聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

698 卒業はまだ遠く

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 イデオン公爵邸での「お泊まり会」をフォルシアン公爵邸に変更すると言う話に関しては、今日はいったん持ち帰りとなった。

 エリィ義母様からの「下船の誘い」も含めて、ボードリエ伯爵邸での家族会議必須になるからだ。

「普通に考えれば下船一択よ? それは分かっているけど、ボードリエの父にしてみれば、優先すべきは学園の運営、学生の安全。それを考えると私が勝手に判断すべきじゃないと思っているわ」

 至極当然な話をシャルリーヌはして、優雅な〝カーテシー〟をエリィ義母様に残してイデオン公爵邸を辞去して行った。

 返事は明日にでもイデオン公爵邸の方に……とも言い残して。

「学園内に混乱が巻き起こるようなら、ボードリエ理事長は自らが悪役になるかも知れない――と言ったところかしら」

 馬車が遠ざかる音を聞きながら、エリィ義母様は軽いため息をついた。

「エリィ義母様、これまで伯爵がレイフ殿下派閥の貴族の方々とより多くの接触をされていらしたのも、対立をなるべく外に洩らさないようにと思ってのことだったそうですよ?」

 学園の安全、領地を含めた家族の安全、預かっている生徒の安全。
 諸々を考え、自家の中で現国王フィルバート打倒を仄めかすかの如く会合が時折開かれることに目を瞑っていたようだとシャルリーヌからは聞いている。

「とは言えシャルリーヌ嬢も直接言われたわけではなく、たまたま廊下で耳にしていてのことらしいので、根本的に伯爵ははかりごとには向かない方なのかも知れませんね」

「……ユセフの在学中からして、実直な教育者と言った印象の方でいらしたわね、確かに」

 もう一直線に、自分が泥を被れば済むとでも判断しているのかも知れなかった。

「レイナちゃんは、この後は王都商業ギルドよね? ボードリエ伯爵とはさすがに今日は会わないのかしら」

「そうですね。元から学園の食堂メニューについての相談と言うか商談ですし、そうなると多分バリエンダール、サレステーデとの王宮でのが終わるまでは難しいだろうなと思ってます」

 ボードリエ伯爵としても、今現在学園生であるヒース・コンティオラ公爵令息の置かれた状況は嫌でも耳にすることになるだろうし、義娘むすめが物騒な茶会に招かれていることも加味すれば、とても食堂メニューの話をするどころじゃないだろう。

 ラヴォリ商会のカールフェルド商会長代理に、いずれその件で話をするかも知れないとだけ言っておくのが関の山な気がした。

「そうね、伯爵も色々と考えなくてはならないことが山積みでしょうからね……じゃあレイナちゃん、とりあえずフォルシアン公爵邸に戻りましょうか? そろそろユセフが迎えに来ている頃だと思うわ」

 お義兄様ユセフは基本、キヴェカス法律事務所の近くで住み込みでしている身だ。

 周囲からはだいぶ態度が軟化したと思われているようだけど、実家の公爵邸に戻って来るのには、今は周囲の状況がそれを許していない。

 こちらも今回の件が決着するまでは、少なくともこのままだろうなと思わざるを得なかった。

 多分事務所の方は特許申請と裁判の下準備で殺人的な忙しさになっているはずだけど、私が一人で(護衛は数に入れず)王都商業ギルドに行くことの方に許可が下りず、お義兄様ユセフの同行がそれらに対しての妥協点となっていた。

「紅茶に関しては、全ての茶園の旬の茶葉を試すまでは定期的に会を開きましょうね? 今日だけで国内の茶葉全てを把握することはさすがに難しいと思うから」

 フォルシアン公爵邸に戻る、とエリィ義母様が言った時にヨンナたちはちょっと残念そうな表情を浮かべたように見えたけど、エリィ義母様のその一言で、皆少し浮上していたみたいだった。

「ぜひ、そうなさって下さいレイナ様」

 奥深い紅茶の世界、どうやらまだまだ入門編に片足を入れた程度らしい。
 永遠に卒業出来ない気もしてきたなぁ……。


*         *         *


「おかえりなさいませ、奥様、レイナ様。ユセフ様が既にお待ちです」

 フォルシアン公爵邸の玄関ホールにいた家令ラリが、そう頭を下げる。
 どうせすぐ出るのだろうからと、来客よろしく団欒の間ホワイエにいるとのことだった。

「――待たせてしまったかしら、ユセフ?」

 頷いたエリィ義母様がそう言いながら団欒の間ホワイエに足を踏み入れると、お義兄様ユセフが「いえ」と言いながらソファから立ち上がった。

「少し前に来たところです。珈琲を飲んで軽食をつまむくらいの時間だったので、ちょうど良かったのではないかと」

 どうやらキヴェカス事務所で昼食を口にする時間がなかったらしく、家令ラリが一般的な来客へのもてなしと同様に飲み物と軽食を差し出したところ、何を言うでもなくそれを口にしていたとのことだった。

 フォルシアン公爵邸の中では、ユセフはまだ「次期公爵」と言うよりは「高等法院に勤める子息」であり、嫡男としての扱いではないのかも知れなかった。

 そこは長年のフォルシアン公爵邸の在り様が大きく関わっているのだろうから、私が何を言える話でもない。
 黙って触れずにいておくだけだ。

「……このまま行けるのか?」

 特に歓談の必要もないとばかりに、お義兄様ユセフもこちらを見ている。

「あっ、はい、大丈夫です」

 しれっと微笑わらう私をどう思ったのか、お義兄様ユセフも「そうか」と淡々と返すだけだ。

「まあ、前進はしているのでしょうねぇ……」

 片手を頬にあてる姿勢で、そんな私とお義兄様ユセフをエリィ義母様は見守っている。

わたくし家政いえのこともありますから、今回は残ります。ユセフ、レイナちゃんのことは任せますよ? 何かあればイデオン公爵様が乗り込んでくると覚悟なさいな」

「「――――」」

 エリィ義母様は何気なく言ったつもりだろうけど、ふるりと身体をふるわせてしまったのは、私だけではなかったと思う。


 いてもいなくても、魔王様のご威光は轟いているらしかった。
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