聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
440 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

485 仲直り?

しおりを挟む
「お……お嬢様、失礼します……」

 そして、翌朝。
 とても、とても控えめなシーグによる扉のノックで目が覚めた。

「……シ……イオタ……」

 恐る恐る目を開けると、エドヴァルドの肩越し、扉の近くに所在なさげなシーグとフェドート元公爵邸の侍女の姿が見えた。

 ちょっとヨンナ的な雰囲気を漂わせる、ベテランっぽい侍女・リチタは、ある程度の慣れがあるのか、ただ苦笑を浮かべてこちらを見ているのだけれど、若干15歳のシーグの表情かおは――うん、茹でダコだった。

 いくら暗部の出とは言え、その年齢ではまだ、美人局つつもたせ的なコトには携わる機会もなかったのかも知れない。
 と言うか、リックが確実に遠ざけていた筈だ。

 出、出直しますか…などと言って踵を返しかけるので、私も慌ててシーグを引き留めた。

「ああっ、待って、待って!やましくない!なんにもやましくないからっっ!」
「……今日は」

 更に顔を痙攣ひきつらせているシーグに、私自身も動揺して墓穴を掘っている事を悟る。

「……レイナ……?」

「「「‼」」」

 そんな中、起きた、と言うよりは無意識状態で私を抱きしめる腕に力をこめるエドヴァルドに、私、シーグ、侍女と三者三様の動揺が垣間見えた。

「エ…ドヴァルド様、起きましょう!いえ、寝てても良いんですけど、私は今からリファちゃんに朝ごはんをあげるんです!なので離していただけると……っ」

「……リファ」

 シーツの下で、エドヴァルドの手がすーっと私の背中を滑って、うっかりおかしな声をあげそうになったところを、慌てて堪えた。

「ええっと、ヘリファルテのリファちゃんです!昨日エドヴァルド様が突然現れてビックリさせちゃったから、美味しい虫をあげて、機嫌を直して貰うんです!」

「……機嫌……」

 私の機嫌はとってくれないのか――。

 シーグやリチタには聞こえない声が、耳に降り注ぐ。
 起き抜けのアンニュイな声は、視覚と聴覚の暴力だと思うんですが――‼

「い、一緒に〝狐火トゥレット〟見ましたし、シ…イオタに使用人部屋に行って貰って、そ、添い寝しました!」

「……足りない」

「ええっ⁉」

 他所様よそさま邸宅おやしきで、よりによってシーグの前。
 ただでさえ、後々ギーレンのコニー夫人に筒抜けになりそうなこの状況下で何を言っているのか……!

「寝ぼけてないで、起きて下さい――‼」

 私はうっかり、場も忘れて叫び声をあげてしまった。

*        *         *

 ネーミ族の衣装であれば、極端な話、一人で着る事が出来る。

 エドヴァルドの着替えはフェドート邸の使用人に任せて、私はフェドート邸の厨房の隅にある小テーブルで、リファちゃんの餌やりをようやく実行する事が出来た。

 若干不満げな空気を感じたのは……気の所為せいったら、気の所為です、ええ。

「リファちゃん、朝ごはんだよー」
「ぴっ」

 最初は、トーカレヴァの掌に乗ったままだったリファちゃんは、私が虫入りの箱をちょっと振ったところで微かに反応して、それからテーブルの上に下りると、ちょっとずつ、ちょっとずつこちらへと近寄って来てくれた。

「リファちゃん、そんなよそよそしくしないでー!私、リファちゃんに嫌われたら生きていけない――‼」

 虫入りの箱を開けながら絶叫する私に、シーグやトーカレヴァは呆れ半分、フェドート邸の皆さま方は生温かい視線をこちらに向けていた。

「ね、これ食べて?はい、あーん」

 リファちゃんは一瞬だけ辺りを見回して、周囲は「怖くない」とそこでようやく認識してくれたのか、小さな口をかぱっと開けて、虫をねだってくれた。

「リファちゃん……!」
「はいはい、良かったですね、レイナ様。満足ですか?」

 虫をつついて食べたリファちゃんを見て、トーカレヴァも嘆息しながら両手を腰にあてていた。 

「言ったでしょう、突然目の前に、簡易型とは言え魔力の塊である〝転移扉〟が出現した訳ですから、驚いたんだって。人間だって驚いたんですから、当たり前ですよ」

 確かに、と隣でシーグも頷いている。

「扉のコトと言い、今朝のコトと言い、公爵閣下の執着があそこまでだとは思わなかったです。最初からイルヴァスティ嬢なんて、お呼びですらなかったんですね」

 ギーレンの某子爵令嬢を引き合いに出すように頷いているけれど、トーカレヴァもギーレンにいた為に、そこには思うところがあったようで、うんうんと頷いていた。

 私は咳ばらいを一つして、二人の話題はまるっと無視スルーする事にする。

「その、ごめんね、イオタ?昨日はこちらの邸宅おやしきの使用人部屋で寝たって――」

「いえ、野宿よりは全然良いですから。ちゃんと〝狐火トゥレット〟も、出現したタイミングで夜番の使用人に声をかけて貰って、外ですが、見る事が出来ましたし」

「あ、そうなんだ?他の皆も見る事が出来たのかな?ここから南は見られないらしいから、なかなか次の機会もないだろうし」

 多分、皆も見た筈だとトーカレヴァが言い、私もちょっとだけ胸を撫で下ろした。

「あ、そうだ。ちょうど良いから、リチタに渡しておくね」

 私は、リファちゃんに餌をあげていない方の手で、フェドート邸の侍女リチタに、薔薇に関わるいくつかの加工レシピを預けておく事にした。

「お嬢様……これは……」

「うん。を使ったお茶とか、香水とか……?売り物にしようとは考えていないから、これで一年中、くだんの花の効果を実感出来るんじゃないかな……?」

 何ならクッキーだって作れる。

 どこまでフェドート元公爵が認めて、やってみようと思ってくれるかには、関わってくるだろうけど。

「お茶と……クッキーは……食後にお出ししてみるのも良いかも知れませんね」

 リチタはいっそ恭しく、レシピを受け取っていた。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。