魔女とお婿様

深月織

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秘密篇

第八話 お婿様の秘密(三)

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 ――しかし逃げられるわけもなく。
 夕食までの時間、あたしは王子と王宮をぶらつくことになった。
 と、いってもあまり公の場は現在のあたしたちの立場上(要は、結婚を公布してないってことね)ウロウロ出来ないから、王家の方々の私的な場所を、ってことだけど。
 ……ん?
 逆にそれっていいの?
 偽物妻に王宮の裏みせちゃっていいの?
 内部情報どっかに流す気なんてないけど、ヤバくない?
 あたしの心配とは裏腹に、王子は楽しそうにしている。
 ……そういえば。
「ねえ王子、サウスリード殿下なんだけど、」
 流されてうやむやになりそうだったことを思い出し、あたしがそう口を開くと、王子は沈痛の面持ちでため息をついた。
「ああ……、本当に、弟が馬鹿をしてすみません。アレに協力した魔術士たちも、それ相応の処罰を与えるように要請しますので」
「いやいやいや! 別に実害なかったから、そんなことしなくていいですよ! 大体、半分ワザと術を破らなかったようなものですし」
 サウスリード殿下に命じられて仕方なく従ったであろう魔術士たちを気の毒に思い、慌ててあたしは王子を止める。
 そうなんですか? 首を傾げて王子は疑問顔。
「あのね、基本的に彼らが使う術とあたしたち緋の魔女の魔力《チカラ》って似て非なるものなんです」
 あえて説明を試みてみると、
 彼らは言霊《コトダマ》とその法則により万物の構成に接触して、その情報を書き換え魔術と成し、
 あたしたちは自分の意思を世界に伝えて、万物に変化を成す術。
「例えば……」
 唇の中で数種の呪を呟き、あたしは手のひらに炎を灯す。
「今のこれは大気中の成分を言霊により空気から火の成分に書き換えました。これが一般の魔術。そしてあたしたちの術は、」
 言いながら意思を練って、念じる。
 瞬時にあたしの周りに集まった炎の輪に、王子が僅かに身を引いて瞬いた。
 ちょっと勢いが良すぎた。
 魔術杖がないと、微妙に調節が利かないんだよね、あたしのチカラ。
「ええと、あたしたちはこんなふうに念で世界に働きかけて、術を行うんです」
 言いながら手を払って炎を消し去る。
 そんな単純なものでもないけれど、緋の魔女に備わったチカラを一族外のひとに理論立てて説明するのは難しい。
 研究者じゃないし。
 あたしたちと魔術士は、自分の使う術が違うものだと本能で理解しているけれど、言葉にはしにくい感覚だから。
 それを一生懸命理解しようと眉間にシワを寄せている王子に気づき、申し訳なくなった。
「だから、あたしを拘束した呪文も、消えろと念じたらよかったんだけど、そうすると無理矢理魔術を断ち切ることになるんで、その、余剰の力が彼らに返り、術者に被害が出たと思うんですね。別に敵意は感じなかったから、様子を見ようとそのまま囚われたんですよ。まさか弟君が関係してるとは思いませんでしたけど」 
 あの魔術士たちに少しでもあたしを害しようとする気配があればヤバかった、というのは黙っておこう。
 その意思があればあたしは迷うことなく彼らを排除していただろうから。
 あたしたちは寿命と世界を守る以外の要因で生を終えることを許されていないのだ。
 さっきは試すくらいの思惑しか感じられなかったし、緋の魔女が魔術士にケンカを売られることはわりとあること。
 彼らが身を削るように学んで習得する魔術を、魔女に生まれたあたしたちは息をするように使うことができるから。
 そもそもの成り方も立ち位置も違うと言うのに、どうしても競うことが止められないらしい。
 あたし個人は、単純に、自分の努力と鍛練を重ねて魔術士になったひとたちをスゴいなぁ、と思うんだけどね。
 そりゃあたしだって、勉強はしてますよ、魔術の構成が解らなきゃ対抗することも出来ないし。
 だけど一族の血を持つことで、だいぶ楽をしているのは嘘じゃないからさ。
 じゃなくて。
 何故か魔術講義になりかけた会話をもとへ戻す。
「――あの場所は何なんです? 王子の住居だと弟君は仰っていましたが」
 まだ魔術と術の違いに頭を悩ませていたのか、王子はハッとして一瞬言葉に詰まる様子を見せた。
「あ―ああ、ええ、そうです……、カノンどのと結婚するまでは、あの場所で寝起きをしていました」 
 王子なのにえらく質素な調度品ばかりだったよなあ、なんて思いつつ、一番気になっていることを聞く。
「あの魔力封じは?」
「……そのままの意味ですよ。皇太子という身分上、害意を持たれることもありましたから。この身に魔術が届かないようにしていたんです」
「ふーん。いろいろ面倒くさいんですね~」
 あたしが気がないように受け流すと、僅かに安堵の気配。
 王子にしては言い訳が上手くなかったわね。そんなことで魔女が騙されると思っているの?
 あの塔に施された魔術は塔の中を無魔力に保つものだった。
 結果的に外からの攻撃があったとしても、届いた瞬間打ち消されるから、防ぐことにもなる。
 だから王子の言ってることは間違いじゃない――けれど、それならもっと効率のよい方法があるはずなのだ。
 サウスリード殿下の言っていたこと。
 あたしの後ろに隠れたときに小さく落とされたささやき。

