魔女とお婿様

深月織

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秘密篇

第六話 お婿様の秘密(一)

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「お初にお目にかかります、義姉上」
 ここ一週間で見慣れたあのひとによく似た顔が、意地の悪い笑みを浮かべて、あたしを見下ろしていた。
 どういう反応をすれば良いのか、しばし迷ったあと、取りあえず無難にドレスの裾を捌いて、淑女の礼をとる。
「……ご招待、有難う存じます、サウスリード殿下」
 クスリと笑った少年はあたしの手を取り口づけた。
 彼より少し低めの身長、彼とは違う、父王譲りのオレンジっぽい金の髪、彼より明るい菫色の瞳。
 いつも穏やかな光を湛えている彼とよく似た顔が、悪巧みをしているような表情を私に向ける。
 王宮の奥深く。
 魔力封じの結界の張られた塔の上で、
 あたしは、あたしの夫の弟に拉致されていた――。
 

 


「お迎えに上がりました、上将」
 あたしと同じ歳くらいの青年が畏まって我が家を訪れたのは早朝。
 王宮右軍の黒衣をまとい、単騎で。
 王子の迎えにしては無防備なくらい。
 まあ家は丘の上にででんと建っていて、城からはそんなに離れていないしね。警備の者もいるし、母様が作ってあたしがアレンジした結界も実は張ってある。
 うちにいる限りは、安全なの。かえってゾロゾロ来られる方が目立つかもしれない。
 だってさ。
 今日改めて、王子の軍服姿を見たわけですが。
 ……カッコイイんだもの……!
 王子が所属する右軍の制服は、黒と銀を基調にしたデザインで、彼は一般兵より長めの上衣、装飾が多めの将服になっている。でもって紫紺のマントを羽織って。
 それが王子の瞳に合わせたみたいにぴったりで。
 あたしがもちょっと若かったらうちのメイドたちみたいにキャアキャア言ってるとこだ。
 これが(書類上)あたしの夫。
 クラクラする。
「カノンどの、紹介しておきますね。副長のランドール・ミチェンです」
「初めまして、奥方様。お見知りおきを」
 礼儀正しく私の手にキスをした彼は、茶褐色の髪を短く刈り込んだ青い瞳の美丈夫だった。
 剛健そうっていうのかな、王子より背が高くてがっしりしてる。
 うーん、この二人に見下ろされると小人になった気分だわ。
 ………、いま、奥方様って言った?
 てことはあたしと王子が(書類上)結婚してるって知ってるの?
 家に迎えに来たってことはそうか、知ってるか、そうなのね。
 ってどうすんのーーー!
 いいの!? バレてて!
 内心あわあわしながら王子を見上げると、どうかしましたか? なんて、まったく気にもしてない眼差しが返ってくる。
 ……いいのか。
 あとで困るはずの当人がそれで良いならあたしは何も言うまい。
「では行って参ります」
「はい、気をつけて行ってらっしゃいです」
 王子の暇を乞う言葉に当たり前のように応えると、嬉しそうに微笑う。
 何か喜ばせるようなこと言った? 首を傾げて見返すあたしに落とされる口づけ。
 にゃっ! 部下のひとがいるのにいいぃッ!!
 王子は気にする様子もなく、「帰りが遅くなるようでしたら、一度連絡しますね」と言って、今度は頬に軽くキスをして出掛けていった。
 恥ずかしいやつめ……!
 一部始終を見ていたメイドたちに「ラブラブですねっ」「お嬢様ウラヤマシイ~」などと散々からかわれ、あたしは薬草室に避難した。
 まさかアレをお見送りの際、毎日続けなきゃいけないのか。
 神経持つかな、あたし。
 ていうか、やっぱり不便じゃないのかしら。
 今まで仕事場は王子の住居から近かったはずだから(だだっ広いけど同じ敷地内だもんね)。
 城内にいなくて良いのかな。
 つらつら考えつつ摘み時のハーブを順番に収穫し、乾燥箱に入れていたとき、慌てまくったリリアが転がり駆けてくるのが見えた。
「おおおおお嬢さまぁっ! タイヘンタイヘンお使いですぅううっ!」
 ……ヘンタイお使い?

