴を始めさせていただきます。申し遅れましたが、本日司会をつとめさせていただきます、新郎新婦共通の友人、新嘗(にいなめ)みどりと申します。どうぞよろしくお願いいたします』
お澄まししたまま、続くみどりちゃんの新郎新婦紹介を聞いていると、低く唸るような声が隣からしてくる。
「おい鈴鹿……あれはどういうことだ」
「あれってどれー?」
これかな、それかなー、うふふ、なんてわざとらしく空とぼけてみれば、ギロリと睨まれた。
「……あとで覚えてろ……」
おおコワー。
ちなみに二人とも、笑顔は保っておりますよ。にこにこ。
会場の人々からは、新郎新婦が微笑みあっているようにしか見えないだろう、たぶん。
祝辞の言葉だってちゃんと聞いてるし!
あ、新婦側は従弟の叔父さんが引き受けてくれました。引き受けたそのあとで、招待客リスト見て青ざめてたけど。
ごめん、無駄にでっかい披露宴でごめん!
フミタカさん側は来生の関連会社の会長でもある丸川氏。
彼との結婚が決まった当時は会社の利益も考えて反対もされていたけれど、もともとは社長の古い友人でフミタカさんを子どものころから知っている人だ。不満げにしつつも受け入れてくださった。
うん、なんだかね、あっちは『うちの息子っぽいのをこんなちまっこい娘にやるものかー!』という感覚なんだよね。
それに気づけばイヤミも流せるようになった。あたし自身を嫌っているならヘコみもするけど、ちょっと違うし。
言うなればフミタカさん側の舅みたいなものかな。本物のお舅さんは最初から友好的だから、その分だと思えばいいのだ。
すっかり上がっている叔父さんに「頑張れ頑張れ」と心の中で拳を握り、慣れているのか意外と聞き入らせる丸川会長のお言葉をありがたくちょうだいし、主賓祝辞が終わると次はウェディングケーキの出番です。
運ばれてくるケーキにわくわくが隠せない。
あたしとみどりちゃんはアイコンタクトを交わした。
『それではここで、ウェディングケーキの入刀に入らせていただきます。両家ご両親様、どうぞ前へお進みいただきまして、お二人の姿を見守りください』
あらかじめ言っておいたので、うちの両親は戸惑うことなくこっちへやって来る。来生夫妻はいいのかな、と一瞬顔を見合わせ、だけど木内父母がもう足を進めていたので、同じように進み出てきた。
うんうん、そのままそのまま。
『カメラをお持ちの方々も、前へお進みになりお二人の晴れ姿をお納めください』
あたしがこの結婚式で何よりもこだわったのは、ドレスでも演出でもなく、料理だったりする。
なんせ、美味しいものは正義! がモットーですから、当然妥協はしなかった。時間がないながらも試食しまくって、メニューを決めたのだ。
他のこともそれだけ熱心に取りかかれよと突っ込まれたけど、あたしの食い意地が張っているのは今さら。
問題は、主役である新婦が宴の間はほとんど食べられないってことだよね……。くやしいー!
丸く段々に積まれた土台に真っ白なクリーム、マスカットをメインにブルーベリー、キウイフルーツが飾り立てたケーキは、シンプルながらも白に緑が映えて綺麗可愛い。一番てっぺんには飴細工の王冠。
これ、全部丸ごと食べられますよ! 後ほど皆様にもお配りいたします。
司会の薦めで写真を収めにいらっしゃる皆様に笑顔を振り撒き――というか照れ笑いがずっと顔から剥がれてくれないんだけどさ。
ええい、フミタカさんのニヤケ顔と共に撮るがよい!
シャッターチャンスということで、ナイフを手にしたまま右向きやら左向きやらとポーズを取ってようやく入刀に入る。
『お二人が夫婦となって初めての共同作業となります』
緊張ではなく興奮で言うことをきかないあたしの手を、フミタカさんが包み込むように握って、ケーキにナイフが差し込まれる。共同作業というより操り人形だよ。
いつでもどこでもどんなときもそつのない旦那さんはさくさくとケーキを切り取り、用意されたお皿に載っける。
披露宴序盤のお約束、ファーストバイトです。
甘いもの苦手なフミタカさんにはなるべくスポンジのところを。
差し出したケーキを神妙に見つめたフミタカさんは、実は葡萄も苦手だったらしい。ワインは好きなくせに。
このケーキに決まってからそれを打ち明けられて、「早く言ってよ!」と怒鳴ったあたしは悪くない、たぶん。
「どっちにしろ甘いのが苦手には代わりないから、お前が好きなものを選ばせたかったんだよ」なんて言ってたけど。わかってたらもうちょっと考えたのに。フミタカさんが好きなミカン使うとか……。
悪のりした皆様の『ハイ、アーン☆』コールに合わせて口に突っ込んでやる。
お返しなのか、フミタカさんが差し出した一口には多いケーキは、花嫁にあるまじき大口で食らってやったともさ!
