聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

484 やっぱりバレた

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 10分くらいすると、光のカーテンの動きが少し鈍くなり、色も薄く弱くなってきた。

 そう言えばフェドート元公爵も、1時間くらい見えたままの日もあれば、数分の出現が一晩の間に何度か繰り返されたりする日もあると言っていた。

 この日は、そろそろ見納めと言う事なんだろうか。
 でも、元々見る事が出来ない日もある訳だから、十二分に堪能出来たと言って良い気がした。

「……部屋に戻るか?」
「そうです――ねっ⁉」

 どうやら、同じ様に見納めと思ったらしいエドヴァルドが、そんな風に聞いてきたので、私もつい何気なく頷いたところが、まさかそこからいきなり抱え上げられるとは思わず、途中で声がひっくり返ってしまった。

「あああ、歩けますけどっ⁉」

「貴女は重くないし、私の足とて痺れてはいない。口で説明するより、この方が分かりやすいだろう?」

 いやいやいや!お姫様抱っこで歩くコトがですか⁉
 しかもブランケットとかお茶セットとかがそのまま……!

「……今日は、天気も良い。あれはそのまま、明日の朝にでも片付けさせれば良いだろう」

 私の視線で言いたい事を察したらしいエドヴァルドは、しれっとそんな事を言いながら、こちらの抗議は綺麗に無視スルーしていた。

 さすが発想が、仕えられる事に慣れている側のソレだ。

 そんな事を考えている間に、いつの間にやら寝台の端に腰掛ける様に下ろされていた――筈が、更にトンっと肩を押されて、気付けば視界に映るのは、天井ではなく、エドヴァルドだった。

「エ、エドヴァルド…様?を付けるだけ…なんですよね?」
「言葉は正確にな、レイナ。私は痕を付けるとは言ったが、それだとは一言も言っていない」
「⁉︎」

 思い返した私は、否応なくエドヴァルドが正しいと悟る。

「いや、でも、ほら、ここは他国の、しかも他所よそ様のお宅で……っ」

「……戻ってからだったら、良いのか?」

 そう囁いたエドヴァルドの唇が、耳元から首筋へと、ゆっくりと下りていき、私はくすぐったさに身体を跳ね上げた。

「……っ」

 時々チクリと痛むのは、見るまでもなく、エドヴァルドが「痕」を付けているからだ。

「それなら、今夜は『痕』と『添い寝』に留めておくが」
「え…あ…それは…っ」

 一瞬その案に飛びつきかけたものの、じゃあ、アンジェスに戻ったら……?と思った途端に、果たして頷いて良いのかが分からなくなった。

 その「間」に気付いたエドヴァルドが、ふと顔を上げる。

「そう言うところだ、レイナ」
「……え?」
「貴女に理性が残っている、と私が思うのは」

 思いがけない事を言われた私の、眉根が寄った。

「嫌われてはいない――と、信じてはいるが」

 頬に触れられる手に、思わず身を固くしてしまう。

「時折、不安になる」
「エドヴァルド様……」

 不安。

 一国の宰相で、公爵で。
 望めば何だって手に入るだろうに。

(……でも)

 気付けば私は、エドヴァルドの手に、そっと自分の手を添えていた。

「……レイナ」

(うん。この手は――

「えっと……この手は……イヤじゃない、です」

 ピクリと、エドヴァルドの手が痙攣ひきつった様な気がした。

「……この手?」
「―――」

 私はこの瞬間、自分の失言を悟った。
 ここで無言になってはいけなかったのだ。

 今更、エドヴァルドの手のコトで、他に意味はないと言っても通じない空気が、既に満ち溢れていた。

「他の手が、貴女に触れた……と?」

 どうしよう。
 邸宅の中なのに――ちょっと寒いかも知れない。

「……いや」

 エドヴァルドの手、親指が、すっと私の目元をなぞった。

「傷……か?」
「‼」

 夜の明かりだけで分かるとは思えない。
 触れたからこその違和感が、もしかしたらあったのかも知れない。

「レイナ」
「……はい」
「何があった」
「ええ……お茶会で、の手が、たまたま当たりまして」

 うん、嘘は言ってない。

「ほう」
「指輪がかすったんじゃないか、と周りの皆さまが言ってました、ハイ」
「それにしては、傷は浅いようだが」
「ええっと……こちらの聖女様に治していただきまして」

 うん。言うのはマリーカ・ノヴェッラ女伯爵の宝石治療の話だけにしよう。
 世の中とフェドート元公爵邸の為にも。

 多分「宝石治療」の話自体、彼女独自の、とても珍しいやり方の筈。
 
 案の定、エドヴァルドを取り巻く空気が少し和らいで――興味を示していた。

「この国には、治癒の魔道具があると言う事か?だとしたら、とても興味深いが」

「いえ。宝石の持つ力を、聖女様の持つ魔力で治癒の為の力に変換させていらっしゃるみたいです。詳しいやり方は、言われても私には分からないので……ただ、必要ならその技術はアンジェスの次代の聖女に伝授しても良いと仰っておいででした」

 だから戻ってからシャルリーヌに話をしてみようと思っていた、と私が言うと、エドヴァルドから冷気はすっかり霧散していた。

「普通は、己のみの力と秘匿しても良さそうだが……」

「その……〝転移扉〟の維持しか能がない、と言うか国に貢献していないと言うのは、聖女様としてはあまり居心地が良くなかったそうで……有り余る魔力で、他に出来る事はないかと、研究されたとか……」

 どこぞの聖女いもうととはエラい違いだと、言いかけて飲み込んだ私の心境を、エドヴァルドも十分に理解していた。

「だから他国であっても、もしアンジェスの次代の聖女に同じ悩みがあるのなら、力になりたい――と。情勢が落ち着いたところで、聖女同士の交流を陛下にお願い出来ないかと思ってました……」

 怪我の功名、なんて言い方を私の国ではします――なんて、敢えて軽い言い方で、大したケガでもトラブルでもなかった事を、さりげなく主張してみる。

「レイナ」
「……はい」
「手紙には、茶会で毒を入れようとした、がいたとしか書いてなかった筈だが」
「……そうですね」
「そんな話が出ているなら、なぜそれも書かなかった」
「……ええっと」

 ケガをした、などと書いたら、後がどうなるか想像するのも怖かったからです。
 なんてコトは、もちろん言えない。

「やはりその、先代派の公爵家と共に、宰相家も総入れ替えするか」
「⁉」
「とりあえず〝痕〟はもう少し増やした方が良さそうだ」
「⁉」

 だから、ここ他人ひとだって言ってるのに――‼

「……その傷に、痛みは?」
「な…ない…です……」
「……そうか」

 それでも、エドヴァルドのにはブレーキがかかったのかも知れない。

 この夜は何とか〝痕〟だけでやり過ごす事が出来そうだった。
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