 ブランシェの花と狼を象った紋章が押された封書を膝の上で玩びつつ、あたしは重いため息をついた。
 リリア曰く、タイヘンお使いが持ってきたものは、なんと王宮への招待状。
 差出人は、王妃様。
 つまり、王子の母君。
 ってことは、あたしの姑。
 ……逃げたい。
 しかしそうする訳にもゆかず、あたしは久々にドレスアップして家の馬車で王宮に向かっているのですが。
 いや、いくらなんでも杖にまたがって空からお邪魔するわけにもいかないしね?
 それくらいの礼儀はわきまえておりましてよ。
 実は以前一度だけ、陛下や王妃様に直接お会いしたことはある。数年前の舞踏会で。
 親父がエスコートするはずだった母様が一族関係の急用で来れなくなり、あたしが代わりに出席したのだ。
 伯爵家の姫とはいえ、あたしはあたしの都合で社交界デビューもしていなかったし、もう、ホント、親父の添え物としてその場にいた。
 テキトーに飲み食いして、親父が義理を果たしたらとっとと帰るはずだった。
 陛下があたしに気づいて、ぜひ話してみたいなどと仰らなければ……!
 その時のことはあんまり覚えてない。
 あとで親父が感心したように「お前、すげえドデカイ猫飼ってたなぁ~」と言ったんで、ポカをやらかさなかったことが判明し、安心したくらいだ。
 もちろん、今まで緋の魔女として色々な国のそれこそ王様とだってお話ししたり交渉したり、そういうことはあった。
 だけどやっぱり生まれた国の方々は特別っていうか、ただのカノン・ラシェレットとしてお会いするのは心構えが違うっていうか!
 そういうわけで、王妃様が女神のように美しく麗しい女性で、おっとりと優しい話し方をされるってくらいしか、覚えてない。
 いま思うと、王子によく似てた(逆か)。
 まさかあの王妃様に限って、嫁イビりとか。
 ないないない。
 ってことは、やっぱりあたしが王子の嫁になった理由を説明していただけるんだろうか。
 でも、その場に王子や親父が居ないってのもヘン――、
 ガタンと馬車が急停車して、あたしは物思いから覚める。
 はっ、と気付いたときには、放たれた拘束の呪文があたしを捕らえていて。
 力ずくで破ることもできたけれど、そうすると甚大な被害が周りに出ることが予想されて――おとなしく、転移の術式があたしを中心に広がるのを読み取った。
 くう…!
 魔女永和、一生の不覚……!
 