 ――兄の隠しているものが知りたければ、その胸を見てください――

“隠しているもの”
 それはあたしと王子が詐欺みたいな結婚をしなければいけなかった理由でもある。
 微笑みながら、あたしの手を取り歩く彼を見上げた。
 何を、隠しているの――?
 

 

「それでは、何かございましたらご遠慮なくお呼びくださいませ」
 一礼して女官が去っていくのをあたしは寝台に入りながら見ていた。
 公の場とは違う気さくな態度で息子の嫁(あたしのことだ…!)を迎えられた陛下との緊張の会話を王子に助けられながら、 下のご兄弟たちの質問攻めに遭いつつ(サウスリード殿下はお仕置き中なので不在)、 意外すぎる王家の方々とのアットホームな夕食を過ごしたあと。
 疲れているだろうからと早々に就寝の用意を整えられ、あたしは客間に案内された。
 やっぱりといえばやっぱり、あたしたちの結婚の事情には全く触れられず、ただ王子の妻として扱われた。
 王宮の奥では王子の結婚は隠されていない。
 女官たちの態度でもそれがわかった。
 それがどんなにおかしいことか、世間知らずのあたしにだって分かる。
 国の政務に関わることなら、最初に思った通りあたしは知らないふりをするべきなんだろう。
 だけど。
 それが全く別の理由からくるものだとしたら―――?
 あたしは寝台から降り、窓辺へ歩み寄った。ガウンを羽織ってベランダへ出る。
 ここからは見えないけれど、方角はわかる。
 杖を呼び出し、軽くまたがり。
 そして、彼がいるはずの場所に向かって空へ舞い上がった。
「――カノンどの!?」
 明かりのついた窓を叩くと、やはりと言うか、王子がそこにいた。
 昼間あたしが連れてこられた魔力封じの塔。
 その最上階、寝室に当たるであろう部屋に。
 慌てて開けられた窓枠に足をかけ、ヨイショと中へ滑り込む。
 杖を消してしまうと、とんでもないところからのあたしの登場に固まっていた王子が呟いた。
「……魔術が……?」
 この塔の中で何故魔術が使えるのかと言いたいらしい。
 魔力を封じられるはずなのに。
 内的空間に魔術杖を収めるのは、厳密に言うと魔術じゃないんだけど。
「この塔に施された術式ではあたしの魔力は封じられませんから。 ていうか、緋の魔女のチカラを封じることは、世界が滅びない限り無理です」
 あるいは、自分の魔力が枯渇する以外は。
 はあ、とまだボンヤリしている王子を、これ幸いとあたしは蹴倒した。
「!?」
 突然の暴挙に対応しきれず、王子はそのまま狙ったように寝台に倒れ込む。
 その上に、座るように乗っかって。
「カノンどの……!?」
 驚いて瞬きを繰り返す王子を、あたしは強い眼差しで見下ろした。
 突然現れて、夫だなんて言って、あたしと一緒にいるのが嬉しい、みたいな顔をするくせに。
 肝心なことはどうして言ってくれないの。
 何を隠してるのよ。
 あたしに踏み込むくせに、貴方には踏み込ませてくれない、不公平じゃないの。
 ――時間がないってなに。
 ――貴方の隠していることはなに。
 あたしがかなめなはずなのに、あたしだけが何も知らない。
 教えてくれない。
 だったらいいわ、

「――脱いで、王子」
 
 強引にだって、暴いてやる―――。
 
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