聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

【宰相Side】エドヴァルドの煩慮(1)

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「じゃあ行こうかレヴ、ノーイェルさん」

 王宮護衛騎士に先導される形で、レイナとボードリエ伯爵令嬢が軍神デュールの間を後にしていく。

 このままではあんまりだろうから、誓約ヴァールの間で食事の続きを――との気遣いが、どこかの誰かから発揮されたようだ。

 確かに、どちらかと言えば関係者側のレイナとは違い、ボードリエ伯爵令嬢は完全なる巻き込まれだ。

 ただの害獣除け魔道具を、意味不明な物体に改造させた人間と同一人物の所業とは思えないのだが、どのみち私ではの王が何を考えているのか、完全には推し量れない。

 倫理が行方不明とレイナの様に断言するには、私の立ち位置は王に近すぎるのだ。
 どうしても、幼馴染としての時間もそこには加味されてしまう。

「さて、何から取り掛かるとしようか、宰相」

 ……どう聞いても声から愉悦以外の要素を感じなくとも、だ。

 レイナが出て行った扉の方を向いたまま、私は聞こえるようなため息を吐き出して、片手で額を覆った。

「お館――いえ、閣下。もしや先ほどの水の所為せいで体調が優れないとか……」

 すぐ傍にいた〝鷹の眼〟のファルコが、常にはない気遣わしげな声をこちらへとかけてくる。

 鉱毒に汚染された水、食物。
 それらはすぐに摂取した本人の体調不良には繋がらないとレイナは言っていた。

 とは言え、そもそもが誰も見たことも聞いたこともない病、症状なのだ。

 どこまで本人の「大丈夫」を鵜呑みにしていいのか、ファルコとて判断が出来ないに違いなかった。

「この程度でどうにかなることはないと、レイナが言っていたんだ。自分では心配していないし、おまえも心配しなくていい。今のはこの状況をどうすべきかというため息でしかない」

 片手を上げる私に、ファルコは無言で眉根を寄せていた。

 鉱毒の話と投資詐欺の話と〝痺れ茶〟の話。
 それらがこの空間の中で、解けなくなった紐の如く絡みあっているのは、間違えようのない事実だった。

 何から取り掛かるべきか。

 実は王の問いかけは、今、もっとも現状に則した問いかけなのだ。

「陛下、まずはスヴェンテ老公とクヴィスト公爵代理に登城を促すことと、五長官をこの広間に呼んで現状を認識させることとが肝要なのではないかと」

 恐らくファルコはアルノシュト伯爵をもっと問い詰めるか、その息子カトルの実際の症状を己の目で確かめるかしたいだろうとは思うのだが、三国会談にもっとも支障が出そうで、解決の道筋を立てておかねばならない話はどれかと考えるならば、まずは〝痺れ茶〟の話を優先させざるを得なくなる。

 何せ元はバリエンダールからの流入品。
 バリエンダールから嫁してきた貴族夫人が犯罪のきっかけを作っている。

 形式に則って王に知らせるか、後日の恩とすべく王太子に知らせるか。

 我が国の外交部長はマトヴェイ卿だが、その上には人事・典礼を司るコンティオラ公と実務の長であるダールグレン侯爵家のルジェク卿がいる。

 陛下や私の一存ではなく、彼らを交えて協議をする必要があるのだ。

 そしてそうなると、外交関係部署、バリエンダールの王族やサレステーデの宰相を迎えるにあたっての儀礼(典礼)部署がしばらく回らなくなる。他の部署の協力は必須だ。

 各長官はもちろんのこと、五公爵も顔を揃えて臨時の仕事を割り振らざるを得ない。

 ましてカトル・アルノシュトの様子を見に行くのはその後にするよりほかはなく、私は小さく、もう少し待つよう唇を動かすしかなかった。

 どのみちアルノシュト伯爵とて邸宅やしきに〝痺れ茶〟の在庫を抱えていた以上、こちらの話とて無傷では済まない。

 ファルコもそこまでを悟ったのか、目線を下げ、一歩後ろへと下がっていた。

「ほう……この場に呼ぶのか? それはそれは、さぞや首謀者ナルディーニへの殺意が増すことだろうな」

 私とファルコのやりとりが途切れた、絶妙なタイミングで口を挟んできた陛下の口元は明らかに綻んでいた。
 分かってはいたことだが、彼らを呼ぶと言う私を止める素振りなど微塵もない。

 気絶していない、この場の関係者たちの恐怖を煽って楽しんでいるだけだとも言えるだろう。

「よりによって、この時期に何をしてくれたんだと言うのは、彼らでなくとも思うのでは?」

「宰相もか?」

「陛下もでしょう」

 私自身、否定も肯定もせずに問われた言葉を投げ返したところ、王は答えの代わりに愉快げな笑い声を小さくあげた。

「まあ、私はこの茶会で楽しませては貰ったが。書類仕事がその間滞ったことも確かだ。文官連中が青筋立てていても庇ってはやれんな。誰かが手やら足やら出したとしても、今回は目を瞑ってやっても良いと思っている」

「ああ……」

 この呟きは私ではない。フォルシアン公爵だ。

 私とて、微笑わらって青筋を立てるであろう司法・公安長官ロイヴァスの顔が浮かんだのだ。

 恐らくは、長官の中の誰かがブチ切れるであろう未来が脳裡に浮かんだに違いなかった。

「とりあえず宰相の言は許可しよう。スヴェンテとクヴィストには『く、登城せよ』とでも書いておくか。余計な手を回す余裕など今はなかろうが、念の為だな」

「そうですね。詳細を書いて派閥を庇う行動に出られても困りますし、またそう言った疑いを周囲にいだかれるのも好ましくないでしょうから」

 個人の為人ひととなりからすれば、スヴェンテ老公はそう言ったことはしないだろうが、クヴィスト家は先代のことを思えば何をしないとも言い切れない。

 ここはまとめて、何を考える余裕も与えずに登城させてしまうのが吉と言えるだろう。

 老侍従マクシムが筆記用具を用意するために下がり、王が軽く片手を上げたことで王宮護衛騎士の数名が、各署の長官を呼びだすために軍神デュールの間を後にした。

「王宮内にいる各長官と、王都内とは言え王宮外にいるスヴェンテ老公、クヴィスト公爵代理が登城するのとでは多少の時間差が出ます。全員にまとめて説明をするのはあまり現実的ではないかと」

 本来、三国会談の下準備に奔走していなければならない時期で、何の余裕もありはしないのだ。
 長官たちに王宮外の二人の到着を待っている余裕などあるはずがない。

 かと言って、簡易型の転移装置を稼働させるにあたっては、各公爵邸に使用の先触れを出す必要がある。

 ならば使者に「今すぐ登城せよ」と手紙を持たせて、そのまま折り返し馬車で来させる方が、今回に限っては早い。
 王都内だからこそ出来ることではあるだろう。


 余計な状況説明を省いた手紙はあっと言う間に書き上げられて、スヴェンテ、クヴィスト両公爵家に届けられることになった。
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