 ………そして状況は冒頭へ戻る。
 意識の糸を伸ばせば、塔に張り巡らされた術式の直中にいることが感じられた。
 魔力封じ……? だけど対象はあたしというわけではなく、この塔に入った者全てに設定されている。まあまあの出来かな。
 取りあえず状況を確認し終え、キョトキョト部屋の中を見回していたあたしは、ここが誰かの住居になっていたらしいことを見て取った。
 それなりに寝心地の良さそうなベッド、使い込んだあとがある書き机、雑多な知識を求めたらしい書物の数々。
 最近まで、確かに誰かがここで生活していたらしい。
 封じがされた、こんなところで一体誰が?
 王宮魔導士を背後に従えた弟王子は、椅子に腰かけているあたしを眺め、ニッコリ笑った。
「兄が夢中になるはずですね。本当にお可愛らしい」
 バカにされているのかと思ったら、真剣に感心されている。
 ……逆に嫌。
 てゆうか、王子が夢中ってそれ誤解、誤解ですよー。
「申し訳ありません、強引なお招き方をして」
 うう~ん、王子と似てるだけに笑顔に違和感があるな。
 ……分かりやすく黒いんだ。
「兄に嗅ぎ付けられる前に話を済ませてしまいましょうか。……義姉上、もう兄と契られました?」
「・・・・・・・・・・・・・はっ!? 」
 長い思考停止による沈黙の上にあたしが上げたのは場にそぐわないすっとんきょうなもので。それで答えが分かったらしい少年がぼやく。
「その様子ではまだのようですね。……何やってんだ兄上は、一週間もあったってのに」
 呆れて声も出ない、と弟王子。
 な、なんで初対面に近い夫の弟にそんなことを訊ねられなきゃいけないのだ……!
「時間がないってのに悠長な……やっぱりここは俺が一肌脱いで……」
 ぶつぶつと自分の世界に入り込み、意味不明な呟きを漏らす少年に眉をひそめる。
 なんの“時間がない”?
「サウスリード殿下? わたくしをこちらへ呼び出したのは一体何の所以あってのことです?」
「俺はですね、義姉上さま。国王なんてものになりたくないんですよ」
 なんの話が始まったのだ。
 わからずただ首を傾げる。
「しかし兄上が継承権を放棄した今現在、俺が王太子ってことになっちゃってるんですよね」
 うん、そんなこと言ってた。
「すっっっっげえ迷惑なんスよ! 生まれてこの方立派な兄がいるお陰で適当に面白おかしく暮らせていたのに、いきなり次期王様だなんてそんな責任負う仕事任せられても! 俺は裏方向きなんですって!」
 言いながら殿下はブンブン拳を上下させる。
 話しているうちに、そこら辺にいるような少年みたいな口調と態度になっていく弟王子を面白く眺めた。
 さっきまで策略家みたいな顔をしていたくせに、今はただのやんちゃな子だ。
 王子がいつもフラットなテンションでおっとりしているだけに、兄弟でこうも差違があるのかと感心してしまう。
 面白いなあ。
 だけどさ。
「……ですが、少しの間のことではないのですか。わたくしとおう――イーディアス様の結婚が解消されるまでの……」
「え、もう離婚の算段してるの、早くない? 見捨てないでよ、十代にしか見えなかった貴女に一目惚れってそりゃちょっと幼女趣味っぽいけどそれに目をつぶれば兄上はお買い得だよ?」
 ……なんか一度にいろいろ言われて整理ができない。
 えーと。うーんと?
「え、だってあたしと王子の結婚てなんか政治上の契約みたいなもんなんじゃないの」
 思わず素に戻って言ってしまった言葉に今度は弟王子が何ソレと首を傾げた。
「はい?」
 はい? って、はい??
「え、建前はそうだけど、兄上はこれ幸いと結婚したはずだよ? ずっと貴女に片想いしてたんだし」
「……はい?」
 今耳慣れぬ言葉を聞いたような。
 カタオモイ、て、誰が、誰に。
「そっからなの!? 兄上言ってないの!? 本っ気で何やってんだあの人はー!」
「……余計なお世話だよサウスリード」
 その声を聞いた瞬間、少年は凍りついた。
 ギシリと強ばった動作で背後をゆっくりと振り返り――、ヒィ、と喉の奥で悲鳴を漏らす。
「一体、全体、どういう、了見なんだ? 私に無断で、カノンどのをこんな場所に……下がれ」
 最後の一言は魔女のあたしに対する牽制であっただろう魔術士たちに。
 最後まで一言も発することのなかった彼らは、礼儀正しく一礼して去っていった。
 おお、今の命令の仕方、王族っぽい。
 そこには髪をわずかに乱して、黒の上衣はあわてて引っかけてきました、という無造作な服装で、息をきらしている旦那様が、いた。
 ばっと弟王子があたしの後ろに隠れる。と、いっても、彼の方がデカイので、全く隠れていないけど。
「いや俺だって義姉上にお会いしたかったんだよ! まあちょっと騙し的なご招待になっちゃったけどさ」
 静かに怒りを秘めたアメジストがご自身の弟に向けられる。
「だからと言って、何故この塔に……」
「旦那様が暮らしてた場所見たいかな~、と思ってさ」
「え?」
 頭上で交わされる兄弟喧嘩に傍観を決めていたあたしだったけれど、耳に入ったその言葉につい口を挟んでしまった。
 王子の部屋? だったの、ここ。
「サウスリード!」
 珍しく王子が声を荒げる。
 俺悪くないもんね、という根拠のないシラを弟王子が切ったとき。
「あらあらまあまあ、お客様にお茶も出さないなんてなんて失礼な息子たちなのかしら」
 更なる闖入者が現れた。
 月の光を集めたような銀糸の髪に、極上の紫に瞳を染めた、いつまでも美しい我が国の――
 
 お、王妃さまっ!?

 
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