どっと笑いが弾けたけれど、おおむね、あたしらしいと受け取られたようだ。
……それはそれでなんていうかさ……。
(でもやっぱりおいしいーしあわせー)
ハムスターのように頬を膨らませ、もむもむ咀嚼していると、唇の端に付いたクリームをフミタカさんの指先が拭い取る。
それはいい、それは。またお子様扱いして、とは思うが欲張ってクリーム付けたのはあたしだし、しょうがない。
――だがしかし、なぜその指を舐めるのだあああああ!
みんなの目が! みんなの目が生暖かすぎる! 特に同期! “まあアンタたちだからね”って目はやめてえええ!
フミタカさん、これ一生残るんだよ!? 取引先の皆々様もご覧になられているんだよ!
クールな顔しか知らなかった方々が目を剥いているじゃないかー!
プルプルしているあたしに流し目をくれたフミタカさんは、こっちにだけ聞こえる声で「まだまだこれから」などと呟く。
あとで覚えてろはもう始まっているのかと戦慄した。
ホント、開き直ったら手に負えないな……!
ファーストバイトのあとは、来生社長による乾杯の音頭がある。
――の、前に。
みどりちゃんが、前方の少し空いたスペースを指し示し、両親たちを呼んだ。
『両家ご両親様、こちらへどうぞ』
うちの両親は察したのだろう、迷う様子もなくあたしたちの背後から離れ、横に並ぶ。来生社長たちも、つられて移動。
披露宴の間だけ、社長夫人がいつも使われている車椅子はなしだから、社長が夫人にぴったりと寄り添いながらだ。
すかさずスタッフが二つのケーキを運んで、ニコニコしている木内父母と、キョトンとしている来生父母の目前にセッティングする。
『――新郎新婦より、ご両親へのプレゼントです。ご両家ご夫妻にもケーキバイトをしていただきましょう』
メモリアルバイト、とかサンクスバイトとか言うらしい。
新郎新婦が今まで食べさせてもらった感謝を込めて母たちに行う例もあれば、今あたしたちが目論んだように、両親にもケーキ入刀・バイトをしてもらうこと、けっこう企画しているようなの。
披露宴プログラムを決めているときに知って、ファーストバイトについて話し合った。
「無意識に『はい、あーん』をやっている人たちが今さら照れる問題?」って遼太には呆れたように言われたけど、そうじゃなくて、別に一つやりたいことがあったのだ。
それがこれ。
来生家へ訪問したときに、社長夫妻が結婚式を挙げてないって聞いて、うちの母とドレス選びに盛り上がっていた伯母様を見ていて、思ったのだ。
結婚式やってみたかったのかな、って。
内輪の友人たちと、お祝いのようなことはしたらしい。
だけど、『結婚式』とは別じゃない?
今なら、レストラン貸し切ってパーティーで結婚披露の代わりにすることも珍しくないけど、両親の年代ではやっぱりちょっと違う。
派手婚が流行り出した世代だ。
憧れもあっただろう。
家や身体の事情もあって、もとから夫人は自分が愛し愛されるひとと結ばれる未来など、諦めていた節はある。
社長と出逢って、その一番重要なことは叶えられたのだから、式なんてしなくてもかまわないと、当時は思っただろう。
『する』『しない』で、幸せの是非を問うことは無駄だ。
だけどさ。
やっぱり、花嫁って、女の子の憧れだ。
あたしの学生時代の友人に、お一人様をエンジョイしきっていて、男は要らないわーって子がいるんだけど、その彼女ですら「結婚はしたくないけど花嫁にはなりたい」という矛盾したことを言っていたし。
いろんなウェディングドレスを見てはしゃいでいた伯母様に、夢見ていた少女の頃の姿が重なった。
機会があれば、結婚式を挙げ直すこともできたのだから、それをしないのは理由あってのことかもしれない。
こういうのって余計なお世話かと悩みつつ、フミタカさんと、来生夫妻に親しい方に訊ねてみたのだ。
両親用のウェディングケーキを用意して、気分を味わってもらうのはどうだろう、と。
ちょうどお二人の関係者やご友人も揃っている。
あらためて、これからも一緒にいることをご披露するという意味で――
フミタカさんは「いいんじゃないか」と一見素っ気ない返事だったけど、柔らかく笑っていたので、賛成。
相談した方々も、そういえば社長夫妻が公の場でお披露目というものをしたことがなかったと、気づかれたらしい。
南条家の影響を気にして、伯母様は常に奥に控えてらしたから。
サプライズを提案したのは、実は室長。
演出をあらかじめの予定に組み込んでおくと、あちらは遠慮するから流れに乗せた方がいいですよというありがたいご意見に従って、今! びっくりドッキリでございます!
こういうとき母のノリの良さに感謝したくなる。率先して、さっきのあたしたちのように、ケーキにナイフを入れて、「あーん」なんてやっている。そんな両親を見て、親族席の遼太は疲れ顔、茜は楽しそうだ。
うちの両親がしているのに、社長夫妻がしないわけにもいかない。
おずおずと同じ動作を行なって、拍手とフラッシュを浴びた二人は、顔を見合わせ、はにかんだ笑みを浮かべた。
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