魔女とお婿様

深月織

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秘密篇

第七話 お婿様の秘密(二)

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「早くお会いしたいと思っていたのよ。イディはちっとも紹介してくれないし」
 ソウがやんちゃしてくれて結果的にはわたくしラッキーでしたわね、なんてコロコロ笑いながら楽しげに仰る、王妃さま。
 あたしは余所行きの笑顔で曖昧に相づちをうった。先ほどの王妃さまの母親ぶりに、内心冷や汗をかきながら。
 とりあえずのところの夫である王子と、その弟で誘拐犯であるサウスリード殿下に挟まれ、訳のわからない状態に置かれたあたしを救ったのは王妃さま。
 その彼女は女神もかくやの微笑みを浮かべたまま、息子たちを、叱責しているとは思えない優雅な態度で追い詰めたのだ。

 ――イーディアス、自らに与えられた責務を投げだし妻を救いに来た誠実さは良いけれど、ここはわたくしに任せ、お役目に戻りなさい。仕事をしない男は嫌われましてよ?

 しかし、とか、姫が、とか言いながら私の側に寄ろうとする王子を笑顔の圧力で退却させる技は見習いたいものだ。

 ――サウスリード、貴方は本当にどうしましょう。わたくしの名を使い、伯爵令嬢でありフォート公夫人でもある女性を拉致、王宮魔術士たちを許可なく動かした罪状、あら、処刑を少なくとも三回行わなきゃなりませんわね、まああ、刑の日取りを決めるのがタイヘンですわー。

 微笑んだままの軽い口調だったけれど、目はかなり本気で。
 王妃さま、普通処刑は一回しか出来ないんじゃないですか、とツッコむ隙もない。
 弟王子は必死でその状況から逃れるべく目まぐるしく思考を展開しているようだった。
 が、しかし。
 殿下が打開策を打ち出すより早く、王妃さまの指示により彼は衛兵に捕らえられ、
「ちょ! オイ、お前ら不敬だぞっっ! は・な・せえぇぇ~~っ」
 なんていう情けない声と共にフェードアウトしていった。
 ……現在、牢の中で皇太子としての再教育を受けているらしい。
 そしてあたしは自分が思っていた当初の予定通り、王妃さまと顔を会わせているわけなんだけど。
 日当たりのよい東屋で、二人きりのお茶会、あたしはどう振る舞うべきなんだろう。
 さっきの騒ぎのせいで、微妙に猫が被りづらい。
 お行儀よく座って、ニコニコ上機嫌の王妃さまに合わせるしかない、状況。
「ねえカノン姫、イディはちゃんと夫の役目を果たしていますかしら?」
 や、役目?
 夫の役目って何ですか、ていうかどっちかっていうとワタクシが妻の役目を果たしていないと言うかっ。
 モゴモゴしているあたしを気にせず、王妃さまは美麗な眉を下げて、憂うようにお続けになる。
「あの子ったら、容姿も能力もわたくしと陛下のいいところを集めて産んであげたのに、どうもこう、物足りない殿方に育ってしまったっていうか、型にはまっていてツマンナイ男になってしまったっていうか……異性としては刺激が足りないでしょう?」
 さりげなく暴言のような気がするんですが、王妃さま。
 何かフォローしなくてはと、あたしは小さく発言してみる。
「……ええと、とても、お優しいです。わたくしの、魔女としての勤めも理解して下さってますし、勿体ないくらいで……」
 そうなんだよね、考えてみれば王子って偽物妻なあたしに積極的に歩み寄ってくれてるよね。
 おととい私の薬草室に案内したときも、興味津々であれはこれはと質問攻めだった。
 こんなの王子は面白いのかしらと聞いてみると、
 知らないことを知るのは楽しいし、カノンどのが日頃どういうものに触れているのか知れて嬉しい、
 なんて、どこまで本気なんだか、そんなこと言うし。
 ところ構わず甘い言葉吐いたり軽くキスしたりするのには参るけど。
 ツマンナイどころか充分刺激的なんですけど、あたしにとっては。
 ほんの少し前までは話したこともなかったひとなのに、四六時中一緒にいて、それが、当たり前になりかけていて。
 少なくとも自分が、恋愛感情じゃないけれど、王子に好意を持っている自覚は既にある。
 それがどんなものに育つかは、今はまだ分からないけれど―――。
「――カノン姫にとっては突然のことだったでしょうから、心配していましたの。けれど、杞憂だったようね?」
 考え込むあたしに王妃さまは、フンワリ笑顔。 
 ああ、こういうとこ、すごく似てる。何だかこっちまで胸が暖かくなるような笑顔なの。
 なんていうか、……弱いんだ。
「今日は泊まってゆかれてね、イディとソウの下の弟妹たちにも紹介したいし、陛下も執務が終わったら是非お話ししたいと仰ってましたのよ。ラシェレット伯には連絡しておきますから」
「はっ!?」
 いや、ちょっと待って王妃さま!?
 本日これからの予定をウキウキと組み立て始めた王妃さまは、あたしの、遠慮します! という訴えをまるで無視、女官を呼びつけ、客室を用意するよう言付ける。
 話を聞かないのは血筋か…!
 ――そして、王妃さまの柔らかだけど押しの強い笑顔に、兄弟同様逆らえなかったあたしは、何故かそのまま、王宮に滞在することになってしまったのだった……。
 
 
「ん~、可愛いわ~、やっぱり~! カノン姫が緋色を着用しなければいけないのは知ってますけれど、今日は私的な訪問ですから構わないでしょう?」
 キャッキャと少女のようにはしゃぐ王妃さまに、鏡の前に立ったあたしは乾いた笑いを漏らす。
 東屋から城内に移動し、連れて行かれたのは数人の女官と色とりどり様々なドレスが用意された部屋で。
 常々思っているんだけれど、何故あたしの周りにいる女性たちは、あたしで着せ替えをするのが好きなんだろう。
 うちのメイドといい、王妃さま以下女官の方々といい……。
 普段あたしが身に付けている衣服はたいていメイドたちが選んだものなのだ。
 実年齢を考えると痛いだけのヒラヒラフリフリ少女趣味的なドレスばかり。
 事、ファッションに関してはあたしの意思はないようなもの。
 メイドたちが言うまま選ぶまま用意するままの服を着用するしかない。
 そーゆーのが似合ってしまう自分がまた何とも言えず……。
 でもって案の定と言うか、ここでもまたあたしは着せ替え人形になっていた。
 取っ替え引っ替え渡されるドレスを着て、脱いで、最終的に決定されたのはあまり着たことがない紫色のドレス。
 肩口が広く開けられているけど、同じ布で作られたストールを首に巻き付けるからそれほど気にならない。
 薄紫のタフタ、それは王子の瞳の色に似ていた。
 もちろん、王妃さまのことだから、意図的に合わせたんじゃないかな。
 簡単に纏めていた髪を複雑に結い直されて、薄い化粧も施され、王宮に居ても違和感のない姫君が鏡の中造り上げられていった。
 来るときにそれなりな格好をしてきたけれど、やはりプロの手はちがうな~。
 まじまじ、あたしじゃないあたしを鏡の中に発見して、凝視してしまう。
「ウフフ~、やっぱりよろしいわねぇ、年頃の娘がいるって~」
 側で指図していた王妃さまは着飾ったあたしに満足そうだ。
 現在、王の血筋は二十三歳の王子を頭に、十九歳のサウスリード殿下、少し離れて十三歳のラウレス王子、更にその下に八歳のグエンドリン姫、フェリクス王子の五人。
 陛下は王妃さま以外の妻を持たれていないので、その全員がこの女神のような女性からお生まれになられたことになる。 
 絶対五人も産んだように見えない……。
 ほっそりとした若々しい肢体を横目で眺め、あたしは心の中で呟いた。
 お子は五人いらっしゃるのに、姫君はまだ幼いグエンドリン様だけ、なので、さっきの王妃さまのお言葉は納得できる……、
 けど、ワタクシ年頃過ぎてますが!
 二十六歳ですってば!
「フフフ。イディも惚れ直すでしょう?」
 仕上げのように、ブランシェの生花を髪に飾られて。
 さ、お待たせでした、という王妃さまの声に振り向くと――
「ぎゃっ」
 じいー、と無言であたしを見下ろす王子がいた。
「…………」
「……、……??」
 お、王子?
 もしも~し、王子~、イーディアスさま~~?
 もう仕事は終わったのか、王子の姿は軍服ではなくて、家で着ていた普段着より少しだけ畏まったものに変わっていた。
 それはいい。それはいいんだけど、
 なんで固まってんの!?
 そんな凝視されると怖いんだけど!
「ほほほイディったら、なんとかおっしゃいな」
 バシンと痛そうな音がして、扇で叩かれた王子の頭が揺らぐ。
 お、王妃さま、それはあんまりでは……。 
 王子は叩かれた後頭部を押さえながら、瞬きをしたあと、再びあたしを見た。
 うあ……!
 こちらに向けられた、輝かんばかりの笑顔にあたしの目が眩む。
「いつもの貴女も可愛らしいけれど……あまりにお美しいので、言葉が出てきませんでした。素敵ですよ、カノンどの」
 そう言いながらあたしの手を取って口づける。
 恥ずかしい誉め言葉に気が遠くなる。王子が本気で言っているのが分かるだけに……!
 その場にいた王妃さまや女官さんたちはニヤニヤ(あたし主観)眺めてるし、いたたまれない、
 ……逃げたいっ